第18話 修羅場
「説明してもらおうか。貴様はなぜここにいる」
「それはこっちの台詞だよ」
魔法銃を掲げるクリシュナ。
重心を低く構えたゾフィア。
そして、ゼノスは睨み合う二人の女の間に挟まれていた。
「二人とも待て。これには事情があってな」
事態はまさに修羅場。浮気男は、必死の形相で弁明を試みるのであった。
「二階の奴はさりげなく変なナレーションを入れるなぁぁっ」
「クリシュナさん、このお姉さん、み、道に迷ったって」
後ろに立っていたリリが、慌てつつも機転を利かせた。
クリシュナは、銃口をゾフィアに向けたまま低い声を出す。
「……迷ってここに来ただと? 大した方向音痴だな」
いや、お前がな。
ゾフィアは何かを察したようで、ゆっくりと構えを解いた。
「そうさ。悪いかい? 道に迷ったもんで、この人に聞いていたのさ」
警戒心をまとったクリシュナが一歩近づく。
「ゼノス氏。気をつけろ。そいつは相当な悪党だぞ」
「いきなり銃を向ける奴に言われたくはないねぇ。やり合う気なら相手になるけど、ここで暴れてもいいのかい?」
「……」
クリシュナは室内を見渡して、静かに言った。
「ゼノス氏には世話になった。私とてこの場を荒らすのは本意ではないさ」
「じゃあ、勝負はお預けだねぇ。さっさとその物騒な物をしまったらどうだい」
「いいだろう。だが、その前に一つ聞かせてもらおうか」
掲げられた銃口から、クリシュナの冷たい圧が伝わってくる。
「疾風のゾフィア。その腕はどうした?」
「……!」
場の空気が、一気に数倍もの緊張感を帯びた。
副師団長は、無表情のままゾフィアとの距離をじりじりと詰める。
「信じられないが、完全に治っているな……やはり、見間違いではなかったようだ。その腕の傷を治した、治癒を極めた人物こそが、おそらく"仲裁者"」
副師団長は遂に核心に辿り着く。
ゾフィアは、一瞬しまったという表情をしたが、すぐにそれを消した。
「……いたとしたら、どうなんだい?」
「なんだと?」
「その人は怪我人を治療した。怪我人は喜んだ。それの何が問題だと言うのかい」
「我々が警戒しているのは、その人物の影響力だ。貧民街の不穏分子をとりまとめ、善良な市民の生活を脅かしかねん。秩序の番人として無視できん」
自身に向けられた銃口を見つめながら、ゾフィアは肩をすくめた。
「貧民が生活を脅かす? やれやれ、悪いのはいつも貧民だけかい」
「……どういうことだ」
「あたしは実際に小悪党だから、言えた口じゃないけどさ。悪党ってのは別にどこにだっているってことさ」
「だから、何を言いたい?」
「近衛師団は子供の不正売買事件を調べてるって噂だけど、その元締めが貴族だと知っているのかい」
「なに……!?」
意外な言葉に、ゼノスはリリと顔を見合わせた。
クリシュナもさすがに驚いたようで、眉間にかすかに皺が寄っている。
「戯言だ。不正売買の温床は貧民街にあるはずだ」
「尻尾を掴ませないように末端を散らしているのさ。まあ、あたしも最近掴んだネタだけどね。黒い情報はあたし達のほうが詳しいんだよ」
「そんな話を信じろと? 証拠でもあるというのか」
「貴族に辿り着く糸は、巧妙に消されているから、現場を押さえるしかないねぇ。捜査の手が厳しくなると、一部の子供は屋敷の特別室に移すみたいだよ、そこが一番安全だからさ」
クリシュナは銃を持ち上げたまま、もう一歩距離を詰めた。
「……信じられんな」
「だろうねぇ。どうせあたし達の言葉は届かないのさ」
「ふん。ならば、ホシが誰か言ってみろ」
「カレンドール卿さ」
「カレンドール卿? ますます信じられん。氏は孤児の教育支援にも熱心な人格者だぞ」
「そうやって表面ばっかり見てるから騙されるんだよ」
ゾフィアは下がらずに、前に出た。
その視線が横のゼノスに一瞬向けられる。
