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ないチチびいき  作者: クロード・フィン・乳スキー
新世代篇 後編
69/80

(貧)NEW GENERATION 第24話 板橋まなまの苦悩

 放課後の部室で、板橋まなま部長は溜息を吐いた。


「ねえ、ひので、なんかわたしってさ、浅いのかな」


「谷間の話ですか?」


「ああ、胸のね。それは浅いっていうか、むしろ『無い』って言うべきよね。――って、誰の谷間が無いってのよ!」


「落ち着いてください部長。まーた自分で言ったやつでしょ」


「事実だからといって、何でも言っていいわけではないのよ」


「自分で言って傷ついてんの、おもしろ。……にしても、どうしたんすか? 浅いって何の話っすか」


「先日のアレ、あったでしょ。カクシコとひのでと、その、ご両親との色々」


 その言葉で、比入ひのでは閃いた。


「なるほど、部長は悩みが無いことに悩んでるんすね?」


「無いわけでもないのよ。わたしだって、それなりに貧乳部員をあずかる貧乳部長としての責任感とか持ってるし。だから部の存続の危機にはいつだって重圧を感じてる。だけど、こないだのは、私の抱えているものより、ずっとずっと大きくて重たかった」


「小さくて軽いっすもんね、部長のは」


「胸を凝視しながら言うんじゃないよ」


「てか、ウチら別に、まなま部長が思ってるほど、悩んでないし」


「ほんとに? 少なくとも、カクシコはめちゃくちゃ悩んでなかった?」


「んー、まあ、たしかに」


「ていうか、あのカクシコの件がある少し前に、悩みがあるんすよォ、とか言って相談してこなかった?」


「そうでしたっけ? おぼえてナインちゃんですね」


「あのとき、テスト勉強も手につかないって言ってたような――って、誰がナインちゃんだよ。ボインちゃんの反対がナインちゃんだなんて、いまどき誰が知ってんのよ!」


「落ち着いてください。自虐しただけっす。部長のことではないっすから」


「まったく……。で、その後どうなの? みんなで仲良くやれてる?」


「こないだ、皆で焼肉プレートを囲みましたよ。好史パパと氷雨ママと、うおると、カクシコ先輩と、先輩のお母さんも一緒でした。なんか、ウチも含めて、遠慮が巻き起こりまくって、超ぎこちない感じだったけど、まあこれからっすね」


「まあ、ひとまずは、よかったわね。ひのでの家は、なかなか激しいから、いつかまた、何か嵐のような出来事が起きそうだけど、もはや力を合わせて何でも乗り越えていけそうな気がするわ」


「何も起きないに越したことはないっすよ。貧乳みたいに平たくて全然いいっすからね、ウチの生活は」


「うーん、わたしは、やっぱり貧乳みたいな生活は嫌かな。うん、巨乳がいい」


「刺激を求めてるんすか」


「なんていうか、悩みが欲しいのよ。ひのでが人並み以上の悩みを抱えてることを知った時、私は、自分が恥ずかしくなった。本当に悩みのない浅い人間なんだなって。こんな人間が部長なんてやっていいのかな、とかね、思って」


「はえー、貧乳らしい卑屈さっすね」


「ひのでは、そのへんサッパリしてるわよね。それはそれで貧乳らしいわよ?」


「いや部長って、気が大きくなりすぎないっていうか、根がおとなしい気質なので、やっぱ貧乳っぽい感じっすよね」


「うーん、でも風通しのよさから言えば、ひのでの方が貧乳っぽいのよね」


「ん? あれ、このまな板、しゃべるんですね」


「そこの平野って、日照時間とっても長そうよね。日の出から日の入りまで、遮蔽物がほとんどなくて」


「何いってんすか」


「そっちこそ」


 煽り合いの後、比入ひのでは、なるほどと頷いた。


「いまの、いかにも悩みがなさそうな会話っすね」


「そうなのよ」


  ★


 ――最も悩みがない浅い人間は誰か。


 そんなもの、気にすることもないだろうに、板橋まなまは、どうしても自分の浅さを確認しておきたいようだ。


 大平野カクシコや比入ひのでは、家庭の大問題を抱えていて、人並み以上の悩みがある。


 前玉うおるも、色んな意味で人間離れした問題を抱えている。


 篠原英華はどうだろうか。中等部の生徒会長をやっている時点で、悩みと縁が深そうに思える。


 天海ミユルだって、部長やひのでには知られていないが、魔法少女ミユルという秘密を抱えているし、そもそも板橋まなま部長は、ミユルがカクシコの元気がないことで心をいためていたのを見ている。また、かつては一つだった部が崩壊した時のことをいまだに引きずっていることも把握している。


 少なくとも板橋まなまから見て、ミユルは自分よりも悩み深い人間だと感じていた。


 であれば、貧乳仲間のなかで、最も悩みがないと思われる人間は、もはや二人に絞られる。


 板橋まなま自身と、そして、今山ハルヒメである。


 かくして、板橋まなまは、保健室の扉をノックした。


 返事はない。


 今山ハルヒメは、空き時間に、よく保健室のベッドで寝ている。


 保健室といえば、占い女の隠し通路がある。その関係で、ハルヒメが、ひとり静かに隠れる場所としても、ちょうどいいのだった。


 再びノックしてみた。


 返事はなかった。


 板橋まなまが引き戸をあけて中に入ると、探している後輩の後ろ姿が目に飛び込んできた。ベッドカーテンを開けっぱなしにしながら、横向きに寝ていた。体操服姿だった。


 深い眠りだった。かなり疲れているようだ。


 長身でスポーツ万能であることから、バスケやバレーなどいろいろなスポーツ部に「たまにでいいから練習に顔を出してほしい」と言われてきた。それが最近は、「たまにでいいから朝練にも参加してほしい」に変わってきた。


 ちゃんと取り組んで活躍してしまうので、一年生でありながら、どの部でもチームの中心になりかけていた。


 断れない性格のせいで、疲れて保健室で寝ているというわけだ。


 そのうち、当たり前のように、複数の部に入部させられかねない勢いである。


 その時点で、もう勝負は決している。周囲からの期待を背に、運動部でキラキラと汗を輝かせて戦う彼女よりも、倉庫を不法に占拠している貧乳部の部長のほうに深みがあるなんてことは、まずありえない。


 まなまが上から覗き込んでも、起きる気配がなかった。


「……寝かせといてやるか」


 そうして一度は背を向けて、その場を去ろうとした。しかし、そこで板橋まなまは、異様な違和感をおぼえた。




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