(貧)NEW GENERATION 第22話 占い女の誤算
「パパ弱すぎんだろ」
「すまない、ひので」
「CM明けたらもう倒れてるみたいなのやめろよな、まじで」
そして、ひのでに続いてカクシコも、父親を責めて言う。
「お父さん、役に立たなすぎかしらね」
「すまん、娘たちよ。だがな、今の銃弾をどちらかが喰らっていたら致命傷だったレベルだ。丈夫な俺でよかった。おまえたちを守れて本望だ」
★
前玉うおるが襲撃されている。
襲撃が行われている場所について、なぜか中等部生徒会長の篠原英華から連絡があった。
「前玉うおる先輩の場所を送ります。行ってあげてください」
それは、和井喜々学園であった。
その情報をもとに、親子三人は学園の敷地に入った。
足を踏み入れて、すぐに大平野好史が地面に倒れ込んだ。体中から血を噴き出しながら。
人型ロボットが持つ銃から放たれた弾丸によって、身体を貫かれたのだ。
悲鳴を上げて駆け寄ってきた娘二人が生存を確認し、必死に重たい父親を運び、体育館裏に逃げ込んだ。塀と体育館の壁面の間は、そんなに広くないので、逃げ込めば隠れられると思ったのだった。
逃げている間、無防備だった。しかし、カクシコとひのでは、武装した人型ロボット兵のターゲットになることはなかった。
そうして安全が確認できたところで、「パパ弱すぎんだろ」と娘が言ったのだった。
「動けそ?」とひので。
「すまん。腰を含めてあちこちやられたようだ。筋肉はずたずたで骨は粉砕されて内臓は機能停止している。だが、じきに治るから、回復まで待ってくれ」
「そんなん待てるわけねえし。うおるがピンチなんだから。先に行くし」
「ひので、まて」
大平野好史は、娘の手を掴んだ。
「なんだよ」
「絶対に無理はするなよ。俺は娘であるお前の、ないちちびいき、なんだからな」
ひのでは特大の溜息を吐いて、続けていう。
「……カクシコ先輩さあ、どう思うよ。人生の最後に言い残すかんじで放つワードがさあ、貧乳のこととかマジさあ、先輩のお父さんどうなってんの」
「あなたのパパでしょう。私は一緒に住み始めて日が浅いからノーカンよ。でも待って、家族で争ってる場合でもなさそう。とうとう囲まれてしまったわ。もとから逃げ場も安全な進路も、無かったみたいね」
カクシコの言う通り、確かにすっかり囲まれていた。
しかし、機械の兵士は、まるで意志を持ち、躊躇っているようだった。女子高生二人と離れた状態の男には、容赦なく銃撃したのに、銃を向けたり引っ込めたりしている。かといって、その場を離れるわけでもない。
「こんな機械仕掛けの兵隊に、どうやって勝つよ?」
「本当、どうしたらいいのかしらね……」
その娘たちの問いに答えたのは、驚異の回復力をもつ大平野好史だった。
「そうだな……」
好史は、「フッ、万事休すだ」と格好つけて絶望を言い放つために、空を見上げた。しかし、そこで、何かに気付いた表情を見せ、小さく頷いてみせた。そして、視線を落とし、娘の目をしっかりと見つめた。
絶望の台詞はやめて、希望の台詞を吐くことにした。
「相手は、ほとんど未来のテクノロジーだ。それを上回ることができるのは……」
「できるのは?」
「そう、愛の力だ」
「は? 親父は愛の力なんぞ失ってんだろ。浮気の末に隠し子つくって、離婚してウチと別居とかしといて何が愛だよ。楽しかった比入家を返せよ!」
「いやまあ、その話は後だ。とりあえず、目の前のピンチを片付けてからだ」
「だから、どうするんだって! ちょっとでも動いたら、撃たれそうな勢いだぞ」
大平野好史は、だらりと力なく落としていた手を持ち上げた。
「こうするのさ」
そして、指パッチンを高らかに響かせた。
その怪しい動きをみて、また、機械人形たちの引き金が引かれる。
銃口は、父の眉間に向いていた。
「パパぁ!」
「おとうさん!」
父親の生命の危機を感じ取った娘たちが叫んだ。
父は無事だった。
突如として何もない空中から生み出された色とりどりの光の弾が、機械人形の顔面に向かって拡散し、変化を見せながら突き進んでいった。
機械人形たちは、その不規則な軌道に対応できず、引き金を引く前に次々と撃ち抜かれた。
破壊された。一分も経たずに全滅した。
「ぱ、パパ? なにやったの」
「ふっ、ひので。見たか? これが、愛の力だ」
すると、比入ひのでは呆れかえり、
「……心配させんなよ。そんなんできるなら、さっさとやれよな」
大平野カクシコは、眉をひそめて、
「ひのでのママや、私のお母さんを大事にしないだけで最低なのに、わざとピンチを演出するなんて、もっと最低じゃないかしらね」
「素直に褒めてくれないか、娘たちよ」
「この軽ぅーい感じ、やっぱ自作自演かしらね」
「そんなわけあるか!」
「わかんないよ。この男ならやりかねないっしょ」
「娘たちよ……もう許してくれないか」
★
穴だらけの校庭に、一粒の涙が落ちた。
黒い衣を纏った占い師風の女だった。土ぼこりの舞うなか、土の上にうずくまり、声を押し殺して泣いていた。
それは、前玉うおるの生みの親であり、ハカセと呼ばれていた。
そして同時に、大平野カクシコの実の母でもあった。
前玉うおるは無事だった。生きていた。ただ校庭に立っていた。
自分の生みの親を見下ろしながら。
その光景を見た比入ひのでが、父と姉から離れ、大声を出しながら、ひとり駆け寄っていった。
「うおるー!」
そして強く抱きしめると、うおるは優しげな表情をみせ、応えて彼女の背中に腕を回した。
足もとでは、黒い服の女が絶望していた。
波打つ長い髪が、地面に広がって土に汚れていた。
「また、何も、なくなってしまいました……」
全てを破壊されていた。勝てるはずだった。誤算だった。準備していた武力が全て破壊された。
ほんの数分で、すべての機械人形が粉砕された。ひとつ残らず全滅だった。
「何も……ッ」
声を裏返して、涙が止まらない様子だった。
そんな暗黒の雰囲気を斬り裂くように、すっかり回復した大平野好史は叫んだ。
「いいや! ちゃんと、ここにあるぞ!」
「えっ」
「こっちを見ろ! 占い娘!」
そして男は、静かに娘の背中を押した。
「お母さん……」
多くをなくしたかもしれない。でも、何もなくなったわけじゃあない。
占い女の視界には、大平野カクシコの両足が見えていた。
「あっ……」
そこから言葉が続かなかった。それどころか息が止まってさえいた。
久しぶりの再会だった。後ろめたさしかなかった。
大平野好史は、ゆっくりと歩み寄り、しゃがみこむと、黒い服の女の肩に優しく手を置いた。
目に涙が溜まった。
「カクシコちゃん……」
名前を口にした瞬間に、すさまじい勢いで流れ始めた。
言葉も、震えた声で漏れ出してきた。
「このタイミングで、カクシコちゃんが好史さんと一緒にいるということは、知ってしまったんですね」
「お母さん。何なのこれ。何がなんだか、わからない」
カクシコは、膝をつき、母の涙を拭おうと手を伸ばした。
母は、その手を掴み、押し返した。
その資格はない、ということなのだろう。
そして母は謝罪を始めた。
「私が悪いんです。何もかも、私が……。世界でいちばん、悪いんです……」




