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女子校保健医さんの百合カルテ  作者: 芝井流歌


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36ページ/捜索

 


 糸崎もみじは、上機嫌で品出しをしていた。

 今夜は十九時で上がりだ。仕事の手は止めることなく、麗緒の部屋へ行ってからの段取りをシュミレーションする。

 鶏肉料理では何が一番好きかと尋ねたら、麗緒は『唐揚げの甘辛煮』と返してきた。全くと言っていいほどムードもないが、麗緒が喜んでくれるのなら……と昨晩のうちに下ごしらえをしておいた。

 ケーキは麗緒が取りに行ってくれると言っていた。ホールケーキだと聞いた気もするが、きっと二人で食べきれるような小さいサイズがあるのだろう。

 にゃんこたちのチキン料理も作らなきゃだったなー……とわくわくが止まらないもみじ。あれこれ考えていると「もみじさーん」とレジ方面からアニメ声がした。

「もみじさーん、レジやっときますんで、品出し全部お願いしちゃってもいいですかー?」

「うん、いーよいーよ。亜矢ちゃん、レジよろしくねー」

 女子大生アルバイトの亜矢に軽く手を上げ、もみじは鼻歌まじりにいそいそと手を動かす。亜矢の愛想のよい接客が背後で聞こえた。すかすかになってしまった棚に彩りが戻っていく。

 夕方にピークを迎えたケーキ&ニアチキ受け取りも落ち着き、店内BGMともみじの脳内以外は通常運転に戻りつつある。もうすぐ十九時だ。急がねば……とスピードアップしたところで「お疲れ様です」と声をかけられた。

「あっ、岩淵くん! おはよう。ごめんねぇ、急遽入ってもらっちゃって」

 メガネにかかる長い前髪、ニキビ面の男子大学生の岩淵には笑顔で振り返ったもみじが眩しい。「い、いえ」と挙動不審に目を逸らした。

「どうせ予定もなかったですし……。それにしても災難でしたね、オーナーと奥さん」

「うーん、しょうがない……のかなぁ? クリスマスだしねー……」

 もみじは苦笑する。実は近隣店舗から、泣きのヘルプ依頼が急遽入ったのだ。なんでも、恋愛関係にあったアルバイトが二人とも来ないというトラブルがあり、今夜夜勤の予定だったもみじの両親がヘルプで向かい、代わりに岩淵が呼び出されたというわけだ。

「クリスマスだろうが仕事は仕事ですよ。もみじさんだって亜矢さんだって働いてるじゃないですか……」

「ふふっ、そうだね。岩淵くんは真面目で頼もしいなぁ。これだけ並べたら上がるから、あとよろしくね?」

「は、はい……」

 話の後半は手を動かしながらだったので、もみじは岩淵の赤面には気付かなかった。真面目で頼もしいと言われた岩淵は嬉しさを堪え、逃げるように事務所へ消えた。

 もみじはなんとかハイスピードで品出しを終え、レジ周りの資材補充をしている亜矢の元へ向かった。「えー、もう終わったんですかぁ!」と目を丸くしている。もみじは得意気に頷いた。

「うん、これから急いで帰って、チキン作んなきゃだから。亜矢ちゃんは、予定通り彼氏くんとデートでしょ?」

「えへへ。実はもう駐車場まで迎えに来てくれてるんです。いいなぁ、もみじさんの手料理ぃ。今度私にもチキン食べさせてくださいね?」

「オッケー! あとちょっとなら私がやるから、亜矢ちゃん上がっていいよ?」

「いいんですかー? すみません、じゃあお言葉に甘えて。お先に失礼しまーす!」

 亜矢はるんるんでカウンターを出た。すれ違った岩淵にも「お先でーす」と笑顔で手を振っている。いつもほがらかで元気いっぱいの亜矢を苦手意識している岩淵も、ぼそっと挨拶をしたようだ。

 もみじも仕事をほったらかして麗緒のマンションへ行きたいところだが、彼氏がいるにも関わらず嫌な顔せずにシフトに入ってくれた亜矢や、ほんの二時間前に連絡して急遽入ってくれた岩淵同様『仕事は仕事』と弁えている。

 とはいえ、今まで生きてきた中で、今日ほど早く帰りたいと願った日はない。あっという間に着替えを終え「お疲れ様でーす!」とレジ前を駆け抜けて行った亜矢を羨ましく見送り、今夜の引き継ぎを岩淵に伝えた。

