第18話 何だか愛せない氷雨さんの巨乳
占い娘は、未来からやって来た女の子だという。大抵いつも黒いローブに身を包んでいる彼女は、未来において貧乳であることを理由に差別を受けていた。
なんとも可哀想なことだが、その解決のために俺と氷雨を仲違いさせようとしたことについては、ふざけやがってと言うしかない。
ただ、占い娘によると、未来における貧乳差別は、どうも俺のせいらしかった。
なんでも俺が氷雨の貧乳をうしなったショックで、光線銃大乱射の大暴れしたというのだ。その歴史的事件がきっかけで、貧乳および貧乳好きは犯罪者扱いされるようになっちまった。文字通り、俺が貧乳差別の引き金を引いたというわけで。
要するに、氷雨の貧乳が俺のブレーキをぶっ壊してしまうということだな。
だからこそ、占い娘は、俺が氷雨とくっつかないように妨害ばかりを繰り返した。
けれども、俺は負けなかった。氷雨への真の愛に気付いた俺は、占い娘の妨害にもめげず、いろんな人の力を借りて氷雨と仲直りの握手を果たしたのだ。そんな俺のひたむきな愛には、恋路を邪魔する存在だったはずの占い娘までもが手のひら返しで祝福してくれるほどであった。
そう、俺たちは乗り越えた。力を合わせて未来を変えてやった。
大海を渡る大逃亡の果てに、貧乳の未来は良い方向に舵が切られたのだ。
愛の力で。
だから、そう。
――俺は氷雨の貧乳を愛しているし、氷雨のことも愛している。
そのことに気付かせてくれた占い娘に対して、何ら負の感情は抱いていない。
大いに感謝しているくらいだ。
争うつもりなんて、これっぽっちも無い。
貧乳ってのは、だいたい平らなもんだろう。そして平和って言葉にも、「平」って文字が入っている。そういう平らなものを愛する俺が誰かと争うなんて、なかなか考えられないことだぜ。
まぁ何を置いてもさ、『貧乳』ってのが一番大切で――いや違うな。どうにも自己洗脳が解け切れなくて困るぜ。
一番大切なのは貧乳じゃない。
『平和』ってのが一番大切で、恋人に殴られたり蹴られたり飛ばされたり、すぐに傷がふさがったりしながらも、そういうあったかい世界に身を置き続けられる俺は、しあわせなんだと思っていた。
俺の愛する比入氷雨の貧乳が、あんなことになるまではね。
★
八月二十九日。
学校の屋上、夏休みも終わりに近付いたもののまだまだホットな日差しが照りつける八月の青空の下、貧乳の比入氷雨と俺、大平野好史が居た。
先日、互いの気持ちを確かめ合って、めでたく付き合うことになった俺たちは、とても清い交際をしていた。
二人で、どこそこに出かけようだとか、どこそこのラーメン屋が美味かっただとか、へぇ誰と行ったのかな、だとか、いやえっとその浮気ではないぜ……、だとか、そういう会話を交わしていた。
「今日もお前の貧乳は最高だなあ」
誤魔化すようにそう言って、俺は最高の彼女の貧乳に手を伸ばしたんだ。
「さわんな、しね変態」
そう言われて阻止されて、いつものようにかっ飛ばされて、もう血だらけ。
「氷雨! ちょっとは手加減しやがれ。殴られるのは痛いんだよ」
「じゃあ胸を触ろうとなんかしなけりゃいいだろ」
「それは出来ない相談だ。お前の貧乳に一刻も早く手を触れたい」
また手を伸ばす。まだ触ったことの無い素晴らしい氷雨の貧乳に。
「だから、触んなっての!」
「ぐはぁ!」
俺は強力な一打でノックアウトされて、でもすぐに立ち上がる。どれだけひどい怪我をしても、すぐに治る身体を持っているのだ。
「ていうかさぁ、あんたまたイヌからやり直しだって言ったけど、語尾にワンつけるの忘れてるぞ」
「そんなの男のプライドが……」
「あぁ? プライドが何?」
