第34話 我が家で
夏休みは、毎日空君と一緒で幸せだった。
それに、可愛い雪ちゃんの成長も見れて楽しかった。子供の成長って早い。雪ちゃんはおままごとが大好きで、どんどん言葉も覚えていく。
絵本を読んでもらうのも好きで、碧もパパも鼻の下を伸ばして雪ちゃんに読んであげている。空君ですら、雪ちゃんを膝の上に乗せ、読んであげることがある。
いつか、空君がパパになって、私と空君の子供が空君の膝の上で、絵本を読んでもらう日が来るんだよなあ。
そんなことを、私は毎日思っていた。
お盆休みには、杏樹お姉ちゃんも、ひまわりお姉ちゃんも子供連れで遊びに来た。海に行ったり、水族館に行ったり、特にパパがはしゃぎまくっていた。
私も水族館に空君と行った。イルカたちと会って、また癒された。
「俺、いつかイルカと一緒に泳ぎたいって思っているんだ」
空君はイルカを見ながらそんなことを言い出した。
「イルカの調教?」
「違うよ。海で、イルカのセラピー、あの仕事したいんだよね」
「私も」
「うん。だからさ、何年後かは、凪と一緒に仕事していると思う」
「うん」
そうか。いいな、それ。
「俺、伊豆好きだし」
「私も」
「まりんぶるーも好きだし」
「私も大好き」
「聖さんも好きだし、この水族館も好きだし」
「うん」
「ずっと、ここにいたいって思っているから、だから、大学出たら戻ってくる」
「私も」
「凪の方が1年早く、戻ってくることになっちゃうけどね」
「そうだね」
水族館を空君とぶらぶら歩いた。時々、水族館のスタッフに会って声をかけられた。みんな、私がパパの娘だって知っているから、にこやかに挨拶をしてくれる。
「いつか、私もあっち側になるんだな」
「ん?」
「あの制服を着たスタッフさんに」
「そうだね」
空君と一緒に働くの、きっと楽しいだろうな。
ひまわりお姉ちゃんや、杏樹お姉ちゃんが帰って行くと、春香さんと櫂さんが沖縄旅行に行く日がやってきた。その間は、空君は我が家に泊まることになる。
「いらっしゃい、空君」
数日分の服や勉強道具を持ってやってきた空君を、ママが出迎えた。私も一緒に出迎えに行ったが、
「ちょら~~~」
と、雪ちゃんの方が先に玄関に行ってしまった。
「雪ちゃん、数日間だけど、よろしくね」
「ちょら、あちょぼ」
「空君、勉強できるかしら。雪ちゃんが空君にべったりになっちゃうかもしれないわね」
「ダメ。ママ、雪ちゃんが空君にくっつかないようにして」
そう言って、空君の腕にひっついた。でも、雪ちゃんも空君のジーンズの裾を持って、
「あちょぼ、あちょぼ」
と、引っ張っている。
「じゃあ、ちょっとだけ、雪ちゃんと遊ぼうかな」
え?
雪ちゃんに、空君取られた。
ガックリしながら、私はママとキッチンに向かった。
「塾から帰ってきてから、空君来たんでしょ。お腹空いてるよね」
「うん、多分」
「じゃあ、聖君も碧も帰ってきていないけど、先にご飯にする?」
「ううん。まだ大丈夫だと思う。それより先に、シャワー浴びてもらおうかな」
「そうね。でも、今だと雪ちゃんも一緒に入るって言い出すよ、きっと」
「それは嫌」
「凪ったら、ライバル心剥き出し」
「だって~~~」
「わからなくもないけどね」
ママはそう言って笑った。
リビングを見ると、空君は雪ちゃんとおままごとをしていた。
「はい」
と、雪ちゃんがおもちゃの目玉焼きだの、ウインナーだのを渡すと、空君は、
「いただきます」
と言って食べるふりをしている。
「ああいう空君見れるのも、貴重かも」
「そうね、凪、ラッキーじゃない」
ママまでが、そう言って喜びながら空君を見た。
「空君、可愛いなあ」
ぼそっと呟くと、ママが横でくすくすと笑った。
パパと碧も帰ってきて、みんなで食事をした。
「先に俺、風呂入っちゃうよ。雪ちゃん入れちゃうから」
夕飯が終わると、さっさとパパが雪ちゃんとお風呂に入りに行った。
「ママ、一緒に入れなくて残念だね」
「そうなんだよね。一人で入るの寂しくって。凪、一緒に入る?」
「え~~~。う~~~ん。じゃあ、たまには」
ママと一緒にお風呂に入ることになった。そしてママが、
「結婚したら、凪と空君が一緒に入るのかなあ」
と呟くと、空君は真っ赤になり、うろたえてしまった。
「空、真っ赤だ。わははは」
「うっせー、碧、笑い過ぎだ」
本当だよ。
まったく碧ってば。ほんと、まだまだ子供のくせに、なんだって文江ちゃんに手なんか出したんだろうなあ。
ママと一緒にお風呂に入った。なんだか、新鮮な感じがした。
「凪と一緒にお風呂、嬉しいな」
ママがバスタブに一緒に浸かるとそう言った。
「何年ぶりかな」
「ママは雪ちゃんと一緒に入らないの?」
「入るよ。聖君が残業になっちゃった日とか、お酒飲みに行っちゃった日はね」
「雪ちゃん、パパと一緒がいいって言わない?」
「うん。ママと一緒に入るのも楽しんでくれる。一緒に歌を歌ったり、おもちゃで遊んでるよ」
「私も雪ちゃんと入りたい」
「そうだね。こっちにいる間しかできないもんね」
「うん。明日にでも一緒に入ろう」
「ママも聖君も、雪ちゃんがいるから、すごく寂しいってわけじゃないけど、でも、やっぱり凪がいないのは寂しいな」
「そうなの?」
「だから、今は凪が毎日いて、嬉しいねって、昨日も聖君と話していたの。それに、今日から空君が来るし、賑やかになるねって」
「うん。私も嬉しい。夏休み終わったら、また、会えなくなっちゃうもん。空君、受験の追い込みもあるし」
「そうだね」
「ああ。もうちょっと、ママのお腹にいたらよかった」
「空君と一緒の学年になれたね」
「うん。やっぱり、同じ学年が良かったよ」
「そっか。だけど、ママも聖君と学校も違ったし、受験の時には2週間に一度しか会わなかったよ」
「そっか。そうだね。学年も違ったんだもんね」
「でも、凪の年の時には、一緒に住んでいたけどね」
「あ、そっか。私、もう生まれていたんだ」
「うん」
なんだか、そう思うと不思議。ママは私の年でもう、お母さんだったなんて。私なんて、まだまだ子供なのに。
「ママ」
「なあに?」
「ありがとうね」
「え?」
「産んでくれてありがとう。産むって選択してくれたから、私、今ここにいるんだもんね」
「こっちこそ、生まれて来てくれてありがとう」
ママのその言葉に、なぜかじ~~んと来てしまった。
お風呂から上がると、雪ちゃんはもうリビングにいなかった。碧と空君がテレビを観ていて、
「お風呂あがったから、空君、入ってきたら?」
とママに言われ、空君は着替えを取りに2階に行った。
リビングのソファには、私が座った。ママは寝室に行き、私は碧とテレビを観だした。
「入ってくるね」
空君はそう言うと、バスルームに向かって行った。
「碧」
「ん~~?」
「文江ちゃん、元気?ずっと会っていないからどうかなって気になって」
「元気。お盆休みもバイトだった」
「大変だね」
「花屋って、お盆、忙しいじゃん」
「なるほどね。じゃあ、デートもしていないの?」
「してるよ。今日も部活の後、会ってたし」
「ふうん」
「安心して。簡単に手は出さないから」
「そうだよ。やっぱさ、女の子の方がそういうのって不安になったり、心配したりするよ」
「うん。俺も、痛感した。文江、まじでどうしようって、真っ青になって、俺もどうしていいかわかんなかったし」
「うん」
「まだまだ、俺は、子供なんだよな」
そうだよ。碧。なのに簡単に手なんか出したりして。よく、あの文江ちゃんが受け入れたよね。あ、まさか、無理やり?
「碧、まさかと思うけど、文江ちゃんのこと、無理やり…その」
「まさか。んなことするわけないじゃん」
さすがの碧も、キレ気味でそう言ってきた。
「文江の気持ちもちゃんと、大事にしたよ。ちゃんと、お互いがそう言う気持ちになったから…」
そう言う気持ち?
「あ、空出た。俺、風呂入ってくるよ」
バスルームから、髪を拭きながら空君がやってきた。碧は2階に着替えを取りに上がり、また駆け下りてくるとお風呂に入りに行った。
「へへ」
「何?」
「お風呂上りの空君、可愛いんだもん」
「可愛い?」
「うん」
シャンプーの香りがして、前髪がぼさぼさで、タオルで髪を拭いている空君、なんだか幼く見える。
「可愛いって言われてもなあ」
口を尖らせ、空君は私の隣に座った。
「えへへ」
「なんだよ、凪」
「隣にいるのが、嬉しいの♪」
「…それは、俺だって」
ベタ。空君に引っ付いた。
「雪ちゃんに空君取られてて、寂しかったよ。だから、寝るまでは私と一緒にいてね」
「うん。じゃあ、凪の部屋で勉強でもしようかな」
「うん」
「あ、ダメだ。凪の部屋で勉強は無理だったんだ」
「…そうなの?」
「ここか、ダイニングテーブルはダメかな」
「大丈夫だよ」
でも、ここじゃ、キスもできない。それは寂しい。
それから、空君は勉強を始めた。私も本を持って来て、ダイニングに座って読んでいた。
「あれ、ここで勉強?」
パパが2階から降りてきて、そう聞いてきた。
「あ、はい。すみません、ダイニングテーブル借りてます」
「ふうん。凪の部屋じゃないんだ」
「あ、はい、まあ」
空君が返答に困っていると、パパは空君の髪をくしゃくしゃにしながら、
「空って、ほんと、可愛いよなあ」
とにっこり笑った。
「……それ、なんかバカにされているような」
「バカになんかしていないって。本気で可愛いって思ってるよ」
「パパ、水でも飲みに来たの?」
「ああ、うん。桃子ちゃん、雪ちゃんを寝かしつけている間に寝ちゃったし、ちょっと暇で」
「あ、テレビとか観ようとしてましたか?俺、邪魔っすよね」
「いい、いい。水飲んで、2階でPCでもいじってるから」
パパはそう言うと、水を汲みにキッチンに行った。
そして、
「ほんじゃ、おやすみ」
と言って2階に上がって行った。
「パパって、空君のこと、本当に可愛がっているよね」
「この年で、そういうこと言われてもなあ」
「嫌?」
そう聞くと空君は首を横に振った。
「嬉しいけど」
空君もパパのこと大好きなんだよね。
「来年の夏はさ、凪」
「ん?」
「一緒に伊豆に戻ってこようね」
「うん」
空君の言葉が、嬉しかった。
11時過ぎ、空君は勉強道具をしまい、一緒に2階に上がった。そして私の部屋の前で、チュッとキスをして、
「おやすみ」
と、にっこり笑うと碧の部屋に入って行った。
「おやすみなさい」
碧のドアをちょっとだけ切なく思いながら見た。そして、自分の部屋に入り、ベッドに寝転がった。
まだ一緒に居たかった。でも、すぐ隣の部屋に空君がいる。それだけでも、十分幸せ。幽体離脱なんかしないでもいい。オーラだけ感じるんじゃない。会おうと思えばすぐに会える距離。
「でも、やっぱり、早く一緒に住みたいな」
ぼんやりとそんなことを考えながら、眠りに着いた。




