(貧)NEW GENERATION 第26話 大平野カクシコの敗北
一方その頃、ないちち賞賛部の部室には、西日が射しこんでいた。
「カクシコ姉さんは、やっぱりお父さんと仲良くなりたいのよね?」
「え、いきなり何?」
前玉うおるには父親がいない。
もとが貧乳ドールであり、ハカセと名乗る占い女によってイノチを吹き込まれたからだ。
だから、こうした発言は、非常に複雑な大平野家にあって、自分がどのように振舞うのが最も人間らしいか、分析の材料にするための問いであるとも考えられる。
「ていうか、ちょっと待って。『姉さん』って、初めて呼んできたわよね。なんかすごい違和感あるわね」
「どうして? 同じ母親で、カクシコ姉さんの方が年上なのだから、姉で間違いない」
「うーん……ひのでに言われるのは、まあわかるのよ。父親が同じようなものだし」
「同一の父親じゃない。時空の違う存在」
「そんなこと言い出したら、うおるが私と母親が同じっていうのも変にならない?」
「姉さんは、ハカセの中で育って産まれた。あたしは、ハカセの手によって命を吹き込まれた。血は繋がらなくても、姉妹関係であることは明らか」
「そうかなぁ。やっぱりうおるは、なんていうか、よくわかんないけど、なんか違うのよ。うまく言えないけど……」
「カクシコ姉さんは、まだ私を敵と思っているの?」
「まあねぇ……まなまの『胸囲育成部』なんかに取り込まれてるし、そもそも人間じゃないし、私なんかと比べ物にならないくらい段違いに美しい貧乳だし。……こうして一つ一つ挙げてみれば、やっぱり敵かしらね」
「私は、そんな風には思えない。カクシコ姉さんのこと、知れば知るほど好きになる」
「それはさ、そういう風にプログラムされているだけなんじゃないの?」
「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない。ただし、それはあらゆる人間にも言えること。自分の行動が自分以外のプログラムによるものではないことを、誰も明示することはできない」
「難しいこと言われても、わけわかんないのよね」
「……ハカセなら、わかりやすく説明できるかもしれない」
「あら、そこはお母さんって言わないのね」
「たしかに。なんでだろう」
「呼ばせないように設定されているのかしら?」
「それはない。相手をどう呼ぶか、自分で選択できるようにできている」
「そしたら、やっぱり、子供を産むっていうのと、人形を改造するっていうのじゃあ、重みが違うんでしょ。あなたも機械の頭で、それを理解してるってことじゃないの?」
「どういうわけか、今の言葉をきいて、私は姉さんを引っぱたきたいと思った」
「ごめんなさいね。人間って、わけのわからないものは、こわいものなのよ」
「私はそうは思わない。まだわからないものには希望がある。知りたいと思う」
「そういうふうにプログラムされてるのかもね」
「そうかもしれない。そうじゃないかもしれない」
その言葉を耳にして、カクシコは不快感を顔に出した。
「んー、ラチがあかないわね。うおる、あなたの言う通り、お母さんのところに行ってみようかしらね」
「この時間なら、保健室にいると思う」
★
ノックをしたものの、返事がなかった。
施錠されていなかったため、引き戸はすんなりと開いた。
保健室に入るなり、焦った様子の板橋まなまがいた。
他に誰もいなかった。
「よ、よう、カクシコ」
「あら、まなまじゃないの。こんなところで会うなんて珍しい。様子が変だけど、どうかした?」
「いや、別に。ね、うおる」
板橋まなまは、巨乳を隠している。自分の胸にある胸のことではなく、さきほどまで話していた後輩の胸にある巨乳のことだ。
扉がノックされた時、今山ハルヒメは急いで隠れた。
保健室の薬品などが入れてある棚のかげに隠れているが、隙を見て脱出しなければならない。
ハルヒメの胸にある本物の巨乳は、カクシコとの関係を崩壊させかねない刺激物なのである。
「そうね、まなま部長がおかしいのは、いつも通りのことだから」
前玉うおるは、部長の様子から、何が起きているのかを瞬時に分析した。
部長の心の揺らぎは、秘密を人に悟らせまいとする焦りからくるものだと把握した。
ついでに周囲を見渡してみると、こそこそと身を隠している熱源が見えた。
