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ないチチびいき  作者: クロード・フィン・乳スキー
時空超越篇
33/80

第33話 願いと呪い2 高難度ミッション

 夕方、占い娘の(テント)に戻った俺は、会議室を背景に泣いている女の子を発見した。


 その一人しかいなかった。


 今山夏姫、十七歳。


 和井喜々学園に通う、二つ結びの髪型をした絶壁貧乳である。


 いや、何で泣いてんだ、この()


 俺が話しかける前に、向こうから話しかけきた。目のあたりを指でぬぐいながら。


「これは、じいちゃんに怒られたからで。べつに、気にしないでください」


「そうは言っても、気になるだろ。泣いている貧乳を放っておくのは、俺のポリシーに反する」


「だからさあ、貧乳って言うなよ」


「占い娘は?」


「え、なんで? 占い娘ちゃんは未来に帰ったじゃん」


「またこっちに戻ってきてるんだ。しかも大人になってる」


「オトナに? うっそぉ! 見たい!」


「ていうか、ここは、その占い娘の家なんだが……何でここに夏姫がいるんだ?」


「氷雨先輩に連れて来られて」


 詳しく聞けば、比入氷雨先輩から電話があって、叱られたのかと優しく心配してくれたという。激怒されたのでなぐさめて欲しいと甘えた結果、神社にある鳥居の前に来るように言われて久々の再会を果たし、ここで待ってろと放り込まれたらしい。


「夏姫は、氷雨と仲いいんだよな」


「まだです。ぜんぜんです。仲良くなりたいな。先輩はあこがれなんで」


「なるほどォ、夏姫ちゃんも良い胸だが、氷雨の方がすごいもんな。あこがれだよな。最高の貧乳として」


「まーたそれ。先輩、一年のうちで貧乳って言わない日とか無いでしょ。最低じゃない? 氷雨先輩に言いつけるよ」


「ひぃ、やめてくれ」


 今山夏姫は、かつて氷雨の一つ下の後輩だった。氷雨が和井喜々学園に通ってた頃には、常に氷雨の胸に触ろうとして、ことごとくたたき落とされてきたという経歴を持つ。


 その経歴だけを見れば、女性版の大平野好史であると言えなくもない。俺も氷雨の貧乳に触れることを目指して、幾度となく骨折られてるからな。


「それはそうと好史先輩、きいてくださいよ」


「なんだ、どうした」


「あたし、今ハートブレイクで」


「というと……夏姫は、アキラのこと好きだったよな。ふられたのか。貧乳を理由に。だとしたら許せないところだ」


「うーん、それだったら理解できるんですけどぉ……なんかね、リオちんと付き合い出して」


「え? 小川リオちゃんと? それは変だ。だってリオちゃんは、アキラが男だってこと知らないはずでは?」


「なんかね、『夢で見て知ってた』とか言ってて」


 そいつは夢じゃないな。巨乳派の黒猫や屈強なガルテリオ氏と闘った時の記憶が残っていたんだろう。あの時、あの場所に居合わせて、アキラを女のままだと思ってるやつはたぶん居ない。


