第126話 賭博勝負【後】
前回のあらすじ)幼馴染かもしれない大幹部の情報を賭け、ゼノスは【情報屋】とカードの数字当てゲームをすることになった。見事正解した【情報屋】に対し、ゼノスも相手のカードを正確に当てた。
「わっ、ゼノスすごい!」
「くくく……わらわの言った通りであろう」
ゼノスが見事カードの数字当てに成功し、リリがぴょんぴょんと飛び跳ね、手にした杖からは調子に乗った声が響く。
――くっ、どうしてにゃ?
【情報屋】の猫人族――ピスタは目の前のカードを凝視して、眉間に皺を寄せた。
13分の1の確率を、闇ヒーラーはあっさりと当ててしまった。
ただの運か、それとも――?
ピスタはさりげなく背後に視線を向ける。
――いや……あたしと同じことはできないはずにゃ。
すぐ後ろがただの壁であることを確認し、ピスタはもう一度前を向いた。
――まあ、いい。こっちが当て続ける限り、負けはないにゃ。
軽く深呼吸をして、ピスタはゼノスの後ろで勝負を観戦する賭博客達をざっと眺める。
その中には、ピスタの知り合いが何人かいる。
ピスタがゼノスのカードを当てられるのは、実は簡単なトリックだ。
ゼノスの背後で勝負を見守っている彼らが、ゼノスの引いたカードを後ろから盗み見て、事前に決めた合図で教えてくれるだけ。【情報屋】は情報の売り買いを生業にしている。ゼノスの数字という【情報】を知人から買っているにすぎない。
勿論、知り合いがいることは言わないし、カジノ内で交流する姿を見せることもしない。
別に仲間ではなく、互いの利益のために、情報を売買しているだけの間柄。月に一度しかカジノに来ないことや、レーヴェとの勝負でわざと2回間違えたのは、このトリックに気づかせないようにするためだ。
しかし、今回は大勝負。下手に引っ張って、相手に運で当てられたら元も子もない。
最初から全力で行く。
「さあ、次は闇ヒーラーちゃんがカードを引く番にゃ。あたしの目はあらゆる情報を見逃さない。
覚悟するにゃ」
勿論、質問や言葉での揺さぶりは、本当のトリックを隠すためのポーズに過ぎない。
相手の仕草から心理を読んでいるという偽の情報をちらつかせて、真実から目を逸らさせる。
それも情報を操る【情報屋】ならではのやり方だった。
「……」
ゼノスは顎に手を当て、しばし何かを考えている様子だ。
やがて、テーブル中央に重ねて置いてあるカードの山の中から一枚を抜き出した。
それを確認することなく、裏返しのままテーブルに置く。
「なっ」
ピスタは思わず声を上げた。
「カードを見ないのかにゃ?」
「別に問題ないよな。これはあんたがこのカードの数字を当てられるかどうかの勝負なんだ。俺が数字を知っているかどうかは問題じゃないはず」
「だ、だけどっ」
これでは背後の協力者が、ゼノスのカードを読み取れない。
絶句するピスタに、ゼノスは淡々と言った。
「仕草から心理を読まれるなら、俺はむしろ数字を知らないほうがいいかと思ってさ」
「……」
ピスタはぎりと奥歯を噛み締める。
――まさか、トリックに気づいた?
相手は常に飄々としているため、何を考えているかが読みにくい。しかし、ここでごねれば無駄に怪しまれてしまう。
ピスタは拳を握りしめ、仕方なく思いつきの数字を口にすることにした。
「……7」
カードをめくると、書いてあったのは4。
溜め息ともつかない吐息のような声が、観衆から漏れた。
――くそっ……失敗したにゃ。
引いたカードは、必ず確認するようルールに盛り込むべきだった。いつもは相手が警戒する前に勝負が終わるので注意を怠ってしまった。単純な確率勝負になればそう簡単には当たらない。
しかし、それは闇ヒーラーも一緒のはずだ。
「じゃあ、次は俺が当てる番だな。カードを引いてくれ」
ゼノスは落ち着いた様子で、勝負の続きを促した。
――もしかして、何かトリックがあるにゃか?
