第33.5話 停止した時のなかで2 ふたつの石
私は傘型タイムストッパーを押し当てました。
再び目を開いた時には、きょろきょろしながら戸惑う天海アキラくんの姿がありました。
アキラくんは、私を見つけると、
「きみ、だれ?」
そう言って、私の顔を覗き込みました。
「その格好は……もしかして、占い娘の家族の人、とか?」
「いいえ、本人です」
「そっか、急に成長していると、なんだかびっくりするね」
成長ときましたか。
どうせこの男も、私の胸を見てしゃべってるんでしょう。好史さんならまだ許せますが、巨乳びいきの巨乳トークに付き合ってやる義理はありません。私は、「そうですか」と気のない返事をしてから、さっそく本題に入ります。
「好史さん。あなたが、お母さんからあずかってるものは何かありませんか?」
「え? うーん急にどうしたの? おれの両親は、ずいぶん前に、物心つく前に亡くなってるけど」
「……なるほど」
記憶が消されているようです。
アキラくんがもともと未来の人だったからということで、特別措置として記憶を消すまではしなかったはずなのに、母親の記憶どころかガルテリオさんのことすら忘れているようでした。
師匠が、こっそりで記憶を消していたのです。
「だけど、そうだな、母親から受け継いだものなら、いくつかある」
「本当ですか? それ、見せてもらってもいいですか?」
「ああ、いいよ」
そう言って、止まった世界の中で、アキラくんは歩き出しました。
私も、彼のあとについて、ゆっくりと歩き出しました。
☆
やって来たのは再びの和井喜々学園。
この学園に、母親から受け継いだものがあるという話だったのですが……。
「これなんだけど」
「アキラくん、ふざけているんですか?」
私は怒りをおぼえざるをえません。
「いや、だって、母親の形見っていたら、これしかなくて」
水着でした。
数種類ある水着たちで、しかも全て巨乳仕様です。
いつぞやの水泳授業の時にガルテリオさんから渡された水着たちです。
たしかに!
たしかにガルテリオさんは、それを母親の形見だといってアキラくんに渡していました。嘘か真実かわかりませんが、アキラくんがそれを母親の形見だと思っても変じゃないです。でもね、
「そんなの探してないんですよ!」
「そ、そんなに怒ることなくないかな」
「怒りますよ! こんなふざけた形見がありますか!」
「そんなこと言ったって……。大人バージョンになって、少し怒りっぽくなったんじゃない、占い娘」
「ああもう、何か他にないんですか? たとえば、きらきら光る石とか。いつの間にか持っていて、大事に身に着けていたものとか、ありませんか?」
「いや、ないね」
ちょっとは考え込む素振りくらい見せてほしかったのですが、本当に心当たりがないようでした。
「だいたいにして、占い娘。そんなに必死になって、どうしたんだよ」
「杖にはめ込む宝石のようなものを探しています。それがないと、大変なことになるのです」
「宝石……宝石か」
「もしかして、心当たりが?」
「まあ、少しだけ……。でも、その前に、杖ってやつを、見せてもらっていい?」
「ええ。折らないでくださいよ。アキラくんは、大事なアイテムを踏んで壊したり、ひどい願いで世界を壊しかけた人ですから、危険なのです」
「何を言っているんだか全くわからないな」
戦いの記憶も無くなっているようでした。アキラくんは続けて言います。
「けど、たしかに少し抜けてるところあるって、リオにも言われるなぁ……」
「小川ちゃんは、けっこうしっかりしてますもんね」
お世辞を言いながら水晶玉を操作し、杖を取り出しました。アキラくんに手渡します。
その刹那、見間違いでしょうか。
一瞬、ほんのり杖が白く光ったように見えました。目をこすってもう一度見てみたら、光は全くなくなっていて、アキラくんが杖の窪みのあたりを触って確かめていました。
「どうですか? なにか、わかりますか? アキラくん」
「いや全然。だけど、少し不思議な出来事があったのを思い出した」
「といいますと?」
「ああ。もうずいぶん前のことになるかな。中学生くらいの時のことなんだけど、おれは、知らない人から石をもらう夢を見たんだ」
「どういう人でしたか? 男ですか、女ですか?」
「女の人だったなぁ。夢の中のその人は、真っ黒い服を着て、フードを被った不気味な格好で、顔がわからなかったけど、すこし低めの声で、すごく背が高くて、優しい声で『アキラ』って呼び捨てでおれの名前を呼んでたな」
