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ないチチびいき  作者: クロード・フィン・乳スキー
番外編 占い娘サイド
42/80

第33.5話 停止した時のなかで1 占い師匠の置き土産

占いオトナ視点の番外編です。

おフタ様回収ミッションで、車道に飛び出した男を救うため、時を止めた際の話です。

 好史さんが、ナツキちゃんの家から飛び出してすぐのことです。


 水晶玉が映し出す風景を目撃して、私は咄嗟(とっさ)に傘型タイムストッパーをまわしました。


 きっと昔の幼い私だったら、そのまま好史さんが()ね飛ばされるのを呆然と見過ごしていたことでしょう。


 大人になった私は、能力も覚悟も、あの頃とは違っているのです。


 寸前で止まったトラック。青ざめた好史さんの顏。


 私は、急いで彼のもとに向かい、よいしょよいしょと、自分より大きな男の人を抱えて安全な場所まで運びます。


 うっかり二回くらい顔面から落としてしまいましたが、好史さんが握りしめているオフタ様は落ちることなく、無事でした。


 ひと安心。


 けれども、すぐに現実に向き合って、溜息を吐きます。


「使わざるをえなかったとはいえ……困ったことになりました。時を止めたはいいのですが、動かす方法がわかりません」


 傘型タイムストッパーは、もう使用回数制限を過ぎた不完全なものになっていました。本来なら、柄の部分をもう一度ひねれば時間が動き出す仕組みなのですが、以前、好史さんが巨大化した事件のあとに試したところ、時の流れの再構成に失敗したことがありました。


 電池切れみたいなものです。


 時間を止めることはできても、動かすことができません。


 まるで私みたいに危険なポンコツに成り下がっていたのです。


 前に時が動かなくなった時には、師匠にお願いして、師匠が杖を地面に突き立てた瞬間に時が動き出したのですが、もう師匠もいなければ杖もありません。


 どのようなプログラムが組まれていたのかを明らかにできればいいのですが、ヒントすらありません。


 このままでは、この剥製(はくせい)となった停止世界のなかに取り残されて、耐えられなくなったら最後には自分で自分を終わらせる選択しかできなくなってしまって、つまりは、この世界と心中することになってしまいます。


 そんなの、望むところではないのです。


「どうしたらいいでしょうか、好史さん」


 返事がありませんでした。好史さんは絶望的な表情のままストップしています。


「まったく、いじわるですね。無視なんて」


 そう言って、私は彼の弁慶の泣き所をちょちょいと蹴飛ばしてやりました。


 無反応。そりゃそうです。


「ごめんなさい……」


 私は動かない好史さんに謝って、その場を離れました。


 見捨てるわけではないのです。


 その場にとどまって蝋人形のような好史さんを鑑賞していても、事態が好転することはありえないというだけです。打開策を探しに行くのです。


「師匠……私を助けてくださいなんて言ったら……」


 きっと、怒りますね。


「だって、私が、もう一度過去に来てしまったことで、師匠を消してしまったんですから」


 もう、この止まった時空に介入する人なんて誰もいてくれません。


 私が何とかするしかないんです。


 手始めに、私は未来の香りがする場所を探すことにしました。


 というか、それでダメならもうおしまいです。


 正直に言いますと、もうだいぶ背筋が寒くなるくらいに、おしまい感が漂ってしまっているのですが、そんなものには気づかないフリをしてないとやっていられません。


 止まった時の中で正気を保つには、いつだって希望の光が必要なのです。


 さて、完全な状態の水晶玉の力で、未来アイテムをサーチした結果、未来の気配は世界各地に散らばっていることがわかりました。強い『願いエネルギー』反応が、水晶玉に満天の星のように表示されています。