いや、それは考えにくい。ピスタの後ろは壁だ。誰かが覗き見ている様子はない。
そもそも相手が同じトリックを使えないように、壁を背にした席を選んでいるのだ。
だから、正解確率は相手も同じはず。さっきは一発で当てられたが、きっとまぐれに違いない。
それでも念のため、ピスタはゼノスと同じく、引いたカードを確認せずに裏返しに置いた。
「うーん……」
目を細めてカードの裏面を眺めたゼノスは、何度か瞼を押さえた後、普段と変わらない口調で数字を宣言する。
「わかったぞ。それは9だな」
「……」
ごくり、とピスタは喉を鳴らした。
このカードの数字は自分も知らない。
そんなに簡単に当たるはずがないと思いながらも、脈が速くなっているのを感じる。
絶対に勝てる勝負を吹っかけたのに、こんな事態は想定外である。
ピスタは何度か深呼吸をした後、恐る恐るカードをめくった。
ハートの9。
「な、なんでにゃっ!」
ピスタの呻き声とともに、地下を揺るがすほどの大きな歓声が上がる。
エルフの少女と亜人達が、後ろからゼノスに抱き着いた。
「ゼノス、すごい!」
「やるねぇ、先生」
「さすがゼノスだな」
立会人のリンガも腕を組んで、うんうんと頷いている。
リリの持っている杖から、カーミラの言葉が聞こえた。
「くくく……全てわらわの想定通りじゃ」
「嘘だよね?」
突っ込みを華麗に流して、カーミラは続ける。
「それにしてもゼノス、貴様、目が赤いぞ。そんなに勝って嬉しかったのか」
「ああ、いや、これはそういう訳じゃ――」
否定すると、死霊王は何かに気づいたように低く笑った。
「いや……なるほど、そういうことか。くくく……相変わらず貴様は飽きさせん男じゃ」
「え、どういうこと、カーミラさん?」
「ちょ、ちょっと待つにゃあっ!」
リリの質問と同時に、ピスタが勢いよく立ち上がった。
「どっ、どうして二回も連続で当たられたにゃ? そんなことあり得ないにゃっ、どんなイカサマをしたにゃっ!」
興奮するピスタに、ゼノスは頬をぽりぽりと掻いて答える。
「別にイカサマなんてしてないさ。ただ、気合いを入れて見てただけだ」
「……は?」
「これは新しいカードだから、最初の数字の並びは決まってるだろ。後はどの部分でシャッフルしたかと、あんたが何番目からカードを引いたかを見ておけば、数字はおのずと予測できる」
「え、いや、そんなのが見えるはず……」
ピスタは困惑してカードの束を手に取った。ゼノスは赤くなった自身の目を指さす。
「できるんだよ。能力強化魔法で視力と動体視力を一時的にめちゃくちゃ上げたからな。目の負担が大きいから、ごく短時間しかできないが」
猫目を丸くして、ピスタは抗議の声を上げた。
「……は、はあっ? なんにゃ、それ。ずるじゃないかにゃっ」
「そうか? 自分の能力を駆使しただけだ。あんたも【情報屋】としての能力を使って俺の心理を読んだんじゃないのか? それともイカサマでもしていたのか?」
「む、むむむっ」
唇を引き結んだピスタに、ゼノスは穏やかな声色で言った。
「ま、勝負は勝負だ。さあ、大幹部の情報をもらうぞ」
ゼノスとその仲間達の視線を一身に浴びたピスタは、助けを求めるように立ち合いのリンガに目を向ける。リンガは腕を組んだまま、首を横に振った。
「これはリンガの立ち会いのもと決まった勝負だ。ワーウルフの沽券に賭けて、義務は履行してもらおうと思う」
「うぅ……」
ピスタはもごもごと口を動かし、やがて、がっくりと肩を落とした。
「わかったにゃ……」
(ある意味)物理の力…!
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