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第42話 遭遇

「ふわぁ……」


 朝の食堂。

 ウミンは眠い目をこすりながら、一人大きな欠伸をした。

 昨夜見かけたレイスらしき謎の霊体が気になってあまり眠れなかったのだ。


「疲れを取るつもりで来たのに、いけませんね……」


 一度大きく伸びをして、朝食をおもむろに口に運ぶ。


「ん、美味しい」


 簡素な見た目ながら、丁寧な味付けがなされている。

 この宿は、外観は古いが、料理の腕は確かだ。


 お茶を飲んでほっとひと息ついていると―― 


 突然、地鳴りのような音とともに、建物が大きく揺れた。


「な、なんなんですか!」


 ウミンは急いで食堂を飛び出す。

 首を巡らせると、突き当りの扉が破損して、派手に倒れていた。


「わっ」


 中に入ると、そこは炊事場だった。

 焦げた食材や調理器具が床に散乱し、壁までが黒ずんでいる。


 床には、男があおむけに倒れていた。


「あんたっ、あんたぁぁっ」


 すぐそばで宿の女将が血相を変えて叫んでいる。


「大丈夫ですか、何があったんですかっ!」


 ウミンは脇に膝をついた。

 女将は顔面蒼白のまま、声を震わせる。


「う、うちの人が料理の仕込みをするって厨房に入ったら大きな音がして……」

「もしかしたら、火の魔石が暴発したのかもしれません」


 辺りを見回しながら、ウミンは早口で言う。

 料理の火起こしに使われる魔石の欠片が辺りに散らばっていた。  

 

 しかし、ひどい火傷だ。

 体の右半分が赤く腫れ、特に右腕の先は炭化している。


「ああっ、だから古い魔石は捨てようって言ってたのに……あんたっ、返事をしてよっ」 

 

 女将は泣き叫びながら倒れている男の体を揺らすが、反応は乏しい。


「そ、そうだっ、ち、治癒師の先生が往診に来ているはずっ」

「私がその治癒師です」


 ウミンが言うと、女将はその手を取って懇願した。


「お、お客さんが治癒師の先生ですかっ? お願いですっ。うちの人を助けて下さい。ずっと夫婦二人でやってきたんです!」

「ええ、なんとかしてみます」


 ウミンは詠唱をして、治癒魔法を発動する。

 薄い光が男を包むと、苦悶の表情が、少しやわらいだ。

 

 しかし、あくまで応急処置だ。

 軽い火傷はこれで十分だが、深い火傷はそれだけ回復に手間と時間がかかる。

 魔法で疼痛と損傷拡大を抑えている間に、中心街にある王立治療院の出張所に運ぶのがいいだろう。

 あそこには強力な回復魔法陣があり、治癒の助けになる。


「先生、うちの人はっ?」

「命は助かると思います」

「本当ですかっ。ありがとうございますっ」

「ですが――」


 復帰には相応の時間が必要だろう。

 それに、炭化した指は回復困難な印象で、包丁は二度と持てない可能性が高い。

 

 それを女将にどう伝えるべきか、一瞬思考を巡らせていたら、


「どうしたんだ?」

 

 呑気な声で、男が厨房に入ってきた。 

 黒髪に、黒い外套を羽織っている。


「あなたは?」

「客だよ。爆発音がしたから何事かと思ってな」

「ちょうどよかったですっ。この人を中心街まで運びたいんですっ」


 助けを求めると、男は怪我人に視線を移し、ゆっくりと近づいてきた。


「ふぅん、火傷か。火の魔石の暴発ってとこかな。古いやつだと稀にこういうことがあるから気をつけたほうがいいぞ」  


 ひどい怪我を目にしても、なぜかあまり驚いた様子はない。 


「あのっ、手伝ってくれます? 重いので、男手があると助かるんですが」 

「ちなみに、どうして中心街に運ぶんだ?」

「王立治療院の出張診療所があるんです。そこにいけば高度な回復魔法陣があるので」

「へぇ、そんなものがあるのか。なかなか興味深いな」

「興味深いって……」

「でも、この程度の怪我ならそんな必要もないだろ」

「え?」


 ウミンがまばたきをすると、廊下側から声がした。

 

「ゼノス、大丈夫? もう馬車が出るみたいだよ」

「ああ、大丈夫だ。すぐ行くよ」


 昨晩、風呂で見かけたエルフの少女がこっちを覗いている。


「ここのうまい飯が食えなくなるのは困るから、特別サービスだ」


 男はそれだけ言って、厨房を出て行った。


「ちょ、ちょっと待って下さいっ。運ぶのを手伝って……!」


 信じられない。

 怪我人を前に平然と去っていくなんて。


 しかし、直後にもっと信じられないことが起こった。


「ん、あれ……俺は……?」


 なんと床に伏せっていた男が、急に起き上がったのだ。

 いや、単に起き上がっただけではない。

 目を覆うような火傷が、何事もなかったかのように綺麗に消え失せていた。


 女将は感激した様子で、ウミンの手を握りしめる。


「よかったっ。先生、ありがとうございます、ありがとうございますっ」


 涙を流しながら御礼を言われたが、一番驚いたのはウミンだった。  


「ど……どうして……?」


 最初にかけた治癒魔法が効いてきた?

 いや、そんなレベルの傷ではなかったはずだ。


 あの火傷を補助魔法陣もなしに完治させるなど、上級治癒師だって無理なはず。

 こんな真似ができるとしたら、聖女か一部の特級治癒師くらい……


 ――!


 ウミンは慌てて外に駆け出した。

 停留所まで懸命に走ったが、馬車は既に出発した後だった。


「でも……今度こそ夢じゃない」


 肩で息をしながら、ウミンはつぶやいた。


 やはり、いたのだ。


 闇に紛れた、特級レベルの天才治癒師が。

書籍化に続きコミカライズも決まりました。


見つけてくれてありがとうございます。

気が向いたらブックマーク、評価★★★★★などお願い致します……!

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― 新着の感想 ―
[一言] はあ…もう好きになっちゃうよゼノス。俺男だけど。笑
2022/01/26 01:08 退会済み
管理
[一言] 貴重な常識人枠がやっとゼノスに会えて良かったですね 常識人枠に見えるだけかもしれませんが
[一言] コミカライズおめでとうございます。ゼノス君こうして見つかってしまうのでしたか。ますます平穏な生活が遠のきますね。
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