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ないチチびいき  作者: クロード・フィン・乳スキー
時空超越篇
29/80

第29話 時をかける3 未来を変えるということ

  ★


「嘘だろ……占い娘が……?」


「そうです。他に誰がいるんですか。まさか、自分自身が犯人だとでも思いましたか?」


「あ、ああ……もしかしたら、そうなんじゃないかってくらいには……」


「安心してください。氷雨さんを連れ去ったのは、本当に好史さんではありません。私が勝手にやったんです。私なんかじゃ好史さんを、これっぽっちも慰められないと思ったから……」


「十数年後の俺のために……この時代の俺のために、氷雨を連れ去ったってことか……」


 占い娘は、深く頷いた。


「氷雨さんが命を落としたすぐ後に、私が現れて、私が好史さんの苦しみを癒してあげられたら……。その役目を引き受けられたらいいなって思ったんです。


未来に帰る途中に、やり残したことがあるように思えて、それで、ちょうど氷雨さんが命を落とす年に縄づけしてあったので、そういう作戦を安易に思いついちゃって……。その縄づけを利用して、好史さんの未来を支えてあげられたらなって、思ってて……」


 占い娘は泣き出した。カップヤキソバに、落ちていく涙。


「私って、最低ですね」


 占い娘は深く深く、顔が全然見えなくなるくらい深く、真っ黒なフードをかぶった。


「……氷雨は、何で死ぬんだ?」


 占い娘は、しばらく黙った後、蚊の鳴くような小さな声で、こう言った。


「未来からの、呪いです」


「何だよ、それ」


「呪いをかけたのは、巨乳派です。といっても、もう巨乳派なんて存在しませんけどね」


「巨乳派って、あいつらか?」


「いえ、猫さんとガルテリオさんは違います。あれは巨乳派のなかの異端の一組織に過ぎません。もっと巨乳派の主流にいた悪の権力者です」


「そうか」


「好史さんにかけられている不死身の呪いも巨乳派がかけたもので、氷雨さんに対する呪いと二つでセットでした。好史さんが『貧乳になる銃』を乱射するのは、世界一の貧乳である氷雨さんが命を落とすことが原因だという話は以前したと思います」


「ああ」


「巨乳派は未来に起きた乱射事件をうけて、自分たちの覇権を盤石にするために、二人に呪いをかけたのです」


「ということは、俺にも氷雨にも、呪いが……?」


「はい。好史さんには事件を起こすまで死なないように自己治癒力を極限まで高める呪いをかけ、氷雨さんには、ある年齢を迎えると命を落とすように呪いをかけていました」


 呪いなんてもんをかけた連中を殴り飛ばしてやりたいと思った。だけど、巨乳派の黒猫や天海ガルテリオは呪いをかけた張本人ではないというし、呪いをかけた極悪人は、もうどこの時間にも存在していないのだという。


 未来が大きく変わって、戦乱や迫害や差別のある世界は消滅していたのだから。


 戦いの果てに改変され、平和になった未来は、平和であることだけは確実に約束されていて、もう過去に遡って歴史を改変するという発想自体が生まれない土壌になっている。みんなが平和な世界を幸せだと感じ、過去へ行く手段も残されていない。


 あとは占い娘が、平和未来を確定させるために水晶玉を捨てていれば、貧乳穏健派とやらの目指した予定通りの世界が得られたのだろう。


 だから、占い娘の独断は、未来の人々にとってかなりの異常事態なんだ。そして、もう未来の人たちにも止めることのできない蛮行だったのだ。


 占い娘一人だけが、過去へ降り立つ目的と手段を持っていた。


 それは、占い娘に対する俺の気持ちを確かめるためであり、氷雨と戦うためでもあった。


 結果は、わかりきっていた。


 俺は氷雨のことしか頭に無かったし、すでに亡き氷雨にすら占い娘は敗れた。そういうことだ。


 今後の占い娘の選択次第では、また未来が大きく書き換えられてしまう恐れだってある。


「お二人にかけられた呪いは、今、この瞬間も、はたらき続けています」


「その呪いってのは、解けないのか?」


「それは……」


「解けるんだろ? だって未来からの呪いなんだから、未来の技術で何とかなるんじゃないのか?」


「そう簡単にはいきません」


 無理だとは言わなかった。ということは、


「難しいけど、可能性はゼロじゃないんだな?」


 占い娘は、また黙り込んだ。そしてまた、ぽろぽろと涙を落していく。


「おい、占い娘。お前、まさか……」


「……なんで、気づいちゃうんですかね。普段はニブいのに、こんなときばかり鋭くて、気に入らないです」


「じゃあ、本当に、そうなのか?」


 ――助けられるかもしれない氷雨をみておきながら、何の手も打たず、見殺しにしたのか?


