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ないチチびいき  作者: クロード・フィン・乳スキー
巨乳篇
25/80

第25話 貧乳巨乳戦争7 貧乳を取り戻すための光線銃

  ★


 どうやら俺は、みっともない姿をさらしたらしい。


「うがあああああああああ!」


 俺は叫び声を上げたようだ。


 そして、あれほど気に入っていたアロハシャツを自分の手でビリビリに破いた。


「なんだこれは」


 天海の父親の声など、この時の俺にはきこえていなかった。


 ただうっすらと、本当にうっすらと、断片的な記憶が残っている。


 最も焼き付いているのは、だんだん遠くなっていく地上から、心配そうに俺を見上げる氷雨の姿。


 みんなが逃げていく中で、ただ一人、しっかりと、みっともない俺の姿を見つめてくれていた。


 俺は、巨大化した。


  ★


 鼓動の音がする。リラックスした、静かな心音だ。


 目を開くと空が見えた。青空しか見えなかった。


 視界いっぱいに広がる青。雲ひとつない。


 少し視線を動かすと、緑色の金網フェンスが見えたので、学校の屋上だろう。


 ――ああそうか。今までのことは全部、おかしくなった俺の長い夢だったのか。


 考えてみれば、あまりに変なことが多すぎた。


 俺が殴られても死ななかったり、占い娘なんて変な女の子がいて、未来から来たと言い張って。


 貧乳学園なんていうパラダイスがあって。猫が喋ったりもして。


 普通に考えれば、そんなの、現実なわけがない。


 ……普通に考えれば。


 きっと夢だ。夢なんだ。


 ふと、後頭部に適度に柔らかい感触があることに気付く。枕にするには、ちょうどよい、ほどよく柔らか過ぎない感触だ。


 何だろうかと思い、触れてみたところ、「ひあ」という声が響いた。


 ぼやけた意識のまま起き上がって、今まで自分の頭があったところを見たら、氷雨が仰向けに寝転がっていた。


「やっと起きたか、好史」


 俺の愛する氷雨さんは、寝っ転がったまま、生意気そうな顔と声でそう言った。


 夢のはずなのに氷雨がいるなんて、不思議だ。


 だが今はそんなことよりも、俺が頭を置いていた部分には、何と氷雨さんの素晴らしき貧乳があったわけで。ということは、俺は氷雨さんの貧乳を枕にしていたわけで。そのことを自覚していなかったのが悔やまれるわけで。でも、氷雨の貧乳は目の前にあるのだ。今からでも遅くはない!


「あぁ、やっぱり氷雨の貧乳は最高ダァ! いまふたたびの貧乳枕ァ!」


 俺は叫んで、氷雨の貧乳に顔面から突っ込もうとする。


 しかし勢い良く起き上がった比入氷雨は、愛情あふれる突進を回避し、ごほうびに膝蹴りをくれた。


 俺の腹に激痛が走る!


「ぐはぁ!」


「この、変態が」


 そう言って、両手で胸をガードする姿が、素晴らしい。


 俺は片膝をつき、口の端を手の甲で拭う。手に血がついた。


「ふふ、変態、か。何とでも言うがいいさ。誰に何と(ののし)られようが、俺が氷雨の貧乳を好きなことは確かなのだから」


「まったく……好史は本当に貧乳が好きだな」


 呆れたように呟いてきたので、そこで俺は言ってやる。


「ああ、貧乳は素晴らしいものだ。愛していると言ってもいい」


「あたしとどっちが好きなんだ?」


 ――なるほど?

 ――氷雨の方が好きか、貧乳の方が好きか。


 氷雨と出会ってからというもの、何度もそれを考えてきた。そんなの選べるわけないのだ。どっちも好きだ。大好きだ。氷雨といえば貧乳で、貧乳といえば氷雨だ。


 貧乳を見ていると嬉しくなる。氷雨と一緒にいても嬉しくなる。


 待てよ……。


 だったら、これは……そうか。


 ついに俺は気が付いた。


「氷雨のことも好きで、貧乳のことも好きなら、お前という存在を二倍好きになれるってことじゃないか! そんな素晴らしいことが他にあるか!」


「よくわからないな。煙に巻かれた気がする」


「お前の想像以上に大好きってことだ!」


 氷雨は、「そっか」と、どうでもよさそうに言って、空を見上げた。


 俺も氷雨につられるようにして、空を見た。


 見上げた東の青空を、赤いドラゴンが飛んでいた。それを追いかけるように、四両編成の地下鉄車両が何故かシュポシュポと音を立てながら飛んでいく。


 その上、空には鮮明な虹がかかっていて、火山が盛大に噴火していて、葉巻型UFOまでビームを撒き散らしながら飛んでいる。不思議なのは、青空だったのに太陽がどこにも無いことだ。


