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ないチチびいき  作者: クロード・フィン・乳スキー
時空超越篇
31/80

第31話 時をかける5 ごめんなさい

 占い娘の案内でやって来たのは、和井喜々学園近くの神社の一角である。


 ほんの少しだけ土が盛られた場所に建つ、小さな神社である。


 鳥居があり、手水場があり、狭い森の中に小さな社殿があった。それらすべてが、今は街灯の光に照らされているのみで薄暗い。


 場所によっては漆黒の闇が広がっているところもある。


 薄明かりの下、吊るされた絵馬や案内板を見る限り、勝負事や健康にご利益のある神社らしい。


「占い娘ちゃんは、神社に住んでたのか。真っ黒のローブは、あまり似合わない場所のような気がするんだが」


「でも、けっこうカラスとかいっぱい居ますし」


「そりゃまぁ、こんな森みたいになってるところなら、いっぱい居るだろうよ。でも占い娘はカラスなのか?」


 占い娘は俺の問いかけには答えなかった。


「それに、この黒いローブはケガレのイメージではなくてですね、実は、何ものにも染まらないという覚悟を示すものなのです。黒に何色を混ぜても、黒にしかならないからです。だから正義を行う貧乳派は、黒い服を身に纏うのです」


「へぇ、裁判官みたいだな」


「……今や裁かれるのは、私の方ですけどね」


 また自虐的なことを言う。占い娘はそうやって自分を傷つけて安心を得ようとしてるんだろうが、周囲にとっては迷惑な話だ。


 氷雨を助けて、もとの占い娘らしさを取り戻してほしい。明るさを装った可愛い陰キャ妹みたいな占い娘に。


「こっちです、私の占いの館は」


 さて、神社の隅っこで占い娘は立ち止まった。そこはこの時間、漆黒の闇が包む一角。近くに電灯なんか無くて、道路や民家からも遠くて、本当に真っ暗だ。


「よく見えないな。ここに何かあるのか?」


「普段は隠してあります。でも今、広げました。お二人にも見えると思います。ここが私の家だったのです」


 たしかに見えた。宿泊に使う道具が。闇に紛れるような黒い色をしていた。だけどこれは……。


 俺は即座に母にメールをした。友達の家に泊まる、と。


 占いの館とやらの外観が豪華壮麗だったから是非一晩泊まりたいと思ったわけではない。


 逆だ。


 あまりのみすぼらしさに、俺がガードマンになる必要があると判断したわけだ。


 そこに広げられていたのは、小さなテントだった。


「……なあ、占い娘。本当にこれがお前の家なのか?」


「そうですね。私がこの時代に根城(ねじろ)にしていた占いの館ですよ」


 館とか冗談だろう。マジでテント。ただのテントにしか見えない。三人分のスペースが確保できるかどうかも怪しい。


 氷雨は、あまりに悲しい住処(すみか)を見て、占い娘を抱き締めた。


「占い娘。つらかったな。きつかったよな。こんなホームレスみたいな生活して。こんなんじゃ、夏は暑くて冬は寒いもんな」


 しかし、占い娘は冷たい声で「別に」と言った。


「だって、これは未来道具の『オールウェイズ快適テントハウス』ですから。冷暖房完備ですし、お風呂やおトイレもついています。中の広さだって自由に設定できますし、キッチンも置けます」


「えっ、そうなの?」


「冷蔵庫の食べものを自動で補充する機能だけは、使えないんですけどね」


 なるほど未来道具だったか。だったら少しは安心だ。


 そして、未来道具ならば、さぞ新感覚のオシャレな部屋が広がっているんだろうな、と思ったのだが……。


 入口のカーテンを開けてぞろぞろと中に入ってみたら、むき出しのコンクリートに囲まれた部屋だった。


 テントの黒い布ではなく、コンクリートの内壁。天井は低く、窓が無い。しかも三畳ほどの狭さで、質素なベッドとむき出しのトイレが置いてあるだけだった。本当に必要最低限のものしか無い。


「どう見ても独房みてーだな」というのは氷雨の感想。


 それは俺も思ったけども、口に出してはいけなかったと思うぞ。


「いい部屋じゃないか」と、俺は無理して褒めてやった。


「そうですか? これは、一人で寝るとき専用のものなのです。普段の生活空間は、もう少し広くしてますよ」


 占い娘は水晶玉を操作し、部屋の形を次々に変えてみせた。


 和室、洋室、きれいな絨毯、フローリング、カラオケボックス、リゾートホテル、絶景の見える部屋、何も無い空間、学校の教室、大草原、洞窟、雑踏、戦場、樹上、飛行機内などなど。


