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ないチチびいき  作者: クロード・フィン・乳スキー
巨乳篇
26/80

第26話 貧乳巨乳戦争8 貧乳に戻る銃/さよなら占い娘ちゃん

  ★


 俺が目を覚ましたのは、氷雨の身体の上だった。


 残念なことに貧乳枕ではなかったが、彼女の膝の上だ。


 胸が小さいから、下から彼女の顔が見えている。


 氷雨は、俺が目を覚ましたのに気づいていないようで、俺の頭を一定のリズムで優しく撫でてくれていた。


 ぼんやりとした意識で周囲を見渡してみる。


 小川リオは倒れたままだった。篠原と夏姫ちゃんは、異常な事態が目の前で起こりすぎたためか、ボケッと突っ立っていた。


 動きがあったのは、花壇の前だ。


 そこでは、杖をもった茶髪の占い師匠と、巨乳派の一人と一匹がいる。あれほど屈強だった男は、もう占い師匠と戦えるだけの力は残っていない。黒猫は苦悶の表情で横たわっている。


「久しぶりねぇ」


 そう言ったのは占い師匠。アキラの父、天海ガルテリオに向かっての言葉だ。


「何だ、貴様は」


 と言いながら、ガルテリオは顔を逸らした。


 知り合いなのだろうか。


「久々に会う妻に向かって、どうなのよ、それ」


 ……妻?


 妻、と言ったぞ今。それが意味するのは、天海アキラのお父さんの奥さんということであり、要するにそれは……アキラの母親ってことじゃないか。


 言われてみれば、占い師匠とアキラは顔も声も似ている。


「何を言っておる! お前なんぞ妻なはずがない! 妻は死んだ!」


 占い師匠は呆れ果てた声を出した。


「あのねぇ。離婚しただけでしょ。勝手に殺さないでほしいんだけど」


 これは、どういうことなんだ?


 もしかしたら妻が出てったことを受け入れられなかった天海ガルテリオが、死別したということにして、現実逃避したということだろうか。


 他にも、考えられる可能性はいっぱいある。


 ――アキラを巨乳狂いに洗脳してコントロールするために嘘を吐いていた?


 ――まさか、本当に忘れている?


「ええい、このニセモノめ!」


「そもそも、離婚原因だってあなたが『最高の巨乳を探しに行く!』とか言い残してアキラを連れて出てったからでしょ!」


「そんな過去は、知らぬ! 存ぜぬ!」


 突っぱねるガルテリオ。


 そこで、セーラー服姿の男が、二人の会話を耳にして駆け寄っていった。


「親父。どういうことだ?」


 立派に育って女装しているアキラが、二人の妙な言い争いに割り込んでいったのだ。


 母を名乗る占い師匠は、平たい胸に自らの手を当てながら、言う。


「アキラ。あなたは私の子供なのよ。私は、あなたの母親」


「そんな、でも母親は死んじまったって、今までずっと親父に言われてて……」


「それ嘘なのよ。あなたはお父さんに操られているの! 巨乳を好きになるように洗脳されてもいるわ。さぁ、今こそ貧乳を守る優しいアキラへ戻るのよ!」


「そんな……そんなこと、簡単に受け入れることなんてできねぇよ。おれは今まで自分の意思で巨乳を愛してきたと思っていたのに、それが親父に操られた結果だなんて……」


「大丈夫よアキラ。あなたは貧乳を愛せる男だわ」


「お母さん……」


 しかし、父ガルテリオはアキラに向かって真剣な声で叫ぶ、


「待て、だまされるなアキラ! この母さんは偽者だ。巨乳じゃない母さんは母さんではない!」


 アキラは一瞬だけ迷いを浮かべた。

 しかし、すぐに振り払い、答えを出す。


 突然現れた母親の方を信じる――と。


「ていうか親父! 母親が死んだってウソだったんだな!」


「何度も言わせるなアキラよ! そいつは偽者だと言っているだろう!」


「いいや、本物だろ、だっておれに似てるもん。鏡見てるみたいだ」


 彼は「なぁ皆もそう思うだろ?」とでも言いたげに、周囲の人々に視線を送った。


 今山夏姫は、「アキラの母ちゃんキレイだなぁ」とか呟いている。


 篠原こやのは、「ご両親が変な人だからって自分の愛は揺るがないです。むしろモエます」と拳を握る。


 占い娘は、「師匠に子供がいたなんて」と言った後、ずっと口を半開きにしている。


 氷雨は俺の頭を撫でてくれている。


 小川リオは、いまだに倒れたままである。


 そしてアキラは、ついに洗脳から目覚めたようだ。


「そうか! そういうことだったんだ! 今までのおれは、本当のおれじゃなかった! おれは今まで巨乳にこだわりすぎだった! 貧乳もいけるんだ! どっちも愛せる男だったんだァ!」


