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ないチチびいき  作者: クロード・フィン・乳スキー
巨乳篇
19/80

第19話 貧乳巨乳戦争1 未来の奪い合い

 なにゆえ世界中の女性の胸が巨乳になってしまったのか。


 その謎を解くために、占い娘は、いつかのように映像を見せてくれた。


 ひび割れた水晶玉から発せられた光が、壁面に四角い画面を形成し、映像が動き始める。


 映像の右下には日付と時刻が表示されており、八月二十九日の昼間、つまり、世界から成人貧乳女性が居なくなる直前。ついさっきの出来事が記録されていた。


 占い娘は商店街を歩いていた。


 文房具屋、薬局、コンビニ、豆腐屋など、さまざまな店舗が軒を連ねている商店街を、うれしそうな面持ちでテクテク歩いている。


 大事そうに抱えているのは、新品の水晶玉である。


 本職は黒ずくめの占い娘であり、未来から改変しにやってきたヤキソバ娘であるが、この時は夏服の制服に身を包んでいた。


 どうやら、新しく買った水晶玉を取りに出かけていて、その帰りのようだ。


「三代目」


 占い娘はペットの子犬に話しかけるように、小声で水晶玉に語りかけた。


「一代目も二代目も砕けてしまいましたが、あなたが来てくれて嬉しいです。傷一つなく透き通った姿が爽やかでかわいらしいです。これからいっぱいナデナデしてあげますからね」


