第33話 ゴーレム襲来【後】
眼前に立ちはだかるのは、岩と泥で造られた巨体。
「みんな、まずは一度思いっきりぶつかってみてくれ」
ゾフィアとリンガとレーヴェ。
そして、彼女らの数人の部下達が、ゼノスの号令でゴーレムに向けて駆け出す。
ただ、敵の放つ威圧感に、若干戸惑っているようにも見えた。
「大丈夫だっ。怖いと思うが、怖がらなくていい。サポートは任せろ」
後方に立つゼノスは、亜人達に向けて手をかざす。
――敏捷性強化。
薄く青い光が彼らを取り囲むと、その速度が一気に増した。
「なんだ、体がやけに軽いね」
「きっとゼノス殿が何かをした」
「いいぞ、これなら戦えそうだ」
ゾフィアは鞭を取り出し、リンガは手斧を構え、レーヴェは槍で突進した。
――筋力強化。打撃力向上。
破壊音が響き、強化された三人の打撃を受けたゴーレムの足の一部が、ばらばらと崩れ去った。
「能力強化魔法は久しぶりだが、まあまあだな。いいぞ、続けてくれっ」
ゼノスは両手を前にかざしたまま、声をはりあげる。
オオオオオオアアッ!!!!
ゴーレムはこちらを敵と認識したのか、急に獰猛な唸り声を上げて、両手を振り回してきた。
轟音が鳴り、突風が巻き起こる。
ゴーレムの指先がリンガの身にかすり、その体が廃屋に突っ込んだ。
「リンガっ、大丈夫かいっ」
「ん、驚いたけど、無事。ゼノス殿のおかげ」
リンガは無傷で、廃屋から出てきた。
既に防護魔法がその身を覆っている。
パーティ時代もこうやって後方から仲間達の戦闘を支援していた。
違いと言えば、当時は黙ってサポートしていたということだ。
理由は、補助魔法を一度戦闘時に使ったら、アストンが怒りくるったからだ。
今思えば、ゼノスを虐げているという自覚はあったのだろう。
だから、戦いの最中に後ろから妙な魔法をかけられて、復讐されるのを恐れていた。
何度も釈明したが聞いてもらえず、結局ゼノスは、詠唱もせず、可能な限り魔法の気配も消すよう訓練し、黙って密かにサポートすることにした。
結果、何もしていないと追放されたのは因果なものである。
「戦い方はだんだん思い出してきたな」
注意すべき制約は、二つ。
一つはゼノスと離れるほど魔法の効果が弱まるため、一定の距離にいること。
もう一つは、治癒・防護・能力強化は、基本は同じでも発動の形が違うため、完全に同時にはかけられないことだ。
よって、防護で守りながら、攻める瞬間に能力強化、その際に傷を受けたらすぐに回復。
戦況に合わせて、必要な魔法を瞬時に切り替えていく必要がある。
ゼノスの支援を受けた亜人達は、結果、無傷のままゴーレムを少しずつ押していた。
「よし、大体わかった」
カーミラの言った通り、手足を破壊しても、欠けた部分に岩や泥が再びまとわりついて再生してしまう。
ただ、完全再生までには若干、時間がかかることが確認できた。
それが鍵だ。
「みんなっ、同時に左右の足を壊してくれ」
ゼノスの号令で、亜人達は同時に駆け出した。
ゴーレムの倒し方は、体のどこかにある魔石を破壊すること。
<診断>を使えば、その位置は特定できるが、激しく動かれると精度も落ちてしまう。
だから、足を破壊し、再生までの動けない一瞬に<診断>を使う。
魔石の位置さえわかれば、後は集中攻撃をかけるだけだ。
三人の亜人は、淡い光に包まれながら、互いに目を合わせた。
「まさか、あんたらと一緒に戦う日が来るなんてねぇ」
「これもゼノス殿のおかげ」
「これほど安心して背中を任せられるのは初めてだな」
+++
「いやはや、驚かせてくれるね、ゼノス君」
丘の上から戦況を眺める"案内人"は、再び感嘆の息を吐いた。
中央の助けを期待してやりすごすのか。
この場を逃げ出して助けを呼びに行くのか。
どちらを選ぶか見ていたら、またもや予想を超えてきた。
あの男はたった数人を引き連れて、真っ向からゴーレムに立ち向かっていったのだ。
「すごいぞ。即席の集まりが、これだけの力を発揮するとは」
防護魔法と能力強化魔法も使えるとは聞いてはいたが、想像以上だ。
古の怪物を相手に、種族も異なる亜人達が、まるで歴戦のパーティのような戦いぶりを見せている。
「そもそも別系統の魔法をあのレベルで使いこなせるなんて反則だよ。これは第二幕もキミの勝ちだね」
しかし、言葉の内容とは裏腹に、"案内人"はひどく楽しそうだ。
そのつぶやきには高揚感が滲んでいる。
「さあ、いよいよクライマックスだ。最後の選択がキミを待っているよ」
+++
ゴアアアアァァァッ!!!
亜人達の同時攻撃を受けたゴーレムの両足が、瓦礫となって散らばった。
支えを失った上体が、勢いで後方に倒れ込む。
その瞬間、ゾフィアが叫んだ。
「先生、逃げ遅れた子供がいるっ!」
「なに?」
怖くて廃屋の陰に隠れていたのか。
ゾフィアが指さしているのは、ちょうどゴーレムが倒れ込もうとする辺りだが、瓦礫が邪魔でゼノスの場所からは見えなかった。
「くっ」
見えない相手に、精度の高い防護魔法はかけられない。
ゼノスはすぐに駆け出す。ぎりぎり間に合うか――
――が、
ゴーレムがふいに上体をひねって、両手をついた。
まるで子供をつぶすまいとするかのような行動に、一同の動きが一瞬止まる。
その隙に、泣きながら子供が飛び出してきた。
ゾフィアの部下が、すぐにその子を抱えて避難させる。
「ありえん……」
ゼノスの後ろで、カーミラが呆然と言った。
「ゴーレムは与えられた単純な命令をこなすだけじゃ。今のような行動は考えられん。そもそも貴様らと戦い始めた途端、急に獰猛になったのもおかしい。行動に波がないのがゴーレムの特徴じゃというのに」
レイスの言葉を耳にしながら、ゼノスは静かに答えた。
「カーミラ。疑似生命の核になる高純度の魔石は、もう手に入らないと前に言ったよな」
「ああ、言ったぞ」
「もしも、不完全な魔石に無理やり生命を宿らせるとしたら、どんな方法がある?」
「……まさか……!」
視線はずっと前にむけたまま、ゼノスは掲げていた手をゆっくり下ろす。
「ゴーレムの<診断>を終えた。魔石は左胸の位置にある」
そして、<診断>は、魔石の位置に、かつて見たことのある輪郭を描き出した。
ゼノスは、再生しつつあるゴーレムをじっと見つめながら呟いた。
「お前は、アストンか……」
アストンお前……!
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