第26.5話 和井喜々学園の日常4 プール
また別の日にプールでの水泳授業がありました。
やはり七月ということで真夏なので、プールの授業は避けられないのです。
金持ちお嬢様女学校である和井喜々学園には屋内温水プールがあります。五十メートル×百メートルという通常の学校にあるものよりやたら巨大なプールです。真ん中あたりで溺れると救助が遅れて大変危険であるというデメリットはありますが、過ぎるくらいに豪華なプールです。
アキラくんなんかは、どうせ貧乳ばっかだし目の保養というわけにはいかないだろうな、などと超失礼なことを考えつつも、泳ぐという行為自体は嫌いどころかむしろ大好きなので楽しみにしていたようです。
ただ、アキラくんは自分が男だとバレないように必死になるべきだと思います。
もしもブラブラしているものが明るみに出て、生徒たち全員に男であることがバレてしまえば、必然的に教師陣にもバレてしまうでしょう。教師陣にバレてしまったら、アキラくんには借金&逮捕&とても言えないような強制労働の三重苦が待っています。
ちなみに、アキラくんは父親による洗脳とも言うべき教育によって、『貧乳はもはや女性ではない』という差別的にも程がある思想を心の奥底に植えつけられているので、たとえペチャパイ水着女性に囲まれたり密着されたりポロリがあったりしても、胸が高鳴っちゃったりすることはないのです。
小川ちゃんは例外のようですけど。
そういう意味では、貧乳を見たくらいでは膨らまない股間のソレというものは大きなメリットなのかもしれません。
さて、それでは、水泳授業前夜の様子から見に行きましょう。
『もしもし、アキラか? あたし。今山夏姫だけど。今さぁ、皆に明日からの体育のことで電話してんだけど。え? 何でってそりゃ、ウチの担任いるだろ。そうそう、カッコイイ系の女教師な。その担任がさ、ホームルームで伝えるの忘れたからってんで、あたしに頼んできたんだよ。
それで、簡単に言うとだな、水着が必要だって話だよ。そう水着。明日水泳の授業があるんだってさ。え、持ってない? んー、たぶん水着なら何でも良いと思うぞ。あ、もちろん女用のやつな。学校指定のもあるけど、あんたは転入してきたばっかでしょ?
だから前の学校とかのでも平気……って、あんた前の学校じゃ男だって偽ってたんだっけ。……あはは、冗談だよ冗談。まぁ、なるべく男だとバレないようなやつで来いよ。いいか、ちゃんと持ってきなよ? じゃあな』
以上が今山夏姫から天海アキラへの電話でした。
「ちゃんと盛ってきな、か」
女装していないアキラくんが平屋建て日本家屋の縁側で携帯電話をパタリコと閉じて、もう片方の手に持っていた団扇で自らを扇ぎつつ呟いたのですが、「盛ってきな」ではなくて「持ってきな」です。字が違います。
そんな重大な勘違いに気付くことなく、アキラくんは立ち上がり、
「親父ー、水着ないか? できればスクール水着がいいんだけど」
と言いつつボロい畳が敷かれた居間に足を踏み入れました。
強面で頬にキズのあるムキムキのオッサンが、不審なものを睨みつける視線を向けて、言いました。
「スクール水着だと? それで一体どうする気だ? まさか、貴様の中のオトコが再び鎌首をもたげたとでも言うのか?」
「親父が一体何を言ってるんだかわかんねぇよ。水泳の授業があるから、女用のスクール水着があればいいなって思っただけだ。まぁ、ウチにあるとは思えないけど」
しかし、アキラくんの言葉を耳にした父は、
「あるぞ。どの水着がいい?」
とか言って、いい笑顔を見せながらタンスから何種類もの水着を取り出して並べました。
キワドイのやらカラフルなビキニやら、紺のスクール水着まで、五種類くらい。
ちなみに、全部巨乳用でした。
「いつの間にこんなもん集めてやがったんだ、この変態親父!」
「何だと? 親に向かって変態とは、そんな娘に育てた記憶は無いぞ!」
「娘じゃねぇって何度言えばわかる!」
「娘じゃなかったら何なんだ!」
「息子だって何度言えばわかる!」
「ふざけるな! 朝起きて夜寝るまで、頭の先からつま先まで、どんな場所でもどんな時でも娘であることを徹底するのだ! もし、この言い争いを、盗聴されていたらどうする! 敵はどこで見ているかわからんのだぞ!」
