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女子校保健医さんの百合カルテ  作者: 芝井流歌


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38/50

38ページ/いつかこんな日が

 

 糸崎もみじはもどかしかった。本当はもう一度「待って!」と叫びたかった。そして追いかけたかった。

 だが、泣きながら平謝りする亜矢を放っておけなかった。「大丈夫、もう大丈夫だから……」と口では宥めているが、内心全く大丈夫なんかではない。背を向け去ってしまった麗緒のことで頭がいっぱいだった。

 連絡もなしにドタキャンした自分を責めることなく、距離を置いたまま黙って唇を噛みしめていた麗緒……。

 ぷりぷりともみじが怒っても、麗緒はもみじに怒ったことは一度もない。それは麗緒の優しさでもあり、生い立ちから本音を言いにくい性格になってしまったというのもあるのだろう。自己犠牲かもしれない……。

 だからこそ、もみじはいつも不安だった。麗緒が自分に心を開いてくれているのか自信がなかった。

 所詮自分は他人なんだと、妹なんかにはなれないのだと、いつかこんな日が……。

 心を開いてくれることなく去って行ってしまう、いつかそんな日が来てしまうのではないかと……。

「ごめんね亜矢ちゃん、私もう行かなくちゃだから……! 返してくれてありがとう」

 まだ鼻をすすりながら昨日の経緯を説明している亜矢を制し、もみじは勢いよくペダルをこぎ出した。

 今度は自分が謝罪する晩だ、と……。

 マンションが見えてきた。部屋の灯りは灯っている。確認し、もみじは勢いそのままにインターホンを押す。合鍵はもちろん持ってはいるが、強引に押しかけるようなことはしたくなかったからだ。

 ぷちっと音がした。応答ボタンを押した音だ。沈黙があった。あちらからはモニターでもみじの姿が見えている。なぜ来たのか、なぜ合鍵を使わないのか戸惑っているのだろう。

 少し間を置き、もみじの「麗緒さん」と、『どうぞ』が被った。オートロックがカチャリと開錠した。

 エレベーターがじれったかった。四階に着くまでそわそわと身を捩った。扉が開くと同時に降りようとして肩をぶつけた。ごいーん、とフロアに響いた。そんなことはお構いなしに息を切らし麗緒の部屋を目指す。部屋の扉が少しだけ開いたのが見えた。

「麗緒さんっ! 私……!」

 扉に手をかけ、上半身をねじ込んだ。勢いに驚いて後ずさりした麗緒が、上がりかまちに引っかかりよろけた。廊下中にもみじの声が響いた。思いのほか大声だったらしい。

「私、私、謝りたくて来ました! 麗緒さんに昨日のこと謝りたくて……!」

「わ、分かった、分かったからとりあえず入ってください」

 なんだなんだとヤジウマのように、奥からダイアナとコジローも顔を出した。自分の猪突猛進っぷりに気付いたもみじはハッとして「ご、ごめんなさい!」と扉を閉めた。

 麗緒はまだ通勤スタイルだった。メイクも落としていないようだ。部屋でこのスタイルを見るのは久しぶりだ。「上がって?」とリビングへ促された。

 勢いで乗り込んだはいいものの、上がった途端徐々に冷静さを取り戻してきた。もみじをリビングへ通しておきながら、麗緒はキッチンでうろうろしている。

「麗緒さんも座ってくださいよ……」

「んっとー……はい。お湯を沸かしたら行きます」

 さらっと流された気がして、胸がぎゅっとなった。電気ケトルがこぽこぽ鳴っている。もみじはたまらず立ち上がり、キッチンで背を向けたままの麗緒に背後から抱きついた。

「誰と過ごしてたんですか……? 麗緒さん……」


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