第32話 願いと呪い1 三つの呪いと作戦会議
力を合わせて呪いを解かなくてはならない。
俺たちを縛りつける呪いと思われるのは、次の三つだ。
一つ目は、俺、大平野好史の異常なまでの自己治癒力。不死身の呪い。
二つ目は、比入氷雨にしかけられた、時限式の死の呪い。
三つ目は、占い娘の欲望に敗北した選択による、占い娘自身への呪い。
この中で、一つ目と二つ目は巨乳派がかけた呪いだっていう話だ。今すでに巨乳派などというものはどの時間にも存在しないため、確証はない。だが巨乳派以外に、この呪いを掛ける理由がないというのが根拠だ。
そして三つ目の呪いは、占い娘の選択の果てに占い娘自身が自分で自分を呪っているというものだ。この呪いは、そう容易く解けるものではないだろう。占い娘は、氷雨がいなくなることを願ってしまった。
そうなったらもう、俺に許されても、氷雨に許されても、記憶を失わない限り、罪悪感という呪いは完全に消えることはない。
とにかく、これらの呪いの中で、最優先で解かねばならないのは氷雨の呪いである。これさえなくせば、大人になった占い娘の暗黒も少しは晴れて、俺好みの軽いノリが復活するに違いない。
底抜けに明るく愉快な生活こそ、俺たちが求めるものなのだ。
そのためには、見たくない現実から目をそむけたり、ブレまくってきたこれまでの俺のままではダメだ。
運命を勝ち取るためには、覚悟を見せなければならない。
★
占い娘のテントに泊まった次の日から、さっそく俺たちは動き出した。
まずは行方不明状態を解消させるために氷雨を学校に行かせた。
その間に、占い娘と二人きり、今後についての会議をはじめる。
呪いを解く計画は、まず未来テクノロジーの使い手に話を聞くことから始まった。
ホテルの一室のような場所から会議室のような場所に背景が切り替わった。無機質な壁、円形に並べられた机と椅子。未来テントの便利な機能だ。
俺たち二人は席について、陰謀を仕組むサイドの会社にいる悪い重役っぽい偉そうなポーズをとってみる。
雰囲気が出たところで、占い娘が言うには、
「確実に氷雨さんの呪いが解けると決まったわけではないのです。私の考えは推測に過ぎなくて、でも私の考えが正しければ、『それ』は存在しているはずなんです」
「それ、というのは何かね?」
「ランプです。好史さん、ランプのことは、わかりますね?」
俺は偉そうなポーズをやめて自然体に戻った。以前に映像で見たランプの形状を思い出す。
「あれだろ、なんていえばいいのか、えっと、急須みたいなの。こすって出てきた煙に願いを言えば、願いが叶う魔法のランプってやつだ。みんな巨乳になっちまった忌まわしい日の始まりを告げたランプ」
「そうです。これです」
占い娘は、キズひとつ無い水晶玉を撫でて光らせると、何も無かった机の上に、魔法のランプを出現させた。ことりとテーブルに置かれた黄金の物体――輝くフタつきティーポットみたいなもの――は、金一色で、てらてらと輝いている。
だったらもう解決なのではないか。だって、ランプがここにあるのだから。これにお願いすれば、呪いは解けるのではないか。
などと、ついつい考えてしまいそうになるが、そう簡単にいく話でもあるまい。
「占い娘よ」
「何でしょう? 好史さん」
「これは、使用済みのやつだな?」
「その通りです。これはアキラくんが全世界を巨乳にするために使ってしまったものでして、もう巨乳化の願いをキャンセルすることしか使い道はありません」
「ああ、でも、あの時に巨乳になった人たちは俺たちが全て元に戻したからな」
「そうですね。未来の最終的な貧乳の形まで読み取って光線銃を放った好史さんの偉業は、もはや誰にも塗り替えられません」
「褒めても何も出ないぞ」
「事実を言ったまでです」
「そうか。なんつーか、ちょっと照れちまうな」
話を戻そう。
「呪いってのは、万能な水晶玉でも、どうにもならないのか?」
「それでどうにかなるような呪いなら、私がさっさと解いてます。巨乳化の時のような多人数を相手にした呪いは、まだ解きやすいのですが、一人を相手に重ね掛けされたランプ級の呪いを解くには、こちらもランプ級の何かを用意せねばなりません」
占い娘は、ここからが重要なところです、とでもいうように、勢いよく立ちあがった。目の前にホワイトボードを出現させ、書き込んでいく。ランプにまつわる特徴や可能性を箇条書きにしていく。