それは私の師匠ですね。夢の中で大切なことを伝えたのだと思います。
「その人は、何かをあなたに渡したんですね」
「滑らかな肌触りの石だな。カプセルみたいな形をしていたっけ」
「それを、受け取ったんですか?」
「そのあたりは、よくおぼえていないんだ。たぶん、ひたすら不気味さに怯えていたと思うんだけども……。ただ、その人が言っていた言葉で、やけに鮮明に憶えてることがある」
「本当ですか? 何と言っていましたか?」
「たしか、『自分の気持ちに正直に生きて。誰にも操られない本当の自分の人生を生きて』って、はっきりと」
やはり、師匠がアキラくんに託したのです。『願い』を。
さらに、アキラくんは続けます。
「ここからが、さらに不思議な話でさ、その夢とよく似た夢を、リオも見たって言ってるんだ。それこそ、小学校くらいの時に。幼かったから、細かいことはおぼえてなくて、『渡された石がドーナツみたいで美味しそうだったからよく憶えてる』って言ってた」
「小川ちゃんは、昔から食いしん坊だったのですね」
「うん。その時にリオも何かメッセージをもらったらしいんだけど、内容を全然話してくれないんだ。忘れたって言ってるんだけど、絶対あれは憶えてるのに隠してる顔だった」
だとすれば、小川リオにも師匠の『願い』が託されているということになります。
「お二人が付き合うようになった理由っていうのも、そのあたりにあるんですか?」
「え? 子供のころの夢がどう関係してくるの?」
「……それもそうですね」
もし師匠が介入した結果として、二人が付き合うことになったのだとしたら、ナツキちゃんが可哀想だと思ったのでした。
でもきっと、師匠がどうとか関係なく、アキラくんは彼女のことが好きだったわけですし、その思いが通じた後だからこそ、師匠が願いを彼女にも託したのだと思います。
それにしても師匠ったら、「過去に二度と介入してはダメ。約束よ」とか何回も私に言ってきたくせに、自分が約束破りまくってるじゃないですか。
おかげで私が助かる可能性が見えているとはいえ、なんだか釈然としません。
過去に介入するのでも、私のためだったら許せますけど、やっぱりアキラくんのために未来の『願い』エネルギーを残してたんですから。弟子のことなんて、どうでもいいんですかね。少し、ねたましいです。
「アキラくん。小川ちゃんは、今どこにいますか?」
「それなら、もう待ち合わせ場所にいるって言っていたから、一緒に行こう」
「折角のデートなのにすみません。用事が終わったらすぐに退散しますので」
☆
待ち合わせの場所は神社でした。
私が毎日のように寝泊りしていた場所でもあるので、庭みたいなものです。
道に迷うことなどありえません。
しかも、この未来二輪車は急な石段くらいの段差さえ、ものともせずに登ることができます。
あっという間にアキラくんを置き去りにして、鳥居の前にまで来ました。
そこにはすでに、小川リオが待っていました。
鳥居の石柱に今にも寄りかかろうとする姿勢のまま固まっています。
その姿を発見してすぐに、私は思わず声をもらします。
「は、何ですか、これ」
彼女が、男装してたからです。
時間が止まった世界の中、なぜか男子の服を着ている小川ちゃん。
いや小川くんですねこれは。いつものポニーテールもほどいて、野球チームのロゴが入ったキャップをかぶっています。
どこか恥ずかしそうに身をよじっているような姿勢になっているのは、男装が恥ずかしいからと思われますが……でもホントになんで男装なんかしてるんでしょうか。私は混乱を隠せません。
一体、アキラくんと小川ちゃんはどんなお付き合いをしているのでしょう。
いや今の見た目は、アキラちゃんと小川くんですけど。
「占い娘。これは違うんだよ」
どうみても女の子のアキラくんが言いました。何が違うというのでしょう。
「おれが、リオにこんな格好させてるわけじゃなくて、リオが勝手に男の姿をし始めたんだよ」
「こんなに恥ずかしそうな感じに立っているのに、ですか」
「ああ。実は、おれが男だっていうのがリオにまでバレた後に、『恥ずかしくないの?』って真剣な顔で迫られたんだよ。壁際にドドンと追い詰められてな。そのときに、『最初は恥ずかしかったけど、慣れた』ってことを伝えて、『おかげでどんな場面でも羞恥心を感じることがなくなったんだ』と言ったら……」