 そうしてしばらく、人がまばらな八月の繁華街を歩いていると、そこに黒い野良猫が、突然現れた。


 黒猫は躍り上がり、水晶に激突した。


 真新しい水晶は彼女の手から零れ落ちた。慌ててキャッチしようとした小さな手の間をすり抜けた。真夏の灼熱アスファルトで無残な姿を晒す結果になった。悲劇だ。


 どす黒い猫は何事も無かったかのように歩き去って行く。


 占い娘は呆然として、尻尾を揺らしながら優雅に歩く猫を見送るしかできなかった。


 しばらくすると感情を取り戻したかのように、瞳に悲しみと怒りの色を交互に浮かべた。最終的には悲しみが勝って、涙ぐんだ。


「ぐぬぬ、陰謀です。あれは何者かが私に差し向けた猫さんですね。でもいいです。私は心の広い占い娘なので許してあげます」


 そんなことをブツブツと呟きながら、彼女はアスファルト上で煌く水晶玉の残骸をかき集め、セロハンテープで素早く応急措置を施したのだった。


 水晶玉は、未来を垣間見ることさえできるほどの最強アイテムなのだが、こうも傷だらけになってしまっては、ひどく機能が制限されることだろう。


「水晶玉ちゃん……」


 と、感情が何度かループして、あらためて落ち込んでいたところ、先刻の黒猫が再びやって来た。


「そっかぁ。謝りに来たんだね。いい子だね。おいでおいで」


 猫の顔に手を伸ばす。


「わぁ、何をするんですか! 猫さん!」


 再びあらわれた猫は、今度は占い娘が肩にかけていた軽くて黒いカバンを奪い去っていった。


 おそらく、まだ夏休みだから、下校途中でもカバンが軽かったのだろう。


 ぼろぼろの水晶玉を抱え、慌てた様子で街を駆ける。ペンギンみたいな走り方を続ける占い娘は、亀のように鈍足だった。


 青ざめた顔。だらだらと汗をかいて、何度か転びそうになりながらも走り続けていた。


 あまりにも必死だった。猫に奪われるほど軽いカバンの中に、それほど重要なものが入っていたのだろうか。


 たとえば、何かの未来グッズとか。


 なるほど、未来グッズを奪われたとなれば、この慌てぶりも理解できる。


 戦いの果てに未来を平和にできたとはいっても、未来道具を誰かに使われたら、また未来が悪い方向に変化する恐れがあるというのは、察しの悪い俺にもわかる話。


 そこで、ある疑惑が浮かび上がる。


 ――もしかして、氷雨の貧乳がああなったのって、ここで占い娘がカバンを奪われたせいなんじゃ……。


 ペンギンダッシュをしていた占い娘は、思いついた顔をして立ち止まった。そして水晶玉に目を落とす。


「ああ、先回りをすればいいじゃないですか。カバンの位置情報は私の水晶玉に映って――」


 そう言ってすぐに、真っ青になって、真っ青な空を仰いだ。


 どうやらツギハギの水晶玉では、求める機能が使えなかったらしい。


 しばし空を見たまま硬直していた占い娘だったが、携帯電話がクラシックなメロディを奏でたことで我に返った。


 スカートから携帯を取り出し、ディスプレイに表示された電話番号を見て、首をかしげながら通話ボタンを押した。


『あ、もしもし。カバンを拾ったんだけど、これ占い娘ちゃんのだよね』


 この電話越しの声には、聞き覚えがあった。


 占い娘は震えた声で、


「天海アキラくん! 今、どこに居ますか?」


『通学路にあるコンビニの前だけど、どうする、このカバン』


「待っててください、今とりに行きます! 決して中身を見てはいけません。絶対ですよ。絶対に開けてはいけないですからね! くれぐれもですよ!」


 彼女は通話を終了すると、一瞬だけ安堵した顔を見せ、駆けていった。


  ★


 画面が切り替わり、住宅街の中のコンビニを映し出した。


 コンビニの前では、女装した男が突っ立っていた。


 このときは、まだカバンを拾っていないようだ。右下の時刻を見ると、切り替わる瞬間よりも少しだけ巻き戻っている。


 天海アキラは見た感じ美人であり、女よりも女っぽい所作をマスターした男である。聞いた話では、父親の都合で借金を返すバクチゲームに巻き込まれ、女子高での生活を強いられているのだという。


 俺としては、天海アキラのことは全く嫌いじゃないが、極上の貧乳女子たちに囲まれているにもかかわらず、ちっとも嬉しがっていないことについては、絶対に許せないと思う。一週間でいいから立場を交換してくれと言いたい。


 いや一週間は欲張りすぎか。たった一度でいいから、女のふりして貧乳学園のみなさんと一緒に着替えたり、プールで戯れたりしたい!


