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ないチチびいき  作者: クロード・フィン・乳スキー
貧乳篇
17/80

第17話 俺はお前の、ないチチびいき2 変わる未来

  ★


 異国のビーチから地元に戻った俺は、二十四時間営業のファミリーレストランで、何がどうなっていたのか説明を求めることにした。


 眠たくなってしまったのか、氷雨は俺の隣でテーブルに伏して静かに寝息を立てている。俺のせいで、眠れない夜が続いていたのかもしれない。なお、汚れちまった白い服は不思議未来グッズの力で瞬間クリーニングしてもらえた。


 視線を前方に移すと、砕けた水晶玉を球形に近づけようと立体パズルしている斜め向かいの占い娘ちゃんが、いつもの黒いローブを着ていて、そして俺の正面に座るのが、長身の占い師匠。


 師匠は顔を覆っていた布を外して、占い娘ちゃんと一緒の服装になり、おとなしくストローで氷水を飲んでいる。ものすごく端正な顔立ちで、貧乳も素晴らしいものであった。髪型は占い娘ちゃんと同じように波打っているが、占い娘ちゃんよりもずっと長くて、髪色も明るめの茶髪である。


 氷雨とどっちが魔女コスチュームが似合うか争えるくらい、意地の悪そうな目つきをしている。しっかりとした鼻筋と、すっきりとした口元は、まるで洋風人形のよう。目元あたりが、どことなく巨乳好きの変態女装男に似ている気がする。


 なお、大事なはずの杖を「邪魔だから」という理由で傘立てにぶち込んでから店内に足を踏み入れるあたりから推測するに、けっこう後先考えない豪快な性格に違いない。


 さらに、この師匠さんは、ファミレス店員が巨乳であるのを見た途端に態度を険しくした。よほど巨乳に強烈な恨みを持っていると見える。


 俺の愛する氷雨さんを殺そうともしていたし、どう考えてもこの人は、貧乳派の中でも過激なタイプだ。


「種明かしをしようか」


 と占い師匠は氷水の入ったグラスを両手で揺らしつつ言った。


「何です? 種明かしって」と俺。


「実を言うと、大平野好史が不死身なのも、未来の技術によるものなのよ」


 割とびっくりした。考えたことが無かった。そんなこと。


「ま、不死身と言っても万能ではないんだけどね。元々の自己治癒力を極限まで増幅するもので、心がプラス方向にある時にしか正しく作用しない。落ち込んだり、精神にダメージを負うと傷の治りが遅かったりするし、それこそ世界に絶望なんかしたら、不死身でも何でもなくなっちゃう」


「そうなのか……」


「そう、映像のなかで、不死身のはずなのに撃ち殺されてたのは、そういうことね。とにかく、あなたは未来の技術によって守られていたのよ。何故かしらね?」


「さあ……」


「それはね、未来に、あなたの持つ『目』を欲しがっている者たちが居たから」


「俺の目? そこまで視力よくないけど」


「『貧乳スコープ』なの」


「…………は?」


 キョトンとしていると、師匠さんは溜息を吐いた。そして、ほとんど説明しないで一人で飛ばしまくっているくせに、理解力のないダメ男を責めるような口調で、


「だからね、あなたの特殊能力。思い当たることがあると思うけれど、あなたの持つ、その『貧乳スコープ』は、本物の貧乳を感じることができる。つまり、偽の巨乳を見破ることができるってこと」


 言われてみれば、思い当たることはある。俺には、幼少期から貧乳オーラが見えていた。パッドを仕込んだ嘘っぱちの胸を見破ることができたし、最近では天海アキラの女装を一発で見破ったなんてこともあった。