 もしかして、占い娘および占い師匠は平和になったことに浮かれすぎて、一部の人間の記憶を消し忘れて帰っていったのかな。


「ねえ、ひどくない? あんだけ巨乳がいいって大騒ぎして、選んだのがリオちんとかって! あれならあたしの方が大きいのにな」


「いや、俺の目に狂いはない。夏姫のほうが小さい」


 今山夏姫は、犬がうなるように「ぬぅ」と不満の声をもらした。


「アキラから告白したのか?」


「そうらしい。リオちんには、別に好きな人がいるって聞いてたから、絶対オッケーしないなって安心してたのに、なんなんだよ」


 なおも夏姫の愚痴は続く。思えば久しぶりだな、夏姫の愚痴をきいてやるのも。


「しかも、今朝は家族にめっちゃ怒られるし」


「ああ、棚を壊したとかいうやつか?」


「ビミョーに違う」


「何がどう違う?」


「飾り棚を倒して、そこに飾ってあった高価なものが砕け散った」


「全部か?」


「そう全部。超おこられた。言い訳したら、今すぐ百万だしてみろとかって」


「そりゃ大変だったな」


「だいたいさぁ、そんな高価なもんなら、壊れやすいところに飾っとくなって言うんだよね」


 だんだん夏姫ちゃんが、仕事帰りのサラリーマンに見えてきた。


「地震とか来るかもしんないんだし、もっと丈夫な棚にするとか、あたしがぶつかっても倒れないようするとか」


「そうだな。まったく同意だ」


「でしょ? 割れものなんだから。そんでもって、あたしの心配なんか全然してくんないの。普通さあ、親だったら『あぶなかったね』とか『夏姫が怪我しなくてよかったよ』とか言ってくれるもんなんじゃないの?」


「おう、その通りだ」


「ちょっと先輩、ちゃんと聞いてる? 返事テキトーじゃない?」


「そんなことないぞ、きいてるきいてるぅ」


「しまいにはさ、じいちゃんにさ、あたしのせいで今山家が没落したとか言われるし。自分でしょーが。いやちがうか、自分の親のせいでしょーが。ひいおじいちゃんが宗教にはまって変なもの集めたせいで、お金がなくなっちゃったんでしょーが」


「変なもの? どんなのだ?」俺は身を乗り出した。


「国内外の、陶器とか、磁器とか、ガラスとかでできてる……」


「……まさかとは思うが、フタか?」


「びっくり。よくわかったね。そう、オフタ様。お札じゃなくて、()()()ね」


「そういう信仰ってことだな?」


 今山夏姫は、「え、うん」と少し戸惑いながらも頷いた。


「でも宗教なんていう大層なもんじゃないよ。今山家に伝わる怪しいおまじないってやつかな」


「そのフタの中に、これとおんなじものは無かったか?」


 俺は、机の上に放置されていたランプのフタを夏姫に見せた。


「あれ、これ、じいちゃんの?」


「いや、占い娘のだ」


「でもでも、朝に見せられたよ。じいちゃんの宝物だって」


 そんな偶然ってあるか?


 いや、まだ喜ぶのは早い。夏姫の見間違いかもしれないし。


「じいちゃんはね、何回も死にそうなって、頭の手術とかもしたんだけど、それでも今まで生き抜いてる。炭鉱とかで何回も事故にあってるし、海外で爆発事故に巻き込まれたりもして。戦争にも連れていかれて、ぎりぎりのところで激戦を生き抜いたんだって」


「確かなのか? 本当に、これと同じフタだったか?」


「今日の朝に説教されたばっかだもん。この文字何て読むのってきいたら、知らんって言われたよ」


 手が震えてきた。うまいこと進みすぎて心底恐ろしく感じているからだろう。


 ていうか、こんなに簡単に事が運んでいいのか。


 少なくとも、フタに対して特別な価値を持たせ、「オフタ様」と呼ぶまじないがあるということ自体が、占い娘との会議で推理されたことと奇妙に合致する。


 氷雨の呪いを解くことに繋がりそうだ。


 氷雨が助かる可能性が……その手掛かりが、他ならぬ氷雨の優しさによって舞い込んできたわけだ。


 ――氷雨を、助けられる……。


「夏姫ィ!」


 俺は興奮をおさえきれず、今山夏姫を抱きしめた。


 強く強く、抱きしめてしまった。


「ひゃっ、ちょちょ、先輩? やめてくださいよ急にっ!」


「よくやった、夏姫!」背中をばしばしと叩いてやる。


 しかしその時、部屋の匂いが変わった。この香ばしくて美味そうなアメリカンな匂いは、おそらくハンバーガー。


 誰かが部屋に入って来たというわけで、それは、俺の学校の制服を着ている女子だった。


 要するに、それは、俺の恋人の氷雨さんだった。


「何やってんだぁー!!」


 俺は夏姫から一瞬で()がされた。


 そして、ものすごい怒りの形相が見えたかと思った時には、もう打ちあげられていた。


 会議室背景の壁を突き破り、テントの黒い布を無残に引き裂き、放物線を描く。


 神社の賽銭箱に頭から突っ込んだ。


  ★


 迎えに来た氷雨と一緒に、黒テントのところに急いで戻った。


 そこには、占い娘の寂しそうな背中があった。


 今山夏姫の姿をさがしてみると、草むらにかくれて様子をうかがっているようだった。どうやら急に人がきて、咄嗟(とっさ)に隠れたはいいものの、出て行くタイミングを失っているようだ。