「親父の頭の中はどうなってんだ! 戦争でもしてんのかよ! いい加減にしろ!」
「なんだその言葉遣いは! 女らしくしろ!」
「こんな水着着られるかってんだ!」
しかしその時、アキラくんの言葉を遮るように、彼の父親はアキラくんを黙らせる魔法のような言葉を発したのです。
「全部、お前の母さんの形見だからな」
「あっ……。親父、ごめんな、変態とか言っちまって」
妙に感傷的になっちゃったりして。いそいそと服を全部脱いで紺色スクール水着姿になってみたりして。
「……なぁ親父、この水着、胸ゆるゆるでガバガバなんだけど」
「ちゃんと盛ってけば大丈夫だ」
「そっか、そうだな。ちゃんと盛ってけって夏姫も言ってたし」
きっと女子は水着を着るときには、みんな盛ってるんだろうな、と勘違いしつつ、父親の差し出した銀色のパッドを装着し、水泳帽をかぶりました。
「ああ母親にそっくりだな、アキラ」
「親父……」
という感じで、翌日のプール授業を迎えたのです。
☆
天海アキラは体育の着替えの時などにも平然としています。
というのも、アキラくんはおっぱい星人なので貧乳の生着替えなんてものを鑑賞したところで一切ドキドキしないのです。
え、なんですか好史さん。ド変態……ですか。
そうですね、好史さんにとっては、それほどの変態はいないんでしょう。
たしかに着替えを見ても自然体でいられるというのは、ある意味で異常な気がしますけど、そのおかげで男であることが今までバレませんでした。
しかし、その日の体育はさすがに水着を着用するってことで、股間にあるソレがどうにかならないように細工しておく必要がありました。
というわけで防水性テープを貼るなどして膨らみを無理やり抑制し、制服の下に紺色のスクール水着をあらかじめ装備して行くことで、着替え時と水泳時の男性疑惑浮上のリスクを抑える作戦を敢行したのです。
もちろん、いざという時のためにポンチョ式着替えタオルも用意しておりましたが、着替える回数を少しでも少なくする作戦です。
さて、そういった感じで皆さんの着替えが済んでアキラくん以外の皆がお揃いの水着に身を包み、皆でプールサイドにぞろぞろと顔を出した時、はやる気持ちを抑えきれずに一人で先にプールサイドで踊るなどしてハイテンション準備体操をしていた今山夏姫は重大な違和感に気付きました。
なんと、クラスの半分以上の生徒が水着の胸に胸にパッドを仕込む等して巨乳を装っていたのです。
ナツキちゃんは電話の時に「ちゃんと持ってきて」と言いました。しかし、驚くべきことにアキラくんを含むクラスの半分が「ちゃんと盛ってきて」だと勘違いしたのです。
皆は、「何のために盛るんだろう」とか、「誰が一番上手に盛れるか選手権でもするのかしら」とか「ようし張り切っちゃお」だとか、「今山さんが盛るならウチかて盛るわ」だとか、「胸パッド禁止を自分で声高に叫んでおいていざプール授業になると盛りなさいとか言うなんて今山さん最低だわ」とか考えつつも、うきうきと自分の胸を巨乳に見せかけたのです。
そんな、巨乳ならぬ偽巨乳が何人も居る風景を目の当たりにして、クラスのリーダーたるナツキちゃんは叫びます。
「この、偽乳とくせんたいが!」
広い屋内プール施設全体に反響するような大声でした。
それから、ナツキちゃんはさらに驚くべき人物を見つけました。
「あれ、てか、あんた何でいるの?」
ナツキちゃんが、そんなちょっと無慈悲にも思える言葉を浴びせた相手は、篠原でした。メガネをかけていない状態だったので、小川ちゃんとかアキラくんとかは気付かなかったのですが、ナツキちゃんや占い娘である私にはバレバレです。
「やば、見つかっちゃいましたか」
篠原こやのは一年生女子です。なのに二年A組の体育授業に紛れ込んでいました。とても場違いな人物だったのです。
しかし篠原は悪びれる様子もなく堂々と、変態的な発言を見せます。
「水着姿の天海先輩をこの瞳に焼き付けたいと思うのは、人間として当然の感情なんじゃないですかねぇ。そしてその水着の下のアレやコレを想像したいと思うのも自分としてはもう義務みたいなものだと思うんですよ」
アキラくんから、きっぱり「ごめんなさい」と言われて交際を断られた篠原こやのでしたが、まったく諦めていませんでした。
