第20話 私のヒーロー【中】
「き、貴様らは、なんだっ!」
突然、井戸の底に現れた二人に、カレンドール卿は慌てて銃口を向けた。
ゼノスはゆっくりと近づきながら答える。
「気にするな。しがない回復屋だ」
「は? な、なんだって?」
「あたしは単なる道案内さね」
「ふっ、ふざけるなっ。訳のわからんことをっ。おい、誰かっ、誰かおらんのかっ!」
懸命に叫ぶカレンドール卿だが、援軍がやってくる気配はない。
外では男達の怒号がいまだ荒々しく飛び交っている。
「表であたしの手下達が暴れているからねぇ。しばらく応援は来ないよ」
「よ、よく見ると貴様はリザードマンか……そっ、そうか、貴様らが噂の盗賊だな!」
カレンドール卿は勝ち誇った顔で、引き金に指をかける。
「ふははっ、脅かすな、馬鹿者っ。貧民街の盗賊なら撃ち殺しても何の問題もないではないか。そこになおれっ、順番に処刑してやるわ」
「忍び込んでおいてなんだけど、本当に嫌になるねぇ、こういう輩は」
「貴族ってみんなこうなのか?」
「人によるみたいだけどねぇ」
肩をすくめるゾフィアの前に、ゼノスが進み出た。
息も絶え絶えなクリシュナが、懸命の警告を発する。
「ゼノス氏……き、気をつけろ。……い、くら、貴公が防護魔法の達人であっても……リミッターを外せば相当な殺傷力が……」
ボグゥンッ!
言いきる前に、カレンドール卿が持つ魔法銃が火を吹いた。
火炎をまとった銃弾が、回転しながらゼノスを直撃する。
「はっ、ふはははっ、馬鹿めっ。盗賊ごときが神聖な貴族の敷地に立ち入るなど身の程を知れっ」
「確かにちょっと痛いな、これ」
「なにぃぃぃっ!!」
煙が晴れた後には、腹をさすったゼノスが無傷で立っていた。
「な、なぜだっ! 何が起こったっ!」
カレンドール卿は、続けざまに発砲する。
銃声が空間内に幾重にも反響し、白煙が充満した。
その煙を抜けて、ゼノスはカレンドール卿との距離を詰める。
「めちゃくちゃ撃ってくるな。少しくらい遠慮しないのか……?」
「ば、化け物かっ」
後ずさったカレンドール卿の背が、鉄格子に触れた。
「ひっ」
ひやりとした感触に驚いて、カレンドール卿は魔法銃を取り落としてしまう。
ゼノスはそれをおもむろに拾い上げ、銃口を男に向けた。
「なっ、げっ、下民ごときが貴族のわしに銃を向けるとは何事かぁっ」
「人を撃つなら、自分が撃たれる覚悟も必要だ。覚えておいたほうがいいぞ」
引き金に指をかけると、カレンドール卿は両手を上げて慌てて跪いた。
「ま、ままま、待てっ、わ、わかった。か、金は払う。貴様らは盗賊だろう。いくらだ? いくら欲しい?」
「俺は盗賊じゃないんでね。金が払いたければ、そこの彼女に好きなだけあげてくれ」
「くれるって言うなら、もらってやってもいいけどねぇ。今回は単なる道案内だから、先生の用事次第だねぇ」
後ろで腕を組んだゾフィアが言った。
カレンドール卿は膝をついたまま、猫なで声でゼノスにすり寄ってくる。
「な、ならば、貴様は何が欲しいんだ。な、何でもやるからその銃を下ろせ。なっ?」
「まあ……正直、俺はあんたに会ったばかりだし、過去に直接ひどい仕打ちを受けた訳でもない。恨みと言えば、たった今容赦なく撃たれたくらいだ」
「わ、わわ……わ、悪かった。悪かったよ。このわしが謝ったんだぞ、見逃してくれ」
「駄目」
「な、なぜだっ……」
愕然としたカレンドール卿は、虫の息のクリシュナをちらりと見た。
「そ、そうかっ。あの女にも謝ればいいんだな。わ、わしが悪かった。ちょっと頭に血が上っていたんだ」
カレンドール卿はクリシュナに頭を下げ、すがりつくような目をゼノスに向ける。
「なっ、これでいいか?」
「却下」
「な、なんでだぁぁっ、謝っただろぅ、今」
「よく考えたら、俺はクリシュナの友達でもないし、世話になった訳でもないし、むしろ世話をした側だし」
「そ、それなら一体、何が気にくわんのだっ」
「あんたが一番謝らなきゃいけない相手がまだいるだろ」
ゼノスは、鉄格子の奥で震えている子供達に目を向け、銃口をカレンドール卿の額に添えた。
「こんな目に遭わせるなんて、未来のお客様候補になにしてくれるんだっ!」
ボグゥンッ!!
魔法銃が火を吹き、カレンドール卿の肥満体が吹き飛ぶ。
「ごべえぇぇぇぇええええっ!!」
その身は縦に回転して、逆さまの姿勢で鉄格子に激突した。
「ごめ……んな……ふぁい……」
口からごぼごぼと泡をふき、漏れた尿がカレンドール卿の顔面を濡らす。
「……殺し……た、のか……?」
地面に這いつくばったまま、クリシュナが呻くように言った。
「死んじゃいないさ。リミッターをつけて撃ったからな。まあ当分目覚めないだろうがな」
ゼノスは魔法銃をクリシュナのそばに投げて寄越した。
「こいつを真に裁くのは俺の役目じゃない。そうだろ?」
「……だが、わ……たしは……」
細くなる呼吸を自覚しながら、クリシュナは言葉を漏らした。
「もう……手おくれ……だ……。た、頼む、この件を……近衛師団の本部に……」
「はあ? 誰がそんなことまでやるか。だから、それはお前の仕事だろ」
「し……かし……」
クリシュナはもう話を続ける気力もないようだった。
ゼノスはそばに膝をつき、傷口を覗き込んだ。
「左腕と脇腹。あと内臓も一部やられてるみたいだな」
「あ、ああ……」
「これくらいで、なにを諦めた顔をしてるんだ。<石の淑女>の名が泣くぞ」
「……え?」
ゼノスはクリシュナの傷口に両手をかざした。
「ただ、すぐに動けるレベルで完治させるには、まあまあ気合がいるな。後で請求額見て泣くなよ」
「な、何を……」
傷を覆うように添えられた手の平から、白色光が溢れ出し、中空で螺旋を描く。
それがクリシュナの身を取り巻くと、まとわりついた倦怠感と死の予感が徐々に遠のき、まるで揺りかごのような心地よさに包まれた。
「血管損傷、骨損壊、軟部組織の挫滅、筋組織の損傷あり。止血、疼痛緩和、組織修復、再生を同時に行う」
「ゼノス、氏……貴公は……一体……」
「気が散るからちょっと黙ってろ」
白光に浮かぶ真剣な横顔は、まるで光をまとった救世主のようで——
無意識にそう呟いたクリシュナに、ゼノスは苦笑して返す。
「そんな大層なもんじゃない。俺はただの場末の闇ヒーラーだ」
光が七色に煌めき、そして、弾けた——
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