第37話 王立治療院の少女
ハーゼス王国。
"我ら大陸をあまねく照らす光たれ"――興国の祖の有名な言葉から、別名、太陽王国とも称される大国である。
王都中心にある宮殿を囲むのは、国家創立の功労者達の血を引く貴族の住まう特区。
その一角には、国家の中枢機関が集まる行政区と呼ばれる区域があり、中に真っ白な外壁の広大な建物があった。正門に高く掲げられたのは、二本の手が太陽を癒すように包み込んだ図柄の紋章。
王立治療院。
ハーゼス王国における治癒師達の総本山である。
「ベッカー先生、ちょっと聞いてもいいでしょうか」
その建物の一室で、眼鏡をかけた青い髪の少女が言った。
「なんだい、ウミン?」
彼女の前には、ブラウンの髪の優し気な顔の男が座っていた。
身だしなみにはあまり興味がないようで、後頭部に寝癖がついている。
ウミンと呼ばれた少女は、恐る恐る質問を口にした。
「あの……治癒師のライセンスがないのに、特級クラスの治癒魔法を使える人物っているんでしょうか?」
「……?」
男は小さく首をひねった。
「どうかな……。ライセンスがないということは正規教育を受けていないか、試験に落ちたかのどちらかだよね」
「まあ、そうなりますかね」
「それで特級レベルというのは、普通は考えにくいと思うけど」
「ですよね……」
「だけど、もしそんな人物がいるとしたら――」
少し垂れ気味の瞳の奥が光る。
ウミンは思わず身構えて、喉を鳴らした。
「いたら……?」
「かっこいいよね!!」
がくっと膝が折れる。
「か、かっこいいですか……」
「かっこいいよ。だって、すごいじゃないか。独学で特級クラスの治癒師になるなんて」
男はきらきらと目を輝かせる。
この先生は時々抜けたところがある。
まあ、そういうところが好きなのだが。
やがて男は居住まいを正して、穏やかに笑った。
「まあ、そんな人がいたら是非会ってみたいけど、さすがに難しいかな。無ライセンスで営業していたら、立場上は取り締まらないといけないしねぇ」
治療。
教育。
研究。
冒険者支援。
そして、国内治療院の監督・管理が王立治療院の主な仕事だ。
「で、それがどうかしたのかい?」
「いえ、ちょっと聞いてみただけです」
ウミンは手を振った。
貧民街の怪物事件で、治療が必要な怪我人が一人もいなかったことが妙に気になっていた。
実はこの国のどこかに、闇にまぎれた天才治癒師が隠れているのではないか。そんな発想を抱いたが、どうにも荒唐無稽な気がして、これ以上口にするのは憚られる。
結局、事件についても、その後正式な発表はない。
近衛師団が情報統制をしているのだろうが、そもそも中央は貧民街で起こる事柄には基本的に興味を示さないものだ。
男はそこでふと思い出したように、引き出しから封筒を取り出した。
「そうだ。地方の往診当番がまわって来ているんだけど、行ってくれるかい、ウミン」
「またですか? 先生そんなのばっかりまわされるんですから」
「まったくだねぇ。でも医療過疎地域の往診も王立治療院の立派な仕事だよ」
「そうですけど……」
往診は嫌いではない。
ただ、今は色々と気がかりなことがあり、どうも乗り気になれなかった。
俯くウミンを気遣うように、男は優しく声をかける。
「ウミンは、例の件が気になっているのかい」
「ええ、まあ……」
「僕も同じだから、気持ちはよくわかるよ。しかし、考えすぎて君自身が体調を崩しては元も子もない」
「ありがとう、ございます」
「実はそれもあって、この往診の仕事をもらってきたんだ」
「……?」
ウミンが小首を傾げると、男は封筒から紙を取り出し、意味ありげに渡してきた。
「疲れを感じている人にオススメなんだ。なんせ今回の往診先は、癒しを求める人々が集まる場所だからね」
「人が集まる場所……」
だとしたら、探し人にばったり出会えたりすることもあるだろうか。
ウミンは受け取った紙面を眺めながら、ぼんやりと考えた。
2章ぼちぼち始まります。
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