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第23話 その頃アストンのパーティは(Ⅲ)

「やっと着いたな。ったく、無駄に遠いんだよ」


 雪をかぶった木々が繁る森の奥。

 眼前に広がる洞窟を眺めて、アストンは悪態をついた。 


 討伐対象のファイアフォックスは、北方雪原の森の洞窟を棲み処にするという。

 馬車は森の中までは入れず、雪道を幾らか歩く必要があった。 


「この俺に余計な体力を使わせやがって」


 アストンに続いたパーティメンバー達も、次々に愚痴をこぼす。


「あーあ、俺まだワインが抜けてねえよ」と、補助魔導士のガイル。

「さっさと片づけて、町で飲み直そうぜ」と、弓手のユーマ。

「だな。酒場の子、俺らが【鋼鉄アイアン不死鳥フェニックス】と言ったら目の色変わってたしな」と、破壊魔導士のアンドレス。


 無傷でA級魔獣を何体も討伐した売り出し中のパーティの名声は、こんな辺境にも轟いていたようだ。


「おい、アンドレス。抜け駆けすんなよ、俺だってあの娘狙ってんだ」

「そこは早い者勝ちだろ、ユーマ」

「おいおい。酒場の女ごとき取り合ってもめるなよ。俺らこれから貴族の令嬢だろうがなんだろうが、思いのままになるんだからよ」


 アストンの言葉に、一同はにやついた笑みを返した。


 洞窟の奥に進むと、肌寒い空気に、熱気が混ざり始める。

 ファイアフォックスは、北方に住む希少魔獣で、この時期は子育てで洞窟にこもることで知られている。毛並みが熱を帯び、鮮やかな赤に染まる時期だが、最も気性が荒いタイミングでもあることから、地元の冒険者はまず近づかないと聞く。


 とは言え、討伐ランクはB+。

 A級魔獣を何体も倒した『鋼鉄アイアン不死鳥フェニックス』の敵ではない。


「くくく、いやがったぜ」


 洞窟の奥に辿り着くと、二匹の大人のファイアフォックスが目に入った。

 後ろには小さな子供が数匹みゃーみゃーと鳴いている。

 

 両親と思われるファイアフォックスは、身を低くし、獰猛な唸り声を上げている。

 既にアストン達の気配に気づいていたようだ。


「へっ、随分と警戒されてるみたいだぜ」

「最強のハンターが来たんだから仕方ねえさ。どいつをやる?」

「子供の毛皮のほうが、柔らかくて高く売れるみたいだぜ」

「はっ、全部狩ればいいじゃねえか。フェンネル卿も喜ぶだろう」


 アストンはそう言って腰の剣を引き抜いた。

  

 その瞬間、ファイアフォックスの毛皮が一層の赤味を帯び、紅蓮の炎に包まれる。


「せいぜい楽しませてくれよ。ガイル、一応防護魔法を頼むぜ」 

「任せとけって」


 ガイルは素早く地面に魔法陣を描き、護符をかざした。

 詠唱とともに、緑色の光がパーティメンバーを包み込む。 

 

 ガルルルッ!!


 ファイアフォックスが襲い掛かってきた。

 うち一匹に斬りかかったアストンだが、身をかわされ、横から追突を受ける。


「ちっ、意外と素早いじゃねえか。だが、てめえのちんけな体当たりなんざ――あっちぃぃぃっ!」


 激突された左腕に激痛が走った。

 見ると、皮膚は赤く腫れ、水疱ができている。


「え? なんだよ、これっ?」

「ぎゃああああっ!」 


 少し離れたところで、弓手のユーマが叫んだ。

 もう一匹のファイアフォックスが肩に嚙みついている。


「いてえっ、いてえよぉぉっ!」

「ちっ、あいつ何やってんだ」


 援護しようにも、もう一匹が立て続けに口から火球を吐いてくるため、それをしのぐので精一杯だ。


「アンドレスっ。破壊魔法を急げっ」

「い、今やってる」

 