「ランプ級のものなんて、そうそう無いですけどね。でも、たぶん……」
1、ランプは複数存在する(かもしれない)
「おそらく、ランプは一つではありません」
「おいおい。超貴重品で、未来でも重要アイテムなんじゃないのか?」
「はい、貴重なんてレベルじゃありません。実を言うと、魔法のランプは、私のもといた未来の技術では決して作れないものなのです。どうやって発見されたかというと、ある宗教団体の大事なものとして保存されていて、奇跡的に私たちの時代に残っていたものなのです」
2、私のランプは貧乳派宗教団体『ひんぬぅ教』の所有だった
「ひんぬぅ教だと? そのようなものがあるとは! 俺でも入れるか?」
「ひんぬぅ教については、以前、好史さんにはちょっとだけお話ししたことある気がしますね。その時も入りたいとか言ってたと思います。お忘れですか?」
言われてみると、確かに聞き覚えのある響きだな。
とはいえ、そんなに重要な場面で出てきた話でもなかった気がするけども。
「ひんぬぅ教は、御神体として鍋のフタを崇める怪しすぎる宗教団体なのですが、ランプはこの団体からの寄付でした」
「鍋のフタか。確かに、モノによっては貧乳の形を模してつくられていると解釈できないこともない。だが変な宗教ならノーサンキューだ。そいつらは、そのランプをどこから手に入れたんだ?」
「それは、今となってはもうわかりませんね」
「未来が変わったからか……。でも、貧乳派の中に、一人くらい『ひんぬぅ教』のやつが残っていなかったのかな。一応、未来で平和に暮らしてるんだろ?」
「どうでしょう。その頃は、この過去の世界でランプ探しをしようなんて思っていなかったので……。でも、きっと平和に暮らしていたなら、もう昔の悲惨な世界を思い出したくなかったことでしょう。質問しても相手にしてもらえなかったと思います」
――思い出したくなかった。
――相手にしてもらえなかった。
なぜ過去形なのかと気になって、少し考えてみる。
ああそうだな。
貧乳派も、もう全員消えているのか。
未来を変えたことで、貧乳差別のひどい未来を生きていた人たちは消えた。もう一度変えたことで、一緒に未来を救った人たちも、世界ごと消えた。
占い娘と同じ時代に生きていた人間は、もう全員、本当に全員。一人残らず消えてしまったのだ。
3、ランプは古代のもの? 未来のもの?
「私のもといた時代に、この論争がありました。ランプには『願い』エネルギーが入っています。私の時代には、『願い』エネルギーを時間移動に使うことはできても、誰かの願いをそのまま叶えるなんて不可能だったのです。
そうなれば、あの魔法のランプが、古代から伝わってきたものなのか、もしくは私たちの時代よりも後に製造され、『ひんぬぅ教』を通して渡されたのか……。私としては、はるか未来で、『願い』エネルギーを応用する技術が発達し、その研究の果てに生まれたものであると思うのです」
なおも占い娘のランプ講義は続く。
4、ランプはいろいろな時代に残されている(かもしれない)
「このあいだ、私が水晶玉を増やしたテクニックをお教えしたかと思います」
「確か、水晶玉を過去に置きに行くと、無限増殖が可能になり、保険として大昔に置いておけば、いろんな時代で回収できて超便利、という話だったか」
「もしも、ランプの使用者も、同じ発想をしたとしたら?」
「過去の世界で、縄づけを使ってのランプ無限増殖か」
「そうです。私の水晶玉の場合は、ロックをかけて人の触れない聖域に置くという工夫をしました。同じような発想をする人間なら、簡単に他人に使われないようにしながらも、安定して手に入るような工夫をするはずなのです」
「手出しできない場所にあるかもしれんってことだよな。じゃあ案外、この神社とかに祀られてあったりして」
「残念ながら、それはありえません」
「なんでわかるんだよ」
「もともと、水晶玉をこの神社で増殖させていたからです」
「……つまり、占い娘が、この神社の敷地を管理してたってことか?」
「それは正確ではないですね。私が所属していた組織が管理していたのですよ」
「今はもう、占い娘のものってことだな」