 そんな中、氷雨が最初に沈黙を破った。


「占い娘、おまえの家、直ったりは……」


 言いかけたものの、圧を感じたようで、次の言葉が出てこなかった。


 占い娘は振り返ることなく答える。すこし震えているようにもきこえた。


「無理です」


 とても便利な未来道具は、ただの穴のあいた黒い布と化していた。


 氷雨は、「そ、そうか……」と呟いた。申し訳なさそうだった。


「いえ、いいんです……。未来のものはなくなってしまったほうが……」


 袖で涙をぬぐっていた。本当に申し訳ない気持ちだ。


「好史さんと氷雨さんで喧嘩して、壊れたんですか?」


 俺は頷く。


「まあ、そんなところ……になるのかな」


 誰が悪いのかというと、完全に俺である。


 興奮して夏姫に抱きついてしまったのは、いろいろと罪深いことだった。


 氷雨が考えなしに俺を殴らなけらば天井を突き破ることはなかったわけだけれど、今回は百パーセント俺が悪い。


 夏姫に至っては、先輩に連れて来られた先で急に男に抱き着かれたわけで、もう完全に被害者であろう。


 けれども、俺は、ここで謝っていいものか迷った。


 普通に考えれば、悪いことをしたら謝罪が必要だ。でも、いま占い娘に対して謝ろうものなら、「私こそ、今までのこと、ごめんなさい」と勝ち目の薄い謝罪合戦が始まって、折角明るくなりつつあった雰囲気が闇に包まれてしまうだろう。


 これ以上、暗い雰囲気になるのは避けたい。


 そんな時、こそこそと隠れていた今山夏姫が場を盛り上げようとしてくれた。なんと、占い娘に突然後ろから抱きついたのである。


「きゃぁ」


 甲高い声で、占い娘は悲鳴を上げた。


 夏姫の手は、占い娘の胸へと向かう。そして黒ローブの上から、成長してしまった占い娘の胸へと手を伸ばし、そのふくらみを撫ではじめた。


「うあ、やめてください。やめてください。やめてください」


 抵抗しようとする占い娘だが、夏姫は素早い動きで胸を触るのをやめない。


 さんざん撫でまわした後、夏姫は慎重かつ俊敏な動きで去っていく。占い娘の視界に入らないように、計算された角度への迅速な逃走だった。


 俺は興奮を隠せなかった。


「俺は幻でも見たのか? 今のは、『貧乳ナデナデ&アウェイ』だよな。あんなハイレベルな『貧乳ナデナデ&アウェイ』を見たのは初めてだ。ヒット&アウェイといえば、ボクシングのスタイルの一つであり、接近して打った後にすぐに離れるというステップワーク。一方、今の『貧乳ナデナデ&アウェイ』は、貧乳をナデナデした後にすぐに距離をとるというもの。なぜならアウェイの際に相手に気付かれてはいけないのだ! セクハラ技なので、当然のこと!


今のは、完璧だった。あの難しい奥義を、こうまで確実に実行できるとは、おそるべき才能だ。夏姫は、氷雨の貧乳には一度も触れなかったと聞く……。おいおい、氷雨は、あんな怪物の手を幾度となく叩き落としているというのか。くっ、これほど自分の無力を思い知らされたことはない。このままでは、俺は一生氷雨さんの貧乳に触ることができないじゃないか……ッ! そう思わせるほどの、素晴らしい技術だった」


