第16話 空君の隣で
夜、みんな揃って大広間で夕飯を食べた。その時もひいちゃんは、私たちと一緒だった。
「空君は、好き嫌いってないの?」
なんでまた、空君の隣に座るかなあ。それに、なんだってあれこれ、話しかけているんだろう。
「ないです」
空君は、ぶっきらぼうにそう答えた。
「空君って、なんで凪ちゃんに対してだけ態度が変わるの?」
「あははは!言われてるぞ、空」
ひいちゃんの言葉を聞いてパパが笑った。
「え?何でって聞かれても、昔からそうだし」
空君は、困ったように頭を掻きながらそう答えた。
「ふうん」
ひいちゃんこそ、なんだってそんなに空君にかまうの?そんなに興味があるのかな。空君のことが好きなのかな。いったい、なんでなの?
「ひいちゃん、彼氏いないの?」
突然、くるみママが聞いた。
「いません。男性、苦手なんです」
即座にひいちゃんが答えると、
「空は平気なわけ?」
とパパが不思議そうに、ひいちゃんに質問した。
「あ、はい。最初ダメだったけど、なんか、平気なんです。だから、なんでかなあって思って」
え?何それ。
「それに、凪ちゃんも男性苦手だって言っていたのに、空君は大丈夫なんですよね?」
「そりゃ、空とは赤ちゃんの頃から仲いいし。家族みたいに育っているからなあ」
パパがそう言うと、ひいちゃんは私と空君の顔を見て、
「家族みたいに育っているのに、付き合えるの?」
と聞いてきた。
「ひいちゃん、そんな野暮なことは聞かないの。この二人は、アツアツラブラブなんだからさ」
「爽太パパ!そういう言い方やめて」
私はつい、爽太パパにつっかかってしまった。
「ごめん。ごめん」
爽太パパも、おじいちゃんも、櫂さんまでが笑ってる。パパは笑っていないけど。
夕飯が済むと、
「じゃあ、私は自分の家に戻ります」
と、みんなに挨拶をしてひいちゃんは大広間から出て行った。
ほ…。
なんでだか、ほっとした。
それから女性陣は、お風呂に入りに行った。露天風呂もあり、とても気持ちが良かった。
「雪ちゃんは、聖が連れて行ってるの?」
ママにくるみママが聞いた。
「ううん。部屋のお風呂に聖君が入れてあげるって。その世話はお父さんがしてくれるらしいから、お願いしちゃいました」
「ご飯の前に、聖とお父さんは大浴場入ってきたもんね。雪ちゃんはあの二人に任せて、のんびりしちゃおう、桃子ちゃん」
「はい。任せちゃいます。聖君もお父さんも雪ちゃんの世話、喜んでしているし」
春香さんの言葉に、ママがそう答えた。
「櫂さんは、空君と父子水入らずでお風呂入っているんでしょ?」
「うん。まあ、あの二人は一緒にサーフィンもしているし、普段から仲いいけどね」
「空君、なんだか最近大人っぽくなったよね」
「中身はまだまだ、子供っぽいよ」
そんなことを、くるみママと春香さんは話している。
「でも、勉強も頑張っているじゃない」
「凪ちゃんと一緒に暮らせるんだもん。そりゃ、頑張っちゃうよね」
にこ~~っと春香さんは私を見ながらそう言った。
「え…」
ドキ。びっくりした。いきなり、そんな話題をふられても。
「もう、凪ちゃんは、桃子ちゃんが凪ちゃんを産んだ年になったのねえ」
「早いわね、桃子ちゃん」
「はい」
くるみママ、春香さん、ママは遠い目をして思い出話をし始めた。
私は本当に、みんなに大事に思われて育った。みんなが優しかった。
でも、ひいちゃんは違ったのかなあ。
3人の話を聞きながら、そんなことを思っていた。
お風呂から出ると、ロビーの椅子に空君と櫂さんが座っていた。二人して手には、冷たいお茶のペットボトルを持っている。もしかして、父子で語らっていたのかなあ。
「空、凪ちゃんと二人で話でもしたら?」
櫂さんがそう言ってソファを立った。
「しばらく戻ってこなくていいぞ。俺も春香と部屋で二人きりでのんびりしたいからさ」
そう言って櫂さんは、春香さんと一緒に部屋へと続く廊下を歩いて行き、ママとくるみママもそのあとを続いて行った。