「まあ、そうなりますかね。私が何もしなかったら、少し先の未来には誰もいなくなって、朽ち果てて廃墟になってしまうと水晶玉が予測してますので」
「てことは、もう、神さまみたいなもんだな」
「とんだ疫病神ですけどね……」
「いや……そんなことは……元気出せって」
「そうですね……では好史さん。話を戻しますが、もしもランプを使う人が、過去世界にランプを残すようなシステムをつくるとしたら、どうすると思いますか? というか、好史さんなら、どうします?」
難しい質問だ。誰か他人に使われてはいけなくて、自分が使う時にはランプを見つけやすい。そういう仕掛け、か。
じゃあ、こんなのはどうだろう。
「俺なら、未来の力で奇跡を起こすかな。冬に花を咲かせるとか、夏に雪を降らせるとか。あとは予言とか、未来の医術とかでもいい。そうして自分が特別な存在であると信じさせて、目的のものを集める。たとえば、『黄金のランプを持ってくればご利益がある』と言って、世界中から持って来させる。自分で集める手間が省けるから」
しかし、占い娘の反応はよくない。不正解のようだ。
「なかなかいいセンいってると思います。でも、それだと黄金のランプもどきを作って持ってくる人がものすごい数になってしまって、大混乱になりますよ」
「それもそうか」
「けど……なるほど、信仰ですか……。それで『ひんぬぅ教』がランプを……。確かに、もう少しアイテムを持って来させるときの言い方を考えれば、好史さんの策と近いことをした可能性もありえますね……」
占い娘は独り、うむうむと頷いている。
「なあ、占い娘。要するに、ランプが存在するってこと自体が、占い娘たちと同じように過去を良い方向に改変しようとした存在がいることの証拠になる、ということでいいのか?」
「そうです好史さん。私たちの知らない、顔も見たことのない誰かが、不しあわせな未来を正したいと思い、ランプを製造し、私と同じような方法で数多くのランプを用意し、さまざまな万能の道具を駆使して未来を良い方向に改変しようとしたのではないかと!
それが、うまくいったのか、志なかばで失敗したのかはわかりませんが、私たち貧乳派平和系活動家連合のように、過去改変を試みた誰かは確実に存在します。まあ、なんといいますか、あまり気持ち良くない話ですが、私たちが知らぬ間に、その顔も声も知らない存在に操られている可能性すらあります」
「そりゃ、なかなかゾッとする話だな」
5、ランプは危険すぎる
「誰がどう見てもわかるように魔法のランプというものは、使用を誤ればとんでもない未来を招くことになりかねません。だから、絶対に気軽に使えるようにはなっていないはずです。絶対にランプを使わせない仕掛けがあると思います。罠いっぱいのところに隠すとか、特定の呪文を唱えないと使えないようにするとか、工夫すると思うんですよね」
「ふと思ったんだが、そういう工夫にしても、不思議アイテムの在り処にしても、未来の情報と照合したりすれば手っ取り早いんじゃないのか?」
しかし、これも無理だという。
「未来のデータ倉庫にアクセスできればいいですけど、平和な世界には、未来のデータ倉庫そのものが、もうありません」
未来の消滅は不便なことばかりだな。
だけど、戦乱が科学を先に進ませる要因になり得るっていうのは、よく言われていることだし、そう考えると、未来が平和であることの証明に外ならないわけで。ある意味では、よろこばしいことなのかもしれない。
6、ランプをどうやって探すか
十数年後の世界で、俺は大人の俺に出会った。俺は俺に出会っても消えなかった。二人の俺は同時に存在し得る。だったら、二つのランプだって同時に存在し得る。使用済みのランプよりも前の時代のランプが、まだ使われていない形で残っているかもしれない。
ランプが本当にあるとして、問題はランプの探し方だ。
このご時世だ。インターネットでも使ってみれば、案外情報が集まるかもしれない。しかし、焦ってはいけない。その前にランプがどのようなものなのかを検証すべきだろう。
「ちょっと見ていいか?」
占い娘に断りを入れた時、占い娘は水晶玉でなにか別の調べ物をしていて、生返事だった。
俺はランプをじっくり観察した。それはもう、貧乳を鑑賞するときと同じくらい、じっくりと。
フタを反時計回りに回せば外れるようになっていたので、外して中を見た。中は真っ白だ。
ん? 真っ白?
