第38話 提案
廃墟街の治療院にて。
治療室の椅子に座ったクリシュナは、神妙な表情で言った。
「ゼノス氏。結局、ゴーレム事件の黒幕について今のところ判明しているのは、"案内人"と名乗る人物だったということくらいだ」
「そうか……」
ゼノスは腕を組んで、嘆息した。
その名前には聞き覚えがある。
前にゾフィアが言っていた、条件次第で依頼を受けるという地下ギルドの一員だ。
事件の後、アストンから没収した地下迷宮の宝剣を売ることで、家屋の復興費用はまかなえたが、重労働の対価は全く得られていない。
「"案内人"か。記憶に刻んでおくぞ。必ずいつか取り立てる」
「ああ、だが足取りを追うのは簡単ではなさそうだ。アストンという男から聞いたアジトにも出向いてみたが、すでにもぬけの殻で、痕跡は一切残っていなかった」
「あたしも"案内人"についてちょっと調べたんだけどさ」
奥の食卓で、ゾフィアが右手を上げた。
「弟に地下ギルドに探りを入れさせたところ、"案内人"が地下に来たのは結構最近みたいだね。誰ともつるまず、ギルドの中でも浮いた存在だってさ」
「リンガも調べたけど、同じような答えだった」
「裏社会では互いの素性は詮索しないのが鉄則だからな。周りへの聞き込みでは限界があると我は思うぞ」
「ふーん……」
次はクリシュナが右手を上げる。
「近衛師団も"案内人"は危険分子としてマークはするが、あれだけ痕跡を消しているということは、当分表に出てくる気はないかもしれないな」
「そうか」
「だけど、いずれ戻ってくる。あたしはそんな気がするけどねぇ」
「うーん」
「憶測で適当なことを言うのはやめてくれないか」
「なんだい? あんたの意見だって単なる憶測だろ?」
「いや、ちょっと待て……」
ゼノスはゆっくり立ち上がって、治療室と食卓にいる女達に交互に目をやった。
「さっきから離れた場所で交互に喋るのやめてくれない? だいぶ話しづらいんだが」
クリシュナはしゅんとして、唇を尖らせる。
「し、仕方あるまい、ゼノス氏。立場上、ゾフィア達と同じ卓で仲良く紅茶を飲む訳にはいかんのだ」
「それはこっちの台詞だよ。なんであんたがここに来るのさ」
「事件関係者への事後報告という立派な仕事だ。用もないのにゼノス氏の貴重な時間を奪っているのはどっちかな」
「口だけは達者だねぇ」
「達者なのは口だけではないところを見せようか」
「あー、こらこら、ここでは喧嘩禁止だ。そもそも今日は疲れて休業なんだから、急病と重傷以外は帰った帰った」
ゼノスに追い立てられて、亜人達は渋々と治療院を後にする。
ドアノブに手をかけたまま、クリシュナは振り返った。
「そうだ、帰る前に一つ。アストンだが、私以外の取り調べではゼノス氏の名前は一切出さなかったようだ。ゼノスの活躍を俺が語ってたまるか、と言っていたが、あの男なりに気を遣ったのかもしれない」
「そうか……」
「それで、ゼノス氏は今回も大きな功績をあげた訳だが――」
「目立つから、表彰も記録も嫌だ。俺は労働の対価さえ回収できればいい」
「そう言うと思っていたよ。もし"案内人"が見つかったらすぐに連絡しよう」
ドアがパタンと閉じられる。
客人達が帰ると、ようやく静かな空間が戻ってきた。
「ねえ、ゼノス。リリ、ちょっと思ったことがあるの」
紅茶のカップを手に、キッチンからリリがやってきた。
「なんだ?」
「この前の事件で、ゼノス結構大変だったでしょ?」
「まあ、久しぶりに疲れたな」
「だからね、たまには気晴らしに、リ、リリと二人で……お……」
リリはカップを抱えたまま、口をもごもごしている。
「お?」
「リ、リリとおん――」
「先生っ」
突然ゾフィアが戻ってきて、リリは言葉を飲み込んだ。
ゼノスは怪訝な顔で振り返る。
「どうしたんだ、忘れ物か?」
「いや、そうじゃないのさ。実はちょっと提案があって、リンガとレーヴェが帰るのを待ってたのさ」
「提案?」
「先生、この前の事件は結構大変だったろ?」
「まあ、久しぶりに疲れたな」
「だからさ、温泉にでも行かないかい?」
「……温泉?」
「そう。広くて温かい湯につかれば、先生の疲れも癒えるんじゃないかと思ってさ」
「なるほど……たまにはいいかもな」
「約束だよ、先生」
ゾフィアが上機嫌で出て行くと、すぐにリンガがやってきた。
後ろを気にしながら、こそこそと近づいてくる。
「どうしたんだ、忘れ物か?」
「そうじゃない。実はリンガには素晴らしい提案があって、ゾフィアとレーヴェがいなくなるのを待っていた」
「提案?」
「ゼノス殿は、この前の事件結構大変だったと思う」
「まあ、久しぶりに疲れたな」
「だから、温泉に行こう」
「悪くはないが……」
「やった。ゼノス殿、約束」
リンガが獣耳をふりふりしながら出て行くと、すぐにレーヴェがやってきた。
「ゼノス。実は我に提案があって――」
「温泉か?」
「さすがだな。相思相愛だけあって我の思惑をぴたりと当てるとは」
「相思相愛かはわからんが、お前の考えは大体わかる……」
この三人、絶対仲いいだろ?
レーヴェが軽い足取りで帰ると、ドアが四たび空いた。
「ゼ、ゼノス氏。そういえば私に提案が……」
「クリシュナ、お前もかぁぁぁっ!」
こいつ、実はゾフィア達と仲良くなれるのではないだろうか。
来客を帰し、ようやく安堵の息を吐いたゼノスは、再度リリに向き直った。
「それで、リリの話はなんだ?」
「ううぅ……もっ、もういいもん――」
リリはぷくぅと頬を膨らませて、寝室に駆けていく。
「……一体、なんだったんだ……」
呆然としていると、二階から含み笑いが降ってきた。
「くくく……温泉か。久しぶりじゃのう」
行く気まんまんなレイス……!
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