第52話 ゴルドランの教授室にて
王立治療院の研究棟。
最上階に近い場所に、その教授室はあった。
高価な調度品の取り揃えられた一室で、口ひげを蓄えた壮年の男が、額に皺を寄せて下界を見下ろしている。
特級治癒師であり、次期王立治療院の院長とも噂されるゴルドランその人だ。
「失礼します」
男性秘書の一人がドアをノックして入ってくる。
ゴルドランが向きなおると、秘書は腰を低くして近づいてきた。
「教授。少々お耳に入れたいことが」
「なんだ」
「面白い人物がいると噂があがってきております」
「……ほう」
ゴルドランが、有能な者、有力な者を自身の派閥に取り込み、権力を強めていっていることを部下達はよく知っている。そのため、なんらか実績を上げた者や、期待の高い者については、いち早く情報が上がるようになっていた。
「どんな奴だ」
「なんでもゴースト三十体を一度に葬るほどの治癒魔法の使い手だそうで」
「それは本当か?」
「本人がそう言ってたそうです」
「なんだと? 単なる自称か? くだらん。話にならんではないか」
「いえ、それだけではなく、ファッソ准教授も見たことのないような魔法陣を描いたそうです」
「ファッソ……ああ、あの魔法陣オタクか」
ゴルドランは椅子に深く背を預けた。
回復魔法陣の研究者ですら見たことのない魔法陣、というのは少し気になる話ではあった。
「……一応、名前だけは聞いておこうか」
「ゼノ、というそうです」
「聞いたことがないな」
「ええ、今年の特別研修生のようですから」
「特別研修生だと?」
ゴルドランの表情が一気に険しくなる。
特別研修生は、推薦によって王立治療院の体験入職ができる制度であり、そもそも正式な職員ではない。一応、推薦という裏付けはあるものの、正直海のものとも山のものとも知れない立場ではある。
「そんな話を持ってくるな。我が派閥は、特別研修生ごときが入れるような低レベルな派閥かね?」
「し、失礼しましたっ」
秘書は慌てて頭を下げた。
有能な人材を紹介した場合は、金一封がもらえるため、噂を掴むと少しでも早く情報を上げようと考えている秘書も多かった。
「教授、失礼します」
その場に、別の秘書が入ってきた。
一枚の書類を手にしながら、秘書は教授に告げる。
「ご報告ですが、スーラ墓地でアンデッドの目撃情報が多数あるそうです」
治療院という場所柄、どうしても亡くなる人間はいる。そこで治療院は、教会と連携しており、亡くなった人間を教会管理の墓地に運び込めるようになっていた。
スーラ墓地というのは、王立治療院の最寄りにある墓地だ。
「……アンデッドだと? そんなの誰かが祓っておけばいいだろう」
「それがかなり数が多いらしく、各研究室にも応援依頼がありまして」
「じゃあ、適当に誰か出しておけ。そんなことでいちいちワシの耳を煩わせるな」
「はい」
秘書が去ると、ゴルドランはいまだ頭を下げたままのもう一人の秘書に言った。
「もういい、下がれ」
「はっ、大変失礼しました」
「ああ……そういえば、ゴースト三十体を一度に葬るんだったか? さっきの特別研修生の話が本当だったら考えてやらなくもないがな。はっ」
ゴルドランは別に本気で言った訳ではなかった。
巨大な権力を持つゴルドランにとって、一介の特別研修生のことなどどうでもいいことだったからだ。
しかし、言われた秘書のほうはそうは受け取らなかった。
「……わかりました」
小さく答え、秘書は教授室を後にした。
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