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女子校保健医さんの百合カルテ  作者: 芝井流歌


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42ページ/おしおきは甘々で

 


 八神麗緒が玄関を開けると、愛ネコのダイアナとコジローが競ってお出迎えしてくれた。

「ただいま。今日はお前の懐かしい人を連れてきたよ?」

 寝具カバーセットと毛布を抱えたまま、麗緒はコジローの頭をぐりぐりと撫でる。言われずとも、にゃんこらの視線はご主人の後ろに釘付けである。

「うわー! 四ヶ月でこんなにデカくなるんスねー! かっわいいなーぁ」

 三つ折りマットと掛け布団を押しつけられた茉莉花は、エレベーターで上がってきたのに若干息切れ。おつむが弱いのか、いっぺんに持ち込もうとしているので扉でつかえもがいている。ダイアナは寝室へと運ぶ麗緒の後をてくてく追った。

「はいはい、ありがとね」

 戻って来てもまだ玄関で格闘していた茉莉花から、三つ折りマットを受け取ってやった麗緒。茉莉花はようやく解放され、上がりかまちで「重かったぁ」とへたり込む。自分でも言っていたが、ほんとにへなちょこだな……と、見た目とのギャップに思わず吹き出す。

「ちょっとぉ、なに笑ってんスか?」

「ぷははっ。いやいや、なんでもないよ? さっ、どうぞどうぞ」

 スリッパにかじりついているコジローを引き剥がし、リビングへと促す。茉莉花は「お邪魔しまーす」ときょろきょろしながらブーツを脱いだ。

 寝室はともかくリビングは昨夜もみじが片付けてくれたので、幸い空き缶や脱皮したままの服は散乱していない。茉莉花をソファに座らせ、自分は寝室のクローゼットに寝具セットを詰め込んだ。

 リビングでは茉莉花がコジローを抱き上げていた。コジローは下ろせ下ろせと後ろ足をバタつかせていたが、首根っこを掴まれ餅のようにでろーんと伸びる。

「恩人を忘れたか? バカにゃんこめー」

「おいこら、うちのコジローにバカとはなんだ! バカイケメン」

「だってさ、麗緒先生。こいつ恩人であるぼくの顔忘れてるんスよ? ここでいい暮らしできてんの、誰が頭下げてやったからか分かってないッスよー」

「おかしいなぁ、コジローは人見知りしないと思ってたんだが……。もう1人の恩人のもみじさんにはいっつもべたべただし。あー、もしかして香水かなぁ?」

 茉莉花からは今日もほんのりメンズ香水の香りがしていた。敏感なにゃんこには好かれないとしても不思議ではない。睨めっこする若造たちの横で、ダイアナが背を伸ばし、寿司の袋をくんくん嗅いでいる。

「ひでぇなぁ。ぼくはこんなにお前に会いたがってたのに……」

「しょうがないさ。コーヒーでも入れるよ。紅茶もあるけどどっちがいい?」

 キッチンへお湯を沸かしに行こうとすると「あれ?」と言って、茉莉花がコジローをソファへ下ろした。

「麗緒先生、今……」

「ん?」

「『いっつも』って言った?」

「いっつも?」

 はて? と自分の言葉を巻き戻す。だが、特に引っかかるフレーズが思い出せない。

「もみじさん、そんなにしょっちゅう来てるんスかぁ?」

 言われてハッとなる。尻尾を掴んでやったとばかりにニヤける茉莉花。

「あー、やっぱりねぇ! ぼくのカンは当たるんスよ。それにそのリング、どっかで見たと思ったらもみじさんとお揃いっしょ?」

 茉莉花が指を差してきた。麗緒は反射的に右手を背に回す。だがその行動が肯定なのだと気付くのは、茉莉花の口角がより上がってからだ。

 カンだけではない。さすがナンパ師、観察力も鋭い……!

