第25話 久々のあったか空間
「空先輩」
茜ちゃんは、思い切り嬉しそうに空君と話している。空先輩って呼ぶんだ。相川先輩じゃないんだ…。なんて、そんなことまで気になっちゃう。
「………」
空君、こっち見た。目が合うと、私の顔が思い切りほころんだ。あ、空君も。
「凪、おかえり」
「た、ただいま」
少し二人の間には距離がある。それでも、なんだかすっごく嬉しい。空君の可愛い笑顔が見れるだけでも、めちゃくちゃ嬉しい。
「凪ちゃん、リビングで空と休んでいいわよ」
春香さんにそう言われ、私は空君とリビングに行った。その後ろから碧もくっついてきた。
「え、お店にいないんですか?」
という、寂しそうな茜ちゃんの声も。
「一応、姉貴が久々に帰ってきたからさ、歓迎はしないとね、弟として」
そんな生意気なことを碧が茜ちゃんに言っているのが聞こえた。いいよ、碧は来ないでも。私は空君と一緒にいたいんだし。あ、でもダメだ。あんまり茜ちゃんとくっつかせると、文江ちゃんに悪い。
「碧、天文学部の話も聞きたいし、リビングで話そう」
クルッと振り返りそう言うと、碧は「へいへい」とかったるそうに返事をしながらも足を速めた。
リビングには先に空君が入った。いつもの定位置のソファに空君は座り、私はその隣に一目散に飛び乗った。
ドスン。
「空君!!!」
ムギュっと空君の腕にしがみつく。
ああ、空君の匂いだ。なんか、お日様みたいな匂いがするよ。
「なんだよ、お店でいきなり空に抱き着かないから、凪も大人になったもんだと思ってたら、全然成長してないじゃん。甘えん坊だな」
「お店ではお客さんもいたし、遠慮したの!うるさいなあ、碧」
「ははは。ああ、空と凪のべったりしているのを見るのも久々だなあ、ね、雪ちゃん」
おじいちゃんが笑った。雪ちゃんはおじいちゃんの膝からよちよちと歩き、
「あ~~お」
と言って、碧の膝の上に乗っかった。
「え?雪ちゃん、碧のことは碧って言うの?」
「そうだよ。だって、雪の大好きなお兄ちゃんだもんね~~~?」
「前は、男の人みんなにパパって言ってたのに」
「ちょら!」
雪ちゃんはすぐに碧の膝から立ち上がると、今度はよちよちと空君のほうにやってきた。
「空君は、ちょらなの?」
「うん。可愛いでしょ?」
空君は思い切り目じりを下げ、雪ちゃんを抱っこして膝の上に乗せた。雪ちゃんはものすごく嬉しそうに、きゃっきゃと笑っている。
「また、空のところに行った。空がいると、俺や父さんから離れて、空のところに行っちゃうんだよなあ」
「そうなんだ」
「凪ちゃん、将来、雪ちゃんも空と結婚したいって言ったらどうする?」
「ええ?おじいちゃん、そんな意地悪な質問しないで」
「はははは」
もう、本当にそうなったら困るよ。
「大丈夫だよ、凪。雪ちゃんが大人になる前に、俺ら結婚しちゃってるって」
隣で私に可愛い笑顔を見せながら、そう空君は言うと、なぜかその後、かっと顔を赤くして照れまくった。
「空、すごい発言自分でしておいて、そんなに照れんなよ」
碧がそうからかうと、さらに空君は顔を赤くして、
「うっせえ。自分でも今、すごいこと言ったってわかってるよ」
と、碧にそう返した。
可愛い。可愛い。やっぱり、空君は可愛い。
ああ、空君だ。空君だ。空君だ。
ギュウ~~~~。
「あれ?そう言えばママは?」
空君の腕にしがみつきながらそう聞いた。
「一回家に戻って、夕飯の支度するって言ってたよ」
「そうなんだ」
まりんぶるーで夕飯も食べたかったのにな。空君と一緒に。
「空もうちで食べるよな?凪いるんだし」
「ああ、うん。じゃあ、お邪魔しようかな」
「え?ほんと?うちに来る?」
「うん」
良かった!
「なんなら、夏休みの間、うちに寝泊まりしちゃえば?凪の部屋に布団でも敷いて」
「ばっ!バカなこと言ってんなよな」
「冗談だけどさ、せめて夕飯は毎日くってけば?凪もそのほうが嬉しいよな?」
「うん!」
碧ってば、いいこと言う!
「毎日じゃ、桃子さんに悪いよ」
「一人分増えたところで、変わんないって」
「凪もいるから二人分だろ?」
「大丈夫。母さん、料理好きだから苦にならないって」
「う、うん。じゃあ、桃子さんに聞いてみて、いいって言ったらね」
「ちょら~~~~」
「何?雪ちゃん」
雪ちゃんが空君に遊べとせがみ、私は仕方なく空君から離れた。あ~~あ、雪ちゃんに空君取られちゃった。
雪ちゃんは、いつでも空君に会えるんだからいいじゃん。夏休みの間は、空君を私に独り占めにさせてよ。
「ひいちゃんさん、どう?」
雪ちゃんのことをくすぐったりして、遊んであげながら空君が聞いてきた。
「元気だよ。ファミレスのバイト、緊張してたけど」
「凪の代わりにバイト引き受けてくれたんだっけ」
「うん」
「寮変わってから、霊に寄りつかれなくなった?」
「うん。そうみたい。体が軽くてすごく楽って喜んでたし、かっちゃんとも同じ寮で、一緒に夕飯食べたりしているみたい」
「かっちゃんと付き合ってるの?あの人」
「……さあ?仲いいし、かっちゃんも付き合ってるのかなあって言ってたから、そうなのかも」
「何それ。付き合ってるかどうかもわかんないの?」
私と空君の会話に碧が入り込んできた。
「微妙ってところなんじゃないの?」
そう空君が碧に返事をして、
「でも、付き合ってくれた方が俺としては安心」
とぼそっと呟いた。
「え?なんで?」
「だって、フリーだと凪に言い寄る可能性もあるし」
「ないない。凪に言い寄るのなんて、空くらいだから安心していいぞ、空」
碧!ムカつく!
「そんなことないだろ。鉄だって凪のこと好きだったし」
「鉄、元気?」
「うん。天文学部にも良く顔出しているみたいだよ」
「空君は全然顔出していないの?」
「俺は、2週間に一回くらい。塾もあるし、忙しくて」
「ちょら~~」
くすぐる手を止めると、雪ちゃんは空君に催促をした。また、空君は雪ちゃんと遊びだした。
赤ちゃん、苦手だって言っていたのが嘘みたい。本当のお兄さんか、もしくはお父さんみたいだよ。
「空君、いつお父さんになっても大丈夫だね」
ぼそっとそう言うと、なぜか空君は私を見て顔を赤くした。
「そ、そう?でも、俺も雪ちゃんすごく可愛いから、自分の子だったら、もっと可愛いのかな、早くに欲しいなって思うことがあるんだ」
え?そうなの?!
「うちの血筋だな。案外早くにお父さんになるんじゃないのか、空」
おじいちゃんがそう言って笑った。
「そうしたら、おじいちゃん、玄孫ができんの?父さんが孫で、凪がひ孫で…。玄孫って言うんだよね?」
碧が目を丸くしてそう言うと、
「あははは。そりゃ、すごいよな。ひいひいじいちゃんか」
とおじいちゃんは嬉しそうに笑った。
「俺はじいちゃんの孫だから、ひ孫になるんじゃないの?」
空君がそう言うと、
「でも、凪はひ孫なわけだから、あれ?わけわかんないよな」
と、碧は首を傾げた。
「なんだか、すごい家系図になりそうじゃね?一回、榎本家の家系図作ってみたら?」
碧はそんなことを、のほほんと呑気な顔をして言った。
「うん、面白いかもね」
空君までが面白がった。
榎本家の家系図か~。
「もし、早くに子供が出来たら、雪ちゃん、すぐにおばさんになるんだね」
「あはは、そうじゃん。それも面白いって、じゃあ、俺もすぐにおじさんかよ」
碧は笑った後にすぐにそう突っ込んだ。
「っていうか、結婚も子供産まれんのも、当たり前のように話している凪と空がすげえ。俺、さすがにまだ結婚とか考えられないもんなあ」
「え?文江ちゃんとしないの?碧」
「そんな先の話わかんないじゃん。第一、高校卒業してからの進路も決まってないんだしさ」
「…碧、まさか、東京行ったりするの?」
嫌だな。碧が遠くに行くのは。
「……行かない。静岡市内の大学行くと思うけど…。でもまだ、俺は将来どうしたいか決まってないから」
「碧も、海が好きなんだよね?」
「う~~~ん。まあね」
碧はそう言って、どこか一点を見つめた。そして、
「ま、いっか。先のことは」
といきなり、ごろんと横になってしまった。
「疲れたから寝る。凪いると爆睡できるし」
「ほんと、碧は自由人だよね」
「いいじゃん。この部屋、リラックスできるんだからさ」
そう言って、碧は目をつむった。
「リラックスできるのは当たり前だよ。凪もいるし、ばあちゃんもいるから。さっきから、すっごく嬉しそうにしてるよ」
「おばあちゃんが?そうなんだ。おばあちゃん、いっつも見守っていてくれたの。ありがとうね!」
そう私が言うと、部屋がキラキラと光り出した。
「瑞希、嬉しそうだなあ。くす」
おじいちゃんが空間を見てそう言った。どうやら、そこにおばあちゃんがいるらしい。空君も同じところを見ている。あ、雪ちゃんまで。
「みんな、いいなあ。おばあちゃんが見れて」
「目、瞑ってごらん、凪」
空君にそう言われて、目を瞑った。すると、瞼におばあちゃんの優しい笑顔が浮かんできた。
「映像、見えた?」
「え?うん。おばあちゃん、笑ってる」
「それ。俺やじいちゃんが見てるばあちゃんだよ。凪も見れるでしょ?」
「そうなの?私も見えてるの?」
「うんって、ばあちゃんも頷いてる」
私が見ているおばちゃんは、ただただ優しく笑っている。本当は違うのかもしれないけど、おばあちゃんの笑顔が見れて、私は嬉しかった。
6時半を過ぎ、ママが迎えに来た。眠りこけている碧を叩き起こし、雪ちゃんも連れて、私たちは我が家に帰った。
今日はまだまだ、空君と一緒だ。明日も、明後日も会えるんだ。超嬉しい!
「凪、ずっと光出しまくりだ。あはは」
家に入り、私は空君を連れて自分の部屋に行った。ここなら、雪ちゃんに邪魔されないで済む。
「だって、空君と一緒なの、嬉しいんだもん!」
「俺も」
空君のはにかんだ笑顔ゲット。この顔も好き。
「空君!好き!」
ギュムッと抱き着いた。空君は固まったけど、
「うん」
と、嬉しそうに頷いた。
可愛いよ~~~。
「あ、そうだ。茜ちゃん」
「ん?」
「バイトの子、後輩なの?」
「うん。同じ高校で同じ中学…だったらしいけど、よく覚えてない。向こうは俺のことも碧のことも知ってた」
「そうなんだ。可愛い子だね」
「ああ、なんか、同じクラスの男子が話してたな、そう言えば」
「え?話?」
「1年で可愛い子がいるって。アイドルなみに可愛いとかなんとか」
やっぱり。
「でも、俺、興味ないし」
ほんと?とは聞けない。
「凪…」
空君が顔を近づけてきた。キス?目を瞑ると、優しく唇に触れた。
ほわ~~ん。幸せ。
「やばい」
「え?」
目を開けると、空君は私のことをじっと見ていた。
「やばい」
「何が?」
「すげえ、嬉しい」
ギュム!今度は空君が私を思い切り抱きしめた。
きゃあ。嬉しい。空君が私を抱きしめるって、あんまりないんだもん。いつも、私からばっかりで。
「だって、魂飛ばしても、凪にキスも抱きしめることもできなかったから、ちょっと欲求不満になってたし」
欲求不満?
「やっぱり、じかに触れられる方がいい」
「うん」
それはわかる。
って、あれ?
ドサっとベッドに座っていたのに、押し倒された。こ、これは?
「ごめん、凪」
え?ごめんって?
「しばらく、このまんまでいさせて」
「う、うん」
ドキドキ。バクバク。押し倒されて、抱きしめられているよ。どうしよう。嬉しいけど、心臓が…。
「凪~~!!!!風呂、先に入れって母さんが言ってるよ~~~!先、入っちゃって!」
2階に上がりながら、碧がそう叫んだ。
がっくり。今、なんだか、ものすごいことに空君となっていたのに!
「凪、風呂入れって」
そう言って、私の上からさっと空君はどいた。
「……もう、おしまい?」
空君にそう言うと、空君は真っ赤になって、
「え?な、何が?」
と慌てた。
「空君に抱きしめられて、嬉しかったのに」
「う、そうだったの?怖くなかったの?」
「全然。ドキドキしたけど」
「そ、そう…。でも、ほら、風呂、入ったほうがいいよ」
「じゃあ、さっとシャワー浴びてくる」
「え?!」
また、空君が慌てた。
「夕飯の準備も手伝わないと…」
「あ、あ、そうだよね。うん」
空君はなぜか、自分で納得するように頷くと、
「俺、もうちょっとここにいるから」
と、なぜかベッドにうつっぷせた。
「うん。じゃあ」
下着や着替えを持って、私は一階に降りた。碧はリビングの床に寝っころがり、漫画を読んでいる。その横で雪ちゃんは、おままごとの道具を持って遊んでいる。
幸せな光景だよなあ。キッチンではママがお料理の最中だ。
「シャワー浴びたら、夕飯の準備手伝うね」
そう言うと、
「今、もしかして、いいところだった?俺、邪魔した?」
と、碧がそんなことを聞いてきた。
「ばっ!ばっかじゃないの、碧!」
そう言って私は急いでバスルームに入った。もう、碧のあほ、バカ、まぬけ。変なこと言わないでよね!
空君と進展って、この夏にあったりするのかな。でも、我が家ではダメ。碧が家にいる時は特にダメ。だって、碧って勘が鋭そう。あ、ママもだ。あ、パパもだ。やっぱり、この家じゃ無理。
そうなると、私のアパートの方が…。
って、何を考えているんだ!私。
ああ、びっくりだ。でも、いきなり押し倒されたりして、空君と結ばれちゃう日が近づいてる予感がしてしまった。




