(貧)NEW GENERATION 第27話 前玉うおるの連結
「ていうか、ねえ、私のお母さん、どこよ。見当たらなけど。うおる、保健室にいるんじゃなかったの?」
カクシコの問いに、うおるは静かに返す。
「……カクシコ姉さんも、まなま部長も、あたしの大事な人。あたしの秘密を知るべき人と言ってもいい」
板橋まなまは、その言葉を耳にして、不快感を抱いた。
「質問にも答えねえで、もったいぶった言い方だけど、何をしようとしてんだよ」
「この保健室には、ハカセの研究所へと続く扉があるのよ」
そして、前玉うおるは、壁面にみずからの貧乳を押し当てた。
壁の一部分がゆっくりと、音もなく奥に跳ね上がり、隠し通路があらわれた。
保健室の秘密を目撃した二人の先輩は、目を丸くしていた。
★
「待っていたわよ、うおるちゃん。そして、カクシコちゃんと、部長さん」
板橋まなまは、今まで会話したことのない相手を前に、緊張を隠せずにいた。
見たことはあった。大平野家の騒動の際に、土の上に膝をつき、涙を流している黒ずくめの占い女は、印象深く脳裏に焼き付いている。
ハカセ、もしくは占い女。
大昔には、占い娘と呼ばれていた。
――いったい、何がはじまろうとしているんだ。
板橋まなまは身構えた。機械類がたくさん配置された秘密基地のような雰囲気ということもあり、一体どんな極秘事項が告げられるのかと不安だった。とんでもないことが始まるのではないかと。
しかし、黒ずくめのハカセは言う。
「肩の力を抜いていいですよ。何も始まりません」
「あぁ、はい……」
するとハカセは、今度は娘のカクシコに目を向けた。
「さて、カクシコちゃんが聞きたいことって、何でしたっけ。うおるのことを妹として見られなくて悩んでるんでしたっけ」
「そんなこと、ひとことも言ったおぼえはないけど、でも、考えてみれば、そういうことなのかしらね」
「父親譲りの貧乳へのこだわりから、うおるの貧乳に対して醜い嫉妬を抱いてしまったことが、悔しくてたまらなかったんですよね」
「ないとも言い切れないわね。さっき、ちょうどそれが頭をよぎったし」
「カクシコちゃんは、自分が将来も貧乳のままでいられないことに気付いているのですよね。だから、いっそ今のうちから胸を隠してしまおう。そう心の中で決めたんですよね」
「わからない。私、そんな風に思ってたの?」
「ごめんなさい。いまのは想像です。そう思ってたとも言えるし、そうじゃないとも言えます。うおるが、カクシコちゃんの妹だっていうことについても、彼女の人格が本物かどうかってことも、否定・肯定、どっちもできるものですよ」
カクシコは、わけがわからず、「えっと、つまり?」と首を傾げた。
「途中で変わってもいいんです。カクシコちゃんの思う通りに、うおるに返してあげてください」
「…………」
カクシコは、うおるに向き直る。
うおるは、かなしげで、優しげな微笑みを浮かべていた。
カクシコは、思いついた言葉を、そのまま口に出した。
「正直に言うとね、うおる。私は、あなたのことが好きじゃない。いきなり妹みたいな顔して話しかけてきたことも、私よりも綺麗な貧乳なことも、私よりもお父さんのことを知ってることも、何もかも。気に入らない。気に入らなかった」
「うん」
「でもね……。妹なんて、すぐには思えないけれど、もっと、うおるのことを知りたいと思っている。仲良く、なってみたいと思っている」
「うれしい」
前玉うおるは、安心した表情を見せた。
機械だらけの薄暗い隠し部屋は、あたたかい雰囲気に包まれたのだった。
★
立て続けに仲直りしていった中で、取り残されたような感覚を抱き、浮かない顔をしている者がいた。
胸囲育成部の部長である、板橋まなまだ。
カクシコは、様子がおかしい友人が気になり、声を掛けてみた。
「どうかした、まなま。落ち込んでるみたいだけど」
板橋まなまは、溜息を吐いた後、嘆くように言う。
