第44話 来訪
前回のあらすじ)王立治療院がゼノスを探している
「王立治療院……?」
ゼノスは眉をひそめた。
「まじか……貧民街のこんな無名なヒーラーも闇営業の取り締まり対象なのか」
亜人達が神妙な表情で顔を見合わせる。
「いつかこんな日が来るとは思っていたけど……」
「ゼノス殿の治癒魔法はどうしても目立ってしまうとリンガは思う」
「うむ。ついに見つかってしまったか」
リリが手を合わせて不安そうに言った。
「ゼノス、どうするの?」
「うーん……」
ゼノスは小さく唸って、腕を組んだ。
「俺のことをかぎまわっているのはどんな奴なんだ?」
「部下から聞いたのは、眼鏡をかけた青い髪の女だって。ゼノスという治癒師を知らないかって貧民街で聞いてまわってるみたいだよ」
ゾフィアが答える。
なぜか名前まで知られているらしい。
「眼鏡をかけた青い髪の女……?」
ゼノスはふと顔を上げる。
そんな外見の人物をどこかで見たような――
「あ、もしかして、温泉郷フラムにいた奴か……?」
宿で火傷を負った主人を治療したが、思い返せば近くにそんな外見の女がいた気がする。
「……王立治療院の職員だったのか。あの時は別に患者から金をとった訳でもないし、ほっといてくれよぉぉ」
ゼノスは頭を抱えて、嘆息した。
入り口付近にいたリンガが、勢いよく右手を挙げる。
「リンガはいいことを思いついた。今のところ探しているのは一人だけみたいだし、ちょっと攫って貧民街に近づかないよう脅しをかけよう」
「それはやめような?」
「でも……リンガはゼノス殿が心配」
「先生はそういうの嫌いだからやめときな、リンガ。それに下手に動くと、先生がいるって認めてるようなものだからさ」
「…………わかってる」
ゾフィアの忠告に、リンガの獣耳がぺたんと折れる。
後ろに立っていたレーヴェが口を開いた。
「あまり心配しなくてもいいのではないか。ゼノスに世話になっている貧民街の連中が口を割るとは思えんし、王立治療院はゴーレムをけしかけた"案内人"のような無茶はしないはずだ。シラを切り続ければそのうち諦めるのではないか」
「リンガもまさにそう思っていた」
「さっき攫って脅すって言ったのはどいつだい……?」
ゼノスは椅子によりかかって、溜め息をついた。
「仕方ないな……しばらくは大人しくして様子を見るか」
+++
ところ変わって王立治療院。
本や実験用の試験管が散在している一室で、ウミンは上司に状況を報告していた。
「ベッカー先生、駄目です。先生の言う通り、毎日貧民街に通ってますけど、誰に聞いてもそんな奴知らないの一点張りです」
「へぇ、そうなんだねぇ」
「本当にそんな治癒師がいるのか、私だんだん不安になってきました……」
ウミンは自信がなさそうに続ける。
「先生。そもそもどうして聞き込み先が、貧民街限定なんですか?」
「だって、街区で闇営業なんかしてたらすぐに通報があるはずだからね。それに貧民街の怪物事件で怪我人がいなかったのがその人物のおかげだとすると、やっぱり貧民街に深い関係があると思うんだよねぇ」
「でも、誰も知らないみたいですよ」
「じゃあ、いないのかもねぇ」
「えぇ……そうですか……」
ウミンは思わず脱力する。
「ウミンは貧民街に通い始めてどれくらいかな?」
「もう10日です」
「そうかぁ。じゃあ、そろそろ聞き込みは中止だね。君も他に仕事があるし、これ以上無理はさせられない」
「そんな……上にかけあって、応援を求めるのはどうでしょう?」
「残念ながら上に伝えられるほど、確度の高い情報じゃない」
「確かに……でも、本当に中止していいんですか?」
訝しげに問うウミンに、ベッカーはにこにこしたまま答えた。
「うん、一つ重要な事実がわかったからね」
「えっ、なんですか?」
「10日間通っても、全く情報が掴めないという事実さ」
「もう……」
ウミンは肩を落とす。
だから、この先生は変わり者だなんて言われるのだ。
+++
それから更に10日が経過した。
閑散とした治療院で、リリが期待のまなざしを浮かべる。
「ゼノス。もう王立治療院の人、諦めたかな」
「だったらいいけどな」
ここ10日間、眼鏡の女はまったく貧民街に姿を見せていないらしい。
できるだけ目立たないよう、出入りする患者を重症と急病に絞っているが、このまま放っておいてくれることを願うばかりだ。
そんな穏やかな午後に、久しぶりの訪問があった。
「先生、すまねえ。重症人だ」
顔を出したのはゾンデだ。
汚れた格好の、浮浪者風の男を肩にかついでいる。
男はごほごほと咳き込んでおり、口元には血がこびりついていた。
「病人か?」
「行き倒れの浮浪者だ。激しく血を吐いてたから一応連れてきたが……よかったか?」
「放置すると伝染病の原因になるから賢明な判断だ。ベッドに寝かせてくれ」
ゼノスは<診断>の魔法をかけた。
「随分と肺が汚いな……両側の上部が特に……」
そこまで言って、突然表情が変わる。
「リリ、ゾンデ。ちょっと離れてろっ」
「どうしたの、ゼノス?」
慌てて距離をとったリリに、ゼノスは患者に目を向けたまま口を開いた。
「嘘だろ……赤色肺か……?」
「赤色肺……って何?」
「前に人がたくさん死んだ伝染病の話をしただろ。それに似てる」
「ええっ」
「ただ、赤色肺は特効薬が開発されて撲滅されたはずだ。どうして今頃……?」
もう一度ゆっくり<診断>をかけながら、ゼノスは眉間に皺を寄せる。
「いや……違う? 赤色肺に似ているが、何かが違う……」
「なかなか優れた診断能力ですね」
ふいに穏やかな声がした。
なんと、その声は目の前に寝ている人物から発せられている。
あっけにとられる一同の前で、浮浪者はゆっくり身を起こした。
「……10日間探しても見つからないということは、そんな人物はいないのか……もしくは、皆で一致団結して隠しているかのどちらかです。もし後者だとすると、よほど貧民街の皆に信頼されていることになる。貧民街で重症人になれば、必然的に誰かがそこに運んでくれると思いました」
そして、軽快な動作で右手を差し出す。
「はじめまして、廃墟街の闇ヒーラー。僕は王立治療院所属の特級治癒師、エルナルド・ベッカーといいます」
男は柔らかな表情でにっこり微笑んだ。
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