「なるほど、小川ちゃんは恥ずかしがりの性格を克服したいばかりに、性別をひっくり返した姿になることを選んだんですね」
「そうらしいんだけど、おれ、これから先、どうしたらいいだろう。このまま男の姿をさせていていいんだろうか。たしかに似合ってるし、めっちゃ最高にイケメンでかわいいけど、こんなの間違ってるよな。どう思う? 占い娘」
どうでもいいです。こっちはそれどころじゃないんです。
私は、突然の恋愛相談を全力で無視して、小川ちゃんに傘型タイムストッパーを押し当てました。
小川ちゃんも止まった世界の中で動けるようになりました。
男装娘は、鳥居の石柱にポスンと寄りかかり、物憂げに俯き、ふぅと溜息を吐きました。
かと思ったら、目の前に突っ立っていた女装男の姿を見つけ、
「わっ、はやい。電話が終わったばかりなのに、もう来た」
そう言って、目を丸くしていました。
「小川ちゃん、久しぶりです」
私が彼女に挨拶すると、私の顔をまじまじと見つめ、
「あ、あの、どちらさま……ですか?」
あからさまに緊張した様子で言いました、消え入るような声で。
男装で羞恥心をなくす訓練は、まだ実を結んでいないようです。
というか、逆に羞恥心を最大限に煽ってるんじゃないですか、これ。心折れないといいんですが。
「私のこと、誰だと思います?」
「え? うーん……占い娘ちゃんに似てる……ていうか、あれ? なんか、周りの景色おかしくない? 風も吹いてないし、カラスが空中で止まってる……」
「よく気付きました。さすが、動体視力や観察眼が半端じゃないですね!」
「そんな……誰でも気付くでしょ、こんなふうになってたら。暑さも寒さも感じないし、人も、木も、風も止まってるし、手洗う所の水の音もしなくなったら、どう考えても変だよ。時間が止まってるみたい。これって、もしかして夢なの?」
「夢じゃないぞ」とアキラくん。
「そっかぁ、わたし、よく変な夢見るからなぁ。失恋した直後に気持ち悪い巨人に襲われる夢とかさ」
夢じゃないんですよね。その巨人は好史さんなので。ただ、小川ちゃんは異常なことがあると、すぐに夢だと思いたがる普通の人なので、夢だと思わせてしまったほうがいいでしょう。
さて、いきなり夢というキーワードが出てきてくれたところで、私は一気に斬り込みます。
「小川ちゃん、お久しぶりですが、再会を喜んでばかりもいられません。小川ちゃんにききたいことがあるのです」
「えっと、何かな」
「何かこう、黒ずくめの人から何かを渡される夢とかを、見たことがありませんか?」
それを耳にした途端、顔を真っ赤にして俯きました。何か恥ずかしいことがあるっていうんでしょうか。
「それ……誰にきいたの?」
私は、ためらうことなくアキラくんを指さします。
そしたら、小川ちゃんは手招きをして、アキラくんにはきこえないように内緒話を開始します。
「てか、ほ……本当に占い娘ちゃんなの?」
「はい、占い娘です。本人です」
やっと納得したのか、人見知りモードから脱出し、普段、学校にいるときのような小川リオに戻りました。
「なんで黒い女のひとの夢について、きいてくるの?」
「それは、その黒い人の夢がこの状況を打開する鍵になっているからですよ」
「なんで? ピンチなの?」
「このままだと夢の世界から抜け出せません」
うそつきが板についてしまった罪深い私は、しれっと嘘をまき散らしました。実際は時間停止の世界ですけど、夢の世界だと思わせてしまった方が、小川ちゃんが思い通りに動いてくれると思ったからです。
こういう、自分の暗黒なところを自覚した時に、罪の意識にさいなまれてしまいます。
「…………」
小川ちゃんが、心配そうに私の顔を覗き込んできます。
私は反射的に、黒ローブのフードをかぶりました。
そのとき、おそらくそのフード姿にピンときたのでしょう、彼女は両の手のひらをパチンと合わせ、
「もしかして! あの夢に見た黒い女の人って、占い娘ちゃんのご先祖様なの?」
何がどうなってそうなるのか、よくわかりませんが、この際です。そう思わせてしましましょう。
真面目に説明をしようとすると、かえって混乱を招くと思います。
だって、私の占い師匠は、本当はアキラくんのお母さんのような存在でありながら、本当のお母さんでもないという微妙な位置にいて、だけど本当の息子にそっくりなアキラくんを守りたいと心から願っていたわけです。
そういう、根が優しくも厳しい保健室のお姉さんだった人なのですが……なんというか、いろんな顔がありすぎて、うまいこと説明するのが難しい人なんです。