「だけど、"仲裁者"は違うよ。あの人はあたし達を身分で判断しない。見た目で選別しない。過去で区別しない。ただ、目の前の命を救うだけさ。だから、あたし達はあの人を慕っているんだ。癪だけど、もしあんたが怪我したら、あの人はあんただって治療するよ。金はきっちり取るけど、貧民だけが悪と区切っているあんたとは大違いだ。あんたの正義なんてただのまがい物さ」
「なんだと……!」
クリシュナの指が、反射的に魔法銃の引き金にかかる。
しかし、銃弾が発射される前に、ゼノスがゾフィアの前に立ちはだかった。
「ゼノス氏、そこをどいてくれ」
「悪いが、そうはいかない。ゾフィアは俺の患者だからな」
「患者……?」
ゼノスは大きく溜め息をついた。
「もういいだろ。ここが戦場になるのも困るし、ゾフィアも色々気を遣ってくれてありがとうな」
「先生っ……」
片手でゾフィアを制したゼノスは、ゆっくりとクリシュナに顔を向けた。
「黙ってて悪かった。"仲裁者"は俺だよ。クリシュナ」
……。
……。
……。
ゼノスの告白を受けたクリシュナは、二、三度瞬きをした。
「ゼノス氏が……"仲裁者"?」
「ああ、そうだ」
できれば目立ちたくないし、対策もこれからだが、"仲裁者"のことでこれ以上の揉め事は見ていられない。
「悪いな。こんなおおごとにする気はなかったんだが——」
しかし、言い終わらないうちに、言葉が遮られる。
「無理があるぞ、ゼノス氏。"仲裁者"は治癒魔法を極めた人物。一方、貴公の専門は防護魔法だろう。二系統の魔法を同時に極めるなど不可能だ」
「極めた訳じゃないし、そもそも治癒も防護も体の機能を強化するだけだから、基本は一緒だろ」
「そんな理屈は、魔法学の授業でも聞いたことがない」
クリシュナは無表情に——だが、どこか寂しそうに言った。
「しかし、一つわかったのは、貴公は亜人と"仲裁者"の肩を持つということだ。残念だ。貴公は尊敬に値する人物だと思っていたが。潜伏拠点は他を探すことにするよ」
「クリシュナ」
背中に声をかけたが、クリシュナは振り返らずにドアノブを握った。
「民衆には……完璧なヒーローが必要なのだ。私はまがい物なんかじゃない……」
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クリシュナが出て行った後、ゾフィアが手を合わせて謝ってきた。
「先生、ごめんよ。あたしが変なことやっちまって」
「ゾフィアのせいじゃない。むしろ、気を遣わせて悪かったな」
「ふっ、今回は第二夫人が勝利したようじゃの。さすが出会ってからの年季が違う」
いつの間にかカーミラが、ベッドの端に座っていた。
第二夫人って誰だ。
「リ、リリは何番目なのっ、カーミラさん」
「リリ、真面目に取り合わなくていいからな?」
「しかし、珍しく緊迫した状況じゃったのぅ」
「お前、ああいう場面では全然出てこないのな」
「面白くないからのぅ」
「面白くないって」
「それに、生者達が信念をぶつけあう場に、死んだ者が口を出すべきではなかろう」
「……まあ、な」
カーミラは両手を持ち上げて、むーんと伸びをする。
「これからどうするのじゃ、ゼノス」
「そうだな……」
あの場をおさめるため、"仲裁者"を名乗り出たが、結局信じてはもらえなかったようだ。
ある意味、当面の危機は脱したとも言えるのか。
クリシュナはこれからも"仲裁者"を探し続けるつもりなのだろうか。
閉まったドアを無言で眺めていると、リリがむぅと唸った。
「どうした、リリ?」
「クリシュナさん、貧民街に行くつもりなのかな」
「多分そうだろうな。クリシュナは"仲裁者"が貧民街に潜伏してると思っているみたいだしな」
「でも、いきなり反対方向に行ったよ」
「あの方向音痴っ」
思わず頭を抱え、ふと思う。
本当に、そうだろうか。
「まさか……」
「先生、どうしたんだい?」
顔を覗き込んだゾフィアに、ゼノスは言った。
「クリシュナの行先は、多分貧民街じゃない」
修羅場を切り抜けたゼノスに、次の修羅場が……!
次回から石の淑女編クライマックス(予定)です
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