「……」
空君と二人、ロビーに残された。私は黙って空君の隣に座った。
「お風呂、気持ち良かったね、凪」
「うん」
わあい。空君だ!嬉しい。えへへと私は喜びながら、空君の肩にもたれかかった。
「…空君、あったかい」
「凪も…」
二人きりにしてくれた櫂さんに感謝だなあ。
「父子で語らっていたの?」
「え、別に」
「そうなの?空君は櫂さんと仲いいよね」
「そうかもね。でも、碧と聖さんみたいな父子関係じゃないよ」
「あの二人は、子供がじゃれ合っているみたいだもん。なんか、友達同士みたいな」
「そういう関係いいよね」
「そう?」
空君は、私の手をすっと握ってきた。
キュン。
「やっと、凪と二人になれた」
「うん」
「凪」
「え?」
チュ…。空君が顔を近づけ、そっと唇に触れた。
キュキュン!そっと触れただけなのに、胸が高鳴っちゃった…。
「こんなところでキスしてるの、聖さんに見られたら怒られるだろうなあ」
「うん。でも、今はきっとパパ、雪ちゃんに夢中だろうから」
「じゃ、もうちょっと凪のこと、独占していても大丈夫だよね?」
キュン。
もう、なんでそんなに可愛いこと言うのかな。
そのあとは、他愛もないことを二人して話していた。空君は時々私の顔を確認するように見て、ふっと嬉しそうに笑った。
「なあに?」
「ううん。凪がいて幸せだなって思っただけ」
もう!なんだってこうも、なんだってこうも、空君は可愛いの~~~~!!!
ムギュ。空君の腕にしがみつくと、空君は照れながら俯いた。
石鹸の匂いがするな~~。
「空君の隣にいると、あったかいなあ」
「凪もあったかい」
二人で、でへへって笑いあった。
ガタン。とその時、何か物音がして、私たちは同時に振り返った。すると、そこにはお風呂上りのひいちゃんが立っていた。
「ひいちゃん…」
空君の腕にしがみついていた手を離し、
「どうしたの?」
と、私は聞いてみた。
「凪ちゃん、もうお風呂出たかなって思って…」
「うん。今、空君と涼んでいたの」
「私も今、従業員用のお風呂に入ってきたの。体が火照ってるから、そこで一緒に涼もうかな」
え?やだよ。
…。あ、心の中で、ついそう呟いてしまった。
でも、空君との貴重な二人の時間を邪魔されたくない。
ゾク。
あ、なんだか寒気?
「凪?」
ギュっと空君が私の肩をいきなり抱いた。
「え?」
「大丈夫?」
あ、もしかして、光が消えてたのかな。
「大丈夫。空君のぬくもりであったまった」
「うん。今、光出たから…」
「………」
空君はひいちゃんを見た。ひいちゃんは、ちょっと離れたところから、私たちを見ている。空君はしばらく黙ってひいちゃんを見ると、
「また、憑いてますよ」
と、クールな声でそう言った。
そうか。なんだか、ひいちゃんの後ろあたり暗いけど、霊がいるからなのか。
「風呂場、大丈夫でしたか?水場ってけっこう出やすいんですよね」
「見えるの?空君」
「…自分でも気づいてたんですか?それで、助けを求めに来た…とか?」
「ううん。さっきまで別に気分も悪くなかったし、本当に体あったまってた。でも、凪ちゃんと空君を見たら、いきなり頭痛もしてきたし、寒くなったの」
「…そっか。呼んじゃったんだ」
「呼んだ?」
「なんか、気持ちが落ちるようなことでも考えたんじゃないっすか?」
「そ、そうかも」
ひいちゃんは、ちょっと離れたところに佇んだまま、こっちには来なかった。
「凪、光で包んであげたら?」
「え?」
ひいちゃんのことを?
「いいの。光って、空君にハグしたりすると出るんでしょ?」
すかさず、ひいちゃんはそう言って断ってきた。
「今も出てるから、こっちに来たらどうですか?」
「今も?それって、空君が凪ちゃんの肩を抱いているから?」
「ああ、はい。そうです」
「じゃあ、いい。私、きっとそれを見て気分が落ちたから」
え?どういうこと?
「凪ちゃんが羨ましくなって、なんか、胸の奥がもやもやしてきて。すっごく嫌な気分になって…」
それって、嫉妬?
「じゃあ、あんまり俺と凪に会いに来ないほうがいいんじゃないですか?」
「そうなんだけど。でも、空君のことが気になるから」
やっぱり。空君のこと好きになっちゃったの?!
なんだか、胸の奥が痛む。私までもやもやしてきた。どうしよう。
「凪、部屋に行こう。俺の部屋」
「え?」
「ひいちゃんさんは、聖さんや雪ちゃんのいる部屋に行ったほうがいいっすよ。聖さんの近くなら霊は来ないし、雪ちゃんはいっつも光出しているから、あの部屋には今憑いてる霊も入れないですから」
「…うん。でも、空君は?」
「俺は凪がやばいから、凪と俺の部屋に行きます」
「ふ、二人きり…ってこと?」
「俺の母さんと父さんがいると思うけど」
「そ、そうなんだ」
ひいちゃんは、ほっとした顔を見せた。
ひいちゃんを先にパパたちの部屋に行かせ、私は、
「パパ、ママ、空君の部屋にいるね」
と、一言そう言ってから、空君と隣の部屋に入って行った。
「あれ?二人してこっちの部屋に来たの?」
春香さんが私まで部屋に入って行くと、ちょっとびっくりした顔を見せた。
「うん。凪の部屋、ひいちゃんさん来てるから」
「お友達一人で、隣の部屋にいるの?いいの?凪ちゃん」
「うん」
私は櫂さんの言葉に、ただ頷いた。
「喧嘩でもしちゃったとか?それとも、ひいちゃん、聖たちの部屋に泊まりたいって言ってきた?凪ちゃんの居場所なくなったかな?」
「そうじゃないんだ、母さん」
私ではなく空君が、頭をボリっと掻きながら、説明をしようとした。でも、うまく説明できず、
「私、空君と一緒にいたいから、くっついてきちゃった」
と、結局私がそんなことを言ってしまった。
「いいわよ、私は凪ちゃんと一緒に寝るの嬉しいし!4枚布団があるから敷けるしね。私の隣が凪ちゃんで、櫂の隣が空でいい?空」
「俺、父さんの隣嫌だ」
「なんだと?俺だって、隣は凪ちゃんがいいぞ」
「父さんの隣になんか、凪だって嫌に決まってる」
「なんだと?」
「そうよね。こんなおじさんの隣嫌よねえ。じゃ、聖には内緒で、空の隣に凪ちゃん来ちゃえば?ね?」
「……うん」
きゃわ~~~~~~。いきなり、嬉しいことが起きちゃった!
「あ…」
私が喜んでいると、空君が私の周りを見て、それからふっと優しく笑った。
「凪、光全開」
やっぱり?思い切りあったかくなったもんなあ。
「じゃ、布団敷いて、寝ましょうか」
時計を見ると11時ちょうど。みんなで布団を敷き、私は空君の隣の布団に潜り込んだ。
嬉しい!空君が隣にいる。空君が可愛い顔をしてこっちを見ている!
「じゃ、電気消すわよ」
「なんか、いいね~~。凪ちゃんまでがうちの娘になったみたいだ。聖、今頃いじけていないかな」
「雪ちゃんと桃子ちゃんがいるから、いじけたりしないわよ」
「でも、凪ちゃんと一緒に寝たかったとか、拗ねるんじゃないのか?」
「そうかもね。でも、凪ちゃんは空の隣がいいんだもんね?」
「うん!」
「じゃあ、電気消すわよ。おやすみなさい」
「おやすみ」
春香さんが部屋の電気を消した。でも、小さな豆電球だけは消さなかったから、隣にいる空君の顔はしっかりと見ることができた。
ああ、もったいなくて眠れない。
布団から手を出してみた。空君はそれに気が付き、私の手を握ってくれた。
嬉しい!空君と一緒に手を握ったまま眠れるなんて!
ドキドキと、安心感と、嬉しさと、幸せで胸がいっぱいだ。
「おやすみ、凪」
空君がそう囁いた。私も「おやすみなさい」と空君に囁いた。