「気持ち悪い。解説すんな。そして長ぇよ」


 べこん、と氷雨に頭を殴られた。けっこう痛いやつだ。


「ていうか、あたしの胸を狙うなよな。未来のお前にだって、まだ触らせてやってないんだからな」


「なんだと、未来の俺は貧乳に対する情熱を失ってしまったのか? それとも氷雨の貧乳ガードをこじあけるだけの力も技術も身に付けられなかったというのかぁ!」


「うーん、なんていうかな。触る気が無かった感じだな。きっとあたしとは別の、死んじゃった方のあたしのことが、そのくらい好きだったんだよ」


「それ以外のことはしたのか?」


「何も」


「本当か?」


「あたしとしては、未来のお前だってお前だから、色々されても良かったけどな、大したことはされなかったな」


「そうか、ならいい」


 さて、夏姫によるセクハラ被害を受けた占い娘は、何が何だかわからずに、呆然と座り込んでいた。


 そこへ、犯人の今山夏姫が、偶然を装って占い娘の前に姿を現す。


「あっれぇ、占い娘じゃん?」


「え。あ、ナツキちゃん! ちょー久しぶりです!」


 夏樹は、「わーい、久しぶりー」と言って、抱きつくかとみせかけて、胸わし掴みした。


「ひゃああ!」


「なんだこれは! なんだこれはぁ! あたしより大きくなって!」


「すみませぇん、巨乳になっちゃいましたぁ!」


 巨乳というほどでもない。今後はわからないが、まだぎりぎり貧乳の域におさまる程度だ。


 悲しいかな、貧乳学園は巨乳へのハードルが異常に低い世界なのだ。今山夏姫や氷雨から見ると、巨乳に分類されてしまうのだった。


  ★


 俺は、今山夏姫から聞いた話を占い娘に話して聞かせた。


 二月の寒空の下、神社の一角で、夏姫から事情を聞くことにする。比入氷雨を置いてけぼりにする会話がはじまる。


 氷雨は、ハンバーガーセットにかぶりつきながら、俺たちの話をじっと聞いていた。


「なるほど、さすが好史さんです。よくこの短時間で手掛かりを見つけましたね」


 本当に奇跡のような偶然だった。だが、氷雨がいるので、格好つけて言ってみる。


「ああ、氷雨が関わると、俺の頭はキレるんだぜ。いろんな意味でな」


 氷雨は無反応だった。虚空を見つめながら、もぐもぐと口を動かしている。


 占い娘も俺のカッコつけた発言を受け流し、夏姫から事情を聴いていく。


「オフタ様として大事にされているフタが、ナツキちゃんの家に、いっぱいあったんですね」


 夏姫は頷いた。


「あたしのじいちゃんは、若いとき、戦場に行くことになったんだって。その時にね、さっき見せてもらったオフタ様と同じものを持って行ったんだって。そしたら、絶望的な戦場で傷一つなく、生き残って帰って来られたんだって。


なんかね、今はもう無くなってるらしいんだけど、急須のフタを奉納すると幸運が訪れるっていう神社があって、そこでは、オフタを差し上げると、かわりにお札がもらえて、それが効果抜群だったっていう話なんだけど、ひいおじいちゃんは面倒くさがって、お札と引き換えせずに、そのまま持ってたんだって。その神社には、なんか、おまじないがあったらしくて。ええっと、何だったかな……」


「そこ大事だろ。まじないって、どんなだ?」


 俺が急かすと、夏姫はスカートのポケットから一枚の紙を取り出して、読み上げ始めた。


「神様にお出しするお茶をお作りするために黄金で急須をつくりました。ところが神様にお茶をお出ししようとした際に、お茶を出す人がとても下手で、フタが取れて神様にぶつかり、神様は大変お怒りになられ、急須ごと、ぶっ飛ばしました。けれども、落下したフタは神様の一撃にも見事に耐え、以来、神様にも壊せなかったフタとして、オフタ様と名がつき、神社のご祭神となりました。健康や夫婦円満や勝負事にご利益があるとして、大切にされています。オフタ集めをしたうえでお参りをし、フタを奉納すると、願いが叶うと言われています」


 夏姫は顔を上げた。


 俺が、「どうしたんだ、そのメモ」とたずねると、夏姫は愚痴るときの口調で、


「今朝、オフタ様の素晴らしさを脳味噌に刻み込め、暗記しろって言われて書かされたんだよね」


「反省文みたいなもんか」


「うん。変だよね。でも、ひいおじいちゃんは、本当に必死に信じてたらしくて、じいちゃんが戦場に行ってる間も、ひいばあちゃんと一緒に毎日オフタ集めをして、毎日お祈りしていたら、じいちゃんが生きて帰ってきたんだって」