「その通りよ、よくぞ答えに辿り着いたわね!」


 占い師匠は、以前見せた激しい性格が嘘のように、母親の顔になっていた。


 その表情だけでもう、俺の心は占い師匠のほうを信じると判断した。


 しかし、また邪魔が入る。


「それは違うでござる!」


 往生際の悪い猫だ。足を震わせながら起き上がって、アキラの導き出した答えを強く否定した。


「間違っているでござるぞ、天海アキラ。どっちでもいいなんて、ダメでござる。巨乳こそ女性の証でござる。優良で健康な女性は巨乳になるのが必然なのでござる。だから、世界から貧乳は無くすべきでござるッ!」


 ――健康な女子は巨乳。つまり貧乳は悪。


 なんてひどいことを言う猫だ。


 氷雨さんが猫の言葉にいらついたのか、俺の髪の毛をつかんで引っ張った。痛い。だが膝枕が終わってしまうのは嫌なので、耐えた。


 ふらふらの黒猫は、よろめきながらも続けて叫ぶ。


「貧乳なんて滅べばよいに決まってるのでござる! 貧乳と貧乳好きが世界から消えてなくなれば平和になるのでござる!」


 ひどい考え方だ。到底、受け入れられるわけがない。


 猫は続けて言う。


「全ての貧乳を滅ぼし、巨乳だけの世界を築くでござる! 貧乳は駆逐(くちく)すべきでござる!」


「その通りだ!」と天海ガルテリオが賛同する!


「親父? 何でそんな過激なヤツの言うことをきいて――」


「アキラ、よく考えろ! その女どもにだまされるな! かつてお前が望んだように、世界中すべての女が巨乳になれば、それはパラダイスなんだぞ!」


「やめろよ親父! 目を覚ましてくれ!」


「目を覚ますのは、貴様だ、アキラ! その母親を(かた)る女こそ、真の敵だ!」


 その野太い声を合図に、猫が残った体力を絞り出し、占い師匠を目がけて突進する。師匠は杖を構えた。


 その隙をつこうと、戦闘員ガルテリオは素早く移動する。暴力での解決のため、何と、気を失って倒れている体操服の女の子、小川リオに向かっていく。


「うおらああ!」叫んで、殴りかかった。


「やめろ! やめてくれ親父!」父の背中に向かって悲痛に叫ぶ。


「このド貧乳女が、アキラをたぶらかしたのだろう!」


 ガルテリオは飛び上がり、落下しながら加速して、音速の拳を振り下ろす。


 その時になってようやくリオちゃんを助けようと走ったアキラだが、これは間に合いそうもない。


 貧乳のピンチを救ったのは――。


 貧乳だった。


 ガルテリオは、殺す気で小川リオをぶん殴ったはずだった。だが、そこに彼女は居なかった。レンガの地面が粉々に砕かれただけだ。


 本物のリオちゃんは、そこから二十メートルほど離れたところで寝転がっていて、砕かれて落ちてきた小さなレンガの破片がぶつかって、「んぅ」と喉を鳴らしながら顔をしかめている。


