第46話 合意
前回のあらすじ)王立治療院のベッカーに闇営業がばれた
「俺が、王立治療院に……?」
突然の提案にゼノスが思わず聞き返すと、ベッカーは笑顔のまま頷いた。
「ええ、実はちょっとした問題がありまして。できれば、あなたに手を貸して欲しいのです」
「なんで見ず知らずの俺に頼むんだ?」
「まあ、王立治療院の中には色々としがらみがありまして、部外者のほうが動きやすいのは確かなんです。それに治癒魔法が使える人物でなければ、務まらないですし」
「つまり、治癒魔法が使えて、なおかつ王立治療院に属していない人間が適任ってことか?」
「そうなりますねぇ。治癒師の資格を持っている方は、皆、王立治療院に名簿管理されていますから、君のような人材は極めて珍しいのです」
「うーん……」
ゼノスは小さく唸って、腕を組んだ。
ようやく口を開こうとした時、ドアが開いて、声が割って入った。
「先生、そいつらの言うことを聞く必要はないよっ!」
「その通りだとリンガも思う」
「ゼノス、大丈夫かっ!」
「みんなっ」
リリが三種族の女首領達を見て、声を上げた。
ベッカーはぽりぽりと頬をかく。
「おや、お客さんですか。どうも、王立治療院のベッカーといいます」
「はんっ、王立治療院なんてお呼びじゃないんだよ」
「まあ、そう言わずに。ゼノス君に、闇営業罪での摘発を猶予する交換条件を提示したのです。悪い取引ではないと思いますが」
「貴様らが約束を守る保証がどこにあるのかとリンガは思う」
「我も同じくだ。国家機関の人間なぞ信頼できるか」
「うーん……なるほど、そういう考えもありますね」
「ベッカー先生っ!」
ウミンがベッカーのそでを引っ張った。
窓に目を向けると、治療院の外に、亜人達がずらりと集結している。
「お前ら、どうして?」
「赤い旗が二階に出てたからさ。急いで集まってきたんだ」
ゼノスの問いに、ゾフィアは親指で上を指す。
「旗……? ああ、そういうことか」
黄色の旗は要警戒だから近づくな。
そして、赤旗は、緊急事態を意味する。
二階のカーミラがおそらく気をきかせてくれたのだろう。
「さあ、先生を連れていけるものならいってみな」
「ゼノス殿の言いつけだから、リンガ達は院内では手は出さない」
「だが、一歩外に出たら、我らの部下が勝手な行動をとるかもしれんなぁ」
貧民街の顔役達が王立治療院の二人の前にたちはだかる。
「べ、ベッカー先生ぇ……」
ウミンが泣きそうな顔で、上司の袖を引っ張った。
「これは弱りましたねぇ、ふふふ……」
「って、ベッカー先生。なんでそんなに嬉しそうなんですかっ」
「ああ、いえ、素直に感心したんです。貧民街の信頼を集めているのはわかっていましたが、異なる種族が一致団結して彼を守ろうとしているのを実際に目にするとね。果たして過去にこんなことができた治癒師がいたでしょうか」
ベッカーは胸に手を当て、何度か頷いた。
そして、ゼノスに向き直って、深々と頭を下げた。
「こちらの態度も少し改めねばなりませんね。強引な真似をして失礼しました。では、正式に取引――いや、依頼をさせてもらうというのはどうでしょう? 交渉には応じますし、報酬も支払います。必要なら依頼状も書きますよ」
「……」
ゼノスはしばらく黙った後、ゆっくり頷いた。
「いいだろう」
「ゼノスっ」
「先生、いいのかい?」
驚くリリとゾフィアにゼノスは言った。
「面倒くさそうなんで迷ってたけど、俺も治癒師の端くれとして王立治療院には興味があるし、闇営業の事実を握られている以上、ここで貸しを作っておきたい気がするしな。それにこの男は重症で運ばれてきたけど、例えば炊き出しに毒を混ぜて別人を重症に仕立てることだってできたはずだ。それをしなかったってことは、根っからの悪人って訳でもなさそうだ」
「あははぁ、どうしても自分で試したくなっちゃうんですよねぇ。私の悪い癖です」
寝癖頭をかくベッカーに、ゼノスは続けて尋ねる。
「そして、何より――あんた、俺の師匠のことを知っているのか?」
「……」
ベッカーの茶色の瞳がすっと細まった。
「……それについては王立治療院に来て頂ければ、おいおいお話しましょう」
「結局取引じゃないか。あんた、食えない奴だな」
「あはは、よく言われます。そして、きっとあなたもそうでしょう」
「俺はひっそりと好きなように生きたいだけだよ」
「今回の件が片付けば、その生き方に協力しますよ」
ベッカーは爽やかに笑って、もう一度右手を差し出した。
「それでは、改めて。――王立治療院にようこそ、ゼノス君」
闇ヒーラーの舞台は王立治療院へ――
リアルがなかなか落ち着かず、しばし不定期更新になっております……m(_ _)m
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