 近場では、好史さんの家に停めてある自転車や、押入れの貧乳ドールがヒットしたほか、神社に置いてある私が持ち込んだ未来グッズたちの反応もありました。


 とはいえ、場所がわかっている未来道具は、今は必要ありません。


 今は、「なぜそこに反応があるんだ」という場所を見つけることが最優先です。


 まさに、そんな未来反応がポツンと一つ。


 そこは我らが和井喜々学園。どうやら校舎内のようでした。


「アイテムクリエーション。未来二輪車、バック・トゥ・ザ・レガシィ」


 水晶玉の力で生み出したバック・トゥ・ザ・レガシィの上に立ちました。二つのちいさな車輪の真ん中に台座がついていて、立ち乗りできる未来型二輪車です。


 空も飛べます。


 すごいスピードで学園の敷地内に突入した私は、さらに水晶玉が示す座標に向かって未来二輪車を走らせます。


 辿り着いたのは職員用の昇降口でした。


 私は二輪車を降りて、探索に乗り出します。


「このへんのはずですが……何があるんでしょうか」


 ふと、たくさんの傘が差しっぱなしになっている傘立てを発見しました。生徒や職員が忘れていった傘たちが雑に置かれており、中には十年以上前から放置された傘もあるようです。時が止まったような傘立てでした。


 なんとそこには――。


「ええっ……」


 思わずそんな声を漏らしてしまった私です。


「何ということですか……師匠……」


 そこにあったのは、師匠の茶色い木の杖でした。捨てたと言っていたはずなのですが。


 こんなものが傘立てに雑に置かれている状況というのは、どう考えればよいのでしょうか。


「師匠が私に残してくれた? 私がこの時代に戻って時間を止めることを予見して、この杖を私のために……?」


 あれこれ考えていてもしかたありません。私は早速この至高の未来グッズを起動しようとしました。


 動きませんでした。


 ウンともスンともいいません。


「うそ、なんで」


 水晶玉ちゃんに接続してステータスを見てみたところ、エネルギー切れのようでした。


「そんな……」


 この時代の人たちの感覚で言えば、缶詰があるのに缶切りが無いとか、スマホが使いたいのに充電切れとか、そんな感じでしょうか。


 要するに、これも電池切れみたいなものです。


 本体ばかりがあっても、動かないのではどうにもなりません。


 杖を入念に調べてみたところ、石か何かをはめ込む窪みがありました。一つ広くて浅い窪みがあって、その中心部が更に一段階窪んでいるようです。


 思い返してみれば、師匠の杖には、なにかくっついていたような気がします。


 もう師匠の杖を見たのは、とても昔のことなので、鮮明に思い出すことができません。記憶が正しければ、師匠の杖では何かが光っていたような気がします。


「あっ、そうだ」


 水晶玉を起動して、残っていた映像記録で確認してみました。やっぱり宝石がついています。窪んでいる部分に二つ、組み合わさる形でくっついているのが見えました。


 なるほど、師匠からの最後の試練なのかもしれません。


「いいでしょう。その勝負、受けました」


 要するに、これは師匠からの、「この杖を動かすための宝石を捜し出せ」というメッセージなのではないでしょうか。


 そえから、私はかつて水晶玉を保管していた場所すべてをめぐりました。世界中をあちこち飛び回りました。好史さんや氷雨さんと一緒に停止世界をめぐったことが思い出されて、かえって孤独を感じて、つらかったです。


 でも、私は今回こそ一人でやり遂げなければなりません。


 この広い世界の中から、師匠が残したアイテムを見つけるのです。


  ☆


 ありません。


 なんで。


 全然見つかりません。うまいこと偽装されているのかもしれません。


 それと、ついでと言ってはなんですが、水晶玉の力で未来アイテムをサーチできるとはいっても、願いが叶う魔法のランプはサーチできなくて、見つかりません。この機会にランプも探してやろうと思ったのですが、ランプの件は私の力だけではどうにもできないようです。