 最後方のアンドレスが杖をかざしたまま、焦りを滲ませた。


 破壊魔法は威力が大きいが、魔法陣の準備や詠唱に手間がかかる。

 前線でアストンが踏ん張り、ユーマが弓で攪乱することで時間を稼ぐ。

 その間に詠唱を終えるのが、いつものパターンだった。


「遅えよっ、何をちんたらやってんだっ」


 火球をなんとか剣で払い飛ばし、アストンは叫ぶ。

 この剣は、理由は忘れたが、何かの罰として、ゼノスにとある地下迷宮に取りに行かせた逸品だ。


 大昔の大貴族の墓で、様々なお宝が眠っているが、グールやヘルハウンドが跋扈する危険地帯でもある。1つでも宝を持ち帰れば、ギルドから相当な報奨金を得ることができるが、すぐに泣いて逃げ帰ってくると思っていたゼノスが、宝を7つ持って帰ってきた。なぜか無傷だったので、運だけはいい奴だと思ったことを覚えている。


 ほとんどは金に換えたり、女のプレゼントにしたりしたが、この剣は切れ味が素晴らしくそのまま使っていた。

 

 だが、それを以ってしても、火球の熱はアストンの肌をじりじりと焦がしていく。


「破壊魔法を急げっ、アンドレスっ。てめえ、寝てるんじゃねえかっ!」

「だから、今やってるって言っただろ。お前こそ、もうちょっと耐えろよっ!」

「ちっ、無能がっ」


 アンドレスもそのうちクビだとアストンは考える。

 左腕の痛みはますます強くなり、まったく力が入らない。


 思い当たる原因は一つだ。


「てめえ、ガイル。防護魔法ちゃんとかけてんのか」

「か、かけてるよっ。ちょ、ちょっと調子が悪いっていうか」

「はあ、飲みすぎか? ふざけん……」

「あがああああっ」


 ユーマの絶叫が洞窟に響き渡る。


「くそっ!」


 どいつもこいつも使えない。ただ戦力が減るのも困る。

 アストンは、ユーマに噛みついたファイアフォックスをなんとか追い払った。

 炎をまとった二頭の狐が、唸り声をあげて警告を発してくる。

  

 いまだに杖をかざしたままのアンドレスが、恐る恐る口を開く。


「ど、どうする、アストン」

「……くっ、仕方がねえ。一度退くぞ、くそがっ」

 

 奥歯を噛み締めたアストンは、ぐったりしたユーマを引きずって、洞窟の入り口まで戻ってきた。

 幸いファイアフォックスの注意は子供に向いているようで、追ってくることはなかった。


「お前ら、B+級程度の魔獣に何をてこずってんだよ」

「お前だって、ろくに戦えてなかったじゃねえか。なんだよ、あのとろい動きはよ」

「ああっ?」


 アストンとアンドレスが掴み合いになりかけた時、ガイルがぼそりと言った。 


「……なあ。まさかだけど……ゼノスの野郎の話が本当だったってことはないよな……?」


 怪我した時は治癒魔法で一瞬で回復。

 そもそも怪我しにくいように防護魔法や能力強化魔法も使用していた。

 

「そんなことある訳ねえだろ。てめえは酔ってんのか」

「そ、そうだよな。悪い」


 ガイルは何度も頷いた。

 アストンは腕の痛みに顔をしかめながら、ふと思いついたようにつぶやく。


「……だが、治癒師を雇うのはありかもな。ゼノスみたいな無能な下民と違う、腕利きの治癒師をな」


 まだ討伐の期限には余裕がある。

 支度金も十分にもらっているから、急な依頼でも誰かは雇えるだろう。


 目の前には栄光の道が広がっているのだ。

 こんなところで足踏みをしている余裕はない。


「よし。一旦最寄りの町に戻って、ギルドに掛け合う。てめえは禁酒だぞ、ガイル」

「あ、ああ」

  

 破滅の音が、パーティの足元にひたひたと迫っていた。 


気が向いたらブックマーク、評価★★★★★など頂けるとありがたいです……!

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― 新着の感想 ―
[一言] 怪我しないから調子に乗ったとしても、白魔道士を出したら違う白魔道士を入れるか、回復薬を持つよね。 頭が悪いにしても限度が
[一言] アストンの存在忘れてた
[一言] ざまぁ(笑)
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