 内装や背景を、本当に自由自在に変えられるらしい。


 氷雨は「すごいすごい」と騒いでいた。俺は景色が変化するたびにきょろきょろしていた。その姿を見て、占い娘は少しだけ嬉しそうな顔をした。


 やがて、ベッドが三つほど置かれたホテルの一室のような形で落ち着いた。冷暖房完備の上、風呂やトイレも組み込まれている。シンプルな部屋だった。狭い外観からは考えられないほどの広さがある。


 未来の技術ってのはすごい。


「あんまり豪華にしてしまうと眠るとき落ち着けないと思うので、このくらいでどうでしょう?」


「結構いいじゃん。でも、あたしはもっと広いほうが好きかな。なんか、ヨーロッパのお城とか宮殿みたいのがいい」


「私としては、もっと狭いところがいいんですけどね」


「いや、このくらいがちょうどいいだろ」


 俺は、一番手前のベッドに腰を下ろして、


「いやはや快適に寝泊まりできそうなところが見つかってよかったぜ」


 言って、仰向けに寝転がった。


「え、なにしてんの。好史は外で見張りでしょ?」


「最初はそのつもりだったが、このテントが未来アイテムなら、その必要はないだろう。セキュリティも万全なんだろ?」


「そうですね。私が承認しないと入れませんし、私が承認しないとテントに触れることすらできません、そもそも視認することもできません」


 ということは、つまり俺は女の子二人と、この密室で一夜を過ごすということになる。


 俺の大事な貧乳の氷雨さんと、成長してしまったとはいえ、まだギリギリ貧乳の領域にある占い娘。果たして理性を保てるのかどうか。


 氷雨は見透かしたように、


「寝てる間に、あたしに触ったら命は無いからな」


 占い娘は家主らしく、


「私に変なことしたら、外に放り出しますからね」


 痛いのは嫌だし、寒いのも嫌だ。だったらどうすればいいか。


 要するに、大人しく寝てればいいんだ。簡単じゃないか。


  ★


 二人とも、よほど疲れていたのだろうか。


 すぐに眠ってしまった。電気を点けたまま寝てしまったので、上から布団をかけてやり、電気を消した。


 そして、俺もベッドに横たわって目を閉じたのだが……。


 眠れない。


 二人分の寝息が気になって寝付けやしない。このままじゃ疲れるばかりだ。


 俺は仕方なく外に出た。


 歩いて五分くらいの場所にコンビニがあった。そこで、サンドイッチとあったかい渋いお茶を買う。


 我慢できなくなるくらいの眠気が襲ってくるまで、外で時間を潰そうというわけだ。


 コンビニを出たところで、水晶玉を抱えて佇んでいる人影があった。


「よう、占い娘。お前も買い出しか?」


「いえ、少し、好史さんに用があって」


「どうしたんだ?」


 占い娘は顔を上げ、そのくりくりとした瞳を俺に向けた。


「昼間の続きをしましょう」


「え? 昼間? なんだっけそれ」


「その……好史さんが氷雨さんに会いに行く前に、映像をお見せしたと思うのですが……」


「ああ、あれか。和井喜々学園跡の公園ベンチで見たやつ。そういえば途中だったな」


「はい。でも、あの後の映像は、私の言い訳を煮詰めたようなものだったので、見てもらわなくても構いません。自分の罪を説明するのが苦しいからって、手っ取り早く映像で見せて済ませようなんて考え自体が間違っていたんです」