 探して探して、探し回って。


 やっぱり見つかりませんでした。


 師匠との思い出の場所とかも探してみたのですが、手掛かり一つありません。


 つらいです。


 不幸中の幸いなのは、時間が止まった中でいくら探し続けても、誰を待たせることもないことです。


 いやいや、そうはいっても、時を動かすことができなければ、私も世界も終わりなんですけどね。


「さすが師匠、といったところなのでしょうか」


 やはり未来道具の中でも貴重なアイテム。簡単には使えないようにガードされているのは当然ということでしょうか。


 でも、それにしても、手掛かりが見当たらなさすぎます。


 師匠の性格だったら、世界のどこかには、私にだけわかるような手掛かりが用意してあるはずです。


 そういうものの気配が、全くありません。


「何なんでしょう、この違和感は」


 もしかしたら、前提が間違っていたのかもしれません。


 私は、この杖を発見してからというもの、私が一人前になるための最終試験として、この杖を残したのだと思っていました。


 でも、たぶん、そうじゃないんです。ひどく残念な勘違いだったというわけです。


 私なんかのためであるはずがないんです。


 じゃあ、誰のための杖なのか。


 師匠が、自分のためだけに杖を残して、後で使おうとか、私と同じようなことを考えていたとしたら、状況は最悪です。もうその時点で終わりです。


 でも、もしも、大切な誰かのために、未来アイテムを残していたのだとしたら?


 それは、誰のためでしょうか。


「ええ、アキラくんしかいませんね」


 答えが出たところで、すぐに出発です。


 止まった世界の中で、天海アキラのもとへ未来二輪車バック・トゥ・ザ・レガシィを優雅に駆って向かいます。


 大人になった私なら、師匠の思考を辿れる気がします。


 師匠は、アキラくんのために、もしくはアキラくんのお嫁さんになる人のために、あるいはアキラくんの子孫のために、杖を残したのでしょう。


 そういえば以前、アキラくんは師匠とガルテリオさんとの間に生まれた子供、という話がありましたね……。


 それは師匠の罪深い嘘でした。


 師匠は、もとの未来で白衣を着ていた頃、過去に飛び立つことを決めたときに、息子さんに反対されていたらしいのです。その子の名前が、アキラといいました。旦那さんの名前はガルテリオで彼も過去への旅に大反対していました。


 ――二人を連れてきたかった。


 というのは、師匠が何度も口にしていた後悔です。


 だけど師匠は、貧乳が差別される世界を壊すため、巨乳派が支配する世の中を消し去るために、過去の世界に行くことをやめませんでした。


 師匠は、過去の世界に降り立って干渉をはじめる直前まで、ずっと自分がいなくなった未来を観察していて、残してきた二人のことを見守っていました。


 でも、二人は師匠がいなくなった後にすごく落ち込んでしまったうえ、師匠が貧乳のために過去に旅立ったことで、それを助けたとして罪に問われ、巨乳派に殺されました。


 師匠の巨乳に対する態度がどんどん厳しいものになっていったのには、そういう悲惨な未来観測があったからなのでした。


 平和になった未来に帰ってから、この話を聞いた時、とてもびっくりしたのを(おぼ)えています。


 師匠はそういう悲しいことを顔に出さずに仕事を続け、ある日、未来を変えました。


 ――大平野好史さんを殺したのです。


 毒殺でした。


 師匠は、甘い飲み物に混ぜて毒を盛ったあとに過去の世界に逃げ込み、その行いの結果を確認したのですが、もとあった未来は、よりひどくなっていました。


 師匠は、「どうして」と戸惑いながら、自分のやった殺しと未来の破壊に、震えと涙が止まらない様子でした。


 好史さんは一度死んだのです。たしかに師匠が殺してしまったのです。


 私たちと同じ世界の巨乳派が、すでに何人か過去世界に降り立っていて、彼らは師匠の毒殺前に待ち伏せをしていました。そして、師匠が去った直後に蘇生させ、不死身の呪いをかけることで、若き日の好史さんの命を救ったのでした。