「幸運の実績があるんだな」


「うん。そういうことがあったから、さっき見せてもらったオフタと同じオフタが、受け継がれて、じいちゃんの宝物になったって言ってた。何する時にも持ち歩いてて、お風呂入る時も一緒なんだ。じいちゃんがいなかったら、あたしもいなかったわけだし、そう考えたらオフタ様ありがとうってなるところだよね」


「その言いぶりだと、全面的にありがとうってわけでもないのか」


「そうなの。そこからが問題でさ。あたしの家、もともとは武家で、けっこう裕福だったらしいんだよ。土地もいっぱい持ってて、地主っていうの? ああいう感じだったらしい。だけど、ひいおじいちゃんがオフタ集めにハマっちゃったせいで、どんどん没落してさあ、土地売り払ったり借金してまで海外にフタを買いに行ったりしたんだって」


「悪いタイプの借金だな、そりゃ」


「ね。本当に取りつかれたみたいにフタを求めて飛び回って、死んじゃう直前まで、オフタ様を集めに行ってたらしいよ。おかげであたしのお小遣い少ないし、オフタ様なんて、あたしに割られる前に売ってくれれば良かったのに」


「そして、その信仰が、息子であるお祖父さまに受け継がれたってわけか」


 夏姫は、「そういうこと」と頷いた。


 俺とのやりとりが一段落ついたところで、占い娘は、うんうんと頷き、続けてたずねる。


「ナツキちゃんのおじいさまが大切にされているというオフタさんは、黄金ですか?」


「今は白いよ。もともとは金色だったはずが、ずっと持ってるうちに、どんどん、じいちゃんと一緒にハゲてきて、じいちゃんが白髪になるのと一緒に白くなったんだって。そしたら白地に変な模様が浮かび上がってきたから、オフタ様のお告げだとか言って、いっそきれいに磨いて持ってるんだってさ」


 俺と占い娘は、顔を見合せて頷いた。


 俺はカッコつけて夏姫めがけて指差した。


「――今山夏姫に緊急特別任務を言い渡す」


「え? なに」


 そして、占い娘が俺の後を引き継ぎ、言うのだ。


「――おじいさまのオフタ様を、手に入れて下さい」


 それを聞いてすぐに、「え」と声をもらし、アホみたいな顔して固まった。


「いいか夏姫、別に、おじいさんから奪い取れと言っているわけではない。ただ、そのオフタ様を、こっちのオフタ様とすりかえてもらいたいんだ」


 俺は使用済みランプのフタを差し出した。


「いや! 無理無理無理無理! 絶対無理! だって、じいちゃんとずっと一緒だもん! 隙無いよ。昔、じいちゃんが寝てる時にオフタ様にいたずらしようとしたら、鬼のように怒ってきたもん! お小遣いも、しばらく無くなったもん!」


「いいですかナツキちゃん。さっき私にやった『貧乳ナデナデ&アウェイ』を思い出して下さい。あれをおじいさまにも仕掛けるつもりでやれば、バレませんよ」


「いや、バレてるじゃん! 犯人あたしだって気付かれてるじゃん! じゃあ無理じゃん!」


 何度も無理無理と言われると、少々頭にくる。


 無理は通すもんだ。


「じゃあ、俺が行く。夏姫、住所を教えろ」


 ポケットに使用済みオフタを勢いよくねじこんだ。


「え、ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそんなに本気っぽいの? 何が何だかよくわかんない。何でじいちゃんのオフタ様が必要なの?」