中を触ってみても、ざらざら感はない。磁器のようだ。すべてが金でできているわけではないということか。もしかして、塗装されているのかもしれない。
金色を剥がそうとして、こすってみる。かなり激しいこすり方をしてみたが、なかなか落ちない。爪の先で、かちかちと叩いてみる。金属音に近いものだった。特に割れている音ではない。
「なあ、占い娘ちゃん。これ、メッキみたいなんだけど、剥がせないかな」
「えぇっ! メッキだったんですか!?」
「知らなかったのかよ。お前の持ち物だろうが」
「だって、うっかりこすっちゃったら大変だから、むやみに触るなって師匠に言われてて……って、うぇええ! フタあくんですかそれ!?」
「あ、ああ。ねじみたいになってて、回したらとれたぞ」
「ちょ、ちょっと見せてください」
占い娘にランプを手渡すと、占い娘は昔よりもちょっとだけ大きくなった手でフタの取れたランプを持ち上げ、いろんな角度から見ている。穴があくほど見つめている。
やがてランプを置き、水晶玉を操ると、突然、ふたのないランプが炎上した。赤い炎に包まれながら空中に浮いている。
「お、おい何だこれは。占い娘がやってるのか?」
「温度のない炎でメッキ部分のみを溶かしています」
「どういう仕組みになってんの、それ」
「未来のテクノロジーなのです」
メッキが少しずつ消滅し、だんだんと透き通るような白さになってきたランプは、やがてコトリと机に落ち、元の姿を見せてくれた。
ランプには、すこしだけ色の違う白で、なにやら文字が刻まれている。
まったく読めない文字であった。ぐにゃぐにゃしたシンプルな線が二十文字ほど並べられている。ラクガキみたいだった。
「これは、未来の文字です」
「へえ、なんて書いてあるんだ?」
「ええと、短い言葉と数字です。たぶん製造された年でしょうか。西暦でも旧暦でもなんでもなく、私の知る未来でも聞いたことない年号っぽいです。でも、末尾の文字が、年号でしか使わない特殊記号で……これは、〇二八一年と読めますね」
「フタの方には、何か書かれているのか?」
「見てみますね」
また炎でメッキを溶かすように消滅させると、これまた透き通るような美しい白が姿を見せた。そこにまた白で文字が刻まれている。
「同じ内容です。これも年号。〇二八一」
「作られた年ってことかな」
「そうっぽいですよね……」
未来の文字であることは、占い娘にもわかった。しかし、占い娘が知らない年号となると、ややこしいことに、いろいろと可能性が出てくる。
まずは、仲間内だけで使う年号。
それから、占い娘の未来よりも、さらに未来で使われるはずだった年号。
すでに消え去った未来で使われるはずだった年号。
実は年号など関係なく、実は暗号みたいなもんで、ただのシリアルナンバーに「年」の意味を示す記号をつけているだけかもしれない。
いろいろな偶然の一致が、奇跡的に数字列のような形になり、年号として解釈できただけかもしれない。
考えられる可能性はまだまだあるが、ともかくこの文字だけでは、はっきりと何を特定することもできない。
ただ、一つ言えるのは、ひんぬぅ教徒は、これをメッキして隠していたということ。黄金で隠すことによって、貴重さの種類を変えていた。使うものとしての本来の価値ではなく、鑑賞し、信仰するものとしての価値を上書きしていた。
ランプの秘密を知られてしまっては、無限増殖や乱用が避けられない切り札だからだろう。
もしも、今の時代に残っているとしたら、どのようなランプだろう。同じように黄金メッキされたものなのか、むき出しのまま年号らしきものが未来文字で書かれたランプなのか。あるいは、年号さえ書かれていないただの白いランプの可能性だってある。
形としては、日本の急須とは全く違った形ではあるけれど、世界中を探せば似たようなデザインが大量に出てきてしまう恐れがあり、同じものを探し出すことは困難なように思えた。違いを見い出せるとしたら、今のところ未来の文字しかなく、強力な調査力が必要になる。
今の占い娘に、以前ほどの調査力は無い。水晶玉でアクセス可能だった未来のデータ倉庫は、未来の変化によって消滅している。未来をある程度予測することはできても、詳細な検索や分析は不可能になった。
