第37話 同棲が始まる
>試験、終わったよ。これからアパートに行くね。
というメールが来た。部屋の中で待っていることが出来ず、アパートの前の道路でうろうろしていると、空君が走りながらやってきたのが見えた。
「空君」
私も空君に向かって走って行った。
「どうだった?」
「ばっちり」
目の前まで来ると、空君はニカッと笑った。
「そっか~~~~。良かった。お疲れ様!」
「うん」
ギュ。空君が抱き着いてきた。でもすぐに、パッと離れると、
「ごめん。路上で抱き着いたりして」
と謝ってきた。
「大丈夫。そうだ。なんか、食べに行く?」
「ん~~~。お腹は空いていない。凪の部屋でのんびりしたい」
「うん」
部屋に戻り、空君はゴロンと畳の上に大の字になった。
「終わった~~~~~~~~~~~~~」
「お疲れ様」
私もその横に並んで寝転がった。
二人で天井を見ながら、
「あとちょっとで、凪と暮らせる」
「そうだね」
と、そんな話をして、顔を見合わせた。
「春休みになったら、すぐに俺、来てもいい?」
「すぐに来てほしい」
「わかった」
空君ははにかんだように笑い、チュッと私の頬にキスをした。
「ほっぺなの?」
「うん。口にしたら、ちょっとやばそう」
そういうことか。
しばらく、空君はゴロゴロと寝転がっている。
「あ~~~、凪の部屋、気持ちいい~~」
「そう?」
「だって、光いっぱいだし、癒される」
「えへ」
そりゃそうでしょ。ずっと、空君が愛しくて可愛くて、光出ちゃってるもん。
「空君、今日も泊まっていく?」
「帰るよ。聖さんが泊まったら怒るだろうし」
「そっか」
「でも、夕飯までいる」
「うん!」
長かった遠距離も、もうすぐピリオドだね。そして、これからは、二人で暮らすんだ。
きゃわ~~~~~~~~~~~~~~~。嬉しい!!!
「あはは。すげえ」
「え?」
「光、ドワッと出た。凪、今、何考えた?」
そう言われて私は空君にギュッと抱き着き、
「もうすぐ、一緒に暮らせるの嬉しい!って喜んでた」
と、素直に云った。
「凪、抱き着くのはダメ。そんな可愛いこと言われたら、ますますやばいからダメ」
そう言われても、離れたくないよ~~。
「凪、頼むから離れて」
「う…、わかった」
もうちょっとの我慢か~~~。
夕飯は駅近くの定食屋で食べた。そして駅まで送って行った。
「合格したらすぐに知らせてね」
「わかった」
「それから…」
「ん?」
「浮気はしないでね」
「あはは。何それ!何で今そんな心配?」
「受験終わったから」
「しない。俺、凪以外の子、まったく興味ないから」
そう言って空君は、私の頭をぽんぽんした。キュン。あ、こういうのもいいなあ。
「じゃ、凪、行くね」
「うん」
空君は改札口を抜け、こっちを向いて手を振った。私も手を振って、空君大好き!と心の中で叫んだ。空君は、天を仰ぎ、空を見つめてからまたこっちを向くと、にこりと笑った。
光が空君のもとまで飛んでいったんだな。
アパートまでは、空君の余韻に浸りながら足取りが軽かった。でも、部屋に入ると、一気に寂しくなった。
「空君~~~」
もう、恋しい。
そして、空君から「合格した!」と嬉しい連絡が来た。
高校は2月の終わりで卒業。私も春休みに入っていたので、空君の引っ越しの手伝いをしに、いったん伊豆に戻った。そして、3日間、パパに足止めを食らった。その間には私の誕生日もあり、家族でお祝いもした。
「空、凪のこと頼んだぞ」
引っ越しの日、何度もパパが空君にそう言った。引っ越しは、櫂さんはお店があるので、パパと私、碧が手伝った。
「雪ちゃん、寂しがるだろうなあ」
ぼそっと碧が言った。
「碧がいるじゃん」
そう空君が言うと、
「でも、しばらくちょらは?ちょらは?って聞かれそう」
と、碧が呟いた。
「そのうち、空のことも忘れるさ」
なぜか、にこやかにパパがそう言うと、
「忘れられないよう、伊豆には遊びに行きます」
と、空君は慌てた。
そっか。雪ちゃんに忘れられるのは嫌なのか…。
「本当に?凪と二人の生活にのめり込み過ぎて、伊豆に帰ってこなくなるんじゃないの?」
碧がニヤつきながら空君に聞いた。
「やっぱ、同棲させるのやめようかな。寮に入ればいいんだもんな。そうしない?凪」
その言葉で青ざめながら、パパが言った。
「な?今からでも寮は入れるよ。そうしろよ、空」
「俺、1年間凪と暮らせるからって、勉強頑張ったんすけど」
「……でも、まだ、結婚前だし。お前ら、学生なわけだし?」
「学生結婚した人がよく言うよ。あ、結婚しちゃえばいいんじゃね?」
「碧。お前、突拍子もないこと言うなよ」
碧の言葉に空君は、ちょっと怒ったようだ。
なんで怒ったのかな。結婚、嫌なのかな。
「まあ、そうだよな。結婚となると、生活費とかどうする?ってことになるしな」
「あ、そっか」
ぼそっとパパの言葉に、碧は納得したように呟いた。
「生活…」
結婚するかしないかって、大きい壁があるのかな。結婚前なら親に養ってもらう。結婚したら自活しないとならない。とか?
「俺、やっぱり、ちゃんと養っていける段階で結婚したいし、子供もそれから欲しいんですよね。聖さんみたいに、学生なのに家族養って子供育てて…なんて、そんな余裕もないですから」
「…そっか」
「はい。すみません」
「謝んなよ。俺だって子供が出来なかったら、即結婚はしなかっただろうし。まあ、桃子ちゃんと結婚ってのは決めてたけどね」
「それ、いつぐらいから決めてたの?父さん」
碧の質問に、パパはちょっと黙ってから、
「付き合っていくうちに、徐々にね。桃子ちゃんがずっとそばにいてくれたらいいなあって思い始めて…」
と、なんとなく助手席にいる碧を見ながら、パパはそう答えた。
伊豆から、パパの車にみんなで乗り込み、そんな話をしていた。引っ越しと言っても、空君の勉強机はすでに私のアパートに準備してあるし、洋服ダンスをもう一つ買ったくらいで、特には買い揃えたものもない。あとは、空君の服とか、勉強道具とか、そういった類だ。
だから、碧も必要なかったんだけど、なんだか、ついてきたがったんだよね。まさか、空君が伊豆から離れるのが寂しいわけじゃないよねえ。
「なに?お前、結婚とか考えてんの?文江ちゃんと」
「まだだよ。でもさ、文江は高校卒業したら、すぐに働く気らしいし、それも伊豆から離れないようだから、俺が大学行ったら遠距離になるじゃん」
「うん。そうなったら3年遠距離だね」
パパは平然とした顔でさっきから碧に答えている。
「それ、きついなあって思ってさ」
「3年なんてあっという間だろ?伊豆と市内なら、そんなに距離もないし」
「簡単に言うなよなあ。今迄毎日顔合わせられたのにさ、これからはそうはいかなくなるんだし」
「じゃ、市内に就職してもらったら?で、同棲すればいいじゃん」
「生活費は?まさか、彼女持ち?」
「バイトしたら?少しは俺も出すだろうけど。って、凪とお前の分もってことになると、きついかな」
「でもさ、文江の方が先に卒業じゃん。そうなると…、あ~~~。やっぱ、悩む」
「なんとかなるって」
パパの言葉に、碧はきっと睨んで、
「ったく、他人事だと思って」
と、ぶつくさ言っていた。
確かに、遠距離はつらい。でも、伊豆と市内はそんなにかけ離れた距離でもない。免許取ったりしたら、車ならけっこうすぐだ。でも、駐車場を借りるとなると、それだけでもお金はかかる。
だけど、やっぱりごめん、碧。私も今は空君と一緒に暮らせるだけで、ハッピーで、碧のことなんてどうでもいい。
ああ、やばい。さっきから、隣にいる空君にびとっとくっついて、離れられなくなってる。
空君。空君。空君。空君。空く~~~~~ん。
「凪、引っ付きすぎだろ!離れろ」
バックミラーを睨みながら、パパがそう言った。私はそんなパパにアカンベ~と舌を出し、空君に引っ付いたままでいた。
空君もいつものように、離れてと言わなかった。それどころか、ずっとにやついている。空君も嬉しいみたいだ。
「あ~~~。とうとう、空に凪を取られるのか。くそ」
パパがそう言ってから、大きなため息をつき、
「こんな日が来るって、覚悟していたのにな」
と、寂しそうに呟いた。
う…。今の言葉はなんだか、胸に染みるなあ。
「まだ、雪ちゃんがいるから」
「雪もいつか、巣立っていくんだよな。凪もあっという間だったから、雪もあっと言う間だな」
「母さんがいるだろ」
「桃子ちゃん…。やべ。桃子ちゃんが恋しい」
なんじゃ、そりゃ。私がそう思ったと同時に、碧も呆れた顔でパパを見たよ。さては、同じことを思ったな。
私のアパートに到着した。段ボール箱3つ。旅行用のカバンが一つ。とりあえず、春と夏用の服だけ持ってきたから、空君の今の荷物はそれだけ。徐々に増えていくんだろう。それらを男3人で運び、私は段ボールの箱から、洋服ダンスへと空君の衣類をしまいこんだ。
「なんか、食いに行こうか」
パパの提案で、私のバイト先に食べに行くことになった。そして、バイト先のみんなにパパと碧を紹介すると、
「お父さんと弟さん、超イケメン」
と、女性陣、特にパートのおば様たちが目をハートにした。
「どうも、娘がいつもお世話になっています」
そう最上級の笑顔でパパが挨拶をしたら、さらにみんなノックアウトされていた。すごいな、パパ。いくつになっても、モテモテなんだなあ。
これじゃ、ママは今でも心配が絶えないわけだ。
そして、4人で食事を済ませ、
「じゃあ、空、凪のこと頼んだぞ」
と、パパが真剣な目で空君に訴え、車に乗り込む前に私をハグして、
「春休み、誕生パーティの時にはまた戻ってくるんだろ?」
と、寂しそうに聞いた。
「うん。戻るよ。だって、私と空君が主役なんだから、いないとダメでしょ?」
「そうだよ。二人で戻って来いよ」
「うん。じゃあ、またね、パパ、碧」
「おう。またな、空」
碧め。私に挨拶しないで空君にだけ挨拶しやがって。と思ったが、私には頭をポンポンしてきた。
「そんじゃあな!空と幸せにな!」
何それ!生意気!!
ファミレスの駐車場から出て行ったパパの車を空君と見送り、
「家で凪の誕生日会も開いたのに、まりんぶるーでもやるのか」
と、隣で空君が呟いたので、空君を見てみた。
「そりゃ、恒例だから」
「まあ、そうだけど」
?なんか、不満げ。
「空君?」
「今日、二人きりで誕生日を祝おうよ、凪」
「二人の?」
「凪のだけ。俺は、また来月祝って」
「…うん!」
「プレゼントはもうあげちゃって、ないんだけど」
「いいよ。指輪、嬉しかった」
「ちゃっちくてごめん。金なくて」
「いいよ。可愛い指輪、嬉しかった」
そう言って、左手を見た。薬指に可愛いムーンストーンの指輪が光っている。
「夕飯、二人で食べて、ケーキ食べて…」
「うん」
「そうだな。うん。そうしよう」
「ん?」
なんか、空君が思いついたらしい。でも、私の方を見てはにかんでいる。
「何?」
「凪への誕生日プレゼント、第2弾」
第2弾?
「何?まだあるの?」
わくわくしていると、
「うん…。えっと、俺ね?」
と、首を少し空君は傾げて赤くなった。
「うん」
俺ね…、のあとの言葉を待った。でも、空君は恥ずかしそうに俯いたまま。
「え?何?」
「だから、俺」
「……俺?」
「そう、俺」
俺。俺って?空君。
「…………」
え?空君?
「え~~~~~~~~~!!空君がプレゼント?!」
「凪、声でかい」
そう言われ、辺りを見回した。駐車場には他に誰もいなかった。良かった。
「え、え?空君がって…え?」
「変だね。どっちかって言ったら、俺が誕生日プレゼントに凪をもらうって感じだし。あ、ごめん。変なこと言った?でも、欲しいかな」
「え?」
私をプレゼント?!
うきゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~。そういう意味?
「一緒に暮らすんだし」
「う、うん」
「……高校卒業したし」
「うん」
「……もう、俺、待たないから…ね?」
そう言って顔を赤くさせた空君が、超可愛い。
「空君、可愛い」
そう言って腕にしがみつくと、
「あれ?なんで、そういう反応なんだろう…」
と、空君は頭を掻きながら首をひねっていた。