這いつくばりながら移動するハルヒメの姿は、彼女の目にはハッキリと見えていた。
導き出された正解は、
――今山ハルヒメが巨乳バレしようとしている。
前玉うおるは、ゆっくり小さく首を縦に振ってみせた。
とても心強いと板橋まなまは安心した。
落ち着いたところで、態度を大きくして、カクシコに話しかけはじめる。
「で? 保健室なんぞに、何しに来たんだよ。健康状態が気になったとか?」
「まあ、心の健康のためにね、お母さんに会いに来たわけだけど……まなま、あなたこそ何してるのよ」
「いやー、ちょっと、胸のあたりが平たいのが気になってね。なんかの病にかかってるのかもしれないって心配になってんだよ」
「ふふ、それ病気でもなんでもないのよ。あんたの胸は、これまでも、これからも、どうしようもなく平たいんだから」
頭にくる発言だったものの、後輩が逃げる時間を稼げるかもしれないと思い、グッと怒りをこらえた。
「実はね、カクシコ」
「なによ、まなま」
「わたし、いまさっき占いってやつを習ったんだけどさ、カクシコの胸を占ってやろうか?」
「なにそれ、どういう占いよ? 大きくなるかどうかってこと?」
「まあな。どんな大きさになるかとか、どんな形になるかとか、そういうやつだ」
「いいわよ、占われてやろうじゃないの。とんでもない爆乳になるって占い結果が出ても、後悔しないでよね」
「よし、やるぞ。じゃあ、まず上着を脱ぐところからだ」
「いいわよ。はい、これでどう?」
「次は、胸に入れているものを全部外す」
「ッ……仕方ないわね」
「……おいおい、久しぶりに見たけど、全っ然育ってねえな。やっぱ隠してると育たないんだな」
「あなた、毎日鏡みてるんじゃないの? 隠してなくても育ってないじゃないの」
「うるせえな。いいから、おっぱい占い、はじめるぞ」
「いいわ、きなさい」
「そしたら、まずはね、今、その姿勢よく立ってる状態のままで、下を見てみると?」
「こうかしら?」
「そう。何が見える?」
「え、スカートの裾。あと自分の両足。というか上履きね」
「はい、あなたは貧乳です」
「ああん?」
「巨乳は自分の上履きとか見えませーん」
「はあ?」
やはり、後輩の前玉うおるの前で、やられっ放しでいるのも部長としての沽券にかかわるというもの。板橋まなまは、ささやかな反撃に出ることにしたのだった。
「もう一度言うぞ。大平野カクシコ、あなたは貧乳です」
「これ占いじゃないわよね?」
「だから?」
「なーにを開き直ってんのかしらね。占ってもらえるかと思ったのに、ひどく損した気分」
「おいおい、カクシコ、間違ってるんじゃあないのか?」
「何がよ」
「ここに占いをしに来たのかってことだよ。ここは保健室だぞ? 健康診断とかでも、身体を正しく測定するだろ? だから、保健室の使い方としては、私のほうが正しい」
「意味わかんないんだけど。もうめちゃくちゃよ。どうかしちゃったの?」
「いやいや、カクシコが健康的な貧乳だってことだよ。わたしよりも小さくて可愛いなぁ」
「それはないわね。まなまのほうが小さい」
「あんたがちいさい!」
「いーや、あなたがちいさい!」
「あんた!」
「あなた!」
二人とも、我を忘れる瞬間があるほどだった。肩で息をするほどヒートアップしていた。
板橋まなまは、冷静になろうと、ひとつ息を吐き、周囲を見回した。
発覚してはならない巨乳は、すでに室内になく、いかにも客観的に判定を下せそうな後輩がいるのみだった。
まなまは、一人うなずいて、
「じゃあ、うおるにきいてみるか」
「第三者の目をいれて判定するってわけね? 望む所だわ」
「さあ、どうなの、うおる!」
「正直に言っていいからね。私か、まなまか、どっちの貧乳が好き?」
二人の先輩の問いに、前玉うおるは、しっかりとした声で答えた。
「あたしは、二人の貧乳よりも、あたしの貧乳が好き」
「そんな答えが許されるとでも?」
まなまは苛立ちを声にのせたが、カクシコは、ハッとした。
うおるの言葉から、大きな気付きを得たのだ。
――なんで、うおるが気に入らないのか、わかった気がする。
――私、うおるの貧乳に嫉妬しているのかも。
いかにも、『ないちち賞賛部』部長らしい心の動きなのであった。