データ倉庫は、占い娘たちが未来に帰り、平和に暮らし始めたときにはもう不要になっていたのだ。
思えば、かつて巨乳派が過激な行動に出たのも、巨乳派が支配する未来が消滅してしまうことによる焦りからだったのだろう。
お互いに自分たちの帰る場所を作るために、貧乳派と巨乳派は戦っていた。
そしてその結果得られたのは、自分たちが誰も知らない社会であり、誰も自分たちを知らない社会だった。
どちらに転んでも、過去が変わった瞬間に自分たちの生きていた世界と完全に同一の世界は消えてなくなる選択だったわけだ。そのなかで奇跡的に知り合いと出会ったとしても、その人と自分は別の世界の生き物になっているのだ。
水晶玉を使えば探索は容易だろうと思っていた。
でも、現状は不可能だ。
水晶玉に何らかの改造を施すなどすれば可能になるかもしれない。だけど、それには膨大な時間がかかり、その間に氷雨は命を落としてしまう。
占い娘って呼ばれてるんだから、いっそ占いで探し当ててほしいところなのだが、この娘の占いの正体は単純にデータ倉庫にアクセスして未来を覗き見ていただけだからな。
インチキ娘であって超能力者じゃない。
さらに言えば、その未来のデータだって万能じゃなかった。かつて全世界の偽乳を探索できるようにした時に使ったのも未来のデータではなく、俺の貧乳スコープの能力だった。
ん? まてよ。だったら……。
「占い娘よ。俺は閃いたぞ」
「なんですか?」
期待に目をきらきらさせてきた。
「俺の貧乳スコープを使って、このランプを探せるかもしれん」
「え?」
「いいか、このランプのフタをよく見てみろ。この透き通るような滑らかな白さは、まるで氷雨の肌のようだ。つまり、氷雨の貧乳のようだと言っても過言ではないだろう。さらに、あってなきがごとき膨らみもそうだ。
加えて、中心部についているのは、まるで乳首のようではないか。巨乳の場合、重力に負けて垂れ下がり巨乳であるほどおっぱいの中心部から乳首がずれるはずだ。このフタは貧乳の特長を再現している。よって、このランプのフタを貧乳だと思えば、俺の貧乳スコープによって位置を特定できる!」
俺は目を閉じ、「ハァァァ」と腹の底から低い声を出す。意識を集中させるんだ。氷雨の貧乳オーラを探し出した時のように……。
「ダメだ! 覚醒が足りないのか! 見当たらない! というか、何も感じられない!」
「でしょうね。そもそもランプのフタは貧乳じゃありません。貧乳オーラの発しようがありませんから、好史さんの力での探索は無理ってもんです」
「だったら……だったらどうすればいいんだ! やっぱり氷雨は助からないのか……?」
すると、占い娘は、今まで書いていたのとは別に、もう一つホワイトボードを呼び出した。何も書かれていない真っ白い板に、『仮説』と記して、文字を書き始めた。
「今の、好史さんの言葉で、閃いたことがあります」
占い娘はペンを走らせる。
ひんぬぅ教の御神体は鍋のフタ。
フタに価値を持たせている。
ランプのフタは外すことができる。
フタと本体を遠くでバラバラに保存した。
ランプおよびフタには願いを叶える機能がある。
それとは別に、尊さや値段の高さ等、何らかの価値をメッキする。
ランプを使用するときに宗教を活発化させ、フタを回収する。
誰にも使用されていない状態で願い事をすれば、世界を平和に変えられる。
「こう仮定した時、ランプを探すには、どうすればいいと思いますか?」
「どうって……言われてもな」
「貧乳に価値を持たせている風習があれば……いえ、貧乳でなくとも、直接的にフタを崇めているところでもいいです。そういう風習があれば、周辺でフタを集めている可能性が高いのです」
「そんなの、聞いたことないが」
「世界のどこかに、フタを保存もしくは回収する方法として、存在していると思うんです」
「どうやって探せばいいんだよ」
「問題は、そこなんですよね……」
俺には心当たりがあった。
「あいつなら」
ポケットから携帯電話を取り出した。
★
着信拒否されていた。おそらく、執事のしわざであろう。
和井喜々学園の一年、ショートカットの変態メガネ貧乳こと篠原こやのに連絡を試みたが、着信拒否メッセージが流れた。お客様のご都合によりお繋ぎできませんときた。