「映像もわかりやすくて良いと思うけどな」


 俺が言うと、占い娘は頭を振った。以前よりも伸びたヤキソバヘアーが激しく揺れる。


「ちゃんと自分の口で話さなくちゃいけなかったんです」


「そうか」


「少し、座って話しましょう」


「ああ……いいけど、でも寒くないのか、そんな薄着で」


「お忘れですか? この服は未来アイテムです。温度調節ばっちりです。むしろ、好史さんの方が薄着なので心配です」


「俺はほら、あったか~いお茶を買ったから大丈夫だ。安心しろ」


 てなわけで、二月の寒空の下、背もたれもない神社のぼろいベンチに座って、俺たちは話す。


 占い娘は、自分の頭の中を整理しているのか、しばらく黙っていた。


 俺は、占い娘が話しはじめるのを、時々お茶を口にしながら、ずっと待っていた。


 アツアツだったお茶がだいぶ冷めて飲みやすくなってきた頃、占い娘はようやく口を開いた。


「私のやったことは、絶対に許されないことです。多くを消してしまったこともそうですけど、私は、好史さんすら裏切ったんです」


「俺のことは、もういいから。許すというか、俺も――」


「いいえ、きいてください。そうでないと、私は……」


 それで少しでも占い娘の気が済むのなら、俺は黙って彼女の話に耳を傾けることにしたい。


 またしばらく沈黙してから、占い娘は言う。


「好史さん。もしも、好史さんが氷雨さんを連れ戻しに来なかったら、どうなっていたと思いますか?」


「そりゃ、氷雨は未来の俺と、死ぬまで幸せに過ごせただろ。金持ちとは程遠かったけど、あそこには、俺が目指してる普通の幸せがあったぞ」


「そんなに、甘くないんですよね」


「どういうことだ」


「要するに、氷雨さんを連れてきた未来の世界は、消えていく運命にあったんですよ」


「それって……」


 考えたくない。考えたくないけれど、占い娘が知りたくなかったことを語ってしまう。


「過去改変が行われるとき、たしかに並行世界があらわれます。そこには無限の可能性がありえます。でも、残酷なことに、やっぱり本流の世界は一つなのです。


さて、それでは問題です。今回私がやったのは、過去から未来への誘拐でしたが、氷雨さんがいなくなった世界と、氷雨さんが存在し続ける世界に枝分かれします。このとき、どちらが本流で、どちらが支流なのでしょうか」


「…………」


 俺は沈黙を返した。


「答えたくないですか。相変わらず、やさしいんですね」


「なあ、もういいんじゃないか。そこから先は、俺は別に知りたくもないし」


 けれども、占い娘は、俺の制止なんて無視して続けてしまう。


「もし、あのままだったら……好史さんが奇跡を起こさなかったら……氷雨さんが行方不明になった世界が選ばれて、ずっとその未来が続いていくんです。好史さんは、ずっと諦めずに氷雨さんを探し続けますが、最後まで見つかりません。一人きりです。許せないですよね。裏切りですよね。私は絶対に見つけられないであろう場所に、氷雨さんを連れ去って、そして……好史さんの前から彼女を消そうと――」


「もういいって」


「でも」


 占い娘は、涙をぬぐい続ける。


「本当に、誰ひとり幸せになれない選択を、私はしていたんです。ただ、言い訳かもしれませんけど氷雨さんを助けなかったことを、つぐないたいって気持ちはありました。……だから、何度だって好史さんのために、好史さんの気が済むまで何度でも氷雨さんをあの支流世界に連れていくつもりでいました。


でもですよ。思い返してみると、もしかしたら、私ひとりが不幸なのが嫌だから、みんなにも不幸になれって、呪ってしまったのかもしれなくて。私を選んでくれなかった好史さんへの仕返しだったようにも思えます」


 もうやめてほしかった。


 ききたくなかった。


 というかさ、占い娘の暴走は、彼女の気持ちを考えもしなかった俺にも責任があるはずなんだ。


 そうに違いないんだ。


「今となっては、『何がつぐないですか。何が好史さんのためですか』って思います。私は、おかしくなってしまったんです。いつか消える世界に氷雨さんを閉じ込め、その氷雨さんが消えたら、次の氷雨さんを閉じ込め……それを世界が消えるまで繰り返して……。


水晶玉やお金と同じように、なくなったら取りに行けばいいって、考えていました。好きな人の大切な人が命を落としたら、生きている時のその人を連れてくればいいんだって。それを何回も繰り返すことこそがつぐないなんだって。


こんな気持ちになるのが、過去に行く技術があったからだとしても、私の心が弱すぎたんです。氷雨さんを友達だと思わずに、氷雨さんを人間だと思わずに、最初から『絶対に助けない』ってことを心のどこかで決めてたんです。……ほら、ひどいですよね、私」


