第47話 王立治療院へ
前回のあらすじ)ゼノスはベッカー達の依頼を受け王立治療院に行くことにした
王立治療院。
元は大陸の一小国にすぎなかったバーゼス国が、太陽王国とまで称されるほどの地位を手に入れた背景には、優秀な治癒師たちの存在があったと聞く。
前線兵は彼ら治癒師たちの後押しにより、被害を最小に抑えながら連戦に勝利し、国家を拡大していった。
だからこの国では、治癒師は少しばかり特別な立場にある。
本来、魔法の1系統にすぎない治癒魔法のための専門機関が、わざわざ魔法省とは別に創設されたところからも、その力の入れ具合がわかる。
王立治療院は、そんな治癒師達の総本山なのである。
「はー……すごいな、こりゃ」
貴族特区の王立治療院に初めて足を踏み入れたゼノスは、感嘆の声を上げた。
白で統一された玄関ホールは見上げるほど高く、明るい陽光が燦々と降り注いでいる。そのきらきらした光の中を、白いマントを羽織った治癒師達が、意気揚々と闊歩していた。
「広すぎていまだに迷子になるんですよねぇ」
前を行くベッカーが、頭をかきながら言った。
「まあ、詳しい案内は後でウミンにやってもらうとして、とりあえず私の研究室に行きましょうか」
「はい。ゼノスさん、研究棟はそこを左です」
ゼノスの横を歩くウミンが、先を指さした。
一度建物の外に出て、緑の中庭を眺めながら、広々とした渡り廊下を進む。
目的の研究棟は、これまた見上げるような建物だった。
他にも敷地内には、治療棟、教育棟、管理棟、職員寮、それにカフェテリアや、日用雑貨店、食料品店なども併設されているという。
「豪華すぎて頭がくらくらしてくるな。正直、俺みたいなのがいるべきところじゃない気がしてきた……もっと狭くて暗いところはないのか……」
「そんな、日陰者みたいな言い方をしなくても」
「俺はれっきとした日陰者だ」
「自信満々に言われても困りますが……」
ウミンと会話を交わしながら、研究棟に入り、魔導昇降機で10階に上がる。
奥の部屋に入ると、本や実験器具がごちゃごちゃに散らかっており、どこかすえた匂いが漂ってきた。
「なんか……この部屋は落ち着くな」
「人の部屋を日陰者のねぐらみたいに言わないでくれますか、ゼノス君?」
ベッカーが苦笑しながら、奥の椅子へと座る。
居住まいを正して、ゼノスにソファを勧めた。
「さて、それでは改めてゼノス君への依頼内容を確認させて頂きます」
「確か、失踪者の調査、だったよな」
ベッカーはゆっくりと頷いた。
道中聞いた話では、ベッカーの研究室の職員がある日失踪したという。
「実家にも戻っていないようなんです。管理課にも相談したんですが、それほど真剣に取り合ってくれなくて……」
後ろに立つウミンが補足をした。
大勢の職員や研修生を抱える王立治療院では、勉強についていけない、研究がうまくいかない、その他諸々のストレス等で、稀に姿をくらます者がいるため、そういう事例の一つだと判断されたそうだ。事件性がはっきりしないため近衛師団に頼む訳にもいかない。
「でも、今回いなくなったのは、研究者としても治癒師としても優秀で前途有望だった人なんです。ですから、私達は変だなと思っていて……」
「うーん、話はわからんでもないが、人探しは専門外なんだよなぁ」
眉根を寄せるゼノスに、ベッカーが明るい声をかけた。
「他に打つ手がない状況ですから、それほど気負わず情報を聞き集めてくれるだけでも助かるんですよ」
「その程度でいいって言うから一応引き受けるつもりだが、そもそも部外者の俺がどこまで調べられるか疑問なんだが」
「部外者だからこそ、動きやすいということもあります」
ベッカーはゼノスの首にかかった許可証を指さした。
そこには特別研修生の印が刻まれている。
「特別研修生は、正規ルートとは別に、推薦によって各研究教育プログラムを受けられる制度なんです。色んな部門に顔を出せるので情報も集めやすいかと」
「ちなみに俺の身元は大丈夫なのか? 市民証も持ってないが。あと今後のことを考えると、あんまり顔を売りたくないんだが」
「常時大きめのマスクをつけていて下さい。気管系が弱く、感染対策にマスクが必須という話にしてあります。あと名前もゼノという別名で登録しています」
「それってばれないの?」
「普通は身元チェックされますが、特級治癒師の私が身元を保証すると言えば、特別に軽いチェックで通してくれるんですよ」
「ふーん……ということは、俺が何かやらかしたら、推薦者のあんたの責任にもなる訳だ」
「一蓮托生ですねぇ、ふふふ」
何が楽しいのか、ベッカーは不敵に笑っている。
「とりあえず明日からプログラム開始になります。寮に部屋を確保したので、滞在中はそちらを使って下さい」
その後、ウミンに案内されたのは、敷地の奥にある職員寮だった。
ドアを開けると、奥から誰かがパタパタとやってくる。
「ゼノス、おかえりー」
「え?」
現れたのは、エルフの子供だ。
「なんで、リリが? 治療院で待ってるんじゃなかったのか?」
貧民街の連中も放ってはおけないため、ベッカーとの契約で、週末は廃墟街の治療院に戻っていいことになっている。
隣のウミンが、おもむろに口を開いた。
「一応ベッカー先生の許可はもらっています。寮の規定では、配偶者か肉親なら一緒に住んでもいいみたいですから」
「配偶者か肉親……?」
「うんっ。リリはゼノスの配偶者だから」
「いえ、妹という設定です」
「ぶー……」
不満げに頬を膨らませるリリは、耳当てでエルフの耳を隠していた。
ウミンは申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「私達のことに無理やり巻き込んですいません。知り合いがいたほうが安心でしょうし、せめてもの配慮をさせて頂こうと思いまして。それではまた明日」
「お、おう……」
パタン、とドアが閉まる後ろでリリが満面の笑みで言った。
「あなた、ご飯にする? お風呂にする? それとも、リリ?」
「設定を間違えてるぞ、リリ?」
「ぶー……」
「というか、そんな台詞誰に教わった?」
「わらわじゃ」
「お前もいるのかぁぁ!」
奥の部屋からふわふわとやってきたのはレイスのカーミラだ。
「何しにきた……?」
「くくく……ただのひやかしに決まっておろう!」
「そうだろうなぁ!」
ゼノスは肩をすくめて、嘆息した。
「というか、治癒師の巣窟に来るなんて、見つかったら除霊されるぞ」
「くくく……除霊が怖くてひやかしができるか」
「お前はそういう奴だよ」
「まあ……貴様ほどの治癒魔法が使えるものなぞ滅多におるまいて」
「何か言ったか?」
「なんでもないぞ」
カーミラはふわりと奥へと引っ込んでいった。
「そうして、王立治療院からの小さな依頼は、やがて途方もない大きな事件へと発展していくのだった――……」
「来て早々、嫌なナレーションするのやめてくれない?」
闇ヒーラーの、王立治療院での生活が幕を開けようとしていた。
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