「その技術を手に入れるためには、あなたを生け捕りにする必要があったのよ」


「生け捕りにして、どうするんだ。まさか人体実験でもするつもりだってのか? ハハッ」


 俺は冗談めかした口調で言ったのだが、この師匠は平然と、


「その通り」


「え」


「元々、わたしたち貧乳派は、あなたを殺そうとしていたわ。あなたが捕まって敵に利用される前に手っ取り早く殺そうとしてた」


 これまた衝撃的なことを言われた。


 何となく助けを求めたくて隣の氷雨を見てみたが、まだ肩を上下させて眠り続けている。


 えっと、ちょっと待って。整理しよう。


 俺の目を欲しがってたのは貧乳派に敵対する組織であり、その組織が俺を不死身にしていて、逆に俺を殺そうとしていたのが、目の前でポテトフライ頬張ってる占い娘が所属する貧乳派ってことだろうか。


「何か思い当たることはないかしら? たとえば、妙に事故に巻き込まれる不運さとか、なかった」


「……あった」


 子供の頃から、幾度となく。


 てことは、目の前の占い師匠とその仲間たちが、幼少期から何度も事故を装って俺を殺そうとしていたわけか。


 もしかして、今よりもっと若い頃、ひどく病弱だったのも、何か毒のようなものを盛られ続けていたのかもしれない。


 冷房の効いた室内なのに、大量の汗をかいてしまった。お気に入りのアロハシャツがびしょ濡れだ。あとでこれも未来の力でクリーニングしてもらわなくては。


「われわれ貧乳派が、あるべき未来を構築して安定させるために、あなたを殺そうとしてきたわ。だって、比入氷雨と出会う前に、大平野好史を殺してしまえば未来が巨乳に占拠されることも無いから。なのに、殺そうとしても死ななくて、阻止されてきた。


何者かが、あなたを生かすために手を打ったのね。これが、あなたが不死身である理由よ。そこで、大平野好史を殺せなくなった以上、こちらは次の策にうつらざるをえない。二人が付き合う前に比入氷雨さんを亡き者にしようって判断を下したんだけど……知ってのとおり、そこで弟子が逆らってね」


 そう言って、ぐしゃぐしゃと弟子の頭を乱暴に掻き撫でた。


 弟子は、「あぅぅ」と喉を鳴らしながらも、さほど嫌がってもいないようだった。


「つまり、こういうことですよ」とヤキソバぼさぼさ娘は言って、ポテトフライに手を伸ばす。「貧乳か否かを判断できる好史さんの貧乳スコープ」ポテトをグリグリといじくりながら、「それを狙っているのが、我々と敵対する者たちなのです」


 占い娘ちゃんは、しなしなになったポテトフライを口にくわえた。びろーんと口から垂らし、そのまま続けて喋る。


「明確な証拠はないんですけど、状況から考えるに、好史さんを不死身にしているのは、巨乳派に違いありません。巨乳組豊満会か、もしくは世界巨乳化委員会あたりでしょうかね。あるいはビッグプディングとかデカメロン財団……小規模過激組織ですけどドリームマシュマロンの可能性もあります」


「へえ、変な組織がいっぱいあるんだな。やっぱ未来の世界では、巨乳派の方が多いからかな」


「はい、そういうことです」


「ちなみに、貧乳派には、どんな奴らがいるんだ?」


「貧乳派は、小組織の連合で密に団結していますよ。貧乳派平和系活動家連合〈HHKR〉として団結し、連絡し、悪の巨乳派に正義の戦いを挑んでいます。細かく言うと……まず筆頭に挙がるのは、ひんぬぅ様という神様をお祀りする『ひんぬぅ教』ですね」


「おい、何だその興味深い宗教。俺、入信しようかな」


「そこの教祖様に御神体を見せてもらったことがあるんですけど、何だったと思います?」


「えっと、貧乳写真集とか?」


「ちがいますよ、そんな真面目な答えでは、とても入信できませんね」


「そんなにふざけた御神体なのか?」


「ええ、正解は、鍋のふたでしたー。なんでも、鍋のふたの曲線が貧乳に似ているから、だそうです」


「クソ宗教ふざけんな! さすがに鍋のふたは硬すぎだろ」


「他にも多くの団体がありますよ。岩壁会とか、プアミルクの集いとか……個人単位で参加している人たちもいまして、数多の有志たちが協調しています。巨乳派のほうは、やや団結に欠ける部分がありますね。政治闘争が多くて、頻繁に派閥が裏切り合ってます。