 ああひどい。ひどすぎる。


 こんなのってない。


 だけど、世界の仕組みがそうなっていた。彼女の心が特別に弱すぎるってことはない。


 占い娘と同じ状況が用意されていて、絶対に誰にも裁かれないとしたら、きっと俺だって、何らかの形で欲望に飲み込まれるだろう。


 だいたいにして、未来の俺だって最低だ。占い娘に「氷雨を連れてきてくれ」と言ったのは、氷雨を失った時の俺なんだから。そんな甘えた言葉を吐いてはいけなかった。どう考えても、占い娘だけにすべての責任をなすりつけるのは、あまりにも酷な話だろう。


 そうだ。俺も悪い。いや、むしろ、俺のほうが悪いかもしれない。


「未来を変えたことで、本当に平和で楽しい幸せな生活を送れました。でも、実は未来で暮らしているときの私は、『自分と周囲の人たちとは違うんだ』って自分で思ってしまっていて、どうしても、どこか冷めた目で現実を見てしまって、ちょっと周りの皆から浮いちゃってました。


だけど誰に石を投げられることもなくて、それは何より恵まれていて……。だけど、ある時にふと気付いたんです。未来を変えたってことは、その変えられた側の人たちは、どうしたかって……」


 突然の消滅だ。つまり、「死」みたいなもんだ。おびただしい数の人間を自分の手で殺してしまったと占い娘は不意に自覚してしまったのだ。


 消えた人の中には、当然、不自由な世界で、誠実に楽しく暮らしていた人たちの人生だって含まれてる。


「それなのに、私ばっかり、しあわせになってもいいのかなって思いました。師匠には『深く考えすぎずに今を楽しめばいい』って言われたんですけどね、でも、できなくて……。だって、私が未来を変えてしまったせいで、たくさんの人生を無差別に無かったことにしてしまったんです。跡形も残らず破壊してしまったんです」


 だけど、それとは別に、もっと多くの幸せな人生ってやつを、占い娘はつくったじゃないか。そっちは考えないで悪い方ばかりを気にして。不しあわせなものを自分と重ねて守りたがって。そんな、とんでもなく損な性格で。


 どうして世界の仕組みは、そんな風になっているんだ。どうしてこの世界は、占い娘に優しくないんだ。どうして、ただ一つの舞台で幸福の奪い合いをするように仕組まれているんだ。


「昼間、好史さんは、どうして水晶玉だけは例外なんだってききましたよね?」


「ああ。それだけ残すのは不自然だからな」


「ずっと水晶玉を持っていた理由は、好史さんや皆さんとの思い出を見るためでした。楽しかった時間の中で、懸命に世界を守るために戦った時のことを思い出すときは、自分がもたらした不幸のことを忘れていられました。そういう使い方だから、師匠も水晶玉を私から取り上げなかったのでしょうね……」


 占い娘は、俯きながら話を続ける。


「はじめのうちは、私がこの時代に来てから帰るまでの出来事を繰り返し見ていました。でも、そのうち、私が帰った後のことが気になりはじめました。正直に言うと、好史さんが氷雨さんと仲良くしている光景なんて、つらいから見たくはなかったんです。だけど、自分が二人をしあわせにしたんだって……一つでもしあわせを私が作れたんだって、思いたくて……」


 占い娘は、目のあたりをぬぐった。涙を拭いたのだろう。


「でも、二人のその後を見ていたら、二〇三一年に氷雨さんが若くして亡くなりました。幸せそうな時間は終わって、好史さんはその後、悲しみを受け入れて、ずっと独りで生きていきます。みんなを見送って、最後には本当に独りで……。だから、私、他ならぬ私の手で、好史さんを幸せにしてあげられたら。そういう風に……思ってですね……」


「占い娘ちゃん……」


「好史さんは、私を選んでくれませんでした」


「……そうだな」


 占い娘は、また涙を拭う。


「最初から、氷雨さんを助ける道を探せばよかった。どうして私は、それを考えなかったんでしょうか」


「俺は、占い娘のこと好きだが、妹みたいな存在だと思っていて、絶対に幸せになってほしいって、心から……」


 占い娘は、俺の言葉を遮った。


「――もう、何にも言わないでください」


 そして最後に発するのはまた、


「ごめんなさい」


 心からの謝罪。深々と、頭を下げて。


「もういいんだ。氷雨の死を受け入れられなかった未来の俺も、そうとう悪いやつなんだから。俺たち二人の、共犯だよ」


 占い娘は、顔を上げ、本当に悲しそうに、無理して微笑んだ。


「私は、氷雨さんを助けたいです」


「ああ、絶対に助けるぞ」


「……私を止めてくれて、本当にありがとうございます」




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