(貧)NEW GENERATION 第1話 前玉うおるを勧誘
人生にはいろいろあるのかもしれない。厳しく険しい道のりかもしれない。でもここにはもう起伏など無い。知能指数や巨乳指数が延々と平らな地平を這い続けるような、そういうお話。……怒っていいよ。そんな君こそ大好きだ。
――クロード・フィン・乳スキー
新入生、前玉うおるの右目には、桜の花びらが舞う景色が映っていた。やわらかな午後の光を静かに反射させながら、コンクリートの上に薄紅色が落ちていく。
「あなた、そんな貧乳をしてどうしたの? 私たちの部に入らない?」
その優しげな声は、前玉うおるに向けられたものだった。
顔を上げると、声を掛けてきたのは、長い黒髪の女の子だ。すらりと痩せた長身で、とても美しい人だった。リボンやブレザーポケットの校章の色から察するに、上級生のようだ。この大人びた雰囲気は、三年生だろうか。
上級生を相手に無視はいけない。目を付けられないように何かを返すべきだ。そうインプットされていた前玉うおるだった。しかし、挨拶も無く唐突に貧乳から貧乳を指摘された場合の会話パターンなんて事前に学習していなかったため、しばらく固まってしまった。
そんな前玉うおるを見て、派手な雰囲気をした別の女の子が「たはは」と笑った。茶色っぽいポニーテールだが、前髪の一部分だけオレンジの毛束が混じっている。こちらの女の子も痩せていた。特に胸の辺りがひどく痩せていた。でも笑い顔が可愛らしいと思った。
リボンなどの色から察するに、二年生だろうか。
彼女は隣にいた上級生に語り掛ける。甘さに満ちた、あざとい声だった。
「まなま先輩。いきなり直で勧誘は緊張させちゃうって。ここは、うちに任してください」
「言ったわね、ひので。失敗したら、胸削るわよ」
「やー、うちら、もう削るとこないっしょ」
ギャルっぽい女の子が、からからと笑いながら、自分の胸元を上下に撫でてみせた。
「そうね。すでにね、すべっすべのまな板だものね。それゆえに私の名前は板橋まなま。ニックネームは、まな板。どうぞよろしく。――って、誰がまな板よ!」
「あー、自分で言って怒らんでくださいよ」
「あーもー! 新入生の前なのに、いきなりこんな醜態。最低だわ」
前玉うおるは、目の前で展開される会話の勢いについていくのがやっとで、黙り込んでいるしかなかった。
初対面の二人の会話は続く。
「最低といえば、まなま部長の胸の標高っすけどね」
「あーそうそう、弁天山と最低を争うくらいのレベルでね」
「えっと……部長、どこっすか、それ」
それは、会話に入る大きな隙だった。同時に、うおるのデータベースが活きる時でもあった。
「弁天山。この時代の日本国の中で、最も低い自然の山。徳島県にある標高わずか6.1メートルの低山」
「低っ。でも部長の胸、6メートルもないけどね! ざんねん!」
「あのね、ひので。6メートルの胸があったら、それはもう人間じゃあないのよ」
「たしかに! こう、胸の重みで、まんぞくに歩けすらしない!」
「ええ、そうね」
インプットされた知識を披露したことで頭脳が働きはじめたのだろうか、前玉うおるは、突然の勧誘から逃れるための方法を考え始めた。
こういう場合の定番といえば、「急いでいる」だとか、「友達が待っている」だとか、「親が晩御飯をつくっている」だとか、「すでに入る部活を決めている」だとか、そういったところか。
しかし、どういう言葉がこの場に刺さるのか判断がつかない。耳に隠し着けていた通信機も、電池切れでさっきから動いていない。自分で判断するしかない。
うおるは、思い切ってストレートにきいてみることにした。