 それはもう、外側から貧乳社会を味わうのとは、全く違ったよろこびがあるに違いない。


 さて、アキラが携帯を片手でいじくりながら突っ立っていたところ、アキラの背中にに黒い物体が激突した。それは占い娘からカバンを奪っていった猫だった。


 首輪をつけていない黒い野良猫は、ぶつかった拍子にカバンを落とし、一目散に逃げていった。


 どうも怪しい猫だ。


 アキラは、「え、何?」と呟いた後、ぽつんと残されたカバンを発見した。


「これは……占い娘ちゃんのカバンかな。一人だけ勝手に黒く塗ったカバンを使ってるから、間違いないと思うけど」


 女子高生姿の男は、その推測を確かなものにするために、カバンを開けた。そこには、初代水晶玉ちゃんと二代目の位牌があった。


 一代目は五月に俺に投げつけたことによって壊れ、二代目は師匠の攻撃によって崩れ、そして三代目もあっという間に壊れかけ。三代目の位牌も用意せねばならないだろう。


「怪しすぎる! これは明らかに占い娘ちゃんのだ」


 そして女装男は、占い娘に電話を掛けた。


『決して中身を見てはいけません。絶対ですよ。絶対に開けてはいけないですからね! くれぐれもですよ!』という声とともに通話が終了した時、天海アキラは暴挙に出た。


「ごめん、もう開けちゃったよ。でも、あんなに必死に言うってことは、なにか恥ずかしいものでも入ってるのかな」


 よーし見てやれ。とばかりに腕まくりし、カバンの中に手を伸ばした。


 そして取り出したのは――。


 これは……いわゆる、魔法のランプというやつだろうか。


 アラジン的なお話で見かけるような、急須のような形状をした魔法のランプは、黄金色に輝いている。


 アキラは、おもむろにランプをこすった。ホワホワモクモクと出てきたのは白煙。


 やがて白い煙は人の形を成す。


『やあ、ワタシはランプの精だよ。キミの願いを一つだけ叶えよう』


 まさにおとぎ話の秘宝のようであった。ランプの精霊に願えば、どんな願いでも叶えてくれるという。その封印が解かれてしまったというわけか。


「おれの願い?」


 女装男は不思議そうにしながらも、考え込んだ。


 そうして、しばらく考え抜いて出したのが、ひどく傲慢で欲にまみれた後先考えない最低最悪な答え。


「――世界中の女性を、巨乳にしてください!」


『よかろう』


 こうして、ただ一度の願いは叶えられ、役目を終えた白煙は、青い空に吸い込まれるように霧散した。


  ★


 占い娘が三分もかからずコンビニの前に躍り出た時。


 最悪なことに天海アキラが願い事を告げているところだった。


 ――世界中の女性を、巨乳にしてください。


 彼女は絶望の色を込めた目で、アキラが願いを告げる場面を目撃した。


 彼女の素晴らしかった貧相なおっぱいが、突如として風船が膨らむがごとくボワボワと膨張した。下着がバチンと弾けるように破れる音がした。


 占い娘は巨乳になってしまった。


 彼女だけではない。


 道行く女性という女性が、みな突然巨乳になってしまう地獄絵図が展開されていた。中には服が破けてしまって、胸を押さえて膝をつく女の人の姿もあった。


 占い娘の身体からは、がっくりと力が抜け、クソ熱いであろうアスファルト上に両膝をつき、そして、うつぶせスタイルで力なく倒れてしまった。


 手放したボロボロの水晶玉がコロコロと転がり、それでも持ち主のもとへ戻ってきて、占い娘の鼻先で静かに止まった。


 雨の中、平たい胸のままの天海アキラは戸惑いながら、彼女を起こした。


「占い娘ちゃん、何が起きたの?」


 黒いローブ越しにでもわかるくらい豊かになってしまった彼女の胸を凝視する。ひどいセクハラだ。


「天海アキラ。あなたのせいで、世界中の女性が全員巨乳になってしまいました。今山夏姫も、小川理央も、篠原こやのも、私も、そして比入氷雨も」


 占い娘は、カバンから光線銃を取り出した。その銃口を自らの巨大な胸に押し当て、引き金を引いた。


 アキラはその急な行動に驚いたが、彼女は自傷したわけではなかった。


 この銃は人を殺傷することは出来ない銃。ただ、貧乳の胸を、あるべき姿に戻すことができる銃なのだという。


 大きくなっていたFカップほどの胸部は光線銃のおかげで一気にしぼみ、元のAカップにカムバックした。


 彼女の水晶玉は異音を立てたり、激しく振動したりして、早くも壊れかけだったものの、いくつかの機能は問題なく動いているようだ。どうやらこのタイミングで俺の居場所を探索したらしい。


 街をがむしゃらに走っている青い光をしばらく目で追い、やがて雨の中を走り出す。


 今度こそ先回りしようと考えたのだろう。


 占い娘が動いたのをみて、そばに居たアキラも一緒について行った。


 やがて占い娘は足を止め、俺の通る道で立ち止まった。


 待ち伏せの場所に予測通り現れた俺は、予想以上に混乱していた。


 そりゃそうだろ。俺の大好きな氷雨さんの貧乳が、ノーブラ巨乳になってしまっていたのだから。


  ★


 ダイジェスト映像を見て、犯人を知った。


 さっきアキラを逃がしたことを心から後悔した。どうあっても、あの女装男に責任をとらさなければならない。


 占い娘は申し訳なさそうに口を開く。


「私が好史さんや氷雨さんと接触したように、巨乳派も水面下で工作活動をしていたのです。その結果としてあらわれたのが、この状況」


「じゃあアキラは、占い娘ちゃんの敵……巨乳派の人間だったのか?」


「いいえ、直接的には違うと思います。私は、いつも学園で彼と接していましたし、未来のデータベースを見ても、怪しい人間関係は無いと確認できました。でも、未来データベースだって、万全ではありません。未来は変化しているのですから。……今になって思えば、彼の巨乳以外を女と認めない姿勢は、少し異常過ぎたように思えます」


「つまり、巨乳派に利用されていたってことか?」


 占い娘は静かに頷いた。


「ありえます。おそらく偶然ではないのでしょう。私たちとアキラくんとの出会いすら、誰かに仕組まれたことだったのかもしれません。そもそも、彼の父親がバクチで負けて、仕方なく和井喜々学園に入ったという話ですが、今考えると怪しいです」


