第48話 特別研修生
前回のあらすじ)ゼノスは王立治療院で特別研修生として失踪事件を調査することになった
翌日の昼。
ゼノスは、王立治療院の食堂でウミンと向かい合っていた。
「それで、ゼノス……じゃなくてゼノさん。オリエンテーションはどうでしたか?」
ウミンが名前を言い直して周りに目をやった。
現在のゼノスの立場は、ゼノという名前の特別研修生。
特別研修生は、正規ルートとは別に、推薦によって王立治療院の各部門をまわることのできる制度だ。
主には、治癒師養成学校の優秀な生徒や、友好国の留学生、もしくはそれ以外で将来有望と思われる者に、期間限定で王立治療院での体験を提供するプログラム。
ゼノスは、午前中に研修プログラムの説明を受けたのだった。
「なんか色々まわるみたいだけど、その前に、そもそも普通の治癒師の仕組みすらよく知らないんだよな」
「ああ、そうですね。えっと……」
ウミンはスープを一口飲んで説明を始める。
治癒師になりたい者は、まず街区にある治癒師養成校に申し込みを行う。
適性試験に受かったものが入学を許され、6年間の教育を受ける。そして、治癒師の資格試験に合格すれば、晴れて治癒師のライセンスを得られるという。
「6年? 結構かかるんだな」
「まあ、飛び級制度もありますけど、ほとんどは6年ですね。魔術院や武術学校は基本4年ですから、長いと言えば長いですけど」
その後、治癒師になれた場合は、更に幾つかの選択肢がある。
一般的なのは、王立治療院のどこかの支部の治療院に就職することだ。
そこで一定の経験を積めば、審査を経て開業することもできる。
また、外に出たい者は冒険者資格を取って、冒険に出る者もいる。
他にも王族や大貴族の主治癒師になる者や、軍に所属する治癒師もいるとのこと。
「それらを統括しているのが、この王立治療院ってことか」
「そうですね。ここに来るのは、研究や教育をしたい人、高度な治療を学びたい人。あとは制度設計や管理に関わりたい人ですかね」
「聞いていると、頭が痛くなってきたな……」
なんだかうっかりとんでもないところに来てしまった気がする。
しかし、ここでのゼノスの役割はあくまで失踪者の情報収集だ。
「とりあえず、失踪者についてもう少し教えてくれ」
「はい。彼はアフレッドという名で、私の先輩なんです」
研究室の副室長であり、上級治癒師でもあったのだとウミンは説明する。
「すごく優秀で、優しくて面倒見もいい人で、赤色肺の薬ができた時も、アフレッドさんが貧民街に無償で届けるように主張したんです」
「へえ。そんな治癒師がいるのか」
「はい。根強い反対の声もあったんですけど、ちゃんと病気を根絶やしにしないとまた流行するから、皆に配るべきだって。ベッカー先生もそれを後押ししてくれて」
「……そうか。正直オリエンテーションの時点で逃げ出したい気分だったけど、そういう奴なら真面目に探す価値があるな」
当時、貧民街にいたゼノスは、赤色肺の薬によって多くの者が救われるのを目にした。
貧民街に関わる者として、あの時の礼の一つでも伝えるべきだろう。
「だが、情報を集めるのはいいとして、闇雲にやっても効率悪いよな。何か手がかりはないのか」
「ないことはないのですが……」
ウミンが言いかけた時、食堂の入り口が騒がしくなった。
数十人の集団が、我が物顔で中へ入ってくる。
先頭にいるのは、口ひげを生やした中年の男だ。
「あれは……?」
「ゴルドラン教授です。特級治癒師で、王立治療院の次期院長の噂もある人です」
「へえ、取り巻きがめちゃくちゃいるぞ。大した奴なんだな」
「まあ……」
ウミンは微妙に言葉を濁している。
「何か問題があるのか?」
「実は……ゴルドラン教授は、治癒師としての腕より、政治力に長けていると専らの噂で、特級治癒師になれたのも大貴族の後押しをうまく取り付けたからだって言われてるんです」
「……なんか色々あるんだな」
とりあえずあまり関わらない方がよさそうだ。
しかし、ウミンは少し申し訳なさそうな顔でこう言った。
「それが、ゼノさんにはゴルドラン教授に関わってもらう必要があるんです」
「え?」
「実はアフレッドさんの失踪にゴルドラン教授が関わっている可能性がありまして。権力志向が強いゴルドラン教授は、優秀な部下を自分の派閥に集めたいと考えている人なんです。それで優秀なアフレッドさんに目をつけて、出向という形で自分の研究室に呼びよせまして」
「ベッカーはそれを許したのか?」
「赤色肺の薬を貧民街に届ける際に借りを作ったみたいで、あまり強くは出られなかったみたいです。そもそもアフレッドさん自身も見識を広めるには悪くないって言ってたので……」
しかし、出向から一か月後、アフレッドは忽然と姿を消した。
ゴルドラン教授に問合せをしたが、自分は知らない、むしろ迷惑しているの一点張りで埒が明かないという。
「でも、私達は何かあったんじゃないかと思って。だからゼノさんには、ゴルドラン教授に近づいて情報を集めて欲しいなぁ……って」
ウミンは拝むような仕草を見せて言った。
「……あのな。言いたいことはわかったが、どうやって近づくんだよ? いきなり行って教えてくれるとは思えないぞ」
「そこは大丈夫です。プログラムで結果を残せば、嫌でも向こうから接触してくると思いますから」
「いやいや、もっと無理だろ。アフレッドとかいう奴を探してやりたい気持ちはあるが、俺ごときが王立治療院で結果なんか残せる訳ないだろ」
「え……? まさかゼノさん自分のレベルに気づいてないんですか?」
「え?」
「おい、ウミン。こんな端っこでなぁにやってんだぁ」
ゼノス達のそばに、盆を持った男がやってきた。
髪の先端がカールしており、どことなく嫌味な表情だ。
「別に、どこで食べようが私の自由じゃないですか。クレソン」
「おいおい、怒るなよ。身の程をわきまえてるって褒めてやりにきたんだぜ。俺達ゴルドラン一派のためにわざわざ端に寄ってくれてありがとうよ」
どうやらゴルドラン教授の取り巻きの一人らしい。
その目がふとゼノスに向いた。
首にかけた研修証をじろりと眺める。
「ふーん、特別研修生ねぇ」
「ああ、よろしくな」
「ま、せいぜい頑張って、推薦者の顔に泥を塗らないようになぁ」
クレソンと呼ばれた男は、にやにやした顔で去っていった。
「あいつはなんだ?」
「気にしないで下さい。同期なんですけど、ゴルドラン教授の研究室に入ってから調子に乗りまくってて」
時計を見ると、もうすぐ午後の一時になりそうだった。
そろそろ最初のプログラムが始まる。
マスクを少しずらして残り物を口に運んだゼノスは、若干の不安を覚えながら立ち上がった。
「じゃあ、とりあえず行ってくる」
「ええ。安心して下さい。ゼノさんは普通にやってれば大丈夫ですから」
食堂を出た後、ウミンはそう言って、笑顔で小さく手を振った。
見つけてくれてありがとうございます。
気が向いたらブックマーク、評価★★★★★などお願い致します……!