「ふざけるなよ……。巨乳派だけじゃない! 貧乳派も、占い娘もだ! 未来からやってきて、氷雨や俺に呪いをかけてメチャクチャにしやがって! お前らは平和になったんだから喜んでるかもしれない。


だけど、俺たち二人はどうなった? お前の話じゃ、呪われた氷雨がろくに幸せになれないまま死んでいったんだろ! 未来の俺は氷雨を守り切ることもできないまま一人残されたんだろ。それでお前らは平和でバンザイとか言ってるのか? そんなことって、あっていいのかよ! なあ?」


 彼女の口からは、答えが出てこなかった。


 かわりとばかりに、水晶玉が光を放ち、目の前に映像が流れだす。俺はベンチに座ったまま、ヤキソバも脇に置いたまま、その映像に見入った。


  ★


 二〇三一年の秋のことだ。


 突然、エプロン姿の氷雨が倒れた。育たなかった胸をおさえて倒れ、あわてて駆け寄った俺は取り乱し、抱きかかえ、半分パニックになりながらも病院に連れて行った。氷雨はそのまま目覚めなかった。原因不明だった。


 大勢が参列した葬式が終わった。喪主をつとめ切った大人の俺は、黒いネクタイを外し、控室の木の椅子に腰かけた。忙しい時間を終えて一息ついた時、思いきり泣き叫んだのだった。


 氷雨をなくした大人の俺は、それでも食料品販売店での接客の仕事を休むことなく、酒浸りにもならず、暴れず、やり過ごしていった。ただ何もない毎日を消化していた。


 ある日のこと、会社からの帰り道だった。目の前に黒いローブを着た占い娘が現れる。


 占い娘は、「お久しぶりです、好史さん」と言って、笑っていた。


 けれど、画面の中の俺は、大人になった占い娘に対して、それまでため込んでいた思いをぶちまけた。


 全身全霊の怒りを彼女にぶつけた。


「どうして氷雨を助けてくれなかったんだ! 何とかできたはずだろ! ここに現れたってことは、未来から見てたんだろ! 何で今さら現れるんだ! しかも、何で笑っていられるんだ! 氷雨が、氷雨が……死んじまったのに!」


