(貧)NEW GENERATION 第6話 今山ハルヒメの体当たり
前玉うおるは、下駄箱とは反対方向に歩き出した。
部室から家に帰る前に、寄らねばならない場所があったからだ。
「……やっぱり電池切れ」
左耳につけていたイヤホンの信号をもう一度確認してみる。
ウンともスンともいわない。
指示が送られてくるはずのイヤホンからは、この数時間、何の音もしていない。
このまま帰っていいものか、まだ出会うべき人がいるのか、やるべき任務が残っていないか。作戦に変更は無いのか。それを確かめるためにも、学園内の隠し拠点に寄る必要があったのだ。
前玉うおるが向かったのは、保健室だった。
「……ここか」
前玉うおるは、壁面に、胸を押し当てた。
壁の一部分がゆっくりと、音もなく奥に跳ね上がり、隠し通路があらわれた。
前玉うおるが、真っ暗な隠し通路の奥へと進んだとき、自動で仕掛け扉は閉じた。
その道の先には、多くの画面や操作盤が並んだ隠し部屋があった。監視を行い、指示を送るための秘密基地。飾り気がまるで無く、まるで戦艦や潜水艦の中のような雰囲気だ。
前玉うおるは、イヤホンを外し、専用の穴に差し込むことで、瞬時に充電を済ませた。
通信が回復した。
『うおるちゃん。調子はどうですか。おかしなこと、やらかしてないですか? ちゃんと溶け込めてますか?』
「ハカセ。大平野カクシコと接触しました」
『えっ、もうですか? 問題なさそうでした?』
「まだわかりません。今後も監視を続けます」
『そうですね。今のところ監視計画に変更はありません。継続です。今日はもう、任務はありませんので、帰宅してください』
「ハカセ」
『なんですか?』
「楽しい一日でした」
『えっ……楽しい……ですか? それは……なによりです。詳しい話は、あとで聞きますね。いまはとにかく、ばれないように、くれぐれも気を付けて帰って来てください。くれぐれも、ですよ?』
「はい」
『何かあったら、声を掛けてください』
「はい」
落ち着いた返事をして、前玉うおるは暗闇の中を歩き出した。
そして、保健室と通路を繋ぐ扉まで来たときに、異変に気付いた。
打撃音がする。
ドンドンとノックの音。ドスンドスンと体当たりの音。
前玉うおるは、すこし焦りながらも、扉の手前の壁の一部に貧乳を押し当てた。
ロックが解除され、扉が手前側に勢いよく跳ねあがった。
その瞬間、少年のような声で「うわぁあ」と悲鳴をあげながら、背の高い人間が猛スピードで突進してくるのが見えた。
前玉うおると似たような短めの髪型だったが、うおると違い、前髪で片目が隠れたりはしていなかった。
「アッ」
声を出した時にはもう、接触した。立ったまま抱きつかれる形となった。
うおるの顔に、何者かのやわらかい胸が触れている。
前玉うおるは、至近距離で、普段隠れているほうの瞳で、彼女の胸を確認した。
――この胸の形状と感触データ。一致。
――貧乳オーラ確認。オーラなし。巨乳。
抱き着いたほうの背の高い女は、自分の狼藉を自覚して、「ちがうんです!」と大声を出した。
前玉うおるが無言で強く突き飛ばすと、背の高い女は、何度か小さくステップを踏んで、倒れることなく体勢を整えた。
とても運動神経がよかった。
保健室の机に腰をあずけて、続けて言う。
「ごめん。自分、ビックリして……。だって、壁がいきなり扉になって、君がその中に入っていったんすよ。どう見ても壁でしかなかったから、君がそうしたように、自分も胸を押し付けてみたんすけど、全然開かなかった」
「でしょうね。一定水準以上のレベルをもった貧乳にしか開けられない扉です」
「撫でてみても何も起きなくて。ノックしても返事がなくて。いっそ突き破ろうと思って、何度か体当たりしていたところで、君が突然、目の前にあらわれたんすよ」
ハカセから、絶対にバレるなと言われたのに、もう雲行きが怪しい。
うおるは、まずは脅しをかけることにした。
「好奇心は猫をも殺すって言葉、ご存知ですか?」
女は心臓をつかまれたような気分になった。寒気を感じながら、言い訳を開始する。
「待って待って。大丈夫、自分は大丈夫っすから。君と同じ新入生で……あっ、自分、名前は――」
「今山ハルヒメ、ですね」
「えっ、自分のこと、知ってるんすか」




