第28話 地下ギルドの噂【前】
アストンとの偶然の再会から数日が経過した。
廃墟街の日常に変化はなく、いつも通りの一日を迎えていた。
「ん、このジャムなかなかいけるじゃないか」
「ふふんっ、そうだろう。リンガがブドウを煮詰めて作ったのだ」
「一人でやったように言うな。我も大いに手伝ったぞ」
ワーウルフの女首領が胸を張ると、オークの女首領が口を挟んだ。
「レーヴェの手を借りたのは重い鍋を持つ時だけ。ほとんどリンガが作った」
「ブドウを提供したのは我だぞ。しかも、最初に砂糖と塩を間違えたのは誰だ?」
「それは言わない約束」
リザードマンの女首領は、パンにつけたジャムをしげしげと見つめる。
「へぇ、ワーウルフとオークの首領が一緒にブドウジャムをねぇ。何があったんだい、ヤクのやりすぎで遂に頭がおかしくなったのかい」
「失礼な。リンガはヤクは扱わない」
「オークもそんなブツはご法度だ」
「じゃあ、どういう風の吹き回しなのさ」
リンガとレーヴェは顔を見合わせる。
「貴族の事件で、ゾフィアにいいところを持っていかれたのをリンガは気にしている」
「そう。我とリンガは、ゼノスの役に立てなかったのだ」
「なるほどねぇ。それで少しでも家庭的なところをアピールしようと、二人で結託した訳かい」
ゾフィアはおもむろに立ち上がって、高らかに笑った。
「あっはっは。けなげな努力ご苦労様。ブドウジャムごときで、あたしの功績に及ぶとでも思っているのかい? あたしは先生に直々に頼まれて、貴族の屋敷まで連れて行ったんだからねぇ」
「くっ……!」
「悔しいが、返す言葉がない……」
「先生争奪戦は、あたしが一歩リードだよっ。あーはっはっは!」
「リ、リリだって……」
「くくく……醜い女の争いは、ジャムより甘いわ」
「いや、さっきから全部聞こえてるんだが?」
ゼノスは治療室の椅子から、呆れた顔で立ち上がった。
患者が落ち着いてきたので、奥の食卓へと移動する。
「本人を差し置いて話を進めるな。というか、お前ら当たり前のようにうちでランチするのな」
亜人達は少し申し訳なさそうな表情を見せる。
「三人で話して、これでもちょっと減らしてるんだよ。あんまり先生の迷惑になっちゃいけないからさ」
「そう。本当は毎日来たいけど、リンガ達は週に2日で我慢してる」
「さすがに部下の面倒も多少は見てやらねばならんしな」
ゼノスは手前の席に腰を下ろした。
「まあ、治療の邪魔をしなけりゃいいが。リリ、紅茶あまってたら、もらってもいいか?」
「うんっ」
ゼノスは紅茶を一口飲んで、ジャムをつけたパンを手に取った。
「……普通にうまいな」
「そ、そう思っても言っちゃ駄目だよ、先生。こいつらが調子に乗るからさ」
「やっ、やったぞ! リンガは嬉しい」
「我らの勝利だな。……感無量だ」
「くくく……勝者なき削り合い」
リンガは獣耳をパタパタと高速で動かし、レーヴェは目頭を押さえている。
え、泣いてる?
ゾフィアがふと思い出したように言った。
「そういえば、この前、あたしのところに先生を追放した奴らが来たよ。先生を追放するなんて本当に馬鹿だねぇ」
「ああ、アストンか」
二度と会うことはないと思っていたので再会は少し驚いた。
「リンガのところにも来た。確かにアホな面をしていた」
「我のところにも、そのゴミパーティはのこのこやってきたな」
散々な言いぶりの後、ゾフィアは少し神妙な顔で言った。
「そのアストンって男。よからぬ雰囲気があったから、一応部下に足取りを追わせてたんだけど、その後、居場所が掴めていないんだ」
「リンガも同じ。ワーウルフの鼻でも探せていない」
「それが、オークの網にも引っかかっていないのだ」
「普通に街区に戻ったんじゃ……?」
リリが言うと、亜人達は互いに顔を見合わせた。
「だったらいいんだけどねぇ……」
「もし、もっと深いところに潜っていたら厄介」
「ああ。貧民街には、我ら亜人でも入り込まない底があるからな」
「貧民街の、底……?」
首をひねったリリに、奥のカーミラが言った。
「こいつらが言っているのは、地下ギルドのことじゃ」
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