 夏姫がそう言った時、しばらく黙っていた氷雨が、食べかけのハンバーガー片手に口を開く。とどめをさすように。


「あたしの命がさ、かかってんだよ」


「え、ますますわかんない。どういうことですか」


  ★


 今山家は、まあまあ素敵なマンションの一室にあった。


 間取りは4LDKで、没落したと言い張っている割には、かなり良い生活を送っているようだった。


 電子ロックつきのエントランスを抜けて、エレベーターで三階まで上がると、今山夏姫が急にそわそわし始めた。


「よっし! やっぱやめよう!」


「何を言い出すんだよ。俺の氷雨を見殺しにする気か?」


「うぅ、わかってるよぉ……。だけど、その前にあたしが殺されたらどうすんの」


「まさか。自分の家族相手だぞ。そこまではやらんだろう」


「わかんない。じいちゃんは、あれを本当に大事にしてるんだ」


「そうは言ってもな。同じものとすりかえるだけだ。同じなんだから気付かれないだろ」


「気付かれると思うなぁ。あたしね、初めてパソコンを買ってもらった時、すごい変な感じがしたんだ。私は、パソコン売り場の店頭に飾ってあったパソコンを気に入って、『コレ』がいいって思ったはずなのに、お店の奥から新品が出てきたの。同じ部品を使って、同じソフトで動いてる。だけど、あたしが見つけ出した『コレ』と、出てきたものが違うように思えて、偽物をつかまされたような気分になった。


パソコン売り場での刹那の出会いでさえも、似て非なるものを見つけ出す血統だよ? じいちゃんからの遺伝だよ? ずっと身につけてるものをすりかえたら、五秒もたずにバレるよ。いや、もうむしろ、すりかえる前の、会った瞬間から、『すりかえにきよったか』ってな感じで見破られちゃうよ!」


「いいから行くぞ」


「え~、最悪~」


 この程度のことは最悪でも何でもない。もっと最悪なことは、世の中にいっぱいある。


 夏姫は、しぶしぶ玄関の扉を開けた。


 重たい鉄扉が開かれ、作戦開始である。


「あ、ねーちゃん、おかえり……って、ええ?」


 玄関には、出かける寸前の中学一年の今山弟がいた。俺の姿を見るや、びっくりして、履いていた片方の靴を脱ぎ捨てて、廊下の奥へと走って消えた。


「たいへんだ! ねーちゃんが男連れてきた!」


 すると、廊下の奥から、二人の大人が出てきた。


 一人は、夏姫の母親。もう一人が、今回のターゲット、夏姫のおじいちゃんである。痩せていて、和の装いに身を包んでいる。甚平(じんべい)というのか、作務衣(さむえ)というのだろうか。シンプルながらも暖かそうな和の装いだった。


 ずっとふところに手を入れており、おそらく見えないところでオフタ様にタッチしているのだろう。


 ここで夏姫は、真っ赤な嘘の設定をぶちかました。


「この人は、あたしの彼氏の、大平野好史さん」


「よろしくお願いします。大平野好史です。夏姫さんとは、健全なお付き合いをさせていただいております!」


 ところが弟が叫んだ。


「うそだ! ねーちゃんみたいな貧乳に彼氏ができるわけないよ!」


 それは間違っている。貧乳だって彼氏はできる。俺はむかついたので、クソガキを修正してやろうと思った。だが、その前に夏姫の手が出た。


 ごちん。


「あんたねぇ、あたしだって彼氏くらいできるわ!」


 ああ、なんだろう、夏姫ちゃんの悲しみを帯びた高い声が、同情を誘ってくる。アキラに相手にされなかった苦しみが、びんびん伝わってきやがる。


 夏姫の祖父は、フムと唸る。


「気に入った。相当な覚悟を決めておるな。それに、修羅場をくぐりぬけた目をしておる」


 夏姫の母はぎこちない笑顔をむけてきた。


「あらま、おじいちゃんに褒められるなんて、すごいわね」


「いや、光栄です。ハハハハ」


 俺も、必死に笑い顔を作ったのだった。


 掃除の行き届いた部屋に通された俺は、夏姫と並んでテーブルにつき、夏姫の母と祖父と対峙する。弟は学友たちとの遊戯に出陣していった。


 俺たちがどういった出会い方をしたのか、だとか、夏姫なんかのどこが気に入ったのか、だとか、そういった質問をされた。事前に準備してきた架空の設定を演じ、なんとか怪しまれずに乗り切った。


