第14話 占い娘からのプレゼント3 叡智と技術の貧乳人形
トイレはどこですか、と占い娘が言ってきたので、場所を教えてやった。
占い娘は軽い足音を残して部屋を出て行った。
戻ってきた時には、占い娘は漆黒のフードをかぶった上、顔も隠していた。出会った時と同じ姿。久々に見るその姿が少々不気味だ。
「ど、どうしたんだ、占い娘ちゃん。可愛い顔を隠しちゃって」
「ちょっと、反省してるのです」
「なんでだ。誰も怒ってないぞ」
「そうですか」
占い娘ちゃんは、フードと顔を覆っていた布を外し、ぎこちなく笑った。
「ところで、占い娘よ。あの映像を見せるためだけに俺の家に来たわけではないんだろう。確か、何かプレゼントがあるとか言っていなかったか?」
「そうです、そうそう、プレゼント」
「また貧乳パラダイスみたいなやつなら、もういらないぞ。俺はもう、世界一の貧乳しか目指さないことにした」
「では、その『世界一の貧乳』を差し上げましょう」
彼女は言って、勉強机に放置されていた水晶玉を手に取った。
そして、くるっくるっと二回ほどその場でまわった。女子としては短めのヤキソバヘアーがふわふわ揺れた。
「何しようってんだ?」
「アイテムクリエーションです!」
何らかのアイテムをクリエーションするらしい。つまり、なんか便利なものをつくるという意味だろう。
彼女は頭上に水晶玉を掲げて、「あい」と言った。腕を胸の前まで下げて、「てむ」という。「くりえぃ」と言いながらくるり左足を軸に一回転。「しょん」で水晶玉を勢い良く前方に突き出す。
そして、
「さいこーの貧乳!」
――なぬっ、最高の貧乳だと?
ということは、氷雨を呼び寄せるということか?
もしそうであれば、チリ一つ存在しない部屋にしておかねばならない。けれども今から掃除していたのでは間に合わない。
間に合わないというのに、彼女の高い声が響いた後、すぐに水晶玉が強い光を発してしまう。
あまりの眩しさに、俺は思わず目を強く閉じた。
光が弱まったのを感じて目を開いて、ギョッとした。
真っ白な服を着た長い黒髪の女性が、ベッドに横たわっていたのだ。身長こそ氷雨よりも小さいが、顔立ちもよく似ている。両腕を胸の前でクロスさせて胸を守るようにして横たわっている。
氷雨ではなかった。
いや、しかし、なんということだ。
俺は人生最大の衝撃を受けた。
「な、何だ? これは誰だ?」
俺は眼球が飛び出すんじゃないかってくらいに、目を見開いていたと思う。
胸に痛みを感じ、呼吸が荒くなってしまった。
わずかに視界が、ゆらゆらと揺れている。
周囲を見回せば、黒ローブの占い娘は部屋に居た。彼女が変身したわけではないようだ。
「好史さんのお望み通り、世界一の貧乳をご用意いたしました」
「な、何ィ?」
驚いたように装ってはみたときには、俺はもう、その人型のモノが両手でおさえている胸に目を奪われ続けていた。
白い服越しでもわかる。
貧乳だ。
すごい貧乳だ。
貧乳オーラが半端ではない。
キラキラとほとばしっている。
――おいおい、なんだこれは。嘘だろう、これは氷雨よりも……そんな、バカな……。
「俺の目が狂っていたのか。世界は、思ったよりずっと広かったのか……?」
占い娘は頭を振った。もじゃもじゃの髪がまた揺れた。
「いいえ、好史さんの目は確かです。ついさっきまでの全世界では、氷雨さんの貧乳が世界一だったのです。しかし、未来においては研究が進み、歴史研究家が最高の貧乳人形を造り上げています! それを、未来から呼び出したのです」
人形。
人形か。
いやしかし、この人形は生きている。そう感じる。
「すげえ……研究者すげえ……」
釘付け。目が離せない。
胸が僅かに上下している。人形でありながら呼吸しているということだ。
「好史さんが生前に集めた貧乳たちのデータが研究に役立ったそうですので、好史さんには、これを受け取る権利があります。どうぞ、触るなり、突つくなり、もみまくるなり、ぬりたくるなり、好きにして下さい」
「……ありがとう!」
そして俺は、またしても誘惑に負けてしまった。
貧乳人形に飛びついた。
邪魔な腕をどけて、白い胸に手を当てれば、素晴らしい感触。快感が身体を突き抜ける!
とくん、とくんと鼓動まである。目は開かないが、温もりも生気もある。
「この貧乳は生きている! 生きているぞぉ!」
氷雨の貧乳よりも素晴らしい貧乳を手に入れた。
だから、そうだ。これからは氷雨のことを忘れて、新しい人生を歩まなくては!
★
揉んで揉んで揉んで揉んで揉んで、触って触って触って触った。
抱きしめたりもした。その他いろいろやりまくった。
汚れてしまったと一時期落ち込んだほどだ。
ありとあらゆることを試した。
貧乳は、俺が飽きそうになると、違う行動を見せてきた。
とにかく魅力を放ち続けた。
すごい貧乳だ。
この眠る人形、時々、反撃してくるのだ。
貧乳を防御しようと俺の腕を振り払おうとする。恥ずかしがり屋め。俺の好みに見事に合わせてくる。
夏休みということもあって、飯を食ったり風呂に入ったりする以外は、ずっとこの貧乳と戯れ続ける日々を送った。
でも、永遠に続くかと思われた最高の日々は、突然に終わりを迎えた。
ある日、ふと思ってしまったんだ。
――俺は、本当に、これが良いのか?
貧乳に対してやりたいと思っていたことは全てやった。本当に素晴らしい貧乳だ。しかしこの眠る人形、全然起きない。喋ってはくれないし、怒ったり、ニヤリと笑ったりもしない。
どんなに素晴らしい貧乳をもっていても、やはり、どこまでいっても人形なのだ。
結局、貧乳を触っていても氷雨の顔ばかりが思い浮かぶようになっていった。
この人形の顔も氷雨に少しだけ似ているけれど、思い浮かぶのは、目を閉じたすまし顔ではない。
怒った顔。
不快そうな顔。
すねた顔。
意地悪っぽく笑う顔。
俺をぶっ飛ばすときに叫ぶ顔。
恥ずかしそうに赤らめた頬。
斜め下へと落とした視線。
また怒った顔。
とても怒った顔。
最大限に怒った顔。
好きだって初めて言ってくれた時の泣きそうな顔。
――じゃあ、やっぱり、俺は、胸だけじゃなくて、氷雨の他の部分も好きだったのか。
世の中でよく言われるだろう、周囲から激しく交際を反対されると、かえって恋は燃え上がるものだと。
ならば、占い娘による度重なる妨害によって、思った以上に俺は氷雨のことを丸ごと好きになっていたんじゃないだろうか。
最高の貧乳人形を手に入れた時、安心したんだ。「これで氷雨を忘れられる」って、心の中で呟いたんだ。「これなら諦められる」そう思った。「これからはこの貧乳人形を愛せばいい」と思ったんだ。
氷雨のことは忘れよう。そう自分に言い聞かせ続けた。
だって、諦めなくちゃダメだ。
俺と氷雨がくっついたら、未来がひどいことになるって言われたんだから。
俺の大好きな貧乳たちが酷い目に遭うって言われたんだから!
占い娘に、そう告げられて、映像まで見せられたんだから!
世界全体と単なる一般人の恋。
天秤にかけたら、軽薄な俺の恋の方が持ち上がるのは当然だろう。
世界のためなら――。
そう思おうとした。
本当にそれでいいのか。
氷雨と俺には、そんな結末しかないんだろうか。
こういうこと、考えるのも良くないかもしれないが、いい貧乳を我がものにしたいというだけなら、なんとかなる気がしている。
篠原に頼み込めば、メガネをクイッと上げながら、「いいっすよ」とか言ってくれて、また貧乳パラダイスに行けると思う。前回はできなかった、あんなことやこんなこともできると思う。
リオちゃんはこんな俺を優しいと言って、さらに惚れたとまで言ってくれた。
もし、それらの貧乳で物足りないなら、未来の叡智と技術で生み出された究極の、世界でいちばん魅力的な貧乳を好き勝手できる。
考えてみれば、氷雨と出会う前に望んでいたものが、全て手に入っているではないか。
でも、これじゃない。
俺が本当に求めていたのは、これじゃないんだ。
簡単に手に入ってしまったものには興味がなくなるという心理現象がある。それが俺という男にも当てはまったのかどうかは定かではない。
だが、日を追うごとに世界一貧乳ドールを使うのに、謎のうしろめたさを感じるようになったのは事実だ。
これだけのものを与えてもらって、まだ何か欲しいというのか。
俺は、欲張りなのだろうか。
暗い部屋で、考えて考えて、考え抜いて、やがて答えを掴んだ。
押入れに封じ込めた貧乳人形は、確かに氷雨の上をいく貧乳だ。認めざるを得ない。あれさえあれば他の貧乳なんかいらないとさえ思う。だけど、得られるのは快楽であって幸福ではない。
俺の目指した最大の幸いとは――。
簡単なことだ。本当に簡単なこと。
答えなんか、とっくに出ていたのに、何かと理由をつけて否定しようとしていた。
夏姫や篠原のようなハイレベル貧乳だから何だって言うんだ。
リオちゃんのように貧乳らしく恥じらっているから何だって言うんだ。
俺が求めているのは――。
比入氷雨、その人だ。