未来において有名な巨乳の派閥争いで言うと、ロケット派と御椀派の争いというのがありまして。激しい殺し合いにまで発展しました。もちろん、貧乳、巨乳、どちらにも過激なだけの連中はいますけどね、でも、そういう人たちは、抵抗や反抗が目的化している部分があって、暴れたい人の受け皿になっていますので、人々の支持は得られていません」


 つまり、「正義は私たちだけなのです」ということが言いたいようだった。


「よくわからんけど。……それにしても、なんか複雑な心境だな。敵に命を救われてるなんて」俺もポテトフライを拾い上げ、自分の口に運ぶ。


「巨乳派が好史さんを不死身にしたのには、目的が二つあったと考えられます。一つは、さっき言ったように、歴史の節目となる乱射事件を起こさせ、未来を確定させるまで生きながらえさせること。もう一つは、未来の世界での貧乳取り締まりを強化するためです」


「ん、待ってくれ。俺が乱射事件を起こすまで生かしたかったってのは、俺の頭でもギリギリわかるが、もうひとつがよくわからん。何で俺が生き残ることと、貧乳を取り締まることが繋がるんだ?」


「ご説明しましょう」


「ああ、わかりやすく頼む」


 占い娘は頷いた。


「貧乳差別が横行する未来において、貧乳なのに巨乳を装っている人は秩序を乱すと言われて蔑まれているのです。しかし、巨乳のふりをしないと仕事も持てないといった残酷な有様なので、巨乳のふりをする女性が後を絶たないのです。でも巨乳派は、このかくれ貧乳が気に入らない」


「かくれ貧乳さえ許してもらえないのか」


「ええ、未来の世論の大半は『貧乳のくせに巨乳様と並び立とうとするのが気に入らない』という意見によって占められています。必ずしも匿名性が守られた選挙体制とはいえませんので、私たち貧乳も、この意見に票を投じざるをえないのが現状です」


「ひどいな」


「時の政府は、貧乳を一網打尽にする法案を通しました。巨乳のふりをした人への厳罰化です。ここで豊胸手術も禁止され、胸パッドも店頭から消えました。政府の大半は、いまや良心を見失っており、巨乳以外を認めない巨乳至上主義者たちで構成されているのです。とても過激な連中で、我々平和を望む貧乳たちに本気の喧嘩を売りまくりなのです」


 師匠さんが、うんうんと頷いた。暴走した権力に、かなり苦労させられてきたようだ。


 どうも俺は、そういう大きな世界の潮流に関しては明るくないので何とも言えやしないのだが、しかし巨乳派ばかりが偉ぶっている未来というものは許容できそうにない。想像すらしたくない。


「そしてですね」占い娘の説明は続く。「何を隠そう、この貧乳の取り締まりの際に使えると大注目されてきたのが、さっき師匠が言った『貧乳スコープ』なのです。偽の巨乳を見破ることのできる好史さんの目を研究して、そのメカニズムが解明されれば、本格的に社会から貧乳を締め出し、滅ぼすことができるということなのです」


「そんな利用方法、絶対に認めたくないな」


 占い娘は頷いた。


「とはいっても、未来は変化しましたので、もう巨乳派も諦めたでしょう。私たちの勝ちです。心配することは何も無いのです。好史さんのおかげです」


「そりゃ、あんま実感わかないけど嬉しい話だな」


 占い娘はゆっくりと頷いて、くわえていたポテトフライを食べ切り、また次のポテトを手に取った。


「あ、そういえば、占い娘ちゃん」


「はい、何でしょう」


「未来は変化したっていうけどさ、未来って、どうすれば変わるんだ? それも種明かしして欲しいんだが」


 すると、黒ずくめで長身長髪の師匠さんが割って入ってきた。


「それについては、わたしが教えてあげる」


 師匠さんは、ボトルからグラスに水を注ぎながら、


「実を言うと、未来ってさ……」ボトルを置いて、呼吸も一拍置いて、「……変わるんだよ」


 なんかすごい、いいこと言ったっぽいオーラを出してきた。


 未来が変わったのは何故かってことを質問してるのに、未来が変化するか否かについてを語られてもなぁ。鳥が空を飛べるのは何故かを訊ねて、鳥はさ飛べるんだよ、とか名言残したっぽい雰囲気を醸し出されて言われても困るだろう。