「好史、さん……」


 想定していた反応と違っていたのだろう。占い娘は信じられないといった様子で呆然とした。


 それでも、占い娘は勇気を出す。


「だ、大丈夫です、好史さん。私がついています」


 そしたら大人の俺は、占い娘ちゃんの肩を乱暴に掴み、前後に揺すりながら、


「じゃあ、氷雨を生き返らせてくれよ。氷雨を連れてきてくれよ。氷雨との日々を返してくれよ! 氷雨……」


 占い娘は悲しそうに俯き、大平野好史は占い娘のぎりぎり貧乳と言えなくもないレベルまで育ってしまった胸に顔をうずめて号泣していた。


 時間が止まったかのような長い長い沈黙の後、占い娘は言う。


「わかりました……。氷雨さんを、連れてくればいいんですね?」


「できる……のか?」


「はい。ふしぎ未来グッズを使えば、そのくらいは可能なのです!」


「本当なのか? 本当に氷雨が戻ってくるんだな?」


「…………はい……実は、そのために、私は、ここに、来たんですよ……」


 それは、泣きそうなのを我慢するみたいな、途切れ途切れの声だった。


  ★


 占い娘は一人、和井喜々公園の砂浜エリアから、十数年前の過去世界へと向かう。水晶玉を取り出して球面を指でなぞり、過去への扉を開いた。


 夜の和井喜々学園の正門前に降り立った。


 映像の右下にあった時刻表示が一気に巻き戻って、八月三十日の夜八時で止まった。


 黒猫とガルテリオとの戦いの翌日、占い娘が未来に帰った日だ。


 水晶玉で比入氷雨の居場所を確認して、向かった先は本屋だった。しかも俺がよく行く本屋であり、氷雨の家からはだいぶ離れていた。


 占い娘は本屋に到着し、氷雨を発見した。


 氷雨は女性雑誌を立ち読みしていた。氷雨が雑誌に目を通しながらも落ち着かない様子でスマートフォンをちらちら確認しているのは、もしかしたら俺からの連絡を待っていたのだろうか。


 この後、俺が氷雨に電話を掛けるのが夜の十時ちょい前で、その時にはもう繋がらなくなっていたから、その二時間のうちに氷雨は連れ去られたことになる。


 占い娘は、少し、ためらいながらも、氷雨に接触した。


「あの氷雨さん。何を読んでるんですか?」


「え? えっと、あなたは……占い師匠さん? じゃないな、なんか違う」


「占い娘ですよ」


「え! ちょ! 半日で成長しすぎだろ! ていうか、あれ、ついさっき未来に帰ったはずじゃ……」


「そうです。でも、未来でまた問題が起きてしまったんです」


「何だよ問題って。あたしが手を貸せることか? 占い娘には世話になったからな。実は、何か恩返しできないかなって思ってたんだ。好史はさ、『俺たちが幸せになることが恩返しさ』とかカッコつけて言ってたけど、本当にそれでいいのかなって」


「……そうですね。氷雨さんが必要です」


 その声から、後ろめたい気持ちが伝わってくる。そりゃそうだ。騙して連れ去るんだから。


 喫茶店に場所を移し、そこで占い娘は、でっちあげた嘘まみれの事情説明をした。


 なんでも、十数年後の俺の家に、ある重要な荷物が届くのだという。しかし、その時はちょうど氷雨さんが今山夏姫と篠原こやのと三人で温泉旅行に行っていて、大平野好史も仕事で出かけている。荷物は返却され、生ものだったために日数が経過して廃棄されてしまった。


 この重要な荷物を大平野好史が受け取れなかったために、未来はまた狂いはじめ、今度は髪の毛が天然パーマの人が差別迫害を受ける未来になってしまうのだと語った。もちろん嘘だ。


 この大事な荷物とやらを受け取るために、氷雨さんには十数年後の好史の家に行き、ほんの数日でいいから留守番をしてほしいと。そんな簡単なお仕事だと。そういう名目で氷雨を未来へと連れ去ることにしたのだ。


 氷雨は薄い胸を叩いて、まかせろ、と言った。


 喫茶店は午後九時半で閉店となり、占い娘は、人通りの少ない遊歩道で未来への扉を開いた。


  ★


 日付はまた未来、二〇三一年に戻り、大人になった大平野好史の所に氷雨が連れて来られた。


 未来の俺は、小さな食料品販売店に勤めていた。実家を離れ、社宅として与えられたマンションの四〇四号室で、氷雨と二人暮らしをしていた。


 もっとも、この時はもう、氷雨がいなくなって一人暮らしになってしまった部屋だったけれど。


 疲れ切った顔をした俺は、玄関の扉を開けて占い娘を出迎えた。


 若かりし頃の氷雨の姿を見つけるや、目を見開いた。占い娘を押しのけて、何も言わずに抱きついた。


「え、こ、好史……か?」


「氷雨……ほんとうに、氷雨……なのか?」


 涙を流しながら抱きしめる大人の俺であったが、次の瞬間には、氷雨の貧乳に触ろうとして、顔面を殴られ、部屋の外まで吹っ飛ばされていた。


「お前は! 大人になっても全然変わらねえな!」


「ははっ、本当に氷雨だ! 俺の、比入氷雨なんだな!」


 それから、氷雨は大人の俺の部屋で暮らし始めた。


 仕事で忙しい俺のために、家事をすべてこなしていた。ガサツそうなイメージがあったんだが、意外に丁寧な仕事だった。貧乳学園の特待生として一人暮らしをしていたこともあったというし、その経験が活きたのだろう。