にらみつけられた俺は、「許さないワン」と小さく吠える。
「ミルクティ飲みたいなぁ」
「実は既に用意してありますワン」
「ふぅん。プライドが許さないとか言っておいて、素晴らしいイヌっぷりね」
「どうぞ、ホットミルクティですワン」
俺は氷雨に缶ミルクティを見せつける。
「季節を考えやがれド畜生。ていうかどこに売ってたのよ、この時季に」
「わざわざ缶ミルクティを熱湯につけ込んで温めたんだワン!」
「嫌がらせかあ!」
「げふぅ!」
こういう感じで、ちょっとした反抗を時折織り交ぜていくのが、最近の俺のスタイル。
それでも氷雨は、「ったく……」とか苦々しいトーンで呟きながらも、俺の用意したホットミルクティのプルタブを引いてくれた。
二人で一緒に空を眺めながら話をして、時折ふざけたことを言って、暴力を振るわれる。
いつも通りだった。いちゃいちゃしてる、とでも言うのだろうか。他人からは少々異常だと思われるような普段のやりとり。
こうやって、いつも通りになったじゃれ合いを繰り返し、やがて俺は氷雨と結ばれ、幸せになれるものだと思っていた。
でも……。
突然だった。大した前触れも無かったように思う。
いやどうだろうな。前触れは本当はあったのかもしれないが、その時の俺には気づきようがなかった。
あまりに突然のことに、俺は大いに目を疑った。これ以上ないくらい目を疑った。
目の前に居た氷雨さんの様子が、とにかくおかしかったから。
氷雨さんは相変わらずの格調高い貧乳オーラなのだ。それはずっと変わっていない。俺の大好きな貧乳オーラだ。
なのに、どういうわけか胸が平たくない。膨らんでいる。
膨らんでいる?
ああ、膨らんでいる確かに。
貧乳じゃない。巨乳だ。
巨乳?
氷雨さんが巨乳?
どう見ても巨乳になってしまった。
それも、俺の見ている間に突然変化したのだ。突如として胸がふくらみを開始して、下着のホックが弾け飛んだ音がして、ブラウスがはちきれそうになっていやらしい感じの格好になるほど。一気に成長を遂げてしまった。
一体何事だろうか。本当に一体何が起きたんだろうか。
かまぼこ板だったはずのその胸に、どこからか飛来したかまぼこがくっついたみたいなこの異常現象は何だ!
俺は「氷雨、お前、それは……」などと小さな声で呟きながら彼女の変わり果てたおっぱいに手を伸ばした。
しかし、そのふくらみに触れる前に腕をつかまれた。
「おい、何だこの手は」と氷雨。
「この胸が偽物であることを触って確かめなくては」
信じたくなかった。嘘の胸だと確かめたかった。ちゃんと嘘だと確かめなければ……。
俺は殴られ、二メートルほど吹っ飛んだ。
殴った瞬間に胸がブルンブルン揺れたのが見えた。
いやだ。
ありえない。
うそだ。
なんなんだ。
彼女が巨乳になってしまった。
貧乳オーラはそのままなのに、何故か貧乳ではない。
氷雨さんの貧乳はどこに?
倒れる俺を見下ろしながら目の前に立つ女性。この氷雨の顔をした巨乳は本当に氷雨なのか。
本物の比入氷雨だと思う。俺が彼女の貧乳オーラを他の誰かのものと勘違いすることは絶対に有り得ない。確信をもって言える。
永遠に巨乳になるはずがない貧乳のはずなのに。
何だこの世界は。
俺は殴られた箇所をおさえつつ立ち上がってあらためてまじまじと彼女を見つめた。
壊れてしまった貧乳仕様のブラジャーをブラウスの胸のあたりに手を突っ込んでスルスルと取り出していた彼女は、戸惑いながらも突然怒り出して、
「何見てんだよ、潰すぞ」
とかって不良口調。
やはりいつもの氷雨のように見える。
でも、巨乳。
どうみても巨乳。
ふっくら御椀型巨乳。
ノーブラ巨乳。
何で巨乳?