昨日、篠原に深夜メールをしたことによって、執事の森田からお叱りの電話を受けたのだった。そこに加えて、着信拒否まで追加とは、これはメールやメッセージを送ったところで届かない可能性が高い。
ならば間接的に、今山夏姫を経由して篠原に連絡を取ろうと試みた。だがこちらは、夏姫が飾り棚を倒したことが影響したか、連絡がつかない。
天海アキラも小川リオも電話に出ず、誰からの反応も無い。これはおかしい……と心配しかけたが、考えてみれば、当たり前だ。そういえば今は授業中だった。誰も出るはずがない。
とはいえ、自分から貧乳学園に赴けば、何の問題もない。秘密の入口から侵入してやろう。
さて、なぜ篠原こやのに連絡をとろうとしているのか。それは、篠原が変態メガネ貧乳であるのと同時に、家が成金大富豪様であり、すさまじい情報力を持っているからである。以前、篠原に氷雨の居場所を尋ねたことがある。
その際、わずか数分の早業で、十分も掛からずに居場所を特定してくれた。あの情報力を使えば、ランプの場所も探し出せるのではないだろうか。
学園の秘密の入口の前。レンガの塀にあいた卵型の穴を塞ぐように、長い車があった。その黒い車には見覚えがあった。なんなら手足を縛られて載せられたこともある。
篠原家のものだ。
運転席から男が出てきた。姿勢のいい長身の執事だった。
「これはこれは、大平野好史さんではありませんか。性懲りもなく、こやのお嬢様に会いにいらしたんですか?」
「ああ、篠原に会いにきた。でも篠原の貧乳に会いにきたわけじゃない」
「ほう」
俺は、森田に事情を話した。このままでは氷雨が死んでしまうのだと。特殊なランプを使えば救えるかもしれないのだと。しかし森田は、
「それは、言い訳にしか聞こえませんね。今すぐにやらねばならないことなんですか? 氷雨様がお亡くなりになるのは、だいぶ先のことかと思われます。ランプを御所望とのことですが、そうした『願いが叶うランプ』がもし存在するのだとして、そのランプを使って、大平野様は何をする気なのでしょう。
わたくし森田は、以前、あなた様を貧乳パラダイスにお連れしたことがございます。あの時、あなたは大変お楽しみでした。あの甘美なひとときを忘れることができず、すべての貧乳女性の好意を自分に向けさせるためにお使いになられるとしたら、わたくしたちは、あなたに鉄槌を下さねばなりません」
そうじゃない。昔の俺だったら、全世界の貧乳に自分を好きになってもらおうとか、考えたかもしれない。
だけど、今はもう違うんだ。
いつの間にか、考えが変わっていた。
――俺が生涯かけて愛するのは、氷雨の貧乳だけだ。
俺は言葉に力を込める。
「一刻も早く呪いを解いてやるんだ。氷雨を安心させてやることもできないで、何が恋人だっていうんだ。それに、氷雨が死んじまうっていう呪いがかかっている限り、占い娘の呪いも解けないんだよ。氷雨の恋人として、俺は未来を変えたい。孤独になっちまった占い娘の友人として、俺は未来を変えたい。氷雨を守るために、俺は篠原に会いたいんだ!」
しばし沈黙した森田は、やがて「フン」と不愉快そうに笑った。
「大平野好史様、こやのお嬢様に伝言をお願いできますか?」
「え? ああ」
「この森田、仕事ができましたので早退させていただきます」
執事の森田はスピード違反で走り去って行った。
力を貸してくれる、ということだろうか。
ちょうど車が見えなくなった時、秘密の入り口がズゴゴゴと開き、篠原が出てきた。
「あれ、先輩じゃないっすか。何してるんすか?」
「執事の森田さんからの伝言だ。用事ができたので早退するそうだ」
「へぇ、先輩、何したんですか? それ森田本気ですよ」
「何って、別に。思ってることをそのまま言っただけだ」
「はあ、珍しいこともあるもんっすね」
「ところで、お前は今、授業中じゃないのか?」
「へへへ、さぼりっす」
「相変わらず自由だな」
その後、篠原を迎えに来た別の車の中で、篠原に頼み込んだ。願いが叶う白いランプを見つけてほしいと。できることならば手に入れてほしいと。無茶な頼みだと自分でも思ったけれど、
「いいっすよ」
篠原は屈託のない笑顔であっさりオーケーしてくれた。