 事務所に戻ったのは十九時十五分。タイムカードを押し、もう一人の夜勤の留学生アルバイトに「お疲れ様ぁ」と挨拶をした。

「お疲れ様デス。もみじさん、嬉しそうデスネ。もみじさんもこれからデートデスカ?」

「ううん、今日はパーティーだけ。フォンくんは……あれ?」

 制服に入れていた鍵でロッカーを開けると、私服やバッグと一緒に入れて置いたはずの紙袋が見当たらなかった。おかしいな……とロッカーの上に視線を上げると、そこに目当ての品が乗っかっていた。

 紙袋が大きくて入らなかったから、仕方なく上に乗っけたんだっけ、と思い出しホッとする。

「そういえばもみじさん、スマホ、ロッカーに入れてなかったデスか? 多分、その中で鳴ってたと思うデス」

 フォンが紙袋を指指した。ロッカーの中は電波が入らない。鳴っていたとすると、フォンが言うようにロッカーの外にあるはずだ。もみじは浮き足だっていた自分を恥じる。

「やだぁ、そうだったかも! だめだね、私。フォンくんありがとう」

 もみじはいそいそと紙袋を下ろす。麗緒からの連絡だったかもしれない。悪い知らせじゃないといいな……と思いつつ、袋に片手を入れた。

 が、いくら探っても、スマホの感触には当たらない。中を覗いたところで異変に気付いた。

「私のじゃ……ない……」

 もみじのつぶやきに、事務仕事を任されていたフォンが顔を上げた。

「亜矢さんの、デスかね? 亜矢さん、同じような白い紙袋、持って帰りマシタ」

「えっ!」

 もみじは固まった。あの紙袋の中には麗緒へのプレゼントが入っているのだ。おまけにスマホまで手元にないとなると、連絡のしようもない……。

「フォンくん、亜矢ちゃんの連絡先、分かる?」

「あー、ボクは分からないデスけど、履歴書? なら書いてあるんじゃないデスか?」

「履歴書……!」

 その手があった! と光が見えたのはつかの間で、履歴書などの個人情報や重要書類の管理されている棚の鍵は、両親しか持っていないことに落胆する。岩淵にも念のため聞いてみようかとも思ったが、陰と陽のような二人が、連絡先を交換しているとも思えない。

 もしかしたら、間違いに気付いた亜矢が戻ってくるかもしれない……。期待を込め、もみじは事務所で待つことにした。

 だが、二時間が経とうとしても、亜矢は戻って来なかった。店舗への連絡もない。しびれを切らしたもみじは事務所の電話で近隣店舗へ電話し、両親に書類棚の鍵を貸して欲しいと懇願した。

 理由を聞いた父は、自分の携帯から連絡してあげると言ってくれた。従業員の連絡先は全て入っているとのこと。それもそうか、と焦りすぎて思いつかなかった自分への呆れとイラ立ちが増幅する。

 父からの折り返しが来たのは五分後。亜矢の番号にももみじの番号にもかけたが、どちらも鳴るだけで繋がらないという。途方に暮れた娘を励ます言葉の見つからない父は「時間をおいて、また電話してみるよ」と言ってくれたが、折り返しを待つとなると、事務所を動くわけにはいかなくなる……。

 もう一秒もじっとしていられなかったもみじは父に礼を言い、店を飛び出した。カウンター越しに岩淵が「お疲れ様です……」とぼそぼそ言った。もみじは振り返らず自転車をこぎ出した。

 スマホもプレゼントももちろんだが、何より麗緒を待たせていることが気がかりだった。マスクの下で息を切らし、真っ直ぐ麗緒のマンションへ向かう。

 十一階建ての、聳え立つマンションが目に入ってきた。四階の麗緒の部屋から、灯りが漏れている。寒さからか申し訳なさからか、涙がにじんできた。

 ゆっくり自転車を止める。一度すんと鼻をすすり、しばらく窓を見上げ悩む……。

 やっぱり、渡したい……。プレゼントの中身と麗緒の笑顔を思い出しながら、ハンドルを駅方面へ傾けた。

 デート中の亜矢には申し訳ないが、こうなったら探し出して交換するしかない。仕事中の会話が蘇る。『食事に行ってぇ、カラオケも行ってぇ、そのあとはぁ……うふふっ』とニヤけていた亜矢。記憶力のよいもみじの脳内では、何度か亜矢を迎えに来ていた彼氏くんの車がピックアップされている。