 だから、俺は、「そうっすか」と、無難に返すしかできなかった。


 ここでも質問に答えてくれたのは、占い娘であった。空気の読める子だ。


「好史さんが貧乳の他にも大事なことを見つけたことで、変化したのです。もし、そうあり続けることができるなら、絶対に未来は平和であり続けることでしょう」


 俺は、「それってのは、つまり、どういうことだ?」などと、答えがわかっているのに、隣で眠る氷雨の後頭部を見つめながら言った。


 占い娘は優しく微笑みながら、


「つまりですね、好史さんは、貧乳と同じくらい、氷雨さんその人を好きになれたということですよ」


「なるほどな」


 俺は心から嬉しくて、いつもよりさらに締まりのない顔をしていたと思う。


  ★


 朝になって、店を出た。


 黒い服を着た大小の二人組と、駐車場にて挨拶を交わす。


 小さいほうの黒い娘は、別れ際にこう言った。


「私、好史さんのこと好きですよ。私が貧乳でも肯定してくれますから」


 そして、俺の腹に弱いパンチをくれた。


「たぶん、ラブ的な意味ではないですけどね」


 付け加えて、頭を斜めに傾けた。短い波打つ黒髪が揺れた。


 大きい方の黒い女は、


「もう、あなたたち二人の命は狙わないわ。未来が変わったことだし、あなたたちが普通にしていれば影響を及ぼすこともなくなった。それに……弟子が悲しむからね」


 そうしてまた、弟子の頭をぐしゃぐしゃと乱暴にかき回し、


「また会いましょう」


 クールに(きびす)を返した。波打つ長い茶髪をなびかせて、杖を片手に悠々と歩いていく。もう片方の手は、小さな女の子の右手に繋がれていた。


 残された俺と氷雨は二人きり。


 清涼な早朝の大気の中、氷雨を家に送るべく、アスファルトの道を歩いていく。


「なあ、好史。あたしな、お前に会えてよかったよ」


「何だよ、急に」


「ひとりでも、あたしを認めてくれる人がいてくれて。それだけで力が湧いてくる気がするよ。しかも、その認めてくれた人が、どんな形であれ、自分が好きになった人だなんて。そんな素晴らしいことって、他にあるか?」


「さあな」


 照れてしまって、俺はそう返した。


 比入氷雨は、かえのきかない貧乳だ。たとえ氷雨が自分の貧乳を嫌いでも、俺は氷雨の貧乳が好きだ。


 でも、このタイミングで、そんなことを言うと、氷雨をまた悲しませてしまうと思って、口には出さなかった。


 少しずつ、わかっていきたい。たくさんの会話を交わして、だんだん互いを知っていって。だんだん話すこともなくなって。それでも一緒に居たいと思える。そんな二人に、なれたらいい。


 氷雨は貧乳だ。


 これから一生育たない貧乳だ。


 俺にはわかる。本当に素晴らしい貧乳なんだ。


 正直に言うと、今はまだ、本当に氷雨のすべてを好きなのか、判然としない部分がある。いつの日か、受け入れようとか身構えなくても、自然とありのままの氷雨を全て受け入れられたなら、その時は、次の言葉をプレゼントしたいと思うわけで。


 ――俺はお前の、ないチチびいき。


 さて!


 ここで一つ、勘違いしないで欲しいことがある。この言葉が表わすのは、氷雨のないチチだけが好きだということではないということだ。


 ただ、氷雨の貧乳を、氷雨のほかの部分よりちょっとだけ好ましく思っているという意味なのだ。だから、~びいきという言葉になっているわけだ。


 自身を持って言える。俺はもう以前の俺とは違う。


 これからも、貧乳だけじゃなく、どんどん氷雨のことを好きになっていける。


 氷雨が貧乳じゃなくなっても、我を忘れたりしないさ。





【第五章に続く】



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