だから、ややこしくなる前に、設定を与えます。
「実はそうなんです。あなたは選ばれたのです」
「うっわぁ、やばいこれ、最高レベルの恥ずかしい夢だぁ。また高校生にもなってこんな夢……」
「あなたの中に眠る力が必要なのです。私たち占い一族に伝わる伝承によれば、一人の聖なる巫女に魔術の結晶としての宝石を渡したといいます。それは手のひらに収まるくらいのリング状のものです。何か受け取っていませんか?」
「その、せ、せ、聖なる巫女が……わたし?」
「心当たりが、あるのですね?」
「うん……そう、あれは、小学校のころに見た夢で……」
「フードをかぶった女の人が、あなたに石を渡したんですね?」
私が先回りをしたところ、小川ちゃんは首を横に振りました。
「ううん。フードはしてなかったよ。占い娘ちゃんと同じような服を着てたけど、はっきりと顔が見えて、すごくキレイな人だった。茶色い髪がくるくるしていて、杖を持ってて……」
「その人は、宝石をあずけるときに、あなたに何かを言っていましたか?」
「うん、宝石っていうんじゃなかったけどね、くすんだ色の冷たい石で……でも、そのときの私には、何が何だかわからなくて、そんな夢見たっていうのが恥ずかしくて、まだ誰にも言っていないんだけど……」
「重要なので、教えてください。その人は、何と言ったのでしょう」
小川ちゃんは頷き、顔を真っ赤にしながら、師匠の言葉を呟きます。
「『運命なんてないの。あなたの信じるように生きていいからね』」
師匠の考えていることが、ますますわからなくなりました。アキラくんと小川ちゃんに、大切な杖の、大切な願いが詰まった宝石二つを分けて渡すなんて、それはもう婚約みたいなもんです。それなのに、信じるままに自由に生きていいと言ったようです。
彼女がアキラくんと仲良くなるように仕向ければ、アキラくんは好きな人と結ばれる奇跡を迎えることができるのに、私の知ってる師匠だったら強制的に結ばれるよう仕向けるはずなのに、それを強制しないなんて……。
やっぱりアキラくんに関わることとなると、師匠の過激さは鳴りを潜めるような気がします。
私に対しては、やれ「ころせ」とか「消せ」とか「破滅的に別れさせろ」とか過激なことばかり言ってきたのに、アキラくん相手には優しい世界の人を気取ってて、なんだかズルいなって思います。
本当にアキラくんは、私の好きなものを全部もっていきますね。
優しい師匠にしても、親友のナツキちゃんにしても、みんな私をほったらかしにして、アキラくんを大事にします。許せません。
この巨乳びいきの最低男の、どこがいいんでしょう。
そりゃ、師匠に似たキレイな顏してますけど。
「ねぇ、占い娘ちゃん、あの黒い人が言ってたのって、どういう意味かなぁ。運命って、本当にないの? わたしの信じるようにって、どういうことかなぁ」
不安そうな小川ちゃんに、私は言ってやります。
「未来は、あなた次第で決まるのですよ。だって、あなたは選ばれたんですから」
この言葉は嘘ではないです。私が証明できます。
小川ちゃんは、確かにアキラくんに選ばれた人なのですから。
アキラくんが、誰かに操られて、選ばされたわけではないのですから。
☆
小川リオに杖を握らせてみたところ、アキラくんの時と同じように、一瞬だけ光を発しました。
ただ、その光の色が、アキラくんが白だったのと対照的に、小川ちゃんは黒でした。
つまり、こういうことです。
師匠は、天海アキラのために、杖と願いを込めた石をこの過去世界に遺しました。きっと、いざという時には、未来から飛んできて、彼を守るつもりだったのだと思います。それはきっと、平穏な生活を破壊してでも。
……まあ師匠よりも前に私が壊しましたけど。
杖にはめ込む二つの石にはカプセルのような形をした細長い石と、ドーナツリング状の輪になった石とがあり、この二つを分けて、天海アキラと小川理央の中に溶かし入れました。この時代の近い表現でいえば、遺伝子に刻み込んだというわけです。
と、いうことは、です。
この止まった時間を再び動かすには、最初からこのカップルの協力が必要だったということになります。
アキラくんが鍵を握るという私の閃きは、間違っていなかったのです。
形としての宝石はどこにもなく、二人の中に溶け込んでいて、取り出すことができません。じゃあどうすればいいのか。
簡単です。
