第34話 理由
「どうやら、気づいたようだね」
望遠魔具を食い入るように覗く"案内人"は、声を弾ませた。
「不完全な魔石に生命を宿すには、生きている人間を使えばいい。そこまではよかったんだけどね」
感情が複雑な人間は、制御が難しいのが問題だった。
そこで、単純かつ強い負の思いを持つ者を探していたところに現れたのが、あのアストンという男だった。
少し協力してくれれば、金は一切いらないと告げたら、簡単に乗ってきた。
あとは復讐に必要という理由で体に魔石を植え付け、それを核にゴーレムを組成する。
「さあ、ゼノス君。キミはこの戦いにどう幕を下ろすのかな」
依頼人の体は、すでに魔石に取り込まれ、ほとんど同化しているはずだ。
魔石を破壊したいなら、本人ごと葬らなければならない。
よって、今回は選択肢はない。
ゴーレムの死を以て、戦いに終止符を打つ。
その一択だろう。
「だけど、さんざん人を癒し救ってきたキミが、最後は自分を拾った元パーティメンバーを殺して終わるんだ。痛快なシナリオじゃないか」
興味があるのは、ゼノスという男が、その一択をどう実行するか。
安い命と引き換えに、面白いものが見れそうだ。
"案内人"はそう言って、くすくすと笑った。
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「みんな、悪い。一旦離れてくれ」
再生しつつあるゴーレムを前に、ゼノスは亜人達に言った。
「でも、先生っ」
「リンガはまだやる気まんまん」
「前線は我らに任せろ。ゼノスの後方支援があれば、負ける気がせん」
「まあ、本当はそうすべきなんだけどな」
治癒師は最前線に立つな――師匠の七番目くらいに多かった口癖だ。
自分の戦いに集中すると、仲間へのサポートがおろそかになる。
それにもし怪我を負うと、魔法の精度も落ちて、結果、パーティの全滅を引き起こしかねない。
だから、その口癖は全面的に正しい。しかし――
「すまん。こうなった以上、あいつと決着をつけるのは俺しかいないんだ」
「先生……」
ゼノスの真剣な口調に、亜人達は互いに顔を見合わせて、ゆっくりとその場から下がっていった。
「そろそろ夜が明ける。わらわは太陽は苦手じゃからもう帰るぞ」
後ろにふわふわと浮いていたカーミラが言った。
「ああ、俺もすぐ戻るよ」
「別に心配はしとらん。紅茶でも用意して待っててやる」
「恩着せがましく言ってるけど、用意するのはリリだよな?」
「くくく……」
カーミラは身を翻して、その場から離れていった。
貧民街の住人もすでに周辺一帯からは避難している。
辺りはひどく静かだった。
「アストン。もうここにいるのは俺達だけだ」
瓦礫の散らばる街に、ゼノスの声が響き渡った。
「この街で、お前が俺に声をかけた。それが俺達の始まりだったよな」
砂利を踏みしめながら、少しずつ距離を詰めていく。
「ったく。お前が子供を助けるとか、らしくない真似しやがって」
アストンは市民でも下級市民の出身だったはずだ。
――あいつが金と権威に異常に執着してるのは、薬が買えずに小さい妹を病気でなくしたからだよ。本人は否定してるがな。
アストンと最もつきあいの長いガイルが、別のメンバーにそう話していたのを偶然聞いたことがある。
既に意識が曖昧で、泣いている子供に、死んだ妹の姿が重なったのかもしれない。
逆に言えば、まだかすかに人間の部分が残っているのだろうか。
オオオオオオオオオオオオオオッ!
再生を終えたゴーレムは、立ち上がって雄たけびをあげた。
両腕を天に突き上げ、ゼノスに向けて戦闘態勢をとる。
「一応、怒りの感情もまだ残っているようだな。拾って捨てた犬が、自分より幸せそうで憎いか。アストン」
ゼノスはゴーレムの巨体に向けて、淡々と足を進めていく。
「まあ、お前にも色々あったかもしれんが、俺には一切関係ないからな」
その右手に白い光が集まる。
以前、レーヴェの治療に使用した<執刀>が形を変え、剣の形状に変化した。
「――それに、冷静に考えたら、俺のほうが千倍憎いぞ」
ゼノスはその場を駆け出した。
轟音とともに降り降ろされる両腕を、脚力強化でかいくぐる。
「おおおあああっ!」
白い剣で右膝を両断。ターンしながら左膝を切断。
崩れ落ちる上体を転がりながらかわすと、すぐに立ち上がって左胸を十字に切り裂く。
岩の装甲に亀裂が入り、胸の内部が露出した。
「よう、また会ったな」
はたしてアストンはそこにいた。
魔石に浸食され、皮膚はまだらに黒ずんでいる。
瞳は虚ろで、あああ、とかすれた声が喉奥から漏れていた。
「と言っても、別に会いたい訳でもないがな。お前の顔を見るのは今日で最後だ」
ゼノスは言いながら、剣を振り降ろし、アストンの腕を両断する。
低い悲鳴が、朝を待つ空に響き渡った。
「体力ないし、面倒だから、なるべくさっさと終わらせるぞ」
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「なるほど、そうくるのか……」
丘の上の"案内人"は、戦況を見つめながら静かに頷いた。
「思ったより躊躇なく殺すんだね。まあ色々仕打ちを受けたみたいだし、当然と言えば当然か」
そのこと自体に驚きはない。
そして、想像の範囲で動く相手であれば、怖さもない。
少し買い被りすぎたか。
「うーん、これで終わりか。最後は期待ほど盛り上がらなかったけど、仕方ないか……」
そこまで言って、"案内人"は息を呑んだ。
「……いや、違う。これは――!」
+++
オオオオオオッ! ああああああっ!