 氷雨は、暇な時間には、よく十数年後の未来を探検しに出かけた。占い娘の語った任務が嘘であることには、もう気付いていたようだが、普段は体験できない世界にときめいていた。


 未来のマンガを読んだり、未来のゲームをしたり、未来の音楽をききながら体を揺らしたり、部屋で一人で踊ったり。未来生活をそれなりに満喫していた。


 不規則に訪れる俺の休日には二人で出かけて、美味そうなディナーなどを楽しみ、未来の夜景を紹介されて目を輝かせたりしていた。


 大人の俺は、ひたすら氷雨に優しかったし、不自然なまでに紳士的な態度に終始していた。最初こそ貧乳に触れようとしたものの、映像の中では氷雨の肉体に触れようとしたのはその一度きりだった。


 ある日のこと、未来探検から帰った日に、氷雨は海外からの郵便があることに気付いた。


 ローマ字で書かれた差出人名を見ると、天海アキラと小川リオだった。


「あいつら、この時代になると二人して海外に行ってんのか!」と画面の中の氷雨と、画面の外の俺は、びっくりして声をそろえた。


 で、その手紙が、大平野好史あてだったものの、知り合いからの手紙だったものだから、うきうきと部屋に戻り、開封して中身を見た。


 ――突然。悲報。お悔やみ。安らかに。線香をあげに。奥様との思い出は。


 すぐに手紙を閉じた氷雨は、ひとりぼっちの部屋で静かに呟く。


「そっか。あたし、死ぬんだ」


 その日も、次の日も、また次の日も、氷雨は好史をそばで支え続けていた。


 自分の死の運命を知っても、苦悩する姿なんか一つも見せずに、大人の俺に尽くしてくれた。


 沈んでいた未来の俺に、どんどん笑顔が戻っていった。


  ★


 ある日、氷雨は占い娘を部屋に呼び出し、問いを投げかけた。


「あたしは、死ぬんだな? だから、死んだ未来のあたしのかわりに、あたしをだまして、ここに連れて来たんだろ?」


 占い娘は黙った。


「どうして死ぬんだ?」


「……私のせいで、巨乳派の呪いにかかったままだったからです」


「なんだよ、それ」


 占い娘は俯いて、そのまま、氷雨と目を合わせることなく語り出す。


「あの戦いが終わって、未来は約束されました。忌まわしい迫害の時代にだけは入らないように固定されたんです。悪意ある誰かが未来からやって来て過去を改悪しない限り、私たちの時代が平和になることは予定される世界を勝ち取ったんです。だけど、氷雨さんと好史さんには、呪いがかかったままでした」


「呪いなんて、身に覚えなんかないぞ。好史の不死身はともかくとして」


「氷雨さんへの呪いは、突然来るんです。二〇三一年の十月に」


「どうやっても避けられないのか?」


「『願いが叶うランプ』って、ありましたよね」


「たしか、巨乳好きの天海アキラってやつが、世界を巨乳にした時に使ったものだろ?」


「そうです、一度きりしか使えないもので、願い事を言った本人だけが願い事をキャンセルできるというものです。私たち貧乳派の切り札でした」


 氷雨は、なるほど、と頷いた。


「じゃあ、占い娘がそのランプを持って来ていたのは、それを使って、あたしたちへの呪いを解いてくれる予定だったんだな」


 小さく首を横に振った占い娘。


「それは、状況しだいでした」


「正直だな」


 氷雨は呆れたように軽く笑った。


「過去を改変するということは、簡単に言うと、『未来の奪い合い』なんです。自分たちの生きた世界が、知らぬ間に一瞬で改変されてしまうということに対して、不快感をおぼえたり、反発したりする人が多くいて、それは当然のことなんだと思います。


だから、本来、過去なんて変えない方がよくて、だけど戦いや迫害に明け暮れる世界に身を置いてる人が、理想の未来を奪い取るために必死になることを、否定してほしくはないんです」


「未来が変わると、それまであったはずの未来は、完全に置き換えられちまうのか? それとも完全に無くなっちまうのか? 構造としては、いくつもの時間軸が並行して存在していて、未来がいっぱいあるっていう、えっと、あれ、えーと、なんつったっけ、パラ……パラ……」


