第31話 幸せをかみしめて
空君の勉強の邪魔はしたくない。
でも、やっぱり出来るだけ一緒にいたい。
だって、夏休みが終わったらまた離れ離れだ。特に、受験までのラストスパートの次期なんだもん。なかなか会えなくなっちゃうかもしれない。だから、
「やっぱり、会いたいよ~~」
まりんぶるーにも顔を出さないし、我が家にも来なくなっちゃった空君。これも全部パパのせいだ。
「最近、空、見かけないなあ」
空君が来なくなって3日目の夜、夕飯の後に呑気にパパがそう言った。
「パパのせいだよ」
ムスッとしてそう言うと、パパが、
「え?なんで?」
と、目を丸くした。
わかってないの?この前邪魔したじゃない!
そう思いながらパパをキッと睨み付け、私は自分の部屋へ駆け込んだ。
携帯で電話をしてみると、空君は、
「凪?どうした?」
と、これまた呑気に電話に出た。
「どうしたじゃないよ。もう、3日も会えていないのに」
「ごめん。塾忙しくてさ…。模試とか、補習とか」
「うちにもまりんぶるーにも顔出さないから…」
「ごめんって。明日の夜は空いてるよ。うちに来る?」
「え?行っていいの?」
「うん。勉強している間は、また俺の部屋で漫画でも読んでていいから」
「え?空君の部屋に入ってもいいの?」
「うん」
なんだ。私、避けられているわけじゃないんだ。やった~!!
ルンルン気分で翌日はまりんぶるーの仕事をした。しばらく、空君に会えないで暗かった茜ちゃんも、今日はなぜか明るかった。
4時になり、春香さんが、
「もう上がっていいわよ」
と言うと、茜ちゃんはさっさと帰り支度をして「お先に失礼します」と元気に店を出て行った。
「あれ?」
どうしたのかな?
元気に出て行った茜ちゃんの背中をしばらく見ていると、
「空君のことは、諦めがついたようよ」
と、後ろからくるみママが教えてくれた。
「え?そうなんだ」
「で、新しく素敵な人を見つけたみたいでね。ここのバイトも来週までで、辞めちゃうみたい」
「え?そうなの?じゃあ、そのあとどうするの?バイト…」
「もうそろそろお盆だし、杏樹ちゃんが来るから、杏樹ちゃんに手伝ってもらうわ」
あ、そうか。杏樹お姉ちゃんや、やすお兄ちゃんが来るのか。ひまわりお姉ちゃんも来るみたいだから、賑やかになるなあ。
その前に花火大会もある!空君と一緒に今年は絶対に行きたい!
わくわくしながら、空君の家に行った。空君は部屋で勉強をしていた。
「お邪魔します。あ、くるみママがスコーンくれたの。食べる?」
「うん、食べる」
可愛く空君は笑うと、私と一緒にリビングに出てきた。
「冷たいお茶でいい?凪」
「うん!」
リビングのソファに二人で並んで座り、スコーンを食べた。
「ちょうど腹減ってたんだ」
「そんなに勉強頑張ってたの?」
「うん。ちょっと苦手な科目、手を付けていなかったからやばいなって」
「そっか。頑張っているんだね」
「まあね」
「今年もハワイにも行かないんだって?空君が行かないから、春香さんや櫂さんも行かないって聞いたけど」
「うん。ごめんね、前に一緒に行こうって言っていたのに、勉強でなんかハワイどころじゃなくなって」
「…ううん。私は全然いいんだけど」
去年はおばあちゃんが亡くなったから、ハワイに行く予定を取りやめたし、一昨年は事故にあっちゃったんだよね。空君が事故にあってから2年。死んじゃうかもしれないって、あの時は生きた心地がしなかったなあ。
ギュ!空君の腕にしがみつき、
「空君、ずっとずっと、一緒にいてよね」
と、思わずそんなことを言ってしまった。
「ん?」
「ごめん。2年前のこと思い出しちゃって」
「ああ、そっか。ごめんね。心配かけたよね」
ギュ~~~。思い切り空君にしがみついた。空君は、そのまま固まっていた。
スコーンを食べ終わり、空君の部屋に移動して、空君は勉強を再開、私も今日は大学のテキストなんぞを持ってきた。さすがに私も勉強をしよう。
カーペットに座ってテキストを開いていると、
「あ、丸テーブル出すね」
と、空君が気を利かしてテーブルを出してくれた。そこで私も、本格的に勉強を始めた。
「一緒に住んだら、こんなふうに一緒に勉強するのかな、あの部屋で」
「うん」
「いいね」
「うん!」
空君もおんなじようなこと思っていたんだ。
二人で顔を見合わせ、二人で同時ににこりと笑い、そしてまた、お互いの勉強に戻った。部屋の中は私から出た光が溢れていて、なんとも心地のいい空間になっている。
空君も私も、かなり集中して勉強をして、
「ああ、腹減った。あ、もうこんな時間」
という空君の声で、勉強をいったんやめた。
「夕飯、まりんぶるーでもらってくる」
「うん」
空君はまた、自転車でまりんぶるーまでひとっ走りして来て、空君と櫂さんと私の3人分の夕飯をもらってきてくれた。
「凪、家でご飯食べないで、聖さんに怒られない?」
「怒られたっていいもん」
「あれ?遅い反抗期?」
「違うけど。パパ、いつも空君との仲を邪魔するから、たまには反抗しちゃおうかなって」
「あはは。そうなんだ」
空君は笑いながら、テーブルにお皿を広げた。私も、お箸やコップを持ってきたり、お手伝いをして、ダイニングの椅子に腰かけ、二人で「いただきます」と手を合わせた。
「たまには、私がご飯作らないとだよね…」
「うん。俺、凪の手料理食いたい」
「ほんと?」
「まあ、一緒に住むようになったら、しょっちゅう食えるんだろうけど」
ギクリ。
「そ、そうだよね。うん。頑張るよ、私」
そう言いながらも、ものすごい不安になってきた。
やばい。最近、ママにお料理教わるのさぼってた。また、頑張らないと。
夕飯も終わり、空君はリビングに移動して、
「ちょっと休憩」
と言ってテレビをつけた。私も空君の隣に座り、一緒にテレビを観た。
そこに、櫂さんが仕事を終えやってきて、
「あれ、凪ちゃん、いらっしゃい」
とにこやかに挨拶をしてきた。
「お邪魔してます。あ、今、夕飯あっためなおしますね」
「ありがとう」
櫂さんは、ダイニングのテーブルに着き、何やら雑誌を広げて見ている。ああ、サーフィンの雑誌みたいだ。
「ハワイには行かないんだけどさあ、沖縄行って来てもいい?空」
「いいけど。今から取れんの?チケットとか、宿とか」
リビングの空君に櫂さんが話しかけると、空君がそう聞いた。
「実は、もう取ってあるんだ。春香も一緒に行くんだけどさ」
「なんだよ。じゃあ、なんで今さら、行っていいかなんて聞くの?」
「ちょっとね、言いづらくってね」
「なんで?俺に遠慮とかいらないけど?」
「毎年3人で行っていたから、なんかね」
「来年も二人で行くことになるかもよ。俺、大学生だし」
「え?行かないのか?一緒にハワイ」
「……凪いるし」
「じゃあ、凪ちゃんも一緒に行けばいいじゃないか。ね?凪ちゃん」
「え?いいんですか?」
「もちろんだよ!」
きゃあ。嬉しいかも!
「あ、凪、そろそろ送っていこうか?あんまり遅くなると、聖さん、マジで怒りそうだし」
「うん。じゃあ、そろそろ」
「凪ちゃん、またね」
「はい。お邪魔しました」
櫂さんに挨拶をして私は空君と階段を降り、家を出た。そして、私の自転車を空君が押しながら、一緒に海沿いの道をゆっくりと歩いた。
「空君、本当は残念がってる?」
「ん?」
「沖縄行けないの…」
「そうだね。でも、たまには二人きりで行くのもいいと思うし」
「いない間、家に一人は寂しいね。うちに来る?」
「そうだね。碧の部屋に泊まろうかな」
「うん」
私の部屋でもいいのに。と言いそうになったけど、やめておいた。そんなことを言ったって、空君が困るだけだもんね。
ゆっくりと夜の海を見ながら歩き、私の家の前まで来ると、空君は自転車を置き、
「じゃ、おやすみ」
と、にっこりと笑った。
おやすみのキスしたいなあ。でも、またパパに見られたらうるさそう。
「うん、おやすみ。気を付けてね」
「じゃあ、またあとで」
そう言って空君は走って行った。
「またあとで?」
疑問に思いながら家に入り、
「凪、空の家に行っていたのか?」
というパパの言葉にも適当に答え、シャワーを浴びに行った。
そして、自分の部屋に行って寝る支度をしていると、空君のあったかいオーラを感じた。
「空君?」
そっか。空君、魂飛ばしてくれたんだ。ああ、だから、あとでって言っていたのか。
ほわん。空君のあったかいオーラにしばらく包まれ、それから、私は安心して眠った。
翌日も、空君の家に行った。5時まではまりんぶるーにいて、塾から帰ったよという空君のメールを確認してから、空君の家にすっ飛んで行った。
「今日は夕飯作るね!」
そう言うと、空君は嬉しそうに「やった」と喜んだ。可愛い。
「でも、うまくできるか自信ないから、期待しないで」
「うん」
空君は、またにっこりとほほえみ、自分の部屋に勉強をしに行った。
さて。パスタにしよう。ナポリタンだ。レシピはママに書いてもらった。材料は、ちゃっかりまりんぶるーからもらってきちゃった。スパゲッテイは、家のあるのを使っていいわよと春香さんが言ってくれた。
それから、グリーンサラダ。それも、適当に使って作っていいわよと許可を取ってある。
「頑張るぞ」
エプロンをして、早速作り始めた。
1時間後、できあがった。
「空君、できたよ」
ダイニングテーブルにちゃんと準備をしてから、空君を呼んだ。空君は、元気に部屋から飛んできた。
「うまそう!」
「…あ、味見し忘れた」
「大丈夫だよ。いっただきます!」
そして、二人でナポリタンをほおばり、
「う。パスタ硬い」
と、ガッカリした。
「そう?このくらいでもいいんじゃない?なんだっけ、アルデンテだっけ?芯がちょっと残ってる感じの」
芯がちょこっと残っているよりも、硬い気がする。
「ごめんね。それに、塩味も足りないよね。塩かけて」
「チーズかけていい?」
「もちろん!」
慌てて粉チーズを冷蔵庫に取りに行き、空君に渡した。空君はそれをかけてから、またパスタを口に入れ、
「うん。旨いよ」
とにっこり笑った。
ああ、なんて優しいんだ。これが碧だったら絶対に、
「まずい」
と正直に言うんだろうな。
夕飯を食べ終わり、春香さんからもらったデザートのチーズケーキまで堪能し、それから後片付けを始めた。
「ごめんね、凪。全部やらせちゃって」
「いいよ。空君は勉強してていいから。あ、テレビ観ててもいいよ?」
「やっぱ、手伝う」
そう言うと空君もキッチンに来て、私が洗ったお皿を拭き出した。
「いいね。一緒に住んだら、きっとこんな感じで後片付けするんだね」
また、空君が可愛い笑顔でそんなことを言う。
「えへへ」
嬉しくて空君に引っ付いた。空君はお皿を拭く手を止め、私のおでこにチュッとキスをしてきた。
「でへへ」
嬉しくてそう笑うと、空君もへへっと笑った。
「やべ~~。なんか、超、幸せなんだけど、俺」
「私も!」
もう!幸せって言って笑った空君が、めちゃんこ可愛くて、私もウルトラスーパーハッピーなんだけど!
こんな日がずっと続くといいのに。でも、夏休みは終わっちゃうんだよね。
そう思うと、胸の奥がギュッと痛くなった。だけど、今はまだ空君と一緒にいられるんだもん。この時間を大事にしないと。
一緒に後片付けをしながら、私と空君は幸せをかみしめていた。