「なに、残像だっただと?」


「残像というよりは、幻影ですね」


 そう言った占い娘の手の上では、水晶玉が光を放っている。


「私の咄嗟の判断で、偽物の小川ちゃんの映像を作り出しました。あなたは愚かにも錯覚し、その幻影を殴ろうとして何もないところを殴ったというわけです」


 それでも、ガルテリオはまた小川理央の姿に殴りかかる。


 アキラは憎しみさえこもったような声で、「親父!」と叫び、父親の蛮行を止めようとする。


 眠るリオちゃんを殴ろうとした拳は、空中に浮いていた雨粒をいくつか飛ばしただけで、またしてもリオちゃんには当たらない。


「親父! やめろ! やめてくれ!」


「目を覚ませアキラ。巨乳は良いものだ」


「目を覚ますのは親父の方だろ! 巨乳が良いってのが暴力の理由にならないだろ! 貧乳だからって理由で殴って良いわけがない!」


「おのれ貧乳を(かば)うところまで母親に似おって!」


 ふと遠くで、鈍い打撃音と「にゃあ」と猫の悲鳴。占い師匠が容赦ない杖の一撃で黒猫をやっつけた音だ。


 また、男は幻影を殴り散らす。


「ぬぅ! またかっ! どこだ! この憎い貧乳はどこにいる!」


 ガルテリオは周囲を見回し、水晶玉を光らせている黒ローブに気付く。


 男は占い娘をにらみつけて、


「貴様、何かやっているな!」


「ばれましたか」ぺろっと舌を出していた。


「うぉおおおおおおお! くたばれ貧乳派ぁああああ!」


 殴ろうと振り上げた拳。


 危ない、と思った。しかし大丈夫。


 占い娘もフッと消えた。実際は、どこか離れた安全な場所に居るのだ。


「これも幻か!」


「そうです、水晶玉さえ健在であれば、こういう戦い方ができるのです!」


 占い娘は七人に分身して見せた。黒いローブの貧乳娘が、まるでそれぞれがその場に居るみたいな質感をもって映し出される。


 しかも、それらは一つ一つが違う動きをしていて、どれが本物なのか、まるでわからない。どれも偽物なのかもしれない。


 ガルテリオは混乱し、動きを止めた。


 七人の占い娘が、次々にバトンタッチしながら言葉を発する。


「この男は、鍛え抜いた鋼の肉体に加え、未来の技術で強化されています。好史さんが与えたダメージで弱っているものの、人を殴り殺すだけの力はまだ残されています。ですが、この男には弱点があります! 私はさっきまで幻影を殴らせて攻撃時のデータを集め、水晶玉を用いて分析しました!」