 この時に、未来は一度大きく変わっています。巨乳派のための世界というのは変わりませんでしたが、巨乳派の主流が違う組織になり、貧乳差別は改善されるどころか悪化しました。


 そうして改変された世界の果てから来たのが、私たちが戦った三名です。つまり、天海ガルテリオ、天海アキラ、黒猫ですね。


 師匠の暗殺未遂が生み出した新しい世界から、世界を巨乳にするために私たちに挑戦するために来たのです。本当に、冗談みたいな確率だったと思います。


 とんでもなく小さな確率で、ガルテリオさんとアキラくんが親子になり、とんでもない確率で、世界巨乳化委員会という組織が、改変された後の世界でも生まれた。


 そのうえ、皮肉にも愛した人にそっくりだったガルテリオさんが巨乳狂いになってしまったのは、師匠にとってどれだけ苦しかったことでしょう。


 師匠が、この過去の世界でガルテリオさんとアキラくんを見つけたとき、どんなことを思ったのかなんて、私ごときには想像もつきません。


 けれども、すべてを救えなかった師匠だったからこそ、すべてを壊してしまった師匠だったからこそ、自分の夫と子供にそっくりな二人を助けたくなったと思うんです。


 特に、愛する一人息子にそっくりな、天海アキラくんを。


 今にして思えば、好史さんが巨大化した戦いのとき、師匠が時空の壁をぶち破って止まった世界に介入してくれたのも、私を助けるためなんかじゃなくて、アキラくんを助けるためだったのでしょうし……。


 師匠が、私のサポートをしながら、この時代に次々に入り込んでくる巨乳派を次々に未来へ強制送還して無力化させていくときに、アキラくんとガルテリオさんを、わざと残していたのには、そこにほんの微かな希望を見出していたからだと思います。


 自分の家族が二回も崩壊するところを見たくなかったのでしょう。


 本当の子が自分のせいで死んでしまったからこそ、今度こそアキラくんを助け続けたかったのでしょう。


 それくらい、この世界のアキラくんを大事に思っていたのですから、たとえ本当の母親ではなくても、アキラくんの幸せを願うでしょうし、アキラくんが巨乳の道に走るのは絶対に見過ごせなかったことでしょう。


 そんな考えをめぐらせているうちに、天海アキラを発見しました。


 相変わらず女子の制服姿。今日は上から学校指定のコートを羽織っていました。もう完全に女子が板についています。コンビニ袋を()げながら、アスファルトの道を歩きつつ、誰かとの電話を終えた瞬間のようでした。


 しまりのない顔をしているところを見ると、相手は恋人の小川リオさんでしょう。


 杖の宝石を持っているかと思い、身に着けているものをスキャンしてみますが、どれも違います。それらしきものすらありません。アキラくんのすべてを水晶玉の力でスキャンしても、全く反応しません。


 私の見立て違いで本当に持っていないのか、師匠が未来からの干渉を防ぐための防護壁を施しているのか……。


 いずれにせよ、もう彼以外に手掛かりが無いのです。


 私は『傘型タイムストッパー』を取り出しました。これを押し当てれば、アキラくんは動き出します。


 だけど、もしも私が何もかもを間違っていて、アキラくんが何一つ手掛かりを持っていないとしたら、どうでしょう。


 止まった時のなかに、アキラくんを閉じ込める結果になってしまったら、それこそ、あの世にいったときに師匠に顔向けできません。絶対殺されてしまいます。


「どうしましょう……」


 迷う時間だけはいくらでもあります。この世界は止まっているのですから、私の気の済むまで迷っても誰も文句は言いません。


 でも、このまま何も決断しないでいたら、いざという時に何もできない人間になってしまいそう。


 ああ、でもでも、なかなか勇気が出ませんでした。


「好史さん……師匠……」


 どのくらい悩んだでしょうか。私は決意します。


 私に勇気をくれた人たちのためにも、やってやろうと決めました。


 強く、目をつぶります。


 そして。傘型タイムストッパーが、彼の身体に触れました。



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