どうして巨乳?
忌まわしきその巨乳は一体何だ?
まったくもって氷雨さんに相応しくないクソみたいな巨乳は!
……巨乳って一体何だ?
大混乱だ。
「む、虫さされか? その腫れ物は」
虫にさされたのならば、いずれは元に戻るはずだ。何なら虫さされに抜群に効く未来の薬とかを持っているから、それでも塗りたくれば治るのではないか。
「虫? いや、そういうわけじゃないと思うけども。かゆみとか痛みとかないし」
彼女はそう言って、自分の胸をもみもみしていた。
どう見ても本物のその胸を。
最低の気分だ。そんなものを見せつけられたくはない。
「お前が貧乳じゃなくなったというのなら、俺はどうすればいい!」
「え、どうって……やっぱ、あたしが巨乳になったらお前はあたしのこと嫌いになるのか?」
「くっ、わからねぇ……」
俺は苦しげに呟き、左膝を地につけた。右手で自らの頭を押さえた。
強く目を閉じる。目をあけた時に、世界が元に戻ることを心から祈りながら。
嫌いになるつもりなどない。
絶対にない。
だが、心の準備が全くできていない。
いきなり貧乳から巨乳になってしまうなど。
まして、氷雨の貧乳が!
信じられない。信じたくない!
ただ再び目を開き見上げた場所には、やはり巨乳な女の子。
「氷雨、俺を殴ってくれ。本当にお前が巨乳になってしまったのか確かめたい。もし夢なら、お前ほどの暴力女に殴られたら覚めるはずだ」
「誰が暴力女だぁ!」
パシンと頬を張られた。
「もっと」
「こうか!」
ドゴンと腰の入った拳によって腹を殴られた。いつものように肋骨がトんだ。すぐに治った。
「もっと強く!」
「変態かお前は!」
頭部へのハイキックによってメコンと頭蓋骨がへこんだ。すぐに治った。
「もっと、もっと強くだ!」
そして俺は、
「ぐほぁああ!」
いつもより大きな放物線を描き、校庭に落下した。
少しの間、気を失ったようだが、すぐに意識を取り戻してしまう。
「夢じゃ、ないんだな……」
俺が校庭に大の字を描きながらながら呟いたちょうどその時、さっきまでの青空が嘘のように雨が降り始めた。
大粒の雨が、俺の体を打ちつける。
「おい、大丈夫か?」と氷雨。
屋上から校庭まで、傘もささずに駆け足でやって来た氷雨さん。心配そうにのぞきこんできた。
前傾したことと、服が濡れてスケスケになったことによって、巨乳が見えた。それはどう見ても本物で、お前の方が大丈夫かって感じだ。
陰謀で、巨乳になる薬でも誰かに塗られたのだろうか。
だとしたら、裁判を待つまでもなく有罪だ。
俺が裁いてやる。地の果てまでも追い詰めて裁いてやるぞ。
「氷雨、お前は何でそんなことになっちまったんだ」
「さあ……」
原因不明。じゃあ治しようがないじゃないか。
「貧乳……」
俺は力なく呟き、涙を流すしかできなかった。
強く、強く、雨が打ち続ける。
氷雨はかける言葉が見つからなくなったようで、落ち込んだ俺を抱きしめようとした。そんな優しい行動は、初めてのことだ。だけど、俺の体にその柔らかすぎる巨乳が触れた時、絶望的な気分に包まれた。
俺は、氷雨が好きなわけで、何で氷雨を好きになったかといえば、貧乳だったからで、巨乳な氷雨はもはや氷雨じゃないわけで――いや、そんなことを思ってはいけないとは思うけれども、どうしても受け入れられない。
俺は人生最大の難局に直面している。
こんな世界の突然すぎる大改変を受け入れることなんて、到底できない。
俺は変わったんだと思っていた。成長したんだと思っていた。
貧乳と同じかそれ以上に、氷雨のことが好きになれたんだと思っていた。
ほんの数日前の確信だった。
こうも短時間で打ち砕かれるとは思わなかった。
そう簡単に人間は変われるものではないのかもしれない。
知らず知らず自分にかけていた「貧乳好きであれ」という洗脳は、しぶとく残っていたのだ。
気付けば俺は、氷雨を思い切り突き飛ばして、
