第11話 その頃アストンのパーティは(Ⅱ)
緑の平原を、一台の馬車が疾走していた。
黄金の毛並みを持つ三頭の馬が引くその馬車は、壮麗な意匠を凝らした、世にも美しい外観をしている。
「最高の気分だな」
馬車の内部で、葡萄酒を口にしながらゆったりと足を伸ばしたのは、アストンだ。
魔導士のガイルが窓に広がる青い山並みを眺めながら言った。
「しかし、クエスト中とは思えないな」
「これこそが俺達に相応しい扱いってことだ」
なんせ今回は七大貴族の一角であるフェンネル卿からの直接の依頼なのだ。
装備から何からが潤沢な資金で賄われ、討伐対象のファイアフォックスがいる北方雪原の洞窟までは、豪華な馬車の送迎がつくという好待遇。王都からは十日以上かかる道のりだが、各宿場町で高級宿が予約され、一行は煌びやかな旅を楽しんでいた。
「まるで貴族にでもなったみたいだな」
「実際、俺達は引退後には貴族になるんだよ」
射手のユーマの言葉に、アストンはくいとグラスを飲み干して応じた。
冒険者パーティは実績に応じてランク付けされる。
A級魔獣を何体も討伐したアストンのパーティはゴールドクラス。
どんな強敵相手でもほとんど傷を負わずに倒すことから、「鋼鉄の不死鳥」のパーティネームで呼ばれている。
「このままいきゃあ、最上位のブラックにも手が届くだろうしな」
ブラッククラスはいわば国家的な功労者であり、引退後は貴族になる資格を手にできる。
実際、王立治療院の長官をはじめ、国家中枢の要人には、引退後に貴族となったブラッククラスの元冒険者が数多くいる。
最終的な貴族入りには、複数の推薦者が必要ではあるが、フェンネル卿ほどの大貴族と仲良くしておけば、その条件も難なくクリアできるだろう。
「しかし、俺達も出世したもんだ」
「昔はダンジョンまでひーこら歩いて行ってたもんな」
「まあ、荷物持ちがいたから、それほど移動は大変じゃなかったけどな」
皆が大笑いする。
「それにしても、アストンは大した奴だぜ。貧民街のガキをパーティに入れると聞いた時は耳を疑ったが、飯は残飯でいい、宿は野宿でいい、料理番に荷物持ち、いざとなったら身代わり。要は金のかからない奴隷を手に入れたようなもんだよな」
「くく、はははっ。ゼノスはいい捨て石になってくれたよ。あいつもいい夢を見ただろう」
腹の底から、笑いが止まらない。
ゼノスはどうしているだろうか。
このパーティにいたなどと言いふらさないよう口止め料として手切れ金は渡したが、その必要もなかったかもしれない。所詮は貧民。まともな仕事などないし、誰の相手にもされないだろう。俺達に拾われた時代が一番幸せだったと感謝しながら、今頃は道端で野垂れ死んでいるはずだ。
その時、馬車が急停止した。
「おい、どうしたんだ。葡萄酒が鎧にかかっただろうがっ」
声を荒げるアストンに、馬車の御者が言った。
「失礼しました。野良の魔獣が現れました。退治願えますでしょうか」
「ちっ。気分よく飲んでたってのに」
アストン達は苦々しい思いで馬車を降りる。
道の先で、角の生えた大柄なうさぎ型魔獣が五匹、唸り声を上げていた。
「ホーンラビットか。D級魔獣ごときが、俺様の進路を遮るんじゃねえよ。仕方ねえ、さっさと片づけるぞ」
アストンは剣を抜き、ユーマが弓をつがえ、アンドレスは杖を構え、ガイルは護符を握った。
戦闘開始。
アストンは躍りかかってきたホーンラビットの一撃を受け止める。
ガギッ!
想像より重い衝撃が、体に伝わった。
「ぐっ、この……」
押し返して、切り伏せようとするが、敵は思ったより素早い。結局、五匹を討伐し終えるのに半刻ほどもかかってしまった。
体が重い気がする。さすがに少し飲みすぎたか。
「ったく、手間かけさせやがって」
悪態をつきながら馬車に戻ろうとした時、後ろからユーマが声をかけてきた。
「おい、アストン。腕を怪我してるぞ」
「あぁ?」
確かに肘の辺りに、血が滲んでいる。
「ちっ、俺としたことが油断しちまった」
舌打ちしながら、ふと思う。
そういえば、戦闘で傷を受けたのは、いつ以来だろうか。
胸の奥に、ざわと何かが蠢いた気がした。
棘のような、小さな違和感。
しかし、その正体がなんなのか、この時のアストンはまだわかっていなかった。
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