「いやあ、やっぱ、わたしって悩みが無いんだなって、あらためて思ってな。わたしたちの中で、いちばん人生経験ないんじゃないかってさ。これまでは、ひのでがギャルだったから、軽薄だって思ってたけど、そんなこと全然なくて、そんなこと思ってた自分が恥ずかしくなってきてさ」
「こんな悩みなんて、無いに越したことないわよ。でも、まなまは貧乳じゃないの。それって大きな悩みにならないかしら」
そう言われたとき、板橋まなまは思い出した。後輩にして、ないちち賞賛部の期待の一年、今山ハルヒメの巨乳を。
こんなこと言って貧乳のくせに乳マウントをとってくるのに、後輩から巨乳隠しされているんだよなと思うと、非常に複雑な気持ちになった。同情するような気持ちで、「……そうだなぁ」と呟くしかなかった。
「あーら、どうしたのかしらね。言い返してこないなんて」
「今日くらいは、お前の勝ちにしてやるよ」
「えっ? いつも勝っているけれど?」
「普段のはさ、偽物の乳でだろ? 今日は中身でぶつかってきたって感じたからな」
「そんなこと言ったら、あなた、一生勝てないじゃないの」
「この野郎、言わせておけば!」
板橋まなまは、冷静が続かず、ついに拳を握りしめた。
★
一段落ついて、しばらく他愛のない話に花を咲かせていた四人だった。
ふと、占い女は、前玉うおるに目を向けた。
うおるは、すぐに視線に気づき、会話を中断して、女をじっと見つめた。
しばらく沈黙が続き、やがて占い女が口を開く。
「まだ、ちゃんと謝れてなかったですね」
その必要はないと思いながらも、うおるは、続きがききたいと思った。
人がどのように謝り、どのように仲直りを試みるのか、そのデータをとることが有益であると判断したのであろうか。
……あるいは、そうではないのか。
自分を生み出した母のごときハカセの口から、何が語られるのか、心がそれを知りたがったのか。
もしかしたら、ありえないとは思うけれど、心の奥底で単に謝罪を求めていたのだろうか。
考えてもしかたのないことだ。余計なことは考えないように思考に蓋をして、うおるは、占い女の言葉に集中することにした。
「あらためて、うおる、監視を続けてしまって、本当に、ごめんなさい」
占い女の隠れ部屋には、多くの画面がある。その一つ一つが、前玉うおるの周辺の様子を映し出していた。現在は、この隠れ部屋の様子を、さまざまな角度から映し出している。
画面の後ろに繋がっているケーブルたちは、一つの端末から伸びており、占い女は、その束ねられた根っこ部分のコードを握りしめた。
そして、一気にすべてを引き抜いた。
部屋が薄暗くなった。
カクシコとまなまは、小さな悲鳴をあげた。
通路の足下に設置された明かりや、他の機材から発せられる光のおかげで、相手の姿がわかる程度の明るさは残っていた。
「もう、こんなものは、いらないですよね」
占い女は、コードをそっと机に置いたのだった。
重大な決断だっただろう。並ではない覚悟が必要だっただろう。
真っ暗になった画面の一つ一つに、うおる、占い女、カクシコ、まなま、四人の姿が、かすかに反射している。
――もはや、この秘密の部屋も、役目を終えました。
占い女は、そう思って、非常にすっきりした表情をみせていたのだが……不意に電気の通う音がして、一つの画面に、再び明かりが灯った。
前玉うおるが、すべて繋ぎ直したのだ。
何のつもりなのかと誰かが問う前に、前玉うおるは答えてみせる。
自分の貧乳に手を触れながら。
「のこしておいてほしい。ハカセに、見ていてほしい。あたしが、これから何を創り出していくのかを」
まったく思い通りにいかない展開に、占い女は、複雑そうな心中を顔に出し、しかし、嬉しそうに声を弾ませる。
「うおる。あなたは自由です。私のためじゃなくって、あなた自身のために、生きてください」
「言われなくても、そうする」