 七人の占い娘が持つ水晶玉には、男の肉体をかたどった人体図が表示されており、その右の脇腹が点滅している。


「見えました。弱点! 肉体を強化する機械が、皮膚の下に埋め込まれています!」


 不意に氷雨が立ち上がった。


 俺は氷雨の膝から落ちて、また頭を打った。


 俺の愛する貧乳の氷雨さんは、俊敏な動きで男に接近する。もう胸は揺れない。


 隙だらけの男の背後をとることに成功した。


「おい、後ろだ」と氷雨。


「なにッ! しまった!」


 比入氷雨は、言葉を吐き出す。最初は囁くような声で、そしてだんだん強くなる声で。


「本当はさ、あたしの拳とか蹴りとかはさ、もう好史以外に使いたくないんだ。けど今回だけは――!」


 氷雨は強く強く、右の拳を握り締めた。


「さっきはよくも、あたしの貧乳を馬鹿にしてくれたな!」


 そして、ボディに渾身の一撃をお見舞いした。


 重たい一撃だ。


「ぐぉおおおおおッ!」


 巨乳派の男は脇腹を押さえ、膝をついた。


 意識を失い、地を揺らして倒れこんだ。


 占い娘が、「諦めなさい、巨乳派! あなたたちに勝ち目はありません!」と勝利宣言をして、ガルテリオは、それに反応することもできずに目を閉じた。


 完全に沈黙。肉体を強化するマシンも破壊された。


 猫も、さっきよりさらにボロ雑巾みたいになったあげく、師匠によって茶色い杖を向けられて、両前足の肉球を見せて降参を表明していた。


  ★


 十数分後。


 小川リオが目を覚まし、「あれ、ここは……」と言いながら起き上がった。


 俺もようやく動けるようになった。


 勝利報告を受けて、小川理央は言う。


「よかった。あんな人、許せないもんね」


 俺はといえば、ようやく身体が動くようになったので、占い娘のところへ向かった。それで氷雨が、少し不機嫌になったのを肌で感じながら。


 占い娘ちゃんは、再び黒ローブ姿になっていた。俺も占い娘から黒い布を借りているので、おそろいの服である。


 占い娘は申し訳なさそうにフードをかぶって、ヤキソバ頭を隠してしまっている。


 俺は、いつかのように、占い娘のフードを剝ぎとってやった。そして、


「よくやったな、占い娘ちゃん。なでなで」


「…………」


「あれ……どうしたんだ占い娘よ、ちょっと感触が変だぞ。なんつーか、こわばってる」


「いやその……さっきの、私を叩き潰そうとした大きな手が思い出されて、少しこわくてビクッとしちゃいました。へへへ」


「俺、そんなことをしちまったのか。ごめんな」


「いえ……こちらこそ、ごめんなさい。大丈夫です」


 さて、スポーツでは、試合終了の後に、一つ大きな儀式が待っている。


 それは、互いの健闘をたたえあうということ。


 この戦いがスポーツだったのかといえば、多くの貧乳と巨乳の命がかかっていたのだから、決してそんな甘っちょろいものではない。簡単に健闘をたたえあうなんてこと、できるはずもないと思う。


 けれど、少しでいい。


 今、互いを認め合う姿勢こそ、貧乳と巨乳には必要なのだ。


「行けよ、占い娘ちゃん」


「はい……」


 占い娘の背中を押した。遠くでうなだれている黒猫のほうに押してやった。


「黒猫さん。いろいろありましたが、もう一度、話し合いできませんか」


「むむぅ、口惜しいが我々、『世界巨乳化委員会』の完敗でござる。もう切ることのできるカードは一つも残っておらぬ。しかし……やはり貧乳が存在する限り世界に真の平和は訪れないでござろう」


 猫はそう言うが、うちの占い娘の意見は違っている。


「そんなことはありません。貧乳も巨乳も、本来は共存できていたはずなんです。この過去の世界に来て、そう思いませんでしたか? 貧乳も巨乳も、いっしょに授業を受けたりしている。貧乳用のブラが存在している。こんな貧乳と巨乳の理想的な関係を見て、何も感じませんでしたか?」


「…………」


「どこかで何かしら間違えば、貧乳と関係が深い人々は弾圧され、貧乳過激派が誕生して暴れ回るような、私たちの未来のような、恥ずかしい世界になってしまうんです。どうしてそういうことになってしまったのか、考えても無駄だとは思わずに、少し考えてみるべきなのです」


「…………」


「未来の歴史において、どこかで歯車が狂い、好史さんが貧乳銃を乱射して巨乳を貧乳にしてしまいました。大平野好史は巨乳を根絶やしにしようと目論んだということで、歴史に名を刻みました。その歴史的事実が貧乳弾圧の原因です。ならば過去を良い方向に改変すれば、生き地獄は無くなるのです。


貧乳であることと巨乳であること、そのことによって善とか悪とか、敵とか味方とか決めつけていたら、平和は幻想のままです。それでいいとは思えません。だから私は、歴史そのものを修正しに来たのです。


貧乳や巨乳という立場が、敵対を生むものであってはならないのです!


私は貧乳派であり、貧乳の友達ばかりですし、巨乳に対して良いイメージは皆無に近いです。そんな私が言ってもあまり説得力が無いのかもしれませんが、今お話ししたことが、本心だと自分では思っています。絶対に、胸の大きさが人の価値を決定するものであってはならないと思うのです」