「へー、ペアリングかぁ! うんうん、いーんじゃないスかーぁ? 学園外のアイドルもみじさんを独り占めするのは羨ましすぎるけど、美人同士でお似合いだと思いますよー?」

 意味深な上目使いをしてくるので、麗緒は「う、うるさいっ」と一喝する。

「もみじさんとは君が思ってるような仲じゃない。年がら年中発情期の君とは違うんだよっ」

「うわぁ、傷つくなぁ。ぼくはみんなが思ってるより何百倍も純粋なんスよ? そんな仲じゃないって言いましたけど、同じ言葉もみじさんの前でも言えます?」

「それは……」

 正直、もみじには『友達』というカテゴリがしっくりこない。毎日のように訪れるのが当たり前になっているし、来れば『いらっしゃい』というより『おかえり』が自然に出てしまう。

 言葉に詰る麗緒。もみじとの関係を全く考えていなかったかといえばそうではないが、その関係に答えが出たことはない。もちろんもみじに尋ねてみたこともない。

「まぁ大人には大人の事情が色々あるんでしょうから、外野がごちゃごちゃ口出すのはナンセンスってもんでしょうが、ぼくに出来ることがあったら何でも言ってくださいよ? いつでもキューピットになりますんで!」

 にっと白い歯を見せて笑う茉莉花。麗緒はやれやれと肩を窄ませる。

「羨ましいくらいおめでたいんだな、君のおつむは……。はいはい、ありがとうねー」

 わざとボー読みで返す。「コーヒーでいいね?」と強引に話を切り上げ、キッチンへ避難。たかが十九の小娘に動揺を隠せない自分のちょろさが情けない……。

 コンデンスミルクたっぷりのベトナムコーヒーを入れリビングへ持って行くと、茉莉花はすでにソファでリラックスモード。半座位でスマホをいじっていたが「おっ、あざーす!」と身を起こした。

「せっかくコーヒー入れてもらっちゃいましたけど、彼女今ニアマートに着いたらしいんでもうすぐ来ますよ」

「ニアマート? うちとは逆方面じゃないか」

「うん、でもうちの彼女は恐ろしいくらいマップの読めない子なんで。駅に着いたって連絡きたから、ぼくが迎えに行くよかもみじさんと一緒に来たほうがいいかなーって思ってさ」

 時計をチラ見する。まだ十二時を越えたばかり。もみじは三時頃まで仕事のはずだ。

 しかしシフトまで知っているのを口にすれば、また恋愛脳の格好の餌食に……。

「ニアマートね。んじゃ、あたしが迎えに行って来るよ。その間、コジローのこといじめんじゃないぞ?」

 甘々なコーヒーを一口だけすすり、麗緒はよっこらしょっと立ち上がる。茉莉花もカップを手にしたが、ソファに根が生えたらしく、迎えに行くつもりはさらさらなさそうだ。

「え、でもうちの彼女会ったことないッスよね? 赤毛のかわいい子なんで、すぐ分かると思いますけど……甘っ!」

 実は茉莉花のコーヒーには、麗緒の適量の三倍のコンデンスミルクが入っている。甘党の麗緒ですら入れすぎと思う量だ。大人をからかったおしおきだぞ? と心の中で笑う麗緒。

「びっくりしたぁ……。ちょっと麗緒先生? これ、砂糖入れすぎッスよ! マジ鼻血出そう……」

「そうか? あたしはちょうどいいけどなー」

「う、嘘でしょっ? ……あ、彼女から『もみじさん終わったから、今ニアマ出るね』だって」

 もう? と言いそうになって口をつぐむ。茉莉花はシュシュッと返信している模様。コジローは寿司の袋に半身を突っ込み、茉莉花に「めっ」と首をつままれた。

 麗緒は座り直し、熱々甘々のコーヒーを再びすする。

 とんとん拍子で開かれようとしているランチ会。なんだか落ち着かなさを感じつつ、寿司のニオイにそわそわしているダイアナの頭を撫でるのだった……。




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