32ページ/ケーキ大作戦
八神麗緒はにぎやかになった我が家に、すっかり落ち着くようになってしまった。
唐突な『妹宣言』から一ヶ月が経った。気付けば十一月も残り数日……。
木々たちは葉を落とし、いよいよ冬の到来を告げている。前世はにゃんこだと言い張る麗緒は、リビングに電気カーペットを敷いて早くも冬支度。ダイアナとコジローも大喜びで一緒にぬくぬく丸まっている。
土曜日だというのに寒波に負け、出かけもせず最低限の家事だけこなす休日。あぁ幸せだなぁ……なんて至福に浸っていると、玄関からカチャリと音がした。
「麗緒さん、ごめんなさい。期間限定のチョコ、やっぱりすぐ売り切れちゃいました。先に確保しとけばよかったなぁ……」
仕事を終えたもみじがやってきた。お目々をきらきらさせたコジローが飛びつく。もみじもビニール袋をぶらさげたまま「はいはい、ただいまぁ」と抱き上げる。
もみじは妹宣言の朝、合鍵がほしいと言い出した。何かあった時に駆けつけられるようにとの理由だったが、蓋を開けてみれば週に三日はやってきている。。あれこれ世話をやいてくれるのはありがたいのだが、こうもしょっちゅう顔を出されると逆に恐縮してしまう。
それを伝えても「妹ですから!」とにこにこ押し通されるのがパターンで、妹というより通い妻のような関係にくすぐったさを感じている麗緒だった。。
実際、家族に頼れない性分ではある。自分が病気やケガで動けなくなるのは一向に構わなくても、ダイアナやコジローにひもじい思いをさせるわけにはいかない。それを考えれば、この子たちになれているもみじに合鍵を渡すのは得策であるといえる。
「うわぁ、マジかぁ! でも謝らないでください。もみじさんの仕事終わるの待ってないで、自分で買いに行けばよかったんだし」
「『今日は寒いから出るつもりない』って言ったの、反省します? 明日も寒いけど出かけますね?」
「えー、それはぁ……」
「ほらぁ、やっぱり私が買ってきてあげないと……」
「いやいや、そういう意味じゃないですよ?」
疑わしげな表情のまま、袋の商品を次々と冷蔵庫に収めていくもみじ。さすがコンビニ店員の手付きだ。冷蔵庫が商品棚のように整っていく。
妹宣言から何が変わったかというと、合鍵を渡したこと、しょっちゅう来るようになったこと、夕飯を二人で作って一緒に食べるようになったこと、もみじが『麗緒さん』と呼ぶようになったこと、それとコジローがすくすく大きくなっていること。
挙げてみればもみじの行動は変わったことばかりだが、麗緒の行動としては特に何も変わっていない。結局『もみじさん』のままだし、敬語も外せない。
しいて言うならば……。
「あー、待っててくださいって言ったのにー! 麗緒さん、また先にビール飲みましたねー?」
「えへ、えへへ……バレましたぁ? 微妙に一本だけ冷蔵庫に入らなかったからぁ」
「えへへじゃないです! バレますよ、空き缶増えてますもん。それに、乾いた食器は棚に戻しましょうって何度も言いましたよね?」
「えー、だってぇ、すぐ使うしぃ……」
しょっちゅう怒られるようになった……。
出来のいい姉を持つのもうざったいが、面倒見のよすぎる妹を持つのも肩身が狭いな……と苦笑いする麗緒。のらりくらりと言い訳をしたあげく「ごめんなさーい」と、反省する……ふり。独り暮らしが長い麗緒にとって、干物ペースを正すには時間がかかるのだ。
ぷんぷん怒りながらも世話をやくもみじ。一人っ子のもみじにとっても姉妹が出来たようで、なんだかんだ楽しいし嬉しいのだ。ねちねちと引きずらないので喧嘩にはならない。
「そういえば麗緒さん、クリスマスケーキはどうしますか?」
ダウンコートをハンガーにかけつつ、もみじは首だけ振り返った。
「クリスマスケーキ?」
「はい。ニアマートでも予約はできますけど、なんか味気ないかなと思って」
「ケーキ……」
考えてもみなかった。恋人のいない麗緒には、クリスマスなんて全く関係なかったからだ。
しょっちゅう甘い物を食べている麗緒は、お祝いだのイベントだのお構いなしにケーキを購入している。ぶっちゃけクリスマスなんてどうでもいいが、特別なケーキを食べられるならと目を輝かせた。
「食べましょう! クリスマスケーキ、もみじさんはどんなのがいいですか?」
「うーん、お酒の効いてるものでなければ……。麗緒さんは?」
「んー、そうだなぁ……」
酒の効いてるやつ! と言いたいところをぐっと堪える。二ヶ月前に糸崎家でごちそうになった高級モンブランが忘れられない。あの店の他のケーキも食べてみたいが、確かどれも洋酒が効いていると言っていた……。
「あたしは甘けりゃなんでもおいしく食べれるので、もみじさんの好きなケーキでいいですよ」
「えー、一緒に決めましょうよぉ」
ぶー、と唇を尖らせるもみじ。最近はより喜怒哀楽を見せてくる。駄々をこねる妹、と捉えばかわいい。
「じゃあ、前にマリッカちゃんにモンブランもらったお店の、お酒の効いてないケーキにしますか? ちょっと値は張りますけど、年に一度のクリスマスですし」
もみじは隣に座り、ブランケットを膝にかけた。コジローがすかさず飛び乗る。
脳内を見透かされたような提案に一瞬ドキッとした麗緒。だが、あの店のものが食べたいと同じことを考えていたのであれば、嬉しさは倍増である。
「いいですね! 調べて買ってきますよ。ふふん、ボーナス後なのであたしのゴチです!」
「えー! いいんですかぁ? クリスマスに誰かとケーキ食べるなんて、何年ぶりだろー!」
もみじはコジローを高い高いしながら、「やったね、コジロー」と大喜び。当のコジローはケーキの恩恵を受けられない上に上下されていい迷惑だ。
クリスマスだろうが正月だろうが、おいしいケーキを食べられればそれでいい麗緒とは正反対で、もみじにとってのクリスマスケーキとは特別なものらしい。
考えてみれば、もみじは一人っ子で両親は共働きだ。シフトによっては両親とも家にいない日もある。おまけに昨今のコンビニではクリスマスケーキを売り残すわけにはいかないので、ラストスパートが忙しい店もあると聞く。
家族は家におらず、かといってマスクを外せないので友達とも過ごせず……。人前でマスクを外せない以外、もみじは普通の女の子だ。一緒に過ごす相手がほしかったのだろう。
「予約で洋酒抜きのデコレーションケーキとかも作ってくれないかなぁ? もしできるとしたら、もみじさんはイチゴとチョコ、どっち派?」
「うーん、悩みますね。そうだなぁ……やっぱりクリスマスはイチゴがいいです」
「おっけー! じゃあ明日にでも問い合わせてみますね。無理だったら元々入ってないやつでいいですか? チーズケーキとか」
「はい! 一緒にケーキが食べれるなら、なんでもいいです! うふふ、楽しみぃ」
もちろんホールケーキを発注するつもりだ。甘いものならいくらでも入る麗緒はどんと来いなのだが、果たしてもみじはどれくらい食べれるだろうか?
もみじの腕から逃れ、わたわたとダイアナの元へ駆寄っていくコジロー。麗緒はおいしいケーキに、もみじは二人で過ごすクリスマスにわくわくしていたのだった。




