第32話 ゴーレム襲来【中】
「これは、驚いたな」
丘の上で、"案内人"は感嘆の声を上げた。
「なんなんだ、あれは。特級クラス、下手をするとそれ以上じゃないか」
望遠魔具のレンズには、黒髪に黒い外套を羽織った男が映っている。
依頼人から聞いていた外見を思い返すに、おそらくあの男がゼノスというターゲットだ。
男の前に並んだ怪我人達が、みるみるうちに回復している。
凄腕の治癒師らしいとは聞いていたが、まさかここまでとは思っていなかった。
「いいね、ゼノス君。予想を超える人間は大好きだ」
無力感と喪失感にさいなまれ、絶望に膝をつくのか。
それとも、少しでも抗おうと前を向くのか。
どちらを選ぶのか興味深く見ていたら、あの男は大真面目に全ての怪我人を助けるつもりだ。
それも涼しい顔で、当然のごとく。
そんな人材が貧民街にいるとは、さすがに予想していなかった。
「第一幕はキミの勝ちだと認めよう。果たして第二幕はどうかな」
怪我人の治療はできても、ゴーレム自体をどうにかしない限り、根本的な解決にはならない。
指をくわえて見ている間に、街の破壊は着々と進んでいく。
「次はどうする、ゼノス君? お手並み拝見とさせてもらうよ」
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「先生、怪我人はもう見当たらないって」
「リンガの部下からも怪我人の報告はない」
「オークも同じくだ、ゼノス」
「あぁ、疲れた……」
貧民街の空き地にて。
一通りの治療を終えたゼノスは、その場に座り込んだ。
怪我の治った者達には、ゴーレムからなるべく離れるように指示したため、この場に残っているのは、ゾフィア、リンガ、レーヴェとその部下が少数、それにゼノスとカーミラだけだった。
「先生のおかげで死人は出ていないみたいだよ」
「ああ。そりゃよかったが、まだあれがいるからな……」
ゼノスは疲れた声で言った。
ゴーレムは時折、地鳴りのような唸り声を上げながら、手当たり次第に家屋を破壊している。
立ち込める煙の奥から、その巨体が少しずつ近づいてきていた。
「カーミラ、あれは一体なんなんだ?」
「前にも言った通り、特殊な魔石を核とした人造生命じゃ」
「放っておいたら、そのうち飽きて家に帰ってくれないかな?」
「それはないの。ゴーレムは与えられた命令を完遂するまでは決して止まらん」
「なんだよぉぉ、そろそろ飽きろよぉぉ」
今回の場合、与えられた命令は「貧民街を破壊しつくせ」とでもいったところだろうか。
脱力するゼノスの脇で、カーミラは腑に落ちない様子で続けた。
「しかし、わからん……。ゴーレムの核になりえる高純度の魔石は、魔王城のあった南方大陸でしか獲れないはずじゃ。それも300年前の人魔大戦でほとんど取りつくされてしまったはず。闇魔法の体系も失われて久しいし、錬成の材料だって簡単に手に入るものではない。一体、誰がこんなことを……」
今の技術で、完全なゴーレムが作れるはずがない、とカーミラは断定する。
「そう言われても、目の前にいるぞ」
「まあ、そうじゃが……」
ゼノスは溜め息をついて、ゆっくり立ち上がった。
「仕方ない。死ぬほど面倒くさいけど、そろそろ休憩を切り上げて行くか」
「……行く? どこにじゃ?」
「決まってるだろ、あの怪物を倒しにだよ」
「――!」
カーミラが目を見開くと、ゾフィアが横から口を出した。
「先生、あたし達も行くよ」
「いいのか? 危険手当はあまり出せないかもしれないぞ」
三人の亜人は顔を見合わせて、強く頷いた。
「いいに決まってるじゃないか。棲み処を破壊されて黙っている訳にはいかないよ」
「ここはリンガ達の街。土足で荒らすのは許さない」
「ああ、我らの怖さを思い知らせてやらねばな」
「……わかった。それはそれで助かる。俺は基本的に後方支援タイプだしな」
ゼノスは後ろでふわふわと浮いているレイスに尋ねた。
「カーミラ、ゴーレムはどうやったら倒せるんだ?」
「体のどこかにある魔石を破壊するんじゃ。そうでなければ、何度でも再生する」
「魔石を破壊か……」
ゼノスは肩をぐるりとまわした。
【鋼鉄の不死鳥】を追放されて以来、久しぶりの戦闘の機会だ。
黒い外套をまとった男は、首をこきこきと鳴らしながら、やる気ゼロの口調でこう言った。
「その魔石って、さすがに売り払う訳にはいかないよなぁ……」
かつて、不滅の鳥からもがれ、捨てられた羽。
地に伏した漆黒の不死鳥が今、闇夜に羽ばたく。
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