「うわぁああああああああああああああああ――――――――!!」
他の生徒の目なんか気にすることなく叫びながら、学校の外へと駆け出した。
走った。雨の中をひたすら。
周囲の風景は住宅街になり、やがて繁華街になった。
走っているうちに、あるトンデモナイこと事に気付いて、はたと立ち止まる。
「嘘だ……」
街に居る人間が、ことごとく巨乳なのだ。貧乳娘が一人たりとも見当たらない。
まるで浦島太郎にでもなってしまったような感覚だ。
自分だけが周囲から取り残され、変わってしまった世界に迷い込んでしまったかのようで、強い眩暈がした。
「貧乳……貧乳はどこだ……」
すると目の前に、黒いローブを纏った小さな女の子が現れた。
「ヘイ、好史さん、お久しぶりです」
雨に打たれて濡れながら立っていた。
その女は、なかなかの貧乳をしていた。ヒビの入った水晶玉を持っていた。フードつきの黒ローブを纏ってはいたがフードはしていなかった。髪がびしょびしょだ。身長は小さくて、くせの強い系の髪は肩までくらいの長さで中華麺のごとくちぢれていて、雨に濡れて頬にぴったり貼りついていたりして、そう、それは、何度も会ったことのある女の子。
占い娘だった。
およそ一週間ぶりの彼女を見て、俺は安心していた。
貧乳は絶滅したわけじゃなかったと思ったからだ。まだ、希望はあるのだと思った。
「おぉぉ、貧乳……貧乳……」
さらに、隣にはもう一人、貧乳に見える人間がいた。華奢で、とても可憐だ。
だが、それは貧乳ではない。平たい胸をしていても、決して貧乳と呼べるものではない。貧乳とそうでないものを見分けることのできる特殊な目を持った俺にはわかる。こいつは男だ。女子のセーラー服を着ているが、貧乳ではない。男だ。
「なんだ、アキラか」
男でありながら、貧乳娘が集められた素晴らしい女子高に通っている巨乳好きである。S級の貧乳女子たちに囲まれた贅沢な学園生活を送りながらも全然喜んでいない。俺が貧乳学園に初めて訪問した時に出会い、親切に学園への秘密の入り口を教えてくれたのが、この天海アキラだった。
占い娘は、俺がアキラと挨拶を交わそうとしたところに割り込んできて、
「それはそうと好史さんに頼みがあります」
「この異常事態についての頼みか?」
「はい……。もうお気づきのことかと存じますが、世界中の女性がすべて巨乳になってしまいました。貧乳になるはずの子供たちも将来的に百パーセント巨乳になってしまうという、狂った世界になってしまいました。どういうことだか、わかりますね?」
未来が、また悪い方向に変わってしまったということだろう。
天海アキラにとっての天国に。
俺、大平野好史にとっての地獄に。
「普通じゃなくて自然じゃない世界です」と占い娘。
「女の子は皆、巨乳に憧れるはず」
突然、アキラが偏った意見を放ったが、
「ばかいえ。貧乳も居なきゃ巨乳だって輝かないだろ」
反射的にこの世の真理で切り返す。
「わからない人ですね、巨乳じゃなきゃ女じゃないんですよ!」
「ふざけんな、それは貧乳迫害だ! 貧乳は世界を平和にするんだぞ!」
「何を頭のおかしいことを」
「それ以前に女装男のくせによ!」
「おれだってねぇ、したくて女装してるわけじゃないよ!」
そこに、また占い娘が割り込んできて、
「そうなんです好史さん。アキラくんの気持ちも考えてあげないとダメですよ。父子家庭のアキラくんは借金があって、その返済のために貧乳だらけの女子高に通うことになったんです。もしも男だとバレたら人生おしまいなんですよ」
「あ……ごめんな。出会ったときに言ってたっけ」
忘れていたことを誠に申し訳なく思って言ったのだが、次の占い娘の言葉で気が変わった。
「――でも好史さん、世界中の女性を巨乳にした犯人は、このアキラくんですけどね」
「ぶん殴っていいな?」