 黒猫は黙ったまま考え込んでしまった。


 占い娘は、無言が続くのが嫌だったようで、ペンギンみたいな走り方で、俺のところに戻ってきた。


「好史さん。仕上げに、虚乳を貧乳に戻さねばなりません」


「おう、そうだな」


「アイ、テム、クリエィ、ション」


 占い娘は、いつもの軽やかな振付けでアイテムを生み出した。


「――貧乳に戻る銃」


 何も無かったところに淡い光と共に銃が出現する。


 四代目水晶玉で作り出した銃は、占い娘の手を経て、俺に手渡された。


 さっき氷雨相手に使ったものは、対氷雨専用の銃であり、一発使っただけで壊れてしまっていた。


「さあ、それでは最後の仕上げです!」


 占い娘は残っていた二人の偽巨乳のほうを指差した。


 そう、今山夏姫と篠原こやの。この期に及んでまだ大きな胸をぶら下げていた。


 ここで、自らの胸が元に戻ってしまうことを危惧した二人は逃走を試みた。示し合わせたように、それぞれ散って、別々の方向へと逃げていく。


「小川ちゃんは篠原を! 氷雨さんはナツキちゃんをお願いします! 好史さんは光線銃でやっちゃってください! あと師匠は見守っててください!」


 皆が占い娘ちゃんの指示通りにしっかりと動いた。


 小川ちゃんは、篠原こやのを担当して、羽交い絞めにした。


 氷雨さんは、今山夏姫を担当して、パワーにものをいわせて何とかした。


 捕らえられた二人を撃つため、俺はしっかりと銃を構える。


 師匠とアキラは、その光景をただ見守っていた。


 光線が、羽交い絞めされたビキニ姿の篠原と、無理矢理にうつ伏せスタイルで地面に押さえつけられたTシャツ短パンのナツキちゃんを、次々に射抜いた。


「いやぁあああ、ひんぬーになっちゃううううう!」


 大声で叫ぶ篠原と、


「胸バブルがはじけるぅううううう!」


 などとわけのわからないことを叫ぶ夏姫。


 ぎゃーぎゃー叫んでいる間にもう、二人の胸は急速にしぼみ、元の貧乳娘に戻ってゆく。


 俺は親指を立てた。


「グレート。素晴らしい貧乳だ」


 だが、その光景が気に入らなかった氷雨が、「好史。こっちみろ」と言ってきた。


 俺がおそるおそるを向くと、思わず理性が飛びそうになるほどの見事な、そりゃもう見事な貧乳様がいた!


 少し服がはだけていて、その隙間からチラリと見える貧乳が、貧乳が!


「氷雨! 最高の貧乳! 氷雨さんの貧乳!」


「そうだぞ、お前の大好きな、世界に一つしかない貧乳だ」


「元に戻ったんだな!」


「ああ。残念だったな好史。巨乳のうちなら揉むことできたのに、もう揉めなくなっちまったぞ」


「ふん、それがどうした」


「ちょっとは後悔してるんじゃないのか?」


「いいや、俺は貧乳じゃないと優しく触る気になれない」


「お前は……相変わらず死んだ方がいいレベルの変態だな」


「触っても――」


「しね、変態」


 俺の氷雨さんは、どこか嬉しそうにぽかぽかと殴ってくる。


「大丈夫だったか、俺の貧乳」


「違う、この貧乳はあたしのだ!」


「いいや、俺のだね!」


「くたばれ、この変態貧乳マニア!」


 そう言って俺を軽快に蹴り上げた氷雨さんは、俺が派手に空を飛ぶのを、とても嬉しそうに見つめていた。


 こうして、貧乳は見事に守られたのだった。


  ★


 別れの時だ。占い娘は、未来に帰ることになった。


 未来からの他の刺客たちも一緒だそうだ。希望にあふれる新世界となった未来で、幸せに暮らすのだという。


 ただし、天海アキラは未来の人間ではあるものの、この時代で育ったこともある。ひとりだけここに残るのだそうだ。


 出発の日、学園の隅にある花壇で、占い娘は土を集めていた。


「何してるんだ?」


 俺がたずねると、彼女は寂しそうに答えた。


「お墓をつくっているんです」


「ん? 誰のだ」


「水晶玉です」


「ああ、砕けたアレか。一応、未来道具だろ? 置いていっていいのか?」


「動きませんから問題ないです。他の道具も、今の好史さんなら信用できますので、そのまま置いて行きますよ」


「そうは言っても、もういらないんだよな、押し入れの貧乳ドールとか、正直かさばるし、引き取ってくれてもいいんだが」


「そうですねぇ、じゃあ、あれを私の娘だと思って可愛がってください。あれを見るたびに、私のことを思い出すといいです」


「……まるで呪いのアイテムだぜ」


「あっ、そういう言い方って、ないんじゃないですかね」


 そんな感じで、楽しく会話しながら二人で作業を進めていった。


 やがて、まるで巨乳みたいに二つの山が造られた。そこに木の棒を立てた占い娘は、「みんなを呼んできてください」と俺にお願いしてきた。


 占い娘の最後の頼みだ。よろこんで叶えよう。


 氷雨は懐かしそうに校舎を散歩していたので、胸に手を伸ばして骨を折られたあと、占い娘の待つ花壇に行くように伝えた。


 夏姫は氷雨のあとをこっそり()けていたので捕まえた。占い娘に渡したいものの準備をしていて、それを氷雨にも手伝ってもらうつもりだったらしい。


「そうだ。好史先輩も何か書きませんか? 占い娘ちゃんにあげるんですけど」


「これは……」


「色紙ですよ。寄せ書きです。クラスのみんなから、お別れのメッセージです」


「でもこれ、俺が書くスペースもなければ、氷雨が書き込むスペースさえも無いみたいだが?」


「言われてみれば、そうかもです」


 アキラは、リオちゃんと一緒に屋上の長いベンチに座っていた。同じ空を見ながら、三人分くらいの隙間をあけて隣合って座っていた。


 俺が、「なんだ、あの微妙な距離は」と呟くと、横にいた夏姫は、すこし湿っぽい視線を向けながら、小さく溜息を吐いた。


 占い娘のところに戻ると、彼女は、盛り上がった土の塊に語り掛けていた。


「犠牲は、あまりにも大きいものでした。しかし、あなたたちのおかげで貧乳は守られたのですよ。どうか天国でそれを誇りに思って下さい」


 そして黒髪は、立ち上がって振り返る。


 待っていましたとばかりに、今山夏姫は色紙を差し出した。


「占い娘ちゃん、これ」


 受け取ったはいいものの、しばらく何の意味があるのかと戸惑っていた。


 びっしりと書き込まれた文字を一字一字丁寧に読んでいくうちに、その意味に気付き、ぼろぼろと泣き出してしまった。


 嬉し涙のお別れだ。


「ありがとうございますナツキちゃん、ありがとう……」


「元気でね、占い娘ちゃん」


「はい、元気にします」


 占い娘は、止まらない涙はもう仕方ないのでそのままにして、顔を上げた。


「それでは、私は帰ります……。ナツキちゃん、篠原、小川ちゃん、アキラくん、好史さん、氷雨さん。皆さんと出会えて、私は幸せです。皆さんのことは一生忘れません」


 泣きながら笑って、彼女は言った。


 今山夏姫は、「元気でね」もう一度、とても寂しそうに声を掛けた。


 篠原こやのは、「またいつか、相談に乗ってください、占い娘先輩」と、らしくないことに、綺麗なお辞儀をしてみせた。


 小川リオは、「わたしたちは貧乳で繋がってるからね」と自分の胸に手を当てた。


 天海アキラは、「やっぱり、おれは巨乳が好きだけど、貧乳のことも好きになれると思う」と決意に満ちた目をしていた。


 比入氷雨は、「達者でな。何か困ったことあったらまた来いよ」と占い娘の手を握って、すぐに離した。


 俺は、「いい貧乳だな、占い娘ちゃん。大事にしろよ、その身体を」などと言って、親指を立てた。


 占い娘は微笑みを返すと、涙を拭って踵を返した。


 時空の裂け目と向き合った。


 この裂け目をくぐれば、きっと占い娘との永遠の別れとなることだろう。


 俺は、彼女が裂け目に手をかけるのを静かに見守っていた。


 色んなことがあった。氷雨との関係で俺を追い詰めたこともあったけど、根は優しくて可愛い妹みたいな女の子だった。


 ふと占い娘は、何かに気付いた様子で振り返った。


 その瞳は、俺を見ていた。


 占い娘は、急に駆け寄ってきて、「記念品です」と小声で囁くように言って、俺に小型の銃を渡してきた。


「これは……?」


「撃った人を貧乳に戻す銃です。好史さんにあげます」


「いいのか? こんなもん渡して、俺なんかを信じちまって。乱射しちまうかもしれんぞ」


「ひみつですよ? これは……いつか、私が……」


「ん?」


「……いえ、何でもないです」


 そう言ったきり、占い娘は黒ローブのフードを深くかぶった。


「たぶん、もう使う機会はないと思うが、ありがとうな」


 顔を上げ、哀しそうに笑ったのだった。


「皆さん、また会う日まで、さようなら!」


 仲間たちに見送られて、彼女は行く。


 花壇上にある時空の裂け目に飛び込んで、消えて行った。


「本当に、ありがとうな、占い娘ちゃん」


 氷雨が、俺の手を握ってきた。


 氷雨と二人で、幸せになろう。


 きっとそれこそが、占い娘も、心から望んでいることだから。



【時空超越篇につづく】

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