すさまじい金持ちという立場や権力を利用し、一度だけ二年生の授業を体験させてもらうことにしたのです。
占い娘である私は、たずねます。
「そんなにまでして、天海アキラと一緒のプールに入りたいですか?」
「当たり前じゃないですか!」
すっごい興奮してました。
☆
そんなこんなで授業開始です。チャイムが鳴ってすぐに、
貧乳の女性体育教師のホイッスルが生徒たちを集めて、水泳授業が開始されました。
授業前半は、入念な準備体操や二人組みの密着ストレッチ等をこなした後、いきなりバタフライを泳がせるという、ハードな授業でした。
その結果として、胸の上に挟んでいるだけだったパッドが外れた人も多く、シリコン製のパッドや手作りの可愛らしい柄のパッドがプール内を漂流したり水底に沈んだりしていました。
もちろん、しっかりとしたヒモがついてたりするパッドを装備していて外れる気配さえ見せていない人も居たのですが、そういう人を、しっかりと貧乳教師は減点していました。
偽乳狩りが行われたわけです。
アキラくんのパッドもまた、漂流してました。
まぁ、アキラくんが貧乳どころか無乳であることは既にバレバレなので今更気にすることでもなく、強いて気になることがあるとするならば、水着がユルくてダルダルしちゃって不快ということくらいでしょうか。
なお占い娘である私は、身長がちっちゃいため底に足が着かず、水中で足をじたばたさせました。はっきり言って、泳ぐどころではありませんでした。それを見かねたナツキちゃんがビート板を持ってきてくれたので、すごく感動して、「ありがとう」って言いました。。
泳げない私は皆が泳ぐのを心の中で応援しつつ、水晶玉をビート板に持ち替えて隅っこの方の水面にプカプカ浮いていました。
するとそこに、篠原が相談にやって来ました。
「占い娘先輩、聞いてください」
「何ですか、篠原こやのさん」
「大失態をおかしてしまいました。メガネがないので、天海先輩の美しいバタフライ姿が、よく見えないんです。自分は、どうすれば良いのでしょうか」
めちゃくちゃどうでもいい相談でした。私は答えます。
「心の眼で見るのですよー」
「わかりました。自分、心の目蓋を開いてみます」
そうして篠原は平泳ぎで去っていきました。
クラスメイトの皆さんによるバタフライ泳法によって発生するいくつもの水しぶきが、何だかキレイでした。きっと屋外プールなら、青空の下で太陽の光を浴びた水たちが煌いて、もっとキレイなんでしょうね。
未来の授業では体育に参加させてもらったことがなかったから、この時間はすごく新鮮で、何をしているわけでもなかったけれど、すごく楽しかったです。
授業後半は、プール使って自由に遊んでいいわよとのことだったので、私は水に浮く大きなスポンジみたいな板に一人で乗って広いプールを漂流することにしました。
失われたパッドを探して素潜りを敢行する人も多く、やがてそれは、パッド騎馬戦という変な競技に発展して「危険だから禁止!」とホイッスルを吹かれたりしていました。
泳ぎが上手とは言えないナツキちゃんは、泳ぎの上手なアキラくんと鬼ごっこをしますが全然捕まえられなくてプールサイドにて賑やかな人々に背を向けるように、ふて寝をする結果になりました。
泳ぐの大好きなアキラくんは一人で水泳メドレーリレーで自己満足全開。クラスメイトから賞賛されるタイムを弾き出していました。
篠原は、負けず嫌いの小川ちゃんに「先輩、競争しましょう競争。ガチのクロールで、勝った方が天海先輩を抱きしめる権利を得るってルールで」などと挑み、「いいよ、百メートルでいい?」と返され、アキラくんの横のレーンで競争がはじまりました。
小川ちゃんは、軽く受けた勝負で篠原を圧倒。先輩の威厳を見せ付けます。
敗北した篠原は、泣きながらプールサイドを殴っていました。
「その抱きしめる権利というのは絶対にやらねばならないことなんすよ、自分の代わりに天海先輩を抱いてあげてください、うぅぅ」
マジ号泣しながら語り、健全な小川ちゃんは「うわぁ」とドン引いたものの、夏だし水泳授業だし後輩泣いてるしってことで小川ちゃんなりにテンションが高まっていたため、抱きしめてしまうことにしました。