ゼノスの振り回す白刃が、魔石と融合したアストンの身を容赦なく削っていく。
ゴーレムとアストンの悲鳴が混じり合って、異様な音が辺りに轟いた。
ゴーレムが暴れ、アストンを核に岩や泥が再生を始める。
それを撥ね飛ばし、時に防護で身を守り、そして再び向き直る。
「ああ、疲れるっ。ああ、面倒くさいっ」
不満をまき散らすゼノスを、亜人達が遠くから見守っていた。
「先生は何を時間かけているんだろうねぇ」
「リンガもそう思う。すぱっと倒せばいいのに」
「それだけ相手がしぶといのか……いや」
レーヴェが眉をひそめ、恐る恐るといった様子で口を開いた。
「ゼノスは、とんでもないことをやろうとしているかもしれんぞ」
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「……破壊、しながら、再生している……?」
望遠魔具を覗く"案内人"は、自身の声が震えているのを感じた。
あのゼノスという男は、ただデタラメに剣を振っているのではない。
魔石に浸食された部分を切り取り、欠片しか残っていない人間の部分を少しずつ再生しているのだ。
そんなことができる人間がいるのか。
"案内人"は、初めて戦慄が背筋を走るのを感じた。
「なんて、奴だ……」
+++
ゼノスの斬撃は続いていた。
体を削り、わずかに残った人間の組織を再生。
魔石の浸食が進むと、そこをまた治療する。
延々と繰り返すうちに、ゴーレムの動きは鈍くなっていた。
「……ス。ど……して」
徐々に人間の部分が戻ってきているアストンが、かすれた声を発する。
「正直、お前は滅んだほうが世のため人のためなんだけどな」
ゼノスは肩で息をしながら、<執刀>を振るった。
夜は少しずつ白み始めていた。
「……は、……なぜ……」
「はあ? お前、損害額わかってんのか。落ちぶれたお前じゃ全額払えないから、首謀者からも取り立てる。死ぬなら黒幕の居場所を吐いてから死ね。それが一つ目の理由だ」
人間の部分が増えてくるにつれて、装甲となっていた岩がぼろぼろと零れ落ちていく。
ゼノスは疲労の蓄積した腕をなんとか持ち上げた。
「二つ目は、お前はろくでなしだが、結果的に二つだけ俺の人生にいい影響を与えた。俺を貧民街から拾い出したことと、気まぐれの手切れ金だ」
剣を振り降ろし、欠けた部分を再生する。
あの金貨を元手に、リリを救ったことが切っ掛けで、治療院を始めることにした。
それが大きな転機となった。
「三つ目。お前をかろうじて消さずにいてやる最大の理由はな――」
全身の力を込めて、ゼノスは最後の<執刀>を振るった。
「俺が治癒師、だからだよ」
――治癒師がいないから俺らのパーティに入れよ。
――はっ、治癒師のライセンスもないくせに。
――お前の我流の治癒魔法なんてなくても、強くなった俺らを傷つけられる相手はいねえんだよ。
――おいおい、大ボラ吹くなよ。
「わかったか、この大馬鹿野郎」
「……嫌というほど、わかったよ。お前がどれだけすごい奴かってことは……」
全ての装甲が崩れ落ち、アストンはがっくりと膝をついた。
「こんなの……人間業じゃねえだろ……」
綺麗になった両腕を眺めて、脱力したように呟く。
「なにも、かも、失ったのに……それでも生きろ、って言うのか。これがお前の仕返しか」
「そこまで知らん。考えすぎだ」
「……」
二人の間を、一陣の風が吹き抜けた。
遠い山の稜線が、朝の到来を告げるかのように明るく染まっていく。
しばらくの沈黙の後、アストンはぽつりと言った。
「お前が亜人を支援するのが、ぼんやり見えていたよ……。お前はああやってずっと俺らをサポートしてくれてたんだな……」
「急に気持ち悪いな。何を企んでるんだ」
「ひでえな……? いや、そう思われても仕方ないが……。ずっと他人を利用して生きてきたら、最後は自分が利用された……ざまあないな」
アストンは俯いて言った後、額を地面にこすりつけた。
「もう、何を言っても駄目なのはわかってる……ただ、これだけは言わせてくれ……。……すまねえ……すまねえ、ゼノスっ」
それはアストンから聞いた、初めての心からの言葉に聞こえた。
ゼノスは軽く息を吐き、アストンの肩を優しく叩いた。
「もういいよ。顔を上げろよ、アストン」
「いや、それじゃあ俺の気がすまねえ」
「いいって。ほら、その体勢だと殴りにくいだろ?」
「……え?」
「人間に戻ったなら、もう遠慮はいらないよな」
「あの、え」
「能力増強――腕力十倍。このために少しだけ魔力を残してたんだよ」
「ちょ、ま」
「お前を生かした四つ目の理由を教えてやる。意識が曖昧な時に仕返ししても、俺がすっきりしないからだ」
ゼノスは青い光をまとった右腕を、ゆっくり振りかぶる。
「手間かけさせやがってぇぇぇっ! 土下座くらいで許すかぁぁぁぁっ!!!!」
「ごぶべええええぇぇぇっ!」
渾身の右ストレートが、アストンの顔面に炸裂。
吹き飛んだ体は、爽やかな朝日の煌めきの中に消えていった。
あと2話で1章終了予定です。
皆様、良いお年を……!(もしくはあけましておめでとうございます)
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