取り出すことができないんだったら、取り出さないまま力を使えば良いのです。
「お二人に、やってもらいたいことがあります」
私が言うと、二人は、「何だよ?」とか「どんなこと?」とか返してきました。協力的で助かります。
「では、まず手を繋いでください」
「――っ」びっくり顔のアキラくん。
「なっ……」顏を赤く染める小川ちゃん。
ちょっと待ってください。なんですかこの反応は。
「まさか、手を握ったこともない……?」
すると、二人は黙って俯いてしまいました。
「二人は付き合ってるんですよね?」
同時に頷きました。
「嫌なんですか? 手を握るの」
「そういうわけじゃないけど……はず、はずかしくて」小川ちゃん。
「違うんだ、タイミングがなくて」アキラくん。
非常にもどかしい関係のようでした。
これはこれで、面白おかしく楽しめるものではありますが、今の私としては、二人が接触してくれないと困るのです。杖の力を引き出すには、できる限り二人が一つにならないといけないのです。
「それがダメなら、服を脱いでください」
そしたら二人は、「はぁっ?」とか「えぇっ?」とかって全力の戸惑いをみせました。
「いえいえ、勘違いしないでください。全部脱げっていうんじゃなくて、上着を脱ぐくらいで大丈夫です」
「なんだ、そっか」とアキラくん。
「びっくりしたね」小川ちゃんがアキラくんに語りかけます。
そんなタイミングで、私は杖を取り出して、神社境内の砂利の上に突き立てました。
「それじゃあ、小川ちゃんは、ここに立って杖を握ってください。アキラくんは、小川ちゃんの肩を抱いて、ぎゅっと密着するようにして、杖を握ってください」
二人は言われるがまま、「こうか?」とか「これでいいの?」などと言いながら、ぴたりと密着して、そのまま硬直しました。
無言が広がります。
杖を握ることも忘れて、時間が止まった世界に吸い込まれたかのように固まっています。リラックスの欠片もない、ものすごいぎこちなさです。
「まあ、とにかく密着して二人で杖を掴んでくれれば形はどうでも良いんですが、密着すればするほど引き出せる『願いエネルギー』が大きなものになるのも事実。もっと、くんずほぐれつしてくれてもいいんですよ」
とはいっても、肩を抱いたり抱かれたりするこの辺りが、二人の今の限界のようでした。
「では、その姿勢のまま杖を握ってください」
二人は頷き、おそるおそる、杖を握りしめました。
瞬間、ほとばしる光。
師匠の杖が起動しました。
黒く光り、白く光り、輝きが錯綜し、強い風が吹きます。
光の中心にいる二人は驚きの表情を見せながら、さっきよりも強く肩を抱いています。
「そのままです、お二人はそのままいてくださいね!」
私は、水晶玉の力で、杖に眠る術式を全て解析します。すぐに解析が終わり、今度は数多ある術式の中から時間を動かすための複数の術式を展開していきます。
すぐに完了し、世界を動かすための力の源が溜まっていきます。
杖と二人を中心にだんだんと力が加速しながら拡がっていくのが確認できました。
世界が色を取り戻していきます。
この愛の力が、やがて世界すべてを包み込んだ時に、時は動き出すのです。
つまり、効果が完全に発揮されるまでに、少しの時間がかかります。
「また、師匠に助けられてしまいましたね……」
私は、二人に杖を家宝にして大事にするよう告げて、好史さんのもとへ走ります。
未来二輪車に乗るのも忘れて、自分の足で石段を駆け下りていました。
☆
好史さんの前に到着して、しばらくの間、時間が動き出すのを待っていました。
今の好史さんはフタを持ち去って今山のおじいちゃんから逃げ回る身。時が動き次第、二人で一緒に逃げることにしましょう。
やがて、風が吹いてきて、ついに世界にも、味や匂いが戻ってきました。
ぴくりと彼の身体が動き、まぶたが開かれたとき、待っていましたとばかりに私は言います。
「あぶないところでしたね、好史さん」
できればもう二度と、『傘型タイムストッパー』の出番が無いことを祈ります。
こんな風に何回も世界を再起動していたら、師匠が二人に託した愛の『願いエネルギー』が枯渇してしまいます。そうなってしまったら、きっと師匠に叱られますから。
自分の手で師匠を消し去っておいて、こんなことを言うのも変かもですけどね……。
せめて、あの世でくらい、師匠に優しくされたいと、私は心から願っているのです。
【停止した時のなかで 完】