 ……なんだ、夢か。


 がっくりと視線を落とした時、いつの間にかそこは学校の屋上じゃなくなっていた。


 砂浜だった。


 ソテツとかヤシとか、南国っぽい大きな植物が雑然と並んでいた。


 氷雨の姿も消えていた。どこに行ってしまったのか。


 黒い布が見えた。黒ローブを着ている女の子がいた。いつもより巨大な水晶玉を椅子代わりにして、ちょこんと座った占い娘ちゃんが、強めの風に吹かれている。


 なんとなく作り物っぽい砂浜で、クセの強い黒髪をなびかせながら、凪いだ海を見ていた。


 変な景色だと思った。


「占い娘ちゃん、何だこれは。何が夢だ。どこからどこまでが夢なんだ」


「それはそうと好史さん。私は、実は占い娘という名前ではないのです」


「ああ、知ってる。本名は秘密なんだろ?」


「おっぱいナシ美という名前です」


「え……うそだろ?」


「はい大嘘です」


 ニコニコ笑顔で彼女は言った。


 わけがわからなかった。


「それはそうと好史さん」


「何だ、占い娘ちゃん」


「私の占いでは、好史さんは幸せになれるのです」


「そうか。君の占いは、よく当たるからな」


 ゆっくりと、世界が白くなっていく。


 黒い服着た女の子の笑顔も、見えなくなる。


 ああ、やっぱりわからない。どこからどこまでが夢だったのか。


 まぁ、いいか。目を覚ませば、わかることだ。


  ★


 俺は、グロテスクに変身をした。


 その光景を、どこか俯瞰したような視点で見下ろしていた。魂が身体から離れてしまったのだろうか。


 筋肉が爆発的に肥大し、校舎三階ほどの高さにまでなった。


 世界最高の身長を手に入れた。もしも俺がまだ人間であると認めてもらえるならだけどな。


 この世のものとは思えない光景だった。


 誰もが驚きの声をあげる。


 小川リオはあまりの恐怖で気を失い、ほかの皆も氷雨を残して逃げていく。アキラと夏姫は悲鳴を上げて逃げ出し、占い娘ですら数歩あとずさった。


 篠原に至っては止まった世界で電話など通じないどころか画面さえ映らないというのに、逃げながらスマートフォンを取り出していた。反射的に執事に電話で助けを求めようと思ったのだろう。


 氷雨だけだ。その場から動かず、しっかりと俺を見つめてくれていたのは。


 ふしゅぅ、と俺らしきものが、息を吐いた。


 ――化け物。


 何とか人型を保っているが、歪な形のふくらみが身体のあちこちで形成されていて、禍々しさすら感じられる。


「おいおい、なんだこりゃあ!」


 ガルテリオは、黒猫の方を見た。


 猫も取り乱していた。尻尾まいて逃げながら、早口で、叫ぶように、


「こんなことが起きるなど! 大平野好史に施した不死身の術式が大暴走を起こし、肉体を巨大化させるなど……! よもや、それほどまでに小娘の貧乳を愛してござったいうのか、この男は!」


 猫は逃げ腰だ。しかし、ガルテリオには戦闘員としてのプライドがある。一度は距離を取りながらも戦いの姿勢を崩してはいなかった。


「ふはは、見た目ばかり大きくなったからといって、本当の強さを得たわけではあるまい。それはつまり、貧乳だったはずの胸に肉がくっついただけの、まがい物のボインのようにな!」