アキラくんを探すと、プール隅にいました。一人泳ぎを満足の内に終わり、底に沈んでいるはずの自らのシリコン製パッドを探す作業へと移行していました。アキラくんが母の形見だといわれて父親から渡された銀色に輝くパッドです。
そんなアキラくんの背中に「えいっ」とか言いながら抱きつき、ぎゅぎゅっと抱きしめました。
何度か経験してきた、貧乳とのスキンシップです。
まーた篠原か、それとも夏姫だろうか、と思ってすぐさま振りほどいてしまおうとしたアキラくん。ところが、抱きついたのはアキラくんにとっては全くもって予想外の女の子でした。
「だ、だぁれだ?」
かすれた感じで何となく恥ずかしそうな小川ちゃんボイスが耳元で囁かれたことによって、一気に興奮状態に投げ込まれました。
「お、小川さんっ!?」
肩の上に乗る小川ちゃんの細い腕、密着する肌、水着越しで貧乳であるとはいえ、背中に気になる小川ちゃんの体温があります。その事実を認識したアキラくんの体は、自分で想像していた以上の反応を見せてしまいました。
そう、防水のテープ等で封印していたはずの股間にあるアレが、暴走状態になりかけてしまったのです。
貧乳なんかで暴走しないという確固たる自信を持っていたアキラくんでしたが、股間にあるソレはそう簡単にコントロールできるものではないのです。体は正直です。
アキラくんが自分でも思っていた以上に小川ちゃんのことが好きだったのでしょう。
顔面蒼白で固まるアキラくん。
顔を真っ赤にしながらぎゅうっと抱きしめ続ける小川ちゃん。
そんな二人の姿を見て、篠原が信じれらないほど絶望的な気分になった後、すぐに我慢の限界を迎え、
「小川先輩ばかりズルイです! 自分もぉ!」
とか叫びながら水に飛び込み、篠原が自分で決めたルールを容易く破ってバシャバシャと水面を乱しながら接近し、抱きしめる権利もないのに前方から、小川ちゃんもろとも包み込むように抱きしめます。
二人による、非常に大胆なセクハラです。もっとも、小川ちゃんに関してはアキラくんのことを女の子だと思い込んでいるので、じゃれ合いの範疇を逸脱している自覚はありません。篠原は手遅れです。
そうこうしているうちに、何となく騒がしい声を耳にしたのか、ふて寝していたナツキちゃんが起き上がり、プール方面に目を向けました。その時目にしたのは、言うまでもなく小川ちゃんと篠原がアキラくんをサンドイッチしている光景。
ナツキちゃんは勢いよく立ち上がり、プールサイドを駆けながら、
「アキラをいじめるなぁ!」
と叫びながら飛び込み、教師から怒りのホイッスルの中、駆け寄ります。こういう時に助けてくれるのがナツキちゃんなのです。
しかし、ここで忘れてはいけないのは、ナツキちゃんがアキラくんに対して並々ならぬ好意を抱いていた、ということです。ナツキちゃんは二人を引き剥がそうとしますが、結局アキラくんに抱きつきました。スキンシップ籠絡作戦です。
貧乳が好きな人にとっては非常に羨ましく思えることでありましょうが、アキラくんは残念ながらおっぱい星人なので、そこまで嬉しいことではなかったのです。股間の痛みもあいまって、この世の地獄を味わっていました。
え、なんですか好史さん。天国、ですか?
そうですねぇ、好史さんだったら、天国だったでしょうねぇ。
ただ、アキラくんも巨乳派の洗脳を受けていたとはいえ、小川ちゃんのことだけは貧乳だろうがそうでなかろうが好きだったので、私もちょっと大げさに言い過ぎているかもしれませんけどねね。
三方向から抱きしめられ、爆発寸前の様相を呈していたアキラくんの股間のソレでありましたが、小川ちゃんが離れてすぐにピンチを脱出し、正常な状態に戻ったのが、その証拠です。
アキラくんは残った二人の女子の絡みつきを少々乱暴に振りほどき、
「や、やめてよね、抱きついたりするの」
とか頬を赤らめつつ目を逸らして呟きました。
それを見て、さらに心を射抜かれてしまったのは篠原とナツキちゃんであり、アキラくんの好きな小川ちゃんは別に何も感じてませんでした。
そんなこんなで、楽しい水泳授業は終わったのです。
なお、最大の難関だとアキラくんが考えていた授業終了後の着替えでは、着替え用タオルが大車輪の活躍を見せ、男の子だとバレることはありませんでした。
股間に装備していた防水テープもトイレで声にならない叫びとともに、痛みに耐えながら外していました。