 正確には、彼氏くんの親の車らしい。たまにドライブに行くのだと言っていた。お互い大学生なので、あまり高価な店には入らないとも言っていた。二人ともカラオケが好きだとも言っていた。

 あとは、あとは……ペダルをこぎながら、もみじはこれまでの亜矢との会話を必死で掘り起こす。

 駅前の、学生が立ち寄りそうな店を片っ端から覗いた。駐車場も目を皿にし、記憶の中の車と照合した。どうか近くにいて……と祈りながら、亜矢の姿を探す。

 一回りしてしまった。なんの手がかりもなしに探し回り、気付けば人気ひとけも疎らになってきた。

 駅まで戻り、時計を見上げる。それもそのはず、もう日付が変わろうとしていた。自分の不注意でスマホを紙袋に入れさえしなければ、こんな無駄な時間を過ごさずに済んだのに……と唇を噛みしめる。

 しょんぼり肩を落としていても、何も解決しない。もみじは深く息を吸い、麗緒のマンションへ戻ることにした。〇時を超えてしまう前に、会って謝りたかった……。

 踵を返そうとして、思わずブレーキをかけた。駅前の駐輪場に、麗緒の愛チャリが止まっていたのだ。

 どういうこと……? と目を見開く。何度見ても間違いなく麗緒のものだった。

 もしかして、連絡もよこさない自分を探しに行った……?

 だとしてもどこに……と改札口を見つめる。駅前に止めているということは、電車で移動していることは確かだろうが、どこへ探しに行ったのかは全く見当がつかない……。

 それとも、連絡もせずにドタキャンした自分を見捨て、どこかへ遊びに行ってしまったのだろうか……。看護師時代の友人のところだろうか……。

 途方に暮れた。考えても考えても、全く分からない。マンションで麗緒の帰りを待つか、ここで待つか……。

 時間的に終電間近だ。ここで待っていれば、麗緒は必ず愛チャリを取りに来るだろう。もみじは寒さを覚悟し、駐輪場の片隅でサドルから降りた。

 改札を通る人が、数えるほどになってきた。手袋をしているのに、指先がかじかんでいる。両手をこすりあわせていると、まもなく終電だと告げる放送が聞こえてきた。

 麗緒は現れなかった。終電も過ぎ、改札の灯りが消えても現れなかった……。

 整備と点検をしにきた駅員と目が合った。もみじはすぐ目を逸らした。ご主人の帰りを一緒に待つ麗緒の愛チャリも冷たくなっている。どこまで行ったのか知らないが、終電を逃してしまい、タクシーで帰ってくるつもりなのだろうか……。

 今年も独りぼっちの夜になってしまった……。楽しみにしてたのにな……と涙がこぼれる。

 会いたい。麗緒さんに会いたい……。ぽろぽろと、マスクに涙が浸みていく。

 きっとタクシーで帰ってくるのだ。そうに違いない。麗緒の愛チャリと共に、もう少しここで待とう。もみじは大きく息を吸い、夜空を見上げた。お月様と冬の星座が輝いていた。ダイアナちゃんのおでこみたい……とにゃんこらの愛らしい顔を思い出す。

 スマホ一つないだけで、こんなに心細いだなんて思いもしなかった。一度ニアマートへ亜矢が戻って来たか聞きに戻ろうかとも思ったが、ここまで待ったのだからもう少し、もう少し……と麗緒の愛チャリを見つめる。

 午前二時を過ぎた。麗緒は今日も仕事だ。さすがに遅すぎる。もしかすると、愛チャリを置いてタクシーで直接マンションへ帰ったのかもしれない。そうであってくれと願い、もみじは再びマンションへ向かった。

 合鍵で玄関扉を開いた。鼓動が早鐘を打つ。真っ暗だった。靴もない。絶望感がもみじを襲う。

 このまま部屋に入る勇気はなかった。きっと呆れて出かけてしまったのだ。そっと扉を閉めた。施錠と同時に「なーん」というダイアナの声が聞こえた気がした……。





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