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第10話

 磯野員昌から会議の結論、襲撃の途中の食糧等は購入するという案を聞かされた浅井長政は、思わぬ話の流れに目をむいたが。

 竹中重治や妻のお市から、

「ローマ帝国の皇女を、自分の息子の嫁に迎えるために必要なお金と思えば。それとも浅井家はケチだと皇女に言われたいのですか」

 とほぼ異口同音に言われたことから、会議の結論に従うことにした。


 かくしてヴェネツィアのドゥカート金貨や日本の円金貨をかき集め、それをエジプトの遠征軍はモスクワを目指す際に持参することになった。

 尚、この遠征軍が金を持参して、物資を買おうとしているという話は、竹中重治の提案もあり、密かに甲賀者のネットワークを介して噂として、ロシアの大地にばらまかれることになった。

 そうしないとロシアの農民も、最初から逃げ腰になるだろうということからである。

 勿論、その噂では、エジプトの遠征軍の目的は単にモスクワを襲撃するということになっていて、その真の目的、皇女を解放するということまでは流れていなかった。


 ともかくこうした下準備をした上で、アゾフにエジプト軍は展開することになったが、下準備に時間が掛かったこともあり、エジプト軍がアゾフに完全に展開するのは、1571年4月に入る頃になるのはどうにも止むを得ない話になった。

 だが、噂の効果は絶大なものがあり、早速、売り込みをかける者がいたのだが、彼らが腰を抜かすような事態が起きた。


「馬の飼料までも金貨で買うというのは本当ですか」

「本当だとも。これで足りるか」

「足りるどころか。銀貨も無い自分では、お釣りが出せません。これなら倍近くは売らないと」

「そうか、それならお釣りは不要だ。有難く受け取れ」

「ええっ。そんな申し訳ない」

 そんな遣り取りが多発したのだ。


 これまで馬の飼料を金貨で買う者は、この地ではいなかった。

 それがエジプト軍は、金貨で馬の飼料を買うというのだ。

 しかも、相場の2倍までなら釣りは要らない、という鷹揚さを示したのだ。

 売り込みに来た者が腰を抜かすのも当然だった。


 これはモスクワ大公国の皇女との結婚を目的としている以上は、結婚に伴う大盤振る舞いとエジプト軍の幹部の面々が、割り切っているからこそできる芸当ではあったが。

 実際に金を受け取る面々からすれば、これは大儲けの機会に他ならなかった。

 しかも金貨での売買である。

 金貨を目にしたことが無い者まで、売り込む面々の中にはいた以上、少しでも金貨を手に入れようと売り込みに力が入るのも当然のことだった。


 そうしたことから、

「後は現地で金貨と引換えに受け取ることにするが、ダメか」

「いえ、トンデモナイ。それで、お受けします」

「ああ、勿論、モスクワ大公国に通報するようなことはしないでくれ」

「へへ、当然です。そんな勿体ないこと、断じてしません」

 そんな遣り取りまでもがなされてしまった。


 こんなやり取りの末に、モスクワまで補給物資は現地で金貨と引換えという形で、軽装による急行軍が可能ではないか、と見積もられる事態が起きてしまった。

「金の力は本当に怖ろしいな」

 磯野員昌は、最後にはそう呟くことになり、周囲の面々も多くがその言葉に肯く事態だった。

 何しろ、それによって地元の住民しか使わないような間道の情報等までも、エジプト軍は入手することができたのだ。


 アゾフからモスクワまでの道程は、約1200キロと推算されていた。

 普通に考えれば、極めて順調といえる1日約30キロの進軍を連日行っても、1月以上は余裕で必要な道程と言える遠さだった。

 だが、上記のような事情から、平均1日約50キロの急行軍をエジプト軍は行うこととなり、出発から僅か20日余りでモスクワにたどり着けたのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 物資を徴発(略奪)しようとすれば、百姓町人と云えども、必死で抵抗する。勿論、軍隊に敵わないとは思うが時間は掛かる。 仮に抵抗が無くても、物資を隠したり、自分で火を付けたりするだろう。 カ…
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