 しかし、ここで俺の、生まれたての役者魂に火がついてしまった。アドリブで盛り上げようと、暴挙に出たのだ。


「むむ、陶器の香りがする」


 などと言いながら、俺は立ち上がり、リビングをうろつき出した。そして、床板に真新しい傷がある部分を発見する。


 夏姫の話では、飾り棚が倒れ、多くのオフタ様が砕け散ったのだという。であれば、ここに何らかの痕跡があるはずだ。


 思った通り、しゃがみこみ、薬指で床を撫でると、掃除機で取り切れなかった微細な粉が拾えた。夏姫や彼女のご家族が見守る中、俺は床を撫でた薬指……ではなく中指をペロリと舐める。


「備前の味……いや待て、これは伊万里か? さもなくば景徳鎮? ペルシャの味も混ざっているな。だがこの後味で抜けるような九谷とマイセン……。なんなのだ、この焼き物の正体は」


 知ったかぶりで陶磁器の産地を列挙した。やっちゃった後に、やらかしたと思った。やりすぎて引かれているのではないかと振り返った。


 驚いた顔をしていたものの、それは決してマイナスの評価をする目ではなかったのでホッとする。


「陶磁器に興味がおありかな。若いのに珍しい」


「そこらへんはねぇ、うちの夏姫が飾ってあった焼き物をひっくり返しちゃった場所なのよ。興味がある人とお付き合いしてるんだったら、もうちょっと気をつければいいのにねぇ」


 同意を求めてきたので、そうですねホントですよ、と力強く答えてやった。


 夏姫は、俺のいかれたアドリブに戸惑いながらも、持ち前の機転でなんとかついて来ようとする。


「そういえば、じいちゃんさ、すごいもの持ってたよね。なんだっけ、じいちゃんが御守りにして、いっつも持ち歩いているやつ」


「ウム」


 おじいさんは頷き、ふところからオフタ様を取り出した。


 白地に、白で文字が書かれたもの。文字は俺には読むことはできないが、どう見ても俺の隠し持っている品と同じだ。


 これを探していた。模様も質感も完全に一致だ。まさか夏姫の近くにあるなんて、奇跡的なことがあるもんだ。これが使用済みでないとも限らないけれど、すりかえて試してみる価値は大いにある。


「ちょっと、見せていただいてよろしいですか?」


 おじいさんは少々難色を示しながらも、ちょっとだけじゃぞ、と言って俺にあずけてくれた。


 その時、見事なタイミングで今山家の電話が鳴った。母が席を立ち、電話を取りに行く。


 俺は、「ほぉ~、これは、すばらしいフタですね」と部屋のライトに照らしていろいろな角度から観察してみせる。


「ウム」


 夏姫が横から、「これね、じいちゃんの命を救ったフタなんだよ」と補足する。


「そうなんですか! いや、確かに、これはパワーを持ったフタだ」


 俺はお茶を一口すすった。これは、決行の合図である。夏姫は小さく頷き、スカートのポケットからスマートフォンを取り出した。


「そうだ、じいちゃん、写真とってよ。このオフタ様とさ、あたしと好史先輩で、記念撮影したいんだ」


「ム、そうか。わかった」


 今山夏姫がスマートフォンを預けた。おじいさんは混乱している。


「ウーム、これは、どうやって使うんじゃ? どこを押せば写真を撮れる?」


「もう、しょうがないなぁ」


 夏姫が席を立ち、スマートフォンの操作の仕方を教える。じいちゃんは、夏姫のおおげさな動きを眼で追うのに必死だ。


 気をそらすことに成功している。今がチャンス。少しずつ、少しずつ、オフタ様を手前に持っていく。


 だがまだだ、袖に忍ばせた代わりのフタとすり替えるのは、もっと気をそらした時だ。確実にやるんだ。


 その時、電話に出ていた今山夏姫の母が、「おじいちゃん、電話よ」と言った。


「誰からじゃ?」


「鈴木さんという方から。なんだか若い女性の方でしたよ」


「役場の人かの?」


「さあ」


 実はこの電話、占い娘が掛けたものである。占い娘は今、水晶玉の力で、俺たちの動きをリアルタイムでモニタリングしており、万全のサポート体制が敷かれているのだ。


 おじいさんは、俺たちに背を向けた。


 ――今だッ!


