第32話 とんでもない誤解
花火大会の日が来た。くるみママに浴衣を着せてもらい、空君と一緒に海岸に行った。
手を繋ぎ、比較的人が少ない場所に移動した。
なんか、去年よりもずっと空君が大人な気がする。つないだ手も大きくなったような…。
「あ、始まった」
ヒュ~~っと花火が上がった。そして、空高く上がり、ドンッと大きく広がる。
「綺麗だね、凪」
「うん」
ギュ。空君の手を強く握ると、空君も強く握り返してくれた。
こんなふうに、これからもずっと一緒に花火が見られるといいね。
ううん。きっとずっと一緒にいられるんだよね…。
花火が終わるまで手を繋いでいた。そして、ときどき私は花火を見ている空君を見た。横顔も大人びたよね…。
ちょっとドキドキする…。
花火が終わり、人がどんどん減って行く中、私はまだ空君と手を繋いで海を見ていた。海は穏やかだった。
「花火大会の日は、海に来ても変なのを見ないで済むからいいよね」
「変なもの?」
「うん。変な霊…」
「あ、そっか。海って見やすいんだっけ?」
「特に夜は…」
大変なんだなあ。
「あ、でも、凪と一緒だと見ないよ。ああ、それもあるか。今日、ずっと凪から光出ていたしね」
「やっぱり?へへ。だって、空君かっこいいなあって思ってドキドキしていたから」
「え?!何それ。なんで今さらドキドキ?」
「……変かな」
「…いや。俺も、凪の浴衣姿にドキッとしたから変じゃないと思う」
「ほんと?ドキッとした?」
「うん」
空君は俯いて照れている。可愛い。
思わず私から、空君の頬にキスをした。空君は、はにかみながら私を見ると、チュッとキスをしてきた。
ムギュ。空君の腕にしがみついた。
「ほんと、凪と一緒だと、夜の海でも明るくなって怖くないよ」
「光で?」
「うん」
30分くらいその場で二人でいた。でも、なぜか段々と立っているのが辛くなってきた。
「空君」
「ん?どうした?疲れた?光弱まったね」
「うん。ちょっと気持ち悪い」
「帰ろうか」
「うん」
空君は気遣うように優しく手を繋ぎ、歩調を合わせて歩いてくれた。
「ただいま」
家に着くと、
「おかえり。夕飯まだでしょ?」
と、キッチンからパタパタと走りながら、ママが私と空君に聞いてきた。
「うん。まだ…」
「空君もまだよね?食べて行って。今日は手巻き寿司にしたの」
「手巻き寿司?いいですね」
そう言いながら、空君とダイニングに行くと、
「おかえり。二人の分も取ってあるぞ」
と、パパが明るく出迎えてくれた。
あれ?もっと、機嫌悪いと思ったのにな。
「凪、浴衣着たんだ。あとで写真撮るからね。まだ、脱ぐなよ」
「聖君ったら、着てすぐに写真撮ったからいいわよ、凪着替えてきて。窮屈でしょ?」
「うん。あ、それでかな。気分悪いの…」
「え?凪、気分悪いの?」
パパとママが同時に聞いてきた。
「うん、なんか気持ちが悪くって…。ごめん。ママ、せっかくだけど、夕飯もいらない。食欲もない」
「大丈夫なの?」
「部屋で休む…」
頭痛までしてきた。本当に気持ち悪い。ちょっと吐きそう。慌てて口を押え、2階に上がった。
浴衣から着替えて、ベッドで横になっていると、ママが静かに部屋に入ってきた。
「凪、どう?」
「まだ気持ち悪い」
「熱はある?」
ママがおでこを触った。
「なさそうね」
「うん。疲れたのかな。人ごみは避けたんだけど、暑かったし…」
「そうね…」
ママはベッドの脇に座り、私の顔をじっと見つめてきた。
「なあに?」
「顔色も悪いかも」
「貧血かな…」
「ねえ、今、生理中?」
「今?違うけど」
「じゃあ、生理が遅れているとか?」
「あ、そういえば。先月いつだったかな」
壁のカレンダーを見ながら、考え込んでいると、
「凪、ちょっと待っててね」
と、ママは部屋をいそいそと出て行ってしまった。
なんだか、部屋もグルグルしているような気がする。眩暈かな。やっぱり、貧血なのかな。
そんなことを思いながらベッドで横になっていると、
「ちょっと待ってください。聖さん、誤解」
と空君の声が聞こえ、そのあとから、
「凪!凪!!」
という、パパの声が階段を上る音とともに、聞こえてきた。
「聖君、待って!私が凪と話すから」
「待ってられない!空、お前も来い!」
「だから、誤解ですって言っているのに!」
「凪!」
大きな声を出しながら、パパが部屋に入ってきた。
「パパ?なに?大きな声出さないで。頭に響くよ」
ズキンズキンしているのに。
「そんな呑気なこと言ってられるか。ほら、空。ここに座れ」
ものすごい神妙な顔つき…。なんか、怒ってるの?パパ。
「聖さん、誤解」
「そうよ。まだ、確認もしていないんだから、聖君」
ママもそう言いながら、私のベッドの横まで来ると、
「凪、聖君と空君にはここで待ってもらって、トイレに行って来て」
と、何やら箱を渡された。
「なあに?これ」
「検査薬よ」
「え?なんの検査薬?」
箱を見ると、妊娠検査薬と書いてある。
「はあ?!何これ!!」
「ママも妊娠した時、貧血になって、気持ちも悪くって、今の凪と同じような状態になったのよ」
「凪、怖いなら桃子ちゃんについていってもらって…」
「だからっ!俺と凪は別に…」
「空!空にはあとで話がある」
「聖君!そんなに声を荒げないでよ。それに、空君を責めたりしないで」
「わかってる。わかってるけど、俺は空を信用して…」
「だから!!!!話聞いて下さい。俺らは…」
「妊娠するようなことなんか、していないもん!」
空君が言う前に、私が大きな声を上げそう言った。自分の声でさらに頭痛がひどくなった。
「いたたた」
「大丈夫?凪」
空君が心配して私の頭を撫でてくれた。
「していないって?」
「パパとは違うの。空君は、大事にしてくれてるの」
そう言うと、パパは、バツの悪そうな顔をしてママの顔を見た。
「凪、聖君だってママのことは、大事に思ってくれてたよ」
「…ごめん。そういう意味で言ったんじゃなくって」
パパのことをどうこう言うつもりはない。でも、とっさにそう言ってしまった。
「俺、まだまだ、凪には手を出せないなってわかっているから、手、出してません」
突然空君がパパの方を向き、正座になってそう言い出した。
「……」
パパは黙って空君を見ている。ママは空君の横に座り、パパのジーンズの裾を引っ張り座らせた。
「聖さんが桃子さんのことを、ちゃんと大事にしているのもわかっているし、妊娠わかってからも、結婚してちゃんと家族のことを大事にしていたことも、母さんや父さん、爽太さんからも聞いてわかってます」
「……」
「でも、やっぱ、俺、まだ高校生だし、なんかあっても責任取れる立場じゃないし、だから、まだ凪には手、出しちゃいけないってわかっているから、出してません」
「そ、そうか」
パパはそれだけ言うと、
「興奮して悪かったな。凪、大丈夫か?」
と、私の方を向き、優しく聞いてきた。
「…まだ、気持ち悪い」
「凪、まさか、熱中症とか?脱水症状なんじゃないの?」
「脱水?…そういえば、あんまり今日水分取ってないかも」
「ポカリ持ってくるわね」
ママは慌てて1階に下りて行った。
ママが持って来てくれたポカリを飲んで、私はしばらく横になることにした。
「じゃあ、空、食べてきていいぞ。まだ、食べかけだっただろ?」
「あ、はい」
「食べ終わったら俺と交代な?俺、雪ちゃん、風呂に入れないとならないし」
「わかりました」
ママと空君は一階に下りて行き、パパだけが部屋に残った。
「ごめんな、凪。早とちりして」
「ううん」
「それも、自分のこと棚に上げて、頭にきちゃって…。あ~~~あ。桃子ちゃんのお父さんも、妊娠したこと知って、本当は頭にきたんじゃないのかな」
「おじいちゃん?怒ったの?」
「いいや。まったく。お母さんは怒ったけど、お父さんは穏やかだった。産むこともすぐに賛成してくれたし…。でも、俺はダメだなあ」
「……そんな、パパ、落ち込まないで」
「なんだよ。凪に慰められてたら、世話ないよな」
そう言うと、もっとパパはうなだれてしまった。
「そっか。空、凪に手、出していないんだな」
「うん」
「あいつ、えらいな。俺は、最近、凪、空の家に行ってるからさ、いくら店には櫂さんがいるとは言え、部屋じゃ、空と二人きりだろ?てっきりさ…、そういうこともあるんじゃないのかなって、思ってたよ」
「ないよ。空君はちゃんと勉強してて、私もその横で勉強しているんだもん」
「えらいなあ、空は…」
そう言うと、パパはため息をついた。
「ごめんな、凪。もし、万が一、赤ちゃんが出来たとしても、ちゃんと認めるし、産んでいいからな?空との結婚も反対しないから」
「……そんなの、まだまだ先の話だよ」
「…うん、そっか」
「パパ、私、少し寝ていい?」
「ああ、悪い。ゆっくり休んで。空のこと呼んでくるから。空がいたほうが安心だろ?」
「うん。パパでも安心するよ?」
「サンキュ。でも、呼んでくるよ。雪ちゃん、風呂に入れるしさ」
「うん。雪ちゃんは碧が見ていたの?」
「ああ。碧も、凪が妊娠したと思って、さっき、真っ青になってた。もう、勘違いだったってわかったと思うけど」
「碧が真っ青?なんで?」
「さあ?びっくりしたんじゃないのか?じゃ、もうしゃべんないで、ゆっくり寝て」
「うん」
パパが1階に下りて行き、空君が上がってきた。足音だけで、誰の足音かわかってしまう。
ガチャリとドアを開け、空君はベッドの横に来て座ると、
「大丈夫?」
と、優しく聞いてきた。
「うん」
「寝るまでいる。手、繋ごうか?」
「うん」
空君に手を繋いでもらった。ああ、ほっとする。
「ごめんね。空君、勉強しないといけないのに」
「今日はいいよ。1日、骨休みするつもりだったから」
「ごめん」
「いいって。それより俺もごめん。水分補給とか、気をつけなきゃいけなかったのに」
「ううん。きっと、昨日、わくわくして、ちゃんと寝れていなかったのもいけないんだよね」
「わくわくして?そうだったんだ。凪、可愛いね」
キュキュン。可愛いねって言う空君の笑顔の方が可愛いよ。
「あ、光出た」
「うん。自分の光で、ちょっと元気になった」
「じゃあ、ゆっくり休んで。俺、ここにいるからさ」
「うん」
空君のあったかい温もりを感じながら、私は安心して眠りに着いた。