「パラレルワールドですか?」


「そう、それ。漫画とかドラマとかでよく見るからさ」


「確かに、見る角度によっては枝分かれして並行に走る世界に見える場合もあります。誰かが過去を改変しようとすると、未来が確定するまでの間、パラレルワールドと似たような状態になります。


でも、複数の世界がずっと未来まで存続するとか、そういう甘ったるい仕組みには、なっていません。過去が改変されると、改変された世界だけが残り、他の並行世界は、ゆるやかに消滅します」


「じゃあ、たとえばだよ、あたしがタイムマシンを使って過去に戻って、両親を結婚させないようにしたら、あたしは生まれないじゃん。そんでもって過去から自分の時代に帰って来たら、そん時、あたしには両親がいないことになるの?」


「ご両親は夫婦という関係以外で存在するかもしれませんが、氷雨さんとの関係が失われることになります。氷雨さんが家に帰ろうとしても、そこには違う家族が住んでいたり、誰もいなかったり……」


「そうか……。過去を変えたら、一人ぼっちになっちまうんだな」


「……………………」


 二人しばらく黙り込み、先に口を開いたのは占い娘だった。


 顔を上げることなく、俯いたまま話を続ける。


「重要でない個人の人生を変えても、世界の流れが大きく変わることはありません。大きな視点で見れば、未来を変えるというのは想像を絶するほどに大変な作業だからです。人間が何人か増えたり消えたりしたくらいでは簡単に動かないのです。『川で小魚が一匹か二匹くらい跳ねて、はいおしまい』という感じです。砂漠に一滴の水を落とすようなものです。重要なポイントをおさえて潮流をつくってしまえば、思いのほか好き勝手できるというわけです」


「重要なポイントか……。この間の、巨乳派との戦いで、好史もあたしも、重要じゃなくなったってことだよな」


「そうです。もう、好史さんは歴史に大きく関わることはなく、だからこそ、氷雨さんをこの時代に連れて来ることにしたんです」


「もといた十数年前の世界では、あたしは、どうなってるの?」


「いなくなっています。行方不明です」


「あたしが元いた世界で、好史はどうしてるんだ?」


「……ここに居ないというのが、答えなのではないですか」


 嘘つきの占い娘は、氷雨と目を合わせようとしなかった。


 氷雨を、何としてもこの世界に留まらせようとしていた。


 誰も迎えに来ませんよ、この世界で生きていってくださいと言っているのだ。


 俺が動かなければ、そのまま氷雨を失った世界は、選ばれることなく消えていた。そうしたら、氷雨はずっとこの世界で、死の瞬間を待つことになる。


 俺がこの世界に飛び込んだことの大きな意味は、新しい世界の選択肢を生み出したことだ。


 今、この世界には、二種類の俺がいる。ここにいる氷雨が行方不明になった世界の俺と、どこかにいる氷雨が行方不明にならなかった未来の俺だ。


 いずれ、どちらかが、かき消されてしまうのだろう。だが未来が選び取られるまで、それがどのくらいの期間かわからないけれど、そこに確かに、並行する二つの世界が重なり合って存在しているのだ。


 つまり、未来の改変が起きた時、収束されるまでの間、無限の可能性が存在しえるということだろう。


「何で、もう一人の好史はここに居ないんだ?」


「氷雨さんのこと、本当に好きだったら、今頃、どんな手を使ってでも迎えに来ているはずですよね」


「そっか」


 氷雨は、寂しそうに(うつむ)いた。


 嘘をついて連れ去り、彼女を追い詰め、留まらせようとする。罪に罪を重ねていって、後に引けなくなっているように見える。


 そして、氷雨は占い娘の言葉を簡単に信じてしまい、言うのだ。


「最低だな、好史のやつ」


 怒りの言葉を口にした氷雨を見て、占い娘はフードを整えた。


「あの日、私がランプを守れてさえいれば、呪いを解くのに使えて、こんなことには……ならなかったんじゃないかと……」


 すると氷雨は、占い娘をなぐさめるように、


「占い娘が悪いんじゃねえよ。過去へ行く技術なんてもんを誰かが編み出したから、めちゃくちゃになっちまったんだ。どう考えても占い娘のせいじゃない」


 こんな優しい言葉を、どんな気持ちで聞いていたのだろう。


 しばらく見ていると、やはり良心の呵責(かしゃく)に耐えきれなかったのだろう。占い娘は申し訳なさそうに、


「氷雨さん。だけど、私はそれを利用してしまったんです。私は、自分勝手な考えで……あの世界へ帰りたくなかったから……私に何の罪もないってことには、ならないんじゃないかと……」