 息子をバクチの材料にするなんて狂った親父だと言っていた。その時のアキラは、本当に嘆いているようにしか見えなかった。


 アキラが嘘を吐いていないなら、怪しいのは、あいつの父親とやらか。


「その、父親の様子を見ることはできるか?」


「いえ、データベースの情報から、アキラくんの父親がテルオという名前であることまでしかわかりません。水晶玉でみようと思っても防がれてしまいます」


「テルオが黒幕か」


「わかりません。でも気付けなかった私のせいです」


「そんなこと……」


 そのあとの言葉を、俺は飲み込むしかなかった。お前のせいじゃ無いって言ってやりたかった。


 だけど、それは無理だ。


 だって占い娘が猫にカバンを奪われさえしなければ、このような巨乳だらけの地獄は避けられたはずなのだから。


「私、失敗ばかりですね。自分で自分が情けないです」


「あまり、自分を責め過ぎるなよ」


 心にもなく優しく言ってやったが、占い娘は反省をやめない。


「本当に失敗ばっかりです。好史さんと氷雨さんの出会いを阻止しようとして失敗して、その次は、好史さんと氷雨さんを引き離そうとして失敗して、師匠の命令を無視したばっかりに、氷雨さんを攻撃することもできずに失敗して。そして今度は世界中を巨乳にさせてしまうという、あまりにひどい大失敗をして……こんな、取り返しのつかない大失敗を……」


「失敗ばかりじゃない。成功したこともあっただろ? お前は、俺に『貧乳パラダイス』や『貧乳ドール』をプレゼントしてくれた。そのおかげで、氷雨のことが好きだって気付いて、認めることができた」


「あれだって、気付かせる目的で与えたんじゃないです。好史さんに氷雨さんのことを忘れさせるために与えたんです。暗黒の心の産物なんです」


「だけど、ほら、結果を見てみろよ。今、俺は氷雨の貧乳がだらしない姿になってしまったってのに、絶望まではしてない。そりゃ、ちょっと走り出したくなっちまったけど、正気を保ってる。ひどい暴走もしてないだろ?」


 それはきっと、まだ元に戻せる可能性があると思っているからだ。


 占い娘ちゃんの不思議未来グッズに期待しているんだ。


「でも、貧乳の未来は……また……」


 相変わらず、空からは大きな雨粒が落ちてきている。


「私が油断した結果です。物事が全て解決して、みんなしあわせに丸くおさまって、全てがうまくいっているような錯覚に陥ってしまって。その愚かな油断で、最悪の状況が生まれたのだと思います」


「最悪ったって、どう最悪なんだ?」


 あまり聞きたくはなかった。だけど、聞かなきゃいけないと思った。俺にできることなら何でもしてやりたい。それはきっと、氷雨の貧乳を取り戻すことにも繋がると予感できたから。


 占い娘は潤んだ瞳で俺の目を見て、こう言った。


「このままでは貧乳派過激系テロリストが暴れまわる未来が訪れます。以前は、好史さんが暴れた事件がきっかけとなりました。でも、今はもう、それよりも大きな事件が起きる世界になりました。好史さんが暴れなくても、他の貧乳好きが各地で暴れ回ります。貧乳が一人もいなくなったのですから、当然です」


「そんな……」


「好史さんが氷雨さんの貧乳以外も好きになったことで未来が良い方向に変わったはずでした。貧乳も巨乳も、仲良く手を取り合って暮らせる世界が生まれたはずでした。しかし、それはまだ、完璧に約束されたものではなかったのです。水晶玉の計算によれば……この先は、泥沼の世界大戦です。私がここに来る前よりも、もっとずっと最悪な未来に……」


「ばかな……」


「思えば、私たちが未来を改変できたのだから、私たちの理想を阻止する連中がいるのは自然ですね。あろうことか私は、そんな当たり前のことを考えもせず、好史さんと比入氷雨にちょっかいを出したり、今山夏姫ちゃんたちと楽しく学園生活なんぞをしていました。だから、この厳しい状況は盲目な罪深い私への、罰だと思うのです」


「どうにかできないのか?」


「方法は一つ。過去を悪い方向へ導こうとしている誰かを突き止めて改心させるのです」


「巨乳派っていう連中だな?」


 占い娘は深く頷いて、強い口調で、言うのだ。


「まだ元に戻せるチャンスがあります」


 その言葉が聞きたかった。


「本当だな? やはり氷雨の貧乳は、戻るんだな?」


「はい、そのためには好史さん。あなたの協力が必要なのです」


「望むところだ! 戻すぞ。ひどい未来を、あるべき優しい姿へ――」



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