第24話 その頃アストンのパーティは(Ⅳ)
「ちっ、無駄に時間を食っちまったな」
再び森の洞窟に戻ってきたアストンは入り口で舌打ちをした。
最寄りの町で臨時の治癒師を探したが、急な依頼のためなかなか見つからず、フェンネル卿に言われた期限は刻一刻と迫っていた。結局、ギルドにかなり無理を通して、近隣の村に往診に来ていた治癒師を斡旋してもらったのだった。
「頼むぜ。しっかり役に立ってくれよ」
「あまり期待しないで下さい。私は普段は王都で治癒師をしていて、冒険者資格は一応持っているだけですから」
アストンが雇った女治癒師は、ウミンと名乗った。
丸い眼鏡をかけ、青い髪が揺れる肩には、雪がうっすらと積もっている。
「それにしても、A級魔獣ですら無傷で倒すと評判の【鋼鉄の不死鳥】が、どうして私のような中級治癒師のサポートを求めるのですか」
「……こっちにも色々事情があるんだよ」
アストンは不機嫌に言った。
「な、なあ、治癒師の姉ちゃん。ユーマは大丈夫なのか?」
「ユーマというのは、あの弓使いのお兄さんですか。一命はなんとか取り留めましたが、もう冒険は……」
補助魔導士のガイルの問いに、治療にあたったウミンはうつむいて答える。
「な、なあ、アストン、どうする……?」
「どうもこうも獲物を狩って持ち帰るだけだ。まさか怖気づいたのか、アンドレス」
「い、いや……」
娘の誕生日にファイアフォックスの毛皮を使用したマフラーを贈りたい。
それがフェンネル卿の要望だ。
移動時間を考慮すると、今日には毛皮を手に入れて帰途につかなければならない。
本来はさっさと獲物を狩って、途中の町で豪遊しながら王都に凱旋する予定だったのに。
アストンの苛立ちはピークに達していた。
「ちっ。ユーマは所詮、輝かしい【鋼鉄の不死鳥】に相応しくなかったんだよ。弓使いが一人減ったところで、ガイルが防いで、俺が削って、アンドレス、お前の破壊魔法で仕留める。それで問題はねえ」
「ま、まあ、そうかもしれないけどよ……」
「ガイル、今回は酒飲んでねえだろうな」
「あ、ああ、大丈夫だ」
ガイルは何度か頷いて、護符を握りしめた。
パーティは洞窟をゆっくりと奥に進む。
だが——
ガルルルゥゥッ!!
棲み処に辿り着く前に、二匹のファイアフォックスが、獰猛な唸り声とともに駆け寄ってきた。おそらく、匂いで同じハンターがやってきたとわかったのだろう。
先制攻撃を仕掛けてきたのだ。
「ぐっ」
立て続けに吐き出された火球を、アストンは剣でなんとか弾き返す。特別な文様が刻まれ、炎すら弾くこの剣を地下迷宮で見つけてきたのは、使えないゼノスの数少ない貢献だ。
「ガイルっ、防護を急げっ」
「ああっ、任せとけっ」
ガイルが魔法陣を描き、護符をかざす。詠唱とともに一同は緑色の光に包まれた。
これで一安心。あとはじわじわ相手を削っていくだけだ。
しかし——
「ぐあああっ!」
「馬鹿野郎、なにやってんだっ。さっさと起きろ」
火球の直撃を受けたアンドレスが、転げてのたうちまわった。
横目で眺めたアストンが罵声を飛ばす。
防護魔法があるとはいえ、油断しすぎだ。
アストンはファイアフォックスに斬りかかるが、軽くかわされ、剣先は全く獲物に届かない。
「ちっ、どうして当たらねえんだっ」
当たりさえすれば、この剣なら相応の傷を与えることができるのに。
酒はすっかり抜けているはずなのに、体のキレが悪い。
「あのっ、ちょっとっ!」
肩で息をしながら剣を構えていると、後ろで治癒師のウミンの叫びが聞こえた。
振り返ると、ウミンはアンドレスのそばに膝をついている。
「まだ続ける気ですかっ? この人、ちゃんと治療しないと危ないですっ」
「あ?」
火球の直撃を受けたアンドレスの胸の部分は赤く腫れあがり、一部は炭化しているように見える。息が細く、地面でぐったりしたまま動かない。
アストンは剣を振り回し、ファイアフォックスとの距離を取った。
体の動きが悪い今、単独でこの魔獣を仕留めるのは難しく、どうしてもアンドレスの破壊魔法が必要になる。そのアンドレスが使えない中、ここで粘っても消耗するだけだ。
アストンはぎりぎりと奥歯を噛み締めながら、後ずさった。
「どうなってんだよっ!」
洞窟の入り口まで戻ってきたアストンは、補助魔導士のガイルの襟首を掴んだ。
「真面目にやってんのかっ。今回は調子が悪いなんて言い訳聞かねえぞっ!」
「い、いや、俺にも何がなんだか……」
「防護魔法はかかっていましたよ。あれがなければこの人は即死していたはずです」
ウミンがアンドレスに治癒魔法をかけながら言った。
「結局、重傷負ってりゃ意味ねえだろうがっ。お前、治癒師なんだろ。さっさと治せよ」
「簡単に言わないで下さい。傷の状態に合わせて、術式を組んで詠唱しなきゃいけないんです。なんとか応急処置はしたので、回復魔法陣が整備されている治療院に急いで運ばないと」
「はあ? 俺らにそんな暇ねえんだよ。今ここで完全に治せ」
「あなたこそ何を言ってるんですか。この場で完治なんて上級治癒師だって無理ですよ。そんなことができるとしたら、せいぜい一部の特級治癒師か、聖女様くらいです」
「……」
絶句したアストンの脳裏に、かつて追放した男の名前が浮かぶ。
認めたくない、一つの事実。
このパーティが無傷でいられなくなったのは、あの男を追い出してからだ。
防護と能力強化魔法で適宜サポートしながら、仮に傷を負っても一瞬で治癒。
ゼノスが言っていたことは、まさか本当だったのか。
冷たい戦慄が、背筋を一瞬走った気がした。
「おい、ウミンと言ったな。……治癒師のライセンスもないのに、特級クラスの治癒魔法が使える奴ってのはいるのか?」
「うーん、考えにくいですけど。まさか、そんな人がいるんですか?」
「い、いや……」
アストンは首を振る。
俺は何を言っている。貧民ごときに、そんな真似ができるはずがない。
あいつはパーティの奴隷として連れていただけだ。
ただ、一つ確かなことは、今回のクエストはもう時間切れということだった。
「くそおおっ!!」
アストンの怒りの咆哮が、雪原に空しく響き渡った。
アストンのピンチは続く…!
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