「罪って……そんなことないでしょ……」


「いいえ、罪深いのです。今にして思えば、貧乳派と巨乳派なんていうのは、いわば『未来のために自分の世界を破壊したい派』と、『未来のために自分の世界を存続させたい派』とも言いかえることができます。どっちがどっちなのかといえば、結果からすれば私たちは破壊派だったんです。私たちは、口では世界の存続を願ったふりをして、ある地点から見れば重大な破壊活動を行っていたんです」


「じゃあ、もしかして、占い娘のいた時代の人たちは、もう……」


「そうです。消えたんです。何億……何兆……いや、もっともっとですね。数えきれないほどの大切な人生が、はじめから無かったことになりました」


「嘘でしょ……」


「過去の改変を目指す計画が立ち上げられた際、『そんなことできるわけがない』と主張する人々も多くいました。あまりの危険性から『やってはいけない』と反対する人々も多くいました。……その人たちも、皆消えちゃいました」


「消える……すさまじい話だな」


「はい。残ったのは、変化が起きた時代と同時代か、それ以前の時代で活動していた人たちだけです。ただ一つの未来の奪い合いだから、私たちも、敵も、ひどく残酷になっていたんです」


 占い娘は顔をあげて氷雨を見た。すぐにまた俯いた。


 時を自在に移動する力は、今やもう、神のような力であると言っても過言ではない。未来は上書きされるわけだから、時間改変者の意思が優先されてしまう。


 客観的に見れば、占い娘はまるで神様のような存在になっている。数多の命を奪い去った悪神だ。


 占い娘は氷雨に告げる。


「好史さんと氷雨さんへの呪いを解こうが、二人が若くして亡くなろうが、平和な未来は約束され続けていきます。……にもかかわらず、呪いを解かなかったのは……解かなかったのではなく、解けなかったのです」


 そう言って、占い娘は、フードを深く深くかぶった。


「どうしようもなかったんです……」


 こいつがフードをかぶる時っていうのは、申し訳なくて顔を合わせづらい時だ。だから、今の言葉の中にも、間違いなく嘘がある。


 どうにかする方法があったんだ。


 きっと何らかの方法で、呪いは解くことができるんだ。


 難しいものだとしても、可能性はゼロではなかった。


 そうじゃなかったら、占い娘はフードに手を触れたりしない。


 解ける呪いを、あえて放置した。


 氷雨は、「そっか。じゃあ、残りの人生を楽しまないとな」などと言って、占い娘に笑いかけた。悲しみを押し殺すような笑顔で。


「なあ、未来のあたしって、どういう感じだったんだ? ちゃんと女らしくなれてたか?」


「…………」


 占い娘は顔を上げることなく、ずっと俯いていた。


 重たい罪の意識があるんだ。氷雨を助ける方法を隠し、自分が氷雨の場所に落ち着こうとした。ただ、自分勝手な願望を叶えるためだけに、氷雨を、


 ――殺したんだ。


 自分のための道具として、役目が終わったとみなして助けなかった。動かなかった。見殺しにした。


 なにが平和系貧乳派だ。なにが穏健派組織だ。とんだ過激派じゃないか。


 考えてみれば、そりゃそうだ。


 占い娘が自分でも言っていたじゃないか。過去の改変なんて大胆な選択をしたのだから、その時点でひどく過激だ。


 俯いているんじゃねえ。顔を見せろ。


 どんな顔して今の氷雨の言葉を聞いたんだか、見せてみろ。


 許されない。他の誰が許しても、俺が許さない。


 こんなひどい顔で笑ってる氷雨を、俺が絶対に助け出してやる。




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