第13話 占い娘からのプレゼント2 絶望の未来
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スポーティ貧乳の小川理央から携帯に電話が来たのは、貧乳パラダイスの翌日のことだ。
連絡先を教えてもいないのに知っているということは、夏姫か篠原か占い娘ちゃんにでも聞いたんだろう。
突然のお電話すみません。小川理央です。お給料が入ったので先日のお礼にランチをごちそうさせてください、という数十秒で終わる話を、どもりながら、ところどころ長い沈黙を挟みつつ、十数分かけて伝えてきた。
指定されたラーメン屋に行って引き戸を開けてみたところ、八席しかない狭い室内のカウンター席に彼女はいた。
他にお客はおらず、貸切状態。そして何とリオちゃんは体育着姿だった。
素晴らしい。
真っ白の体育着に透けた水色スポーティ貧乳ブラとか、もう俺それだけでお腹いっぱい胸いっぱい。
「あっ、おは、お、お、おはようございます!」
彼女はカチコチだった。ものすごい緊張している様子だ。立ち上がって何度もお辞儀をしてきた。ポニーテールがぶんぶん振れた。
「こんにちは」
と、俺が言ったところ、しまった、というように口元に手を当てて、
「あぁっ、もうお昼でした! おはようって時間じゃない。すみませんっ!」
ペコペコ。
「いや、そんな緊張しなくていいから」
「す、すみません……」しおれた。
「ま、座って。ラーメンを食べようじゃないか」
「はい!」
彼女は背筋を伸ばしながら、すとんと椅子に座った。
俺もチャーシューメンを注文しながら椅子に座って、彼女のおっぱいをまじまじと見つめる。もう明らかなセクハラですよいい加減にしてください、とでも言われそうなくらいにジロジロ見てしまった。
リオちゃんは、その視線に気付いたようで、体操服の胸のあたりを引っ張りながら、
「あ、えと、今日、こんな体操服なのはですね、実は、学校で秋の大会に向けて長期合宿してるんですけど、抜け出して来たんです」
そして、クンクンと自分の肩あたりを嗅いで、「汗くさくないかな……」とか呟いた。
「大会か。リオちゃんは、卓球部だっけ」
「え、あれ、何で……」目を丸くした。
「夏姫ちゃんから聞いたんだ。篠原と一緒なんだよな」
「え、え、今山さんとシノって……二人を知ってるんですか?」
「ん、あれ? じゃあ、なるほど、俺の連絡先は、あいつから聞いたんだな?」
「え、あいつ……て、誰かな」
「ほら、よく黒い服を着てる、ヤキソバみたいな頭の……」
するとリオちゃんは手をぱちんと叩いた。
「占い娘ちゃん!」
俺も彼女と同じように手を叩いてみせて、
「そう、それだ」
「うん、きいてもいないのに教えてくれたの。大平野さんの連絡先、ききそびれちゃってて、どうしようかなって思っててね。また会えないかなぁって。バイト先の球場でも、いつも探したりしてたんだけど……。ちょうどよく占い娘ちゃんが、大平野好史さんの連絡先知りたいですかって声をかけてくれて……。そっかぁ、皆と知り合いだったんだ……」
どこか悲しげで、でも嬉しそうといった複雑な表情をしたリオちゃん。
しかし二秒後には、やっちまったという青ざめた顔で、
「す、すみません!」
カウンター席の丸い椅子をくるり九十度まわして、こちらに身体の正面を向けて深々と頭を下げている。急にスーパー謝罪されて何が何やらわからない。
「え、何? なんで?」
「いま、敬語になっていませんでした。会ったばかりなのにタメ口きいちゃって、すみません!」
「全然いいんだけども」
「でも……大平野さんは先輩だし……」
こういうところは、運動部らしく体育会系らしい感覚を持っているようだった。
「敬語じゃなくていいよ」
「でもでも……」
そんな時、店主のおじさんの声。
「お待ちどう! 塩ラーメンとチャーシューメン!」
何となく気まずさから解放されないまま、出されたラーメンをしばし無言で食べた。煮干系のあっさりラーメンだった。
リオちゃんは、非常にゆっくりと塩ラーメンを食べていた。麺が伸びてるのがはっきりわかるくらいだ。食べるよりも、しきりに俺の方をチラチラ見ることに忙しいようだった。
俺も彼女の引き締まった胸をジロジロ見ながら、チャーシューメンを食った。最低だったが俺のアイデンティティを保つためでもある。許してほしい。
やがて、俺が美味なる一杯を食い終わって、本格的に彼女の貧乳を見つめ始めた時、
「あのとき、助けてくれた優しい大平野好史さんに、ひ、ひとめぼれ! して!」
唐突だった。
驚いた。今、何と言ったのか。
こんな素晴らしい貧乳が、俺のことを好きだと?