 夏姫が席に戻るふりをして、完全な死角ができあがっていた。そっと、一切の音もたてないように、オフタ様をポケットにしまいこみ、左袖から別の使用済みオフタを取り出して、慎重に机に置いた。


 うまくやったはずだった。完全に計画通り。


 それなのに、おじいちゃんは、気付いた。


「夏姫よ、今、何をしたんじゃ?」


「え?」


「そこの若造と二人で、わしのオフタ様を、どうする気じゃ?」


「な、何のことかなぁ……」


「わしを、誤魔化せるとでも?」


 静かで、でも燃え盛っているような、そんな怒り。


 夏姫は、不意に叫ぶ。


「――先輩ッ! 逃げて!」


 俺は使用済みのほうのフタを置いて、床を蹴って逃げだした。


「先輩、はやく行って! ここはあたしがっ!」


「どけ、どかんか、夏姫ぃ!」


 どたばたと音がする。


「すまん夏姫! 必ず礼はする!」


「楽しみにしてまぁす!」


 だんだん遠ざかっていく、おじいちゃんの「わしのオフタぁ!」という声と、「借りるだけ、一瞬借りるだけだからぁ!」という声。必死に食い止めてくれている。


 靴を履く暇をも惜しみ、靴下のままで外に出る。


 エレベーターを待っている時間はない。階段を駆け降りる。


 あのおじいさんの迫力だ。すぐに年齢を感じさせない走りで追ってくるに違いない。急いで逃げて、一刻も早く氷雨のもとにこれを届けなくては。


 マンションを脱出して、車道に出た。横断しようとした。


 焦りすぎだった。


 目の前にはトラックが迫っていた。


 俺の肉体なんてのは、壊れても元通り。すぐに治る。


 だけど、握りしめているフタは、割れたら元には戻らない。もしもこのフタが未使用で、世界を動かす力があったなら、割れたら力を失ってしまうかもしれない。そしてこのフタが世界で唯一の力を残したフタかもしれないんだ。


 トラックの運転手は、ちょうど運の悪いことに脇見運転をしている。俺の愚かな飛び出しに全く気付かず、トバしている。


 この速度でぶつかったら、フタが助からない。けれども回避は間に合わない。


 俺は、フタを抱きしめるようにしてトラックに背中を向けた。何があろうとも、このフタだけは壊させない。


 これは、今山夏姫の祖父の大切なものだ。


 これは、氷雨の命そのものかもしれないんだ。


 だから、絶対に守るんだ!


 目を閉じた。


「……………………」


 数秒待っても、何も起きなかった。


 おそるおそる目を開くと、俺は車道から知らぬ間に脱出していた、反対側の歩道に出ていた。


 まるで瞬間移動したようだった。


「あぶないところでしたね、好史さん」


「お、俺は、大丈夫だったのか?」


 手には、オフタ様が確かにある。


 占い娘は頷きながらも、「話は後です」と言って、俺の手を掴んで走りだした。


「夏姫は、どうなった?」


「無事です。おじいさまを説得してくれています」


「そうか、よかった。割ってしまったとしたら、どうなっていたことか……」


「好史さん、焦りすぎです。もし私が時を止めなければ、大変なことになっていましたよ」


 未来アイテム『傘型タイムストッパー』を使って、ぎりぎりのところで時間を止めてくれたようだ。ありがたい。


「ん? だが、占い娘よ。最初から時を止めて、すりかえを行えば良かったんじゃないのか?」


「あのストッパーで時を止める回数には制限があるのですよ。それだけじゃなく、時間を再び動かすためには、ちょっと大変な労力を使うというか、はっきり言って、ものすっごい面倒だから、できれば使いたくなかったというのが本音です」


「そうなのか」


「本当に好史さんは、世話が焼けますね」


 とても安心した様子で、占い娘は言ったのだった。


  ★


 手に入れたフタを手に、活動拠点である神社まで行くと鳥居の先に比入氷雨が待っていた。


「氷雨、手に入れてきたぞ、お前の命」


「まだそうと決まったわけじゃないだろ」


「おいおい、なぜ素直に『ありがとう』と言えないんだ?」


「それは……だってさ、あたしが十数年後に死なないってことが証明されるのは、十数年後なんだろ? だったら二十年後くらいに言ってやるよ」




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