「待て、天海よ!」


 ガルテリオは止まらない。猫の制止の声を握りつぶし、巨大化した怪物に向かって行った。


 腰の入った渾身の右ストレート。大きくなった俺の膝近くの肉にめり込んだ拳。


 手ごたえを感じている表情だった。


 しかし、その時の暴走状態の大平野好史は全く痛がる様子もなく、まがまがしく()れた顔面で、男を見下ろした。


 ならばとガルテリオは、得意の音速蹴りを繰り出した。


 効かない。


 巨大な俺は、足先で軽くガルテリオを蹴飛ばした。


「うぐあ!」


 屈強なはずの男は、スピンしながら吹っ飛んだ。地面のレンガをひっぺがし、樹齢百年は越えていそうな大木にぶつかって、樹皮を(えぐ)り取った。


 化け物は、「うをおおおおオオオオオオ――――――――!」と雄たけびを上げる。


 くぐもっていて、エコーのかかった俺の声が、灰色の空に響き渡る。


「氷雨のォ、貧乳をォ……返せぇエエ――――――――!!」


 びりびりと世界を振動させる大声だった。


 猫は怯えてその黒い身体を震わせた。


「何という剥き出しの欲望でござるか……。これは……勝てぬッ!」


 猫の後ろで、ガルテリオが、「クッ」と声を漏らしながら立ち上がった。鍛え抜かれた肉体は、見かけ倒しではなかった。


 あれほど派手に吹っ飛んだのにまだ立ち上がれるとは。それでも、やはり立ち上がるまでが精一杯で、もう歩くことさえままならない。


 猫は悔しそうに、


「ぐぅ、学園の乗っ取りを、こんな形で阻止されるとは不覚でござる」


 そう呟いて、壁にあいた穴から外へ出ようと駆け出した。


 が、もはや巨乳派の悪運は尽きている。黒猫の思い通りにはならない。


 巨大な俺が、進行方向に手を落とし、脱出を阻止した。


「ひンぬゥゥウ~」


 体の芯から恐怖を感じるようなエコーのかかった低い声を響かせながら、怯える猫を掴み上げる。


 持ち上げ、そのまま握りつぶそうと締め上げていく。ギャアと悲鳴を上げる猫。


「わかった! わかったでござる! 比入氷雨の肉体固定は解除する! だから、放してくれでござる!」


 命乞い。しかし、もう我を忘れた俺の耳には、猫の声は全く届いていない。


 ぶん投げた。


 猫は、時が止まった世界の雨粒を弾き飛ばしながら高速で飛び、よろよろと立ちあがった男の方へとマッハで飛んでいく。そして、ガルテリオの割れた腹筋に激突して止まった。


「ごふぁ!」


 男の口から勢いよく吐かれた血が、地面に勢いよく広がった。


 猫は完全に沈黙し、男の方も意識はあるものの、さすがに戦える状態ではなくなった。


 ぐったりしている。


 異常な強さだ。これは本当に俺なのか?


「すごい、すごいです好史さん!」


 占い娘が嬉々(きき)とした声を出した。俺は、声のする方を見下ろした。


 殺意のこもった瞳のままで。


 肥大した手の平が、占い娘の頭上を覆う。


 彼女の頭でも撫でてやるつもりなのか。いや絶対に違う。


 この恐ろしい目つきは、占い娘のことも敵だと思って……。


「好史! めをさませ!」


 氷雨の声。でも心に響かない。


 おおきな手の平は、まっすぐ占い娘に落とされる。その勢いは、やはり頭を撫でるとか、ぽんぽんと優しく叩くとか、そういう生ぬるい速度では全然なかった。


「占い娘! 避けろォ!」


 叫んだ氷雨の巨乳が揺れる。それが視界に入ったようで、大平野好史はガチャガチャになって噛み合わなくなった歯を食いしばり、攻撃する手にさらに力を込めた。


 悲鳴。


 轟音。


 ()ぜるレンガの地面。


 粉々になって舞う赤い粒。


 霧のように砂ぼこりが立ちこめ、その中から二人の女の子が()い出てきた。


 ――いや、違う。よくみると、片方は女子のセーラー服を着た男だ。


「大丈夫?」


 天海アキラだ。


 ぎりぎりのところで占い娘に飛びついて助けてくれたのだ。今まで女装野郎とか(ののし)ってごめん。


 さらに砂のカーテンが晴れてくると、もう一人活躍してくれたやつがいることがわかる。


 だらしなくブラウスの胸を膨張させた氷雨もまた、命がけで、身を(てい)して、俺の手が落ちるコースを変えてくれていた。俺の手の真横で、肩をおさえながら片膝をついていた。


「あ、ありが――」


 占い娘は言いかけたが、俺は、しゃべってる暇など与えなかった。


 すぐさま追撃の蹴りが襲った。ぼこぼこと腫れた足を引き、キックの準備動作を開始している。爪先で何もかもを蹴飛ばそうとしているようだ。


 絶体絶命だ。


 氷雨は足がしびれて動けない。占い娘の鈍足では逃げられない。たとえ誰か動けたとしても、全員が助かることは無理に思えた。


 諦めるしかなかった。


 さもなくば祈るしかなかった。何か奇跡のようなものが起きることを。


 そう簡単に通じるものか。


 世の中ってのは無情なものだ。


 やり直しのきかないことがいっぱいあるんだ。


 けれども、それは起きた。


 決して偶然ではない。


 約束されたものではなかったが、見事にぎりぎりのタイミングに、彼女は現われた。


 疲れ果てた世界を一刀両断する、体力満タンの声。


 その女性としては少し低めの声は、占い娘の声ではなく、比入氷雨でもなく、小川理央でも、今山夏姫でも、篠原こやのでもなく、執事の森田の落ち着いた男の声でもなく、かといって猫のものでもない。ガルテリオの声でなどあるはずもなく、少し似てはいるものの天海アキラの声でもなかった。


「――よし! やっと着いたァ!」


 校舎そばの花壇の上。地面から二メートルほどの高さにある空間が、カーテンの隙間のように切り裂かれており、その裂け目の奥から人間が出てきた。


 波打った長い茶髪を強風になびかせ、占い娘と同じような黒いローブを(まと)っている長身の影。


 貧乳であった。


 花壇の上に華麗なる着地を決め、咲き乱れる色とりどりの花たちを踏み荒らした。うっかり踏み荒らしたことも気にせずに、さっそくあいさつ代わりの一撃を見舞う。


 勢いよく杖を振るった。


 揺れるロングの波打つ茶髪とスレンダーな体型。


 それは、かつて俺たちを窮地に追い込んだ貧乳女だった。


 そう、占い師匠だ。


 また強い風が吹く。自慢の茶色い杖からは光の弾が発射される。


 赤、黄、オレンジ。色とりどりの光たちは、灰色の世界を横切って、弧を描いて飛んでいく。


 光の弾は、巨人のふくらはぎに直撃し、派手に爆発した。


 軸足の安定を失った巨人は仰向けに倒れた。大きな桜の木に背中から突っ込んだ。ばきばきと緑をたくわえた枝が、赤い地面におちていく。


 よかった。本当によかった。


 俺の手も、俺の足も、誰の命も奪わなかった。


 誰かの血で汚れてなかった。


「占い娘ちゃん。ひどいことになっているわね。まさか『傘型タイムストッパー』を使う事態になるなんて、驚いたわよ。この止まった時空間に介入するのに手間取ったけどね、まだ事態は収拾してないってことでいい?」


「ええ師匠、大変なんです。でも師匠が来ることは占いでわかってましたから、別にそれほどのピンチではなかったです」


 占い師匠は、弟子の中華麺みたいな頭をくしゃくしゃと激しく撫で、


「嘘だよね?」


「テヘヘ、ばれちゃいましたか」


「……さて、仕切り直しだよ。可愛い弟子よ、よくききな」


「ハイ! 何でしょうか!」


「この状況は、比入氷雨を貧乳に戻すことで好転するはずだ」


「私もそう思います」


「じゃあ、一番楽ちんな解決方法は、『願いが叶うランプ』を使うこと。あんたも知っての通り、あのランプは、願いを言った本人が望めば、一度だけ願いを取り下げることができる。だから、願いを言った子を捕まえて、もう一回ランプを使わせれば肉体固定の効果は巻き戻されて、簡単に……」


 その話は初耳だ。


 占い娘はそんなこと、一言も言っていなかった。


「…………」


 占い娘は、何もない地面に視線を送り、口を半開きにした。


 占い師匠は驚きと呆れを半々に混ぜたような表情で、


「おいまさか、その機能のこと忘れてたとか言うんじゃないだろうね?」


「いやぁ……」


「つーか使ったランプは持ってきてるんだろうね?」


「ど、どうですかね……」


 持ってきていなかった。使われた現場に放置されっぱなしだ。


 占い師匠は地球を一周して戻ってきそうな勢いの、非常に深い溜息を吐いた。


「もういいわ。とにかく、これを受け取りなさい!」


 占い師匠は、何やら丸いものを弟子に手渡した。


 光沢があり、透明だ。それは、見覚えのある美しい球体だった。


「師匠、これまさか、私のために?」


「新しい水晶玉、持ってきたわよ」


 占い娘の表情が、これまで見たことのない咲き方をした。


 本当に嬉しそうに目をきらきらさせて、水晶玉を頭上にかかげた!


「テッテレー!!」


 師匠は、任せたよと言って、倒れた巨乳派、一人と一匹のもとへと歩いていく。


 占い娘が任された大仕事は、俺の暴走を止めること。


 水晶玉の機能は実に多い。未来を垣間見ることができ、高速演算機能による各種の占いも可能だ。電話やメール、さまざまなジャンルのゲーム。プロジェクター機能もある。その他にも数え上げればきりがないほどの機能が搭載された万能型の未来道具。


 万能であって全能ではないけれど、この状況を覆すだけの能力は間違いなくある。


 デリケートすぎてすぐに壊れることが玉にきずである。


「さあ、いきましょうか、四代目!」


 水晶玉は、持ち主の手の中で二度ほど光った。まるで「よろしく」と挨拶してるかのようだ。


「へい水晶玉ちゃん! この事態を何とかするには、どうすればいいですか!」


 占い娘は水晶玉にたずねたが、特に返事は無かった。水晶玉との会話機能は未搭載だからだ。けれども占い娘は、誰にきかなくとも、もう答えを出していた。


 解決に至る道筋を、何十通りも考え抜いていた。


 水晶玉があるだけで、それほどまでに作戦の幅が広がるのだ。


 右手で水晶玉を持ち、左手をかざしたり、指で叩いたりして操作する。


 小さな画面が、水晶玉の横にいくつもポップアップする。


 ひときわ強く光を放つようになった。


 だらしなく膨張してしまった俺が、まちを揺らしながら、むくりと起き上がった。そして立ち上がろうとする。


 ぼこぼこに腫れ上がった顔を占い娘に向けていた。


 あまりにひどく腫れあがっているため表情はわからない。


 巨大な俺は我を忘れ、駄々をこねるように学園を破壊しはじめた。体育館も、校舎も、見境なしに殴り散らかし、蹴り散らかした。


 空から瓦礫が降ってくる。


 占い娘は、一つ大きく息を吐く。


「とても悲しいですが、仕方のないことです」


 この意味深な呟きを耳にした比入氷雨は、慌てた様子で、


「お、おい、占い娘。まさか、好史を殺すとか……そういうんじゃ……」


「そんな残念な展開にさせてたまるものですか。誰一人として、不幸にさせるものですか」


「そうか。よかった」


「それでは、いざ光線銃です。光線銃……スペシャルエディションを!」


 占い娘は、「アイ!」と言って頭上に水晶玉を掲げる。ぴんと伸ばした両肘。「テム!」その肘を勢いよく曲げ、ちっちゃな胸の前まで水晶玉をもってくる。「クリエェエイ!」その場でくるくる三回転。以前より多くまわって、「ション!」肘を痛めるんじゃないかって勢いで、前方に水晶玉を突き出した。


「――あらゆる呪いを突き破り、氷雨さんの貧乳を取り戻すためだけの光線銃!」


 周囲は激しい光に包まれた。


 まぶしい光の球が空中に浮かびあがり、皆はあわてて目をつぶる。巨大になった俺もひるんだ。光の中心から、夜空が動くスピードのような遅さで、真っ青な光線銃が降ってきた。


 このシンプルで青い銃の引き金を引いて、氷雨に光線を浴びせれば、彼女は元の貧乳を取り戻す。


 氷雨に貧乳が戻った光景を見れば、俺の暴走はおさまる。占い娘は、そう考えたのだ。


 暴走原因の根本を正すことによって、あるべき姿に引き戻す。


 鍵は氷雨の貧乳だ。


 貧乳銃スペシャルエディションを掴み取り、しっかりと構える。


 左手に水晶玉。右手に貧乳銃。


 標的にまっすぐ向ける。


「好史さん! よく見ていてください! 今から氷雨さんの胸を、元に!」


「グオォォォォォッォ――――――――」


 我を忘れて叫び続ける巨大な俺。破壊をやめる気配はない。氷雨が貧乳じゃなくなったから、世界すべてを滅ぼしたいと本気で思っているのだ。


 振り上げた両腕を地面に叩きつけると、地面が蜘蛛の巣状に割れ、学園を中心に地盤沈下が起きた。激しい揺れが、占い娘と氷雨を襲う。


「氷雨さん、覚悟はいいですか?」


「……もちろんだ。あたしは貧乳がいい」


「その言葉、好史さんの意識がある時に、きかせてあげたかったです」


 占い娘は引き金を引いた。


 真っ青な光が、稲妻のようにギザギザした模様を描いて氷雨に向かって飛んでいく。


 氷雨の胸の前で、見えない壁にぶつかったかのように止まった。


 これが、肉体固定の術による強固なシールドだ。


 占い娘は、歯をくいしばって、押し込むような動きを見せた。


 喉の奥を鳴らしながら、険しい顔で引き金を引き続ける。


 光と風がほとばしる。


 流れる汗。鋭い眼光。水晶玉を空中に固定して浮かせ、空いた手を銃に添える。


 全身全霊。力を込める。


 やがて――


 突破。


 ほとばしる青い光が、氷雨の大きすぎる胸の真ん中に突き刺さり、深く深く染み込んでいく。


 光の熱でブラウスの胸の部分を焼き消していく。


 少し苦しそうな氷雨のうめき声がする。


 数秒して、氷雨の胸が、ゆっくりとしぼみ始めた。


 やがて残されたのは、大きく胸元があいてしまったブラウス。そして、ほんの僅かな膨らみの胸。


 戻った。氷雨の貧乳がかえってきた。


「あぁ、これで好史は、ちゃんとあたしを見てくれるかな……」


「もちろんです。ほら、好史さんを見てください」


 占い娘は、黒ローブから伸びた短い人差し指で、愚かな男をゆびさした。


 俺の肉体は、愛する氷雨さんの貧乳を目にした途端に、一つ泣き叫ぶように声を絞り上げ、みるみるうちにしぼみはじめた。


 元の大きさに戻った。


 恥ずかしいことに、俺の服は破片しか残っていなくて、もうほぼ全裸状態。そこで占い娘が、いそいそと黒いローブを脱いで、俺の丸めた背中に掛けてくれていた。膝までを隠すことができて、ありがたかった。


 俺の肉体は、意識が無かったはずなのに、よろよろと氷雨のそばまで歩いていた。


 そして、悲しみなのか喜びなのか安堵なのか、さっぱり判断がつかないような涙を流し、比入氷雨を抱きしめたのだ。


 二人の胸と胸が、触れている。


 氷雨のほうも、俺の背中に手を回し、ぎゅっとして、優しく耳元で囁いた。


「よかった。元に、戻ってくれて」


 力が抜けた俺の膝がガクンと折れて、崩れ落ちそうになった。


 支えようとした氷雨だったが、ブラウスに俺の顎が引っかかり、ずるずると布が下がっていく。そして、ほんの一瞬だけ、小さな小さなお胸様が丸見えになってしまった。一瞬すぎて、よく見えなかったけど。


「ちょ、ちょ、ば、ばかぁ」


 恥ずかしそうに頬を赤らめながら突き飛ばし、俺は倒れて頭を打った。ぼろぼろのブラウスを持ち上げた氷雨さんは、とても可愛らしい。


 占い娘は、空中に浮いていた水晶玉を手に取ると、にっこりと笑って、こう言った。


「好史さんと氷雨さんは、本当にお似合いだと思います」


 その笑顔を最後に、俺の視界はゆっくりと、白に塗りつぶされていった。




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