本当だろうか。誰かの差し金じゃないだろうか。漆黒のあいつとか。
リオちゃんは、ハァハァと呼吸を乱している。演技には見えない。かなりの勇気を出してくれたみたいだ。
しかし、それなのに、俺は、あろうことか、
「…………すまん、声が小さくて、よくきこえなかった」
嘘だ。きこえてた。きこえなかったふりだ。
卑怯だ。本当に嫌になるくらい卑怯だ。
心が揺さぶられなかったわけではない。ラーメン屋が告白の雰囲気にそぐわないとか夢見がちな女子みたいなことを言うつもりも無い。
だけど、俺は、そう……逃げたんだ。
「な、何でも、ないです」
リオちゃんは、安堵したように溜息を吐き、赤い顔したままレンゲで塩味スープをすすった。
このラーメン屋はとても美味しかったので、いつか氷雨を連れて来たいと思った。
「あのぅ、えっと……わたしこれから学校に戻らないといけないんですが……」
「そうなのか。残念だなぁ」
「……また、会えますか?」
「ああ、会えるさ」
俺が笑顔をつくってやると、彼女はすごく嬉しそうだった。
――素敵な貧乳が喜んでいる姿を見ると、俺も嬉しい。
本当はどうしようもなく複雑な気分だったけれど、気持ちに蓋をするように、無理矢理そう思うことにした。
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小川理央ちゃんと会ってから二日後のこと。つまり最初で最後の貧乳パラダイスから数えて三日後の、夏休み終盤のある午後のことだった。
「友達の女の子が来てるわよ。こうちゃんの部屋に通しておいたから」
帰って来るなり、母親がそう言ったので、俺はタダイマーを言うことも忘れて走った。階段を二段飛ばしで上り、板張りの床ですべりそうになり、部屋の扉を勢いよく開けた。
「好史さん、こんにちはです」
ぺこりと頭を垂れてきた。
「……なんだ、占い娘ちゃんか」
氷雨じゃなかった。
がっくり大きく落胆して俯いた。
まるで、好きな人からの連絡を待ってる時に、誰かからメッセージが届き、わくわくして見てみたら学校からの定期連絡だった時くらいガッカリだ。
この時、占い娘ちゃんは和井喜々学園の制服を着ていて、黒いローブを装備していなかったし、水晶玉は手に持っていなかった。かわりに黒い学生鞄を膝の上にのせて、俺のベッドに座っていた。シーツやらタオルケットが乱れた状態で放置された真ん中ではなく、隅っこに、ちょこんと座っていた。
制服姿の彼女を見るのは、これで二度目だ。
確か、初めて貧乳学園に入ったところで会った時が、このセーラー服だったかな。
「お母様は、巨乳なのですね」
「どうでもいいだろ、ほっとけよ」
「はい、すみません」
てへへ、といった感じで笑った占い娘。相変わらず頭ナデナデしてやりたくなるような笑顔だ。
「で、占い娘よ。今日は何の用だ?」
「用事が無くては来てはいけないですかぁ?」
「冗談だろ。恋人でもないんだから」
俺がそう言うと、彼女はフッと軽く笑った。
「ですね。まあ冗談です。それはそうと、今日も好史さんにプレゼントがあって来たのです」
「なに? プレゼントだと? もしかして、氷雨の住所とか? あるいは氷雨の――」
「いえ」占い娘ちゃんは俯いて申し訳なさそうに、「いえ……ちがいます」
「なんだ、違うのか」
「はい。ですが、プレゼントの前に、とりあえず……よっこらしょ……」
占い娘ちゃんは、そう言いながら立ち上がり、漆黒の平たい鞄から黒ローブを取り出した。ローブを羽織ったと思ったら、今度は水晶玉を手にして、いつもの占い娘スタイルになった。
「好史さんには、これからの未来がどうなってしまうのかを見せてあげましょう」
そして俺をベッドに座るように促した。
シーツやらタオルケットやらを雑に丸めて端に寄せ、言われるがままにベッドに座る。
彼女は、部屋の中をパタパタと走って窓際に行った。カーテンを閉めて眩しい西日をシャットアウトしたものの、それでは足りないと判断したようで、再びカーテンを開け、窓まで開け、雨戸を閉めようとした。
しかし、雨戸は窓の上部に格納されていて、占い娘の身長では手を伸ばしても届かないようだ。懸命に伸ばしても、三十センチくらい足りない。水晶玉を抱えたままぴょんぴょん飛んでも、絶望的に届かない。
大きくなった蝉の声の中、あまりに悲しい光景を見て、俺はいたたまれなくなった。
ヤキソバ頭をポンと叩き、雨戸をガラガラと閉め、窓も閉めてあげた。
部屋は、電気の明かりだけになり、数時間後の未来にタイムスリップして部屋が夜になってしまったように感じられた。
彼女は、「あ、ありがとうございます」と言って恥ずかしそうに顔を真っ赤にしていた。
確かにな、キメ顔で「~してあげましょう」とか言っておいて、身長が足りずに雨戸に手が届かなかったなんて、自分がやったら恥ずかしいだろうな。
「それで? どうしようってんだ」
「えーとですね、映像を見ます」
ベッドに置かれた鞄をゴソゴソして、水晶玉専用と思われる小さな黄色い座布団のようなものを引っ張り出した。それを勉強机の上に敷いて、水晶玉を設置した。
続いて、また俺に座るよう促す。俺は言われるがままベッドに座った。
水晶玉に何回か五本の指を触れて操作した後、今度はドアのあたりに走った。頭上の電気スイッチを背伸びしながら切り替えて、部屋を暗くした。なんとかギリギリ相手の顔が見えるくらいの光しかない。
真っ暗にならなかったのは、水晶玉から光が発せられていたからだ。
何なんだろうなぁと思いながら、彼女を見ていたら、彼女はゴホンと一つ咳払いして、誇らしげな顔をした。
「では、上映を開始します」
占い娘ちゃんは、水晶玉に一度だけ優しく触れると、俺の隣にちょこんと座った。肘に彼女の腕が触れるくらいの近さだった。
一旦真っ暗になり、水晶玉からの光が伸びる。長方形の光が白い壁に当たっていた。
自室の壁をスクリーンにして、動画が表示される。
『は、はじめまして、比入氷雨と申します』
今は懐かしい、教室での転入挨拶。真新しい制服ブラウスに身を包んだ素晴らしい貧乳が映っている。あの転入の挨拶は嘘まみれだったなぁ。
『君の貧乳が素晴らしすぎる、こんにちは』
『――しね』
初めて会話を交わしたときのやり取り。
いつの間に撮られていたのだろう。未来の技術というやつか、それとも学校のあちこちに隠しカメラでもあったのだろうか。
そこから画面は次々に切り替わり、殴られまくったり、パシらされたり、空を飛んだりを繰り返し、そしてなんと、画面の中の氷雨が純白のドレスに身を包んだ。
「おい占い娘ちゃん、俺は将来、ちゃんと氷雨と結婚することになるのか?」
「この一つの未来の記録ではそうなりますね。でも、させませんよ。その結果として、世界がひどいことになりますから。バッドエンド回避のため、好史さんは今のうちに氷雨さんとお別れしなければなりません」
「占いの結果か?」
「……まあ」
「世界中の貧乳たちの平穏な暮らしを選ぶか、俺一人が氷雨と結ばれる道を選ぶか……ってことか」
「あ、見てください好史さん。これから大事なシーンですよ!」
「ああ」
見ると、いつの間にか画面が切り替わっていて、俺と思われる男の横顔が映し出されていた。
「……これ、大人になった俺か?」
「はい」
家族アルバムで見た三十代の頃の父親に似てる。なかなかに精悍な顔つきじゃあないか。こんな真面目そうな男性に成長するのか。
画面の中の大人になった俺は、黒いスーツを着ていて、黒いネクタイをしている。画面が切り替わり、映し出されたのは白木の祭壇。多くの花が飾られている。どう見たって葬式だ。黒い額縁の中に、氷雨のニヤリ魔女笑いしている顔写真があった。
また画面が切り替わり、アパートの一室で酒浸りになっていたり、ヒゲもじゃのまんま外に出れば野良猫やそこらへんの子供に当たり散らすという最低のクズ野郎がそこに居た。
ある日のこと、死んだ目をしていた男のところに、スーツ着てサングラスを掛けた数人の男たちが接触してきた。画面の中の俺を囲み、路地裏で箱を手渡す。
『この「貧乳にしてしまう銃」を使えば、巨乳を貧乳にできます。もしかしたら失われた最高の貧乳を手に入れることができるかもしれませんよ』
『なに、本当か? 氷雨の貧乳が復活するんだな?』
そして、その銃を受け取った画面の中の俺は、人の多い街に行って女性に向かって銃を取り出す。悲鳴がそこかしこで上がり人々が逃げ惑う。
俺は乱射する。
巨乳貧乳に関わらず無差別に女の子を撃ちまくった。撃たれた女性は悲痛な叫び声を上げながら次々に貧乳になっていった。
けれど、
『ちがう、ちがう、これも違う』
画面の中の俺はつぶやきながら、倒れた貧乳女性の胸を触っては離し、触っては離しを繰り返した。
『ダメだ! 違う! オーラが違う、氷雨のどころか、貧乳オーラが巨乳のままだ。見た目も活力がない! なにが最新の技術だ! あいつら、だましやがったな!』
派手に泣きながら、ちくしょう、ちくしょうと繰り返し叫び、次の瞬間、突然何者かに本物の銃弾で撃ち抜かれたらしい。苦しげに叫びながら血だらけで倒れた。
そこで、映像が終わった。部屋は真っ暗になった。
暗闇の中、俺はおそるおそる声を絞り出す。
「……これが、俺の未来だってのか?」
「はい。以前お話ししましたように、氷雨さんの貧乳を失って、貧乳になる銃を撃ちまくり、絶望の果てにスナイパーによって殺されるのです」
「本当なのか?」
「はい。未来の記録です。事件があってからというもの、貧乳好きが急激に差別されていき、追い詰められた貧乳派が次々と事件を起こし、やがては貧乳そのものへの差別が根を張っていってしまうのです。未来教科書にも載っている、歴史の重要なターニングポイントです」
「そんなばかな……」
「だから、氷雨さんのこと、忘れてください」
そして、彼女の、「よっこらしょ」という呟きが耳に届いた。どうやら俺の隣で立ち上がったようだ。後、とすとすと軽い足音がする。
「電気スイッチ……あれ? 電気、電気……」
真っ暗だし、慣れない他人の部屋だからな、電気スイッチが見つからないようだ。
俺はスイッチのところまで歩き、電気を付けてやった。
パチリ、と音がして、部屋が明るくなる。
暗くてわからなかったが、占い娘の小さな身体を包むような形になっていた。壁に追い詰めてるような格好だ。今にも抱きしめてしまえるような距離。見下ろせば、ぐにゃぐにゃした髪の毛。彼女の頭がすぐ下にあった。
彼女が俺を見上げた。ぱっちりした目で、じっと見つめてきた。
「……私が好史さんのこと好きだって言ったら、私と結婚してくれますか?」
俺は、すぐさま答えた。
「だめだ。たとえあんな未来でも、氷雨が……最高の貧乳が好きだって思ってるから」
「まぁ、私は別に好史さんのこと全然好きじゃないんですけどね」
「何だよ、それ」
そう言って、俺は笑った。
彼女は笑わなかった。俺の腹部をちっちゃい両手で押した。