「そうですね、整った顔が台無しになるくらいぼっこぼこにしてやりたいですけど、そんなことをしてる場合でもないんです。一刻も早く世界を元に戻さねばなりません。世界の人々、主に貧乳を隠れて溺愛する方々が、巨乳だらけの異常な世界になってしまったことに気付く前に」
「そうしなかったら、どうなるんだ?」
「そんなの考えてる暇はないです」
占い娘の瞳には確かな光があって、輝きにあふれていた。強い決意に満ちた瞳だ。
「好史さん。世界を元に戻すには、好史さんの力が必要です。手伝ってください」
かわいい妹のような占い娘のお願いだ。協力したいと思う。それに、巨乳になってしまった人をもとに戻すということは、氷雨も最高の貧乳に戻せるってことだ。
「俺は何をすればいい? 氷雨の胸を戻すためなら、何でもするぞ!」
「話がはやくて助かります」占い娘は勢いよく頷いた。「既にご存知かと思いますが、好史さんは、貧乳オーラを見ることができます。それは未来の研究によってわかっていることです」
「こないだファミレスで言ってた俺の特殊能力か」
「そうです、『貧乳スコープ』です。どんなに盛っていても、いい仕事の手術をしていたとしても、元々が貧乳であるならば、そう感じることのできる能力です」
貧乳と貧乳でない者とを見分ける能力。それが、俺の目に宿っているという。
「好史さんの『貧乳スコープ』は他に類を見ない特別な能力なのです。それは未来になって多くの貧乳好きが生まれても変わりませんでした。その正確さはずっと宇宙一でした。言い換えれば、大平野好史さんが宇宙一の貧乳好きの中の貧乳好きなのです」
「要するに何だ?」
「つまり、ひとことで言うとですね……この『貧乳にする光線銃』を使って、巨乳になってしまった貧乳娘たちを救済して欲しいのです。偽りの姿を捨てて、元ある姿に戻れるように」
断る理由など、どこにもない。
俺は銃を受け取りながら答える。
「まかせろ!」雨雲を切り裂くかのような声で。
その声に呼ばれたわけではないのだろうが、雨のカーテンの中から一人の巨乳シルエットが近づいてきた。そいつは、同級生二人に声をかけた。
「天海さん、占い娘ちゃん」
そこには、あられもない巨乳の体操服ポニーテール娘が居た。
見た目は残念な巨乳だが、貧乳オーラがあった。その貧乳オーラには、見覚えがある。あれは、ポニーテールが可愛らしい、スポーティ人見知り少女の小川理央のものだ。
「撃ってください、好史さん!」と占い娘ちゃん。
「撃っても死なないよな?」
「大丈夫です。どうか信じてください。貧乳なので、元に戻るだけです」
「わかった」
頷いた俺が雨のカーテンの向こう側に居るポニテ娘に向けて銃を構えた。
突然銃口を向けられたことによりビクッと体を恐怖に振るわせたポニテ体操服女子。
そして俺が引き金を引こうとした瞬間――風のように、何かが俺の前を横切った。
しばらく沈黙していた天海アキラだった。
突如として走り出し、そのポニテ巨乳少女の手を掴んで逃げ出した。
予想外の出来事に戸惑った俺は撃つことができず、目をぱちくりしながら二人の背中を見送るしかなかった。
「逃げられた……」
「やばいです!」占い娘は頭を抱えて叫んだ。「アキラくんは認めてませんでしたが、アキラくんは小川ちゃんに好意を寄せていたのです!」
そんなふうに占い娘が新情報を叫んでいる途中、ふと肩に手を置かれた。
「何なんだ、次から次へと!」途切れずやってくる予想外の連続に文句をつけながら振り返ってみると、背後に居たのは、
「おい、大丈夫か好史、急に逃げ出したりして」
変わり果てた姿をした比入氷雨だった。どうやら俺を心配して追ってきてくれたようだが、相変わらずの巨乳が悲しすぎる。
「好史さん、氷雨さんに向かって、撃ってみて下さい」
「ああ……」
俺は氷雨に向けて銃を構えた。
「え、ちょっ、何?」
「大丈夫だ、今、楽にしてやる」
巨乳は肩がこるらしいから、そういう意味でも、貧乳に戻した方がいいだろう。
何より、俺の氷雨は貧乳でなくては!
すると氷雨は右手で反対の肘を掴む姿勢になり、視線を斜め下に落とし、雨が激突を続けるアスファルトを見つめたかと思ったら、覚悟を決めたように俺の目を直視した。
「お前、あたしが巨乳になったからって、撃ち殺すことないだろ。そこまでの変態は行きすぎだぞ」
「いや勘違いするな。そんなことしない。貧乳に戻すだけだ」
「……何で?」
「氷雨さんは貧乳じゃなきゃ、嫌だからだ!」
すると、僅かな沈黙の後、
「……わかったよ、好きにしろ」
寂しそうに、でも少し嬉しそうに言った。
俺は氷雨を光線銃で撃った。
直進した青白く細い光は氷雨の胸を射抜いた。しかし、あれ、どうしたことだろう。貧乳に戻らない。まだ雨粒が巨乳にぶつかっては弾けている。
何故。どうして。
貧乳だったら、ふくらみがないから直立しているときに雨を直接くらうことは無いはずだ。なのに、あの忌まわしい腫物は、いまだに雨粒を跳ね返している。
占い娘によれば、この銃の光線を当てれば貧乳に戻るという話だった。しかし氷雨に撃っても貧乳に戻らない。もちろん外傷は無くて氷雨は平然としている。
もしかしたら銃が壊れているのではないかと思い、俺は占い娘ちゃんの方を見た。
そしたら黒ずくめの彼女は悔しそうに俯き、口を開いた。
「これは、やられましたね」
「おい、やられたって何だよ。おい。戻るはずじゃなかったのか? 全然、どうにもならねえじゃん。占い娘。おい、どういうことだ」
「試しに、そうですね、あの巨乳さんを撃ってみてください」
占い娘は道行く巨乳を指差した。二十メートルくらい先にいる巨乳。真新しい服を着て、何だか嬉しそうに街を跳ねるように歩いている巨乳。もともとの巨乳というわけではなく貧乳から巨乳になってウキウキ喜んでいるタイプの巨乳だ。貧乳オーラが俺には見える。
俺は言われた通り、その元貧乳娘を撃ってみた。光は雨を切り裂いて走り、吸い込まれるように彼女の体の中に消えた。
すると、どうだろう。それまでの巨乳は風船の空気が抜けてしぼむように縮小され、小さなふくらみになった。
突如として貧乳に戻ってしまった彼女は、ずり落ちる巨乳仕様の下着を慌てて押さえるために傘を放り出し、雨に濡れたアスファルトに女の子座りして、無言で雨に打たれていた。
それを見て、占い娘は「なるほど、そういうことですか」と一人、うなずいた。
「一人で納得してないで説明してくれ」
「巨乳派によって、比入氷雨さんの肉体時間が、限定的に固定されました」
「意味がわからんが」
「比入氷雨さんは、このままでは貧乳に戻れません」
「なんで?」
「未来のテクノロジーなのです」
俺と氷雨は大いに首をかしげた。
そんな感じで、俺たちと巨乳派の連中との戦いが始まったのだった。
「なあ、占い娘。そもそも、どうして全世界の女性が巨乳なんかになっちまったんだ?」
「……そうですね。まずは一部始終をお見せしましょう。長い長い、お話になりますけど……」
そう言って、占い娘は水晶玉に手をかざした。
俺の知らなかった、天海アキラと貧乳学園の動きが、虚空に映し出された。
【第六章に続く】




