第49話 プログラム開始
「それでは、講義を始める」
教壇に立った厳めしい顔つきの講師が、重々しく言った。
最初のプログラムは、王立治療院の若手職員向けの最新の研究を交えた講義だ。
若手職員に混じって、ゼノスは大き目の黒いマスクをつけたまま最後尾に腰を下ろす。
治療院という場所柄か、他にもマスクをしている者もいるため、それほど目立たないのはありがたい。
「私は冒険治癒学を専門にしている。諸君らの中で、冒険者になりたい者がどれくらいいるかわからないが、王立治療院は冒険者ギルドの依頼で治癒師の派遣も行っている。いずれ冒険に同行することもあるだろう。知っていて損はない」
講師は、一同を見回して言った。
「今日のテーマはアンデッド。死して世を徘徊する魔物について、最新の知見を紹介する」
そして、ゾンビやグール、ゴーストなどの特徴や行動様式、弱点、効果的な治癒魔法などの説明が始まる。
――へぇ、面白いな。
冒険者時代の実体験を通して知っていることも多いが、体系的に整理されていてわかりやすい。
時間はあっという間に過ぎていった。
「それでは、質問がある者は?」
講師が言うと、数人の聴講生から手が上がる。
「先生。レイスの話はないんでしょうか?」
一人の質問に、講師は渋面で答えた。
「いい質問だが、実はアンデッド系最高位の魔物であるレイスについてはあまり研究が進んでいないのだ。理由の一つは目撃情報が多くないこと。そして、もう一つは挑んだパーティがほとんど全滅しているから情報が集まらない」
教室がしーんと静かになる。
「一つ確かなことは、レイスに出会ったら、まず逃げることだ。特に言葉を話す奴はまずい。一般に、言葉を話す魔物は高位クラスの魔物だ。それがレイスだともはや手に負える相手ではない」
「え、そうなの……?」
最後部に座るゼノスは、小さくつぶやく。
言葉を話すレイスは寮の部屋でくつろいでいるが、黙っていたほうがよさそうだ。
「最後に、諸君らの中でアンデッドと戦ったことがある者はいるか? もしいれば皆に体験談を話してやってくれ」
何人かが手を上げた。
指名されて立ち上がったのは、昼に食堂で見た男だった。
確かウミンが同期だと言っていた。
「ゴルドラン教授の研究室のクレソンだ。俺は数年間、冒険者をやっていたが、ゴーストなら軽く三十体は倒したことがある」
生徒達からどよめきが起きる。
さすがゴルドラン教授の研究室に入るだけのことはある、と誰かが感嘆の声を漏らした。
得意げにゴーストの倒し方を語ったクレソンの目がゼノスに向く。
「ちなみに、そこの特別研修生はどうなんだ?」
「え、俺?」
急に言われて、ゼノスは驚いて顔を上げた。
皆の注目が教室の端にいるゼノスに集まる。
「……」
果たして、どう答えるべきか。
ウミンは普通にやればいいと言ったが、あまり目立つのは今後のためによくない気がする。
実績をあげてゴルドラン教授の目に留まる必要はあるが、最初から悪目立ちするのは避けたほうがよいのではないか。
一度に五十体は軽く倒せるが、クレソンに合わせたほうが無難かもしれない。
「ええと……俺も三十体くらいかな」
「はあ? 嘘をつくなよ」
「嘘じゃないさ。一度に倒せるのはせいぜい三十体くらいだ」
「だから、話を盛るんじゃ……え、一度に?」
「え? 三十体って一度にじゃないのか?」
途端に講堂がざわざわし始める。
教壇の講師が、手元の書類を見て言った。
「君は、特別研修生のゼノ君か?」
「ああ、はい」
「今の話、どういうことか説明してもらえるかな」
「説明も何も……地下迷宮に行けばゴーストなんてはいて捨てるほどいるから、まとめて<治癒>をかければ、一気に浄化できるってだけで……」
「地下迷宮……?」
講師は怪訝な表情を浮かべた。
「それだけのアンデッドが集まっている場所と言えば、まさかガーミントンの地下迷宮か?」
「そうだけど……?」
かつてアストンに宝物をとりにいかされた古い大貴族邸にある迷宮だ。
講堂のざわつきが更に大きくなり、講師は両手を上げて皆を静まらせる。
「ゼノ君。ガーミントンの地下迷宮はゴールドクラスのパーティでも容易に立ち寄れない迷宮だ。冗談はよしてもらおうか」
「そうなのか? 確かにやたらアンデッドはたくさんいたが」
「これまで宝物を無事に持ってこれたパーティはほとんどいないはずだ」
「それはさすがに大袈裟だろ。俺ですら7……いや、2つ程度は持って帰ったぞ」
「はああぁぁぁっ?」
実際は7つ持って帰ったのを2つに減らしたが、それでも厳めしい顔つきの講師は変な声を出した。
――まずいな。何か妙なことを言ったか……?
どよめきの中で講義が終わり、ゼノスは講堂をそそくさと出ることにした。
残った聴講生が口々に声を上げる。
「一度にゴースト三十体ってまじか?」
「ガーミントンの地下迷宮って、冒険者の墓場って言われてるところだよな」
「あいつ、何者なんだ?」
すっかり周囲の注目を失ったクレソンは、ゼノスが出ていった扉を睨んで、拳を握りしめた。
「なんだ、あいつ。あんなの本当のはずねえだろ。気に食わねえ……」
自分にとっての当たり前が、皆の当たり前ではないことに、ゼノスはまだ気づいていなかった。
謎の特別研修生は、こうして少しずつ皆の注目を集めていくのだった。
見つけてくれてありがとうございます。
気が向いたらブックマーク、